第52話 久しぶりの泥靴村
クララに連行されたカイトは、乗合馬車で久々の泥靴村に帰ってきた。
以前、乗合馬車はボルドー経由でハルバードに行くものしかなかったが、粗朶道が王都民に知られるようになると何本かに一本はフェルメールを通るようになっていた。
「久しぶりに泥靴村に帰れるっすね、これでみんなに自慢出来るっすよ!」
「濃い仕事だったな〜。まさか王様や王子様まで見られるとはな!」
と、盛り上がっているガンタとサジの向かい側ではカイトがドヨーンとしていた。
「はぁ、水車の現場が……」
そんな対照的な客を乗せた乗合馬車が分岐点を通り過ぎ、宿場町に入ると、三ヶ月前とは打って変わっていた。
建物が出来たばかりの頃は人影もまばらで、静かで閑散とした場所だった。ところが今は、馬車の往来が増え、宿や店の前に人が集まり、笑い声や呼び声が飛び交っている。
新しい道が通るようになった影響で、旅人や商人が増えたようだ。
その宿場町で、何人か乗客が入れ替わり、泥靴村を経由してハルバード方面に向かうばかりになった。
宿場町から粗朶道に入り、片側が通行止になっているY字路を抜けると、関所の外観が見えてきた。
(ん?……なんじゃ? こんなにデカかったか? しかも何故、三階建てになっとるんじゃ!)
カイトが設計したものより明らかに一回り以上大きい。まだ工事中で、入り口部分を広く拡張している最中だった。湿地を粗朶で埋め立てて、荷車が四台並んで通れるほどの幅に広げている。大工たちが入り口周辺で作業をしていたが、カイトの関心はそこにはなかった。
「ゴドーおじちゃん!」
「おお、坊ちゃん。帰ってきたんだな。おかえりなさい」
「ねぇ、なんでこの関所、こんなに大きくなってるの?」
「ええと、そのー、いやその、なんだ、坊ちゃんが帰ってくるまでにみんなで驚かせようと思って、色々と意見を出し合ってたうちにこうなってしまって…ハハハ」
「基礎はどうなったの?」
ゴドーは少し照れくさそうに頭をかいた。
「そこは抜かりないぜ。最初は坊ちゃんの設計のままで進めてたんだけど、途中で『もっと大きくしよう』って話になって、三階建てに設計変更したんだよ。その分、基礎も元より深く掘り直して、大きな石を何層も積み重ねて、上からウドのランマーで固めてある。急いで広げたけど、ちゃんと支えられるようにしたから崩れる心配はないぜ!」
カイトは関所を見上げたまま、しばらく無言だった。
(……三階建てにするなら基礎を強くせにゃならん。それをちゃんと理解して、自分たちでやり直したというのか…)
職人たちの成長に感心しながら、カイトは屋敷へと向かった。
家に帰ると、父のアルベルト、母のエレナ、妹のミレーヌに迎え入れられた。リーザがすぐに「クリーン」の魔法をかけ、「お帰りなさい」と声をかける。
「ただいま」
カイトはそう返事をしてリビングに腰を下ろした。
「カイト……本当に無事でよかったわ」
「手紙は届いたよね」
「それとこれとは別よ」
エレナは呆れたように笑った。
「カイト、よく帰った。今日はゆっくり休みなさい」
「お兄たまー!」
アルベルトとエレナが交互に声をかける中、ミレーヌが膝によじ登ってくる。
「ねぇ、お兄たま……おうとの、おかしは?」
ギクッ。
カイトの体が石のように固まった。
(しまった!……完全に忘れとった)
そういえば出かける時に「王都の甘いお菓子いっぱい買ってくるよ」と約束していた。
カイトが冷や汗を流したその時、横からスッと箱が差し出された。クララだ。箱を開けると、中には王都の高級な焼き菓子がたっぷり詰まっていた。
(ふぅ、さすがクララじゃ。助かったわい…)
「軍務局を出る前に、ルドルフ大佐とコンラッド中尉が『カイト様に』と渡してくれました。あの工法は工兵部で参考にさせてもらうとの事でした」
カイトはホッとして、早速、その焼き菓子を広げてミレーヌに渡した。
「あまーい! おいしー!」
頬を緩めるミレーヌの頭を撫でながら、カイトは王都やオデールでの出来事を次々と聞かれる羽目になった。結局その日は、発明の話から工事の話まで説明し続けることになったのだった。
翌日。
カイトがハルバード方面へと伸びる粗朶道の最前線に到着すると、そこにはロバートの張りのある号令が響き渡っていた。
「よし、魔法班! 次の区間だ。ミスリルの大槍を立てろ!」
数人の工兵が、泥沼に巨大な銀の杭を斜めに突き立てた。
「よし、メリダ!圧密だ!」
「ハイっす!」
メリダは短く返事をして、大きく息を吸い込んだ。作業着の袖をまくり上げ、両手で大槍を掴む。
「圧密……いくっスよ!」
次の瞬間、槍の先端の周りの泥がぐっと沈み込み、音を立てて固まっていく。
ズゥゥゥン……!
「まだだ! 大槍の位置をずらして、もう一発だ!」
「分かってるっす! 圧密……二発目っ!」
ズゥゥゥン……!
さらに泥が沈み込み、柔らかかった地面が締まって、杭の周囲が平らになっていった。
検尺棒を刺して、硬さを確かめたロバートが満足そうに頷く。
「よし、沈みきったな! マット班、粗朶マットを敷き詰めろ!」
「「「おうっ!」」」
男たちが手際よくマットを敷き詰め、間髪入れずに土被せ班が砂利と土をドカドカと投入していく。
「よし、次はウドだ! ランマーで一気に固めるぞ!」
「コクコクコクッ!」
ウドが魔導タンピングランマーを構え、重機の縦揺れに自分もガクガクと同調しながら、敷き立ての道を踏み固めていく。
その無駄のない連携作業を、カイトは少し離れた物陰から黄色いヘルメットを被ったまま見守っていた。
(……おお、見事なもんじゃ。いちいち細かく指示を出さずとも、工程が完全にシステム化されとるわい)
かつては「泥靴」と他領から嘲笑われ、その日暮らしの貧しい生活をしていた村の男たち。それが今や、国家プロジェクト級の現場を回し、関所の荷重まで計算してのける立派な『土木職人』の顔になっていた。
カイトはヘルメットの顎紐をキュッと締めると、ロバートたちの元へ歩み寄った。
「みんなー! ただいまー!」
カイトのよく通る声に、ピリッとしていた現場の空気が一瞬で緩んだ。
「おおっ! カイト様!」
「若様! 帰ってきてたのか!」
指揮を執っていたロバートをはじめ、ジョージ、ザック、そして一仕事を終えて汗を拭っていたメリダたちが、泥だらけの顔に満面の笑みを浮かべて駆け寄ってくる。
「親方!オデールはどうだったんですか!? マルコさんたち元気にしてましたか?」
「ガンタとサジもオデールに居たでしょ?ちゃんと役に立ってました?」
「おーい、気持ちは分かるけど、土被せ班は手を止めるなよ!ウドが困って固まってるぞ!」
「コクコクコクッ!」
「おう、悪りぃ悪りぃ、じゃ、親方、後で聞かせてくださいね!」
ロバートやジョージたちに囲まれ、ヘルメットの上から頭を撫でられながら、カイトは嬉しそうに目を細めた。
そして、先ほどまで彼らが作り上げていた、粗朶道を見つめ、どこか誇らしげな声で口を開く。
「うん、お土産話はいーっぱいあるよ! でもね……それより、みんな、すごくカッコよかった! なんだか僕の出番がなくなっちゃいそうだね!」
その言葉に、ロバートたちは一瞬キョトンとし、やがて照れくさそうに笑った。
「フッ…、そりゃあ俺たちだって、いつまでも若様におんぶに抱っこじゃいられないですからね!」
「ああ。親方が作ってくれたこの『現場』は、俺たちがしっかり守ってみせますよ!」
頼もしい返事を返す彼らの姿に、カイトは深く頷いた。
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