第44話 「見せる」抑止力
「無尽蔵の魔力を得たとして、それをどう使うか?」
公爵は執務室の中で慎重に思考を巡らせた。
単純な話、巨大な魔導兵器の動力源にすればいい。無尽蔵の魔力で撃ち続ける巨大砲があれば、それは絶大な兵器となる。
だが、公爵は即座にその考えを打ち消した。
(駄目だ。我が国がそんな新型兵器を開発したと大々的に喧伝すれば、帝国はどう出る? 脅威に感じて大人しくなるか? 違う。完成し、量産される前に叩き潰そうと考えるはずだ)
強国に対する露骨な兵器の誇示は抑止力にならない。むしろ先制攻撃の理由を与えるだけだ。かといって秘密裏に配備したところで、相手が知らなければ抑止力として機能しない。
(挑発にならず、それでいて相手に我が国との戦争を躊躇わせる方法はないのか……)
そこで公爵の脳裏に、ガイゼルが興奮気味に口にした言葉が蘇った。
『煌々と照らされた道を、昼夜問わず進軍できる』
その瞬間、公爵の視線が机上の王国地図へ落ちた。
東南のヴァルデン辺境伯領から王都を経て、穀倉地帯を抜け、北のノルド辺境伯領へ至る大街道。
(そうだ。見せるものであれば兵器である必要はない!)
その街道沿いに魔導ランタンを設置し、一年三百六十五日、昼夜を問わず灯し続ける。
傍目には単なるインフラ整備だ。他国を攻撃する意図などなく、誰もそれを口実に非難はできない。しかし、それを見た帝国や連邦の上層部は別のことを考える。
『これほどの数の魔導ランタンを常時点灯させるには、どれだけの魔力が必要だ?』
『この国は、一体どれほどの魔力資源を抱えているのだ』
奴らは必ずその数字を計算する。
街灯そのものは脅威ではない。しかし、その背後にある国力だけは隠しようがない。そして分からない以上、奴らは最悪を想定する。
もし街灯に回せる魔力ですら無尽蔵ならば、軍事用に回せる余力はどれほどなのか。帝国の参謀たちは必ずそこへ思考を進めるだろう。
その結果、彼らは勝手に警戒し、勝手に脅威を感じ、勝手に慎重になる。
これこそが抑止力だ。
おまけに、ガイゼルの言う通り夜間行軍の事故は無くなり、穀倉地帯からの食糧輸送も昼夜問わず行えるようになる。民生と軍事、その双方に利益をもたらす。
公爵は静かに息を吐いた。
「……これが最善の一手だ」
ケッセルベルク公爵は執務机に向かい、猛烈な勢いでペンを走らせ始めた。
作成するのは二つの書類だ。一つは、ガイゼルの報告をまとめた『ドミナリア連邦による国境侵犯未遂とその無血解決についての報告書』。
そしてもう一つは、先ほど早馬で届いたばかりのバッカスとゼノスからの技術報告を元に、公爵自身が書き上げた『魔力発電を用いた大街道照明計画による、帝国への軍事的抑止力構築の稟議書』である。
(無尽蔵の魔力などという夢物語、言葉だけで語れば正気を疑われる。技術のトップが保証した理論的裏付けと、軍事的メリットを書き連ね、評議会を納得させるだけの書類が必要だが……)
公爵はペンを置くと、深く息を吐いた。
(連中は国益より領地の利権しか見ていない。議論などまともに進むまいな……)
公爵が稟議書を書き終わるのとほぼ同時に、軍務局長の執務室に一人の男がふらりと訪れた。
王国の頭脳たる宰相である。
「珍しいな、宰相がここに来るのは。……昨日の件か?」
「ええ。その件で、明日にでも帝都へ赴こうと思いましてな。……ほう。『魔力発電を用いた大街道照明計画』ですか」
宰相は公爵の机に置かれた真新しい稟議書を手に取り、その内容を素早く目で追った。
「素晴らしい。強国に対する露骨な兵器の誇示は、先制攻撃の口実を与えるだけです。見事な『抑止力』の構築です」
「……だが、評議会の連中がこの真意を理解し、予算を通すかは分からんぞ。奴らは国益より、自分の領地の利権しか見ておらんからな」
公爵が苦々しく吐き捨てると、宰相は稟議書をそっと机に戻してから言った。
「ええ。そうですね。……一つ、アドバイスをしても宜しいですか?」
「なんだ?」
「この計画を『軍務局主導』で進めれば、帝国は瞬時にこれが『軍事目的』であると警戒します。せっかくの隠蔽が台無しです」
公爵はハッとして息を飲んだ。
「……なるほど。軍の息がかかっていない純粋な公共事業に見せかけることで、より底知れなさを演出するわけか。……考えておこう」
***
数日後。
王宮の最奥、重厚な扉に閉ざされた大広間にて、『臨時評議会』が開催された。
召集されたのは王国の中枢を担う各局長と有力貴族たち。そして上座の玉座には、アルテリウム王国第八代国王――レオニード・アルテリウスが静かに腰を下ろしていた。
「――以上が、オデール領における連邦査察団の顛末である」
公爵が第一の報告を終えると、張り詰めていた評議会室に、深く安堵するような息遣いが広がった。
連邦との武力衝突は回避され、王国が帝国と連邦を同時に相手取る『二正面作戦』の危険は、ひとまず遠のいた。
「この機を逃さず、宰相閣下は帝国との不可侵条約締結に向けた交渉のため、すでに帝都へ赴いておられる。ゆえに、本日の評議会は宰相閣下不在のまま進める」
公爵が締めくくると、列席者たちは納得したように頷いた。
「素晴らしいご対応ですな、軍務局長」
外務局長が胸を撫で下ろして頷く。
「しかし、連邦の工作部隊を裏で壊滅させ、自滅に追い込んだ我が軍の『部隊』とは、どこの所属ですか? 諜報部ですか?」
公爵は首を横に振った。
「……いや。男爵家の六歳の子供、カイトの『専属メイド』とその従者、それとヴァルデン辺境伯の隠密だそうだ」
「「…………は?」」
評議会室が、水を打ったように静まり返った。
歴戦の貴族や大臣たちが、一様に間抜けな顔で公爵を見つめている。
「ヴ、ヴァルデン辺境伯の隠密部隊が動いていたのは理解できます。国境地帯の要衝ですからな。しかし……『メイド』とは!? 一介の男爵家の子供のメイドが、辺境伯の隠密と肩を並べて連邦の武装工作員を制圧したと言うのですか!?」
公爵は面倒そうに息を吐いた。
「詳細は手元の報告書に記載してある。一件目は以上だ!」
ざわめきが広がる中、公爵はさらに第二の書類――本命の稟議書を提出した。
「静粛に。……本題はここからだ。そのカイトがいる現場において、魔導師なしで『無尽蔵に魔力を生み出せる論理』が発見された。我々軍務局はこれを利用し、南東から北の果てまでを繋ぐ大街道に『常時点灯の魔導ランタン』を順次設置する計画を上程する」
公爵の口から語られた「無尽蔵の魔力」と「街道照明による他国への抑止力の確立」。
その突拍子もない計画に、評議会はたちまち紛糾した。
「素晴らしい! 最高の国威発揚ですな! これほどの魔力を無駄遣いできる国力を見せつければ、帝国も攻め込むのを躊躇いましょう!」
「正気ですか、公爵閣下! 夢物語も大概になさってください!」
財務局長が青筋を立てて立ち上がった。
「いくら魔力が無限とはいえ、北の果てまでミスリルメッキの導線を繋ぐインフラ整備にどれほどの国家予算が消えるとお考えか! 国庫が破綻してしまいますぞ!」
「左様! そもそも大街道の通る領主ばかりを優遇するなど承服しかねる!」
地方貴族を束ねる派閥の長も声を荒らげた。
「莫大な予算を割くのであれば、我らの領地にも等しくその光を寄越すべきだ!」
後方の下位貴族たちからもヤジが飛んでくる。
「大街道ばかり優遇するな!」
「大貴族の贔屓だ!」
怒号や悲鳴、利権の主張。
公爵の予想通り、会議はたちまち泥仕合になった。
だが――その騒々しい大広間を、ただの一言で黙らせた者がいた。
「――静かにせよ」
玉座に腰掛ける国王が低い声で言った。
声を荒げたわけではないが、その静かな声には評議会の貴族たちを即座に黙らせるだけの重みがあった。
室内がシン、と静まり返る。
レオニード国王は手元の二つの書類を机に置き、弟であるケッセルベルク公爵を見据えた。
「連邦との戦端を開かせず、帝国の侵攻を防いだ。その功労者が六歳の子供とメイドであろうと、国を救った功績は正当に評価されねばならない。彼らには王家より相応の褒美を取らせるべきだろう」
国王はコツ、コツと玉座の肘掛けを指で叩いた。
「だが、後半の『無限の魔力』については話が別だ。軍務局の言う抑止力の意味も、財務局の言う予算の懸念も理解できる。……しかし、そもそも論として、本当に『無人で魔力を生み出し続ける』などというおとぎ話のようなことが可能なのか?」
「それは……バッカスとゼノスという王国屈指の魔導刻印師が、理論上可能であると…」
公爵が答えると、国王は淡々と首を振った。
「絵図や理論だけで国家予算は動かせんだろう。その魔法が『現実のもの』であると、この目で確かめてからインフラ計画の採否を議論する」
国王は評議会全体を見渡すと決定を下した。
「連邦撃退の論功行賞を名目として、そのカイトという少年とメイド、そしてバッカスたち技術官を王都へ呼び寄せよ。……我々が真に議論すべきは、彼らが王宮で『無尽蔵の魔力』を実証して見せた後のことだ」
王国の防衛と外交の行方を左右するかもしれない実証実験。
その当事者として、カイトたちは王都へ呼ばれることになった。
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