第42話 カットオフの完工式
翌日――黒竜川・新水路工事現場。
岩山をブチ抜き、真っ直ぐに整備された巨大な新水路。
そこへ、旧水路から黒竜川の豊かな水が滔々と流れ込んでいる。
かつてΩ型に蛇行し、水害の元凶となっていた旧流路には、もはや激流は流れ込まない。長年オデール領を苦しめてきた水害は、ついに過去のものとなろうとしていた。
「おおお……っ! 本当に新しい水路へ流れ始めてるぞ……!」
「これで秋の嵐が来ても、我が領の民はもう水害に怯えなくて済むのだ……フェルメールの若君は、本当に奇跡を起こしてくれた……!」
オデール伯爵が震える手で真っ直ぐになった川を指差し、ボロボロと涙をこぼしている。その横では内政官のウォルターも男泣きし、王国軍の工兵たちも誇らしげに胸を張っていた。
そんな感動の空気を切り裂くように、現場総監督のカイトが、木箱の台の上にピョンと飛び乗った。
「みんなー! ほんとうに、おつかれさまー!!」
カイトのよく通る声に、現場にいた数百人の男たちの視線が一斉に集まる。
「おおきな岩をドカーンってしたり、いっぱいお水がきて大変だったけど、みんながケガしないで『ごあんぜん』にお仕事できたのが、一番すごいことだよ!
これからは、もうお水があふれる心配はないからね! だから今日は……いっぱい飲んで、いっぱいたべて、おまつりだよーっ!!」
カイトの号令に続き、オデール伯爵が涙を拭いながら前に出た。
「若君の言う通りだ! 今日は我がオデール領の歴史的な日! 今日はオデール領主たる私の奢りだ! 遠慮するな、飲み明かせぇ!」
「「「うおおおおおおおっ!! カイト親方ぁぁぁぁぁっ!! 伯爵様バンザーイ!!」」」
カイトと伯爵の言葉を合図に、堰き止めていたものが決壊したかのように、凄まじい歓声が地鳴りのように響き渡った。
現場のあちこちで焚き火が焚かれ、巨大な肉の塊が豪快に焼かれ始める。
「おいガンタ! お前、昨日水車をぶっ壊して総監を怒らせかけてたからって、端っこで縮こまってんじゃねえ! 飲め!」
「そうだそうだ!」
「勘弁してくださいっす……」
職人たちに囲まれて小さくなっているガンタを見て、少し離れた席でエールを煽っていたバッカスが笑った。
「いいや違うぞ。ガンタは『魔力発生の論理』の最初の発見者として、教科書に載るんじゃねぇか?」
「ぶふっ!? ゴホッ、ゴホッ……ちょっと、バッカスさん! 冗談じゃないっす!」
「いや、冗談じゃねぇよ。発明者として名前が残るのは坊主だろうが、そのきっかけを作ったのは間違いなくお前だ」
「えええっ!?」
「そういやそうだな」
「最初に現象を見つけたのはガンタだ」
「水車をぶっ壊したのもガンタだがな!」
サジが茶々を入れる。
「おい!」
どっと笑いが起こり、ガンタは頭を抱えた。
ガンタが頭を抱える様子を見ながら、バッカスはジョッキを傾けた。
「……まあ、笑い話で済ませてるがよ」
その声音が少しだけ真面目になる。
「総監のあのおっさん、あの剣幕じゃ『理屈はこうだ』って紙切れ一枚持って行ったところで納得しねぇぞ」
ゼノスも頷いた。
「ええ。実際に魔力が発生するところを見せなければ、軍務局も陛下も動かないでしょうね」
「……で、どうすんだ坊主。陛下が『だから何だ? 実際に使えるのか?』って聞いてきたら終わりだぞ」
「ええ。実際に『魔力が発生している』ところを見せない限り、軍務局も陛下も納得しないでしょうね」
ゼノスの言葉に、カイトは果実水を木のストローで吸いながら、ちょっと困ったように首を傾げた。
「……じゃあ、もけいを作って見せるしかないよねー」
「……模型、か」
バッカスが低い声で繰り返した。
「小さくてもいい。小さな水車でも、手回しクランクでもいい。とにかく『物理的な回転運動』を魔石の円環に伝えて、実際に魔力が発生するところを目に見える形で証明する。……それができれば、話は別だ」
「魔力発生水車……いや、後世の歴史家は『ガンタ式・魔力発生装置』と呼ぶかもしれんな」
ゼノスまでが真面目な顔で手元のメモ帳に書き込んでいるのを見て、ガンタはガタガタと震え上がった。
「や、やめてくださいよゼノスさんまで! 俺、ただ泥を洗うのが面倒くさくて、導線を巻いた魔石を水車につけたら……パパパンッ!って……! あんなの、ただの偶然っすよ!」
(ふぉふぉふぉ! 科学や工学の歴史において、偉大な発見というものは得てして『偶然』や『怠慢』から生まれるものじゃ! ガンタの『サボり癖』が、この世界の産業革命を百年分はショートカットさせたんじゃからな!)
カイトは樽からピョンと飛び降りると、トテトテとガンタに歩み寄った。
「ガンタ、だから明日、カイトたちと一緒に『模型』つくるの、てつだってね!」
「えっ? 俺がっすか?」
「うん! はっけんしゃ(発見者)なんだから、さいごまでおしごとしてね!」
笑顔で告げられた『明日もトップシークレット案件に強制参加』の宣告に、ガンタはポカンと口を開けた。
「へっ。そういうこった。歴史に名を残す偉大な発見者様が、明日の大事な実験で二日酔いで使い物にならねぇなんてシャレにならねぇからな。ほら、今日はさっさと飲んで、明日からまた頭と体を使って死ぬ気で働け!」
バッカスが豪快に笑いながら、ガンタの頭にドンッと新しい酒の入った木ジョッキを押し付けた。
「うひぃぃぃっ! 結局こき使われるんじゃないっすかーっ!!」
「教科書載るんだから頑張って働いてこい!」
「あ、サジもね!」
「ええええーっ!」
ガンタとサジの情けない悲鳴のようなツッコミが夜空に響き、周囲の男たちからドッと爆笑が巻き起こる。
黒竜川の難工事をやり遂げた達成感と、まだ見ぬ新しい時代への期待が入り混じる狂騒の夜。
(さあて、宴の後は、いよいよ『モーターと発電』の証明じゃ! 軍務局の頭の固い連中に、物理と魔法の融合がどれだけヤバい代物か、とくと見せつけてやるわい!)
カイトは満天の星空を見上げながら、黄色いヘルメットの奥でニヤリと口角を釣り上げた。
本日もお読みいただき、ありがとうございました!
もし「面白い!」「伯爵様バンザーイ!!」「魔力発生装置が気になる!」と思っていただけましたら、
ページ下部より評価とブックマークでの応援をよろしくお願いいたします!




