【特別SS】王都の札束合戦 〜悪魔しかいないフェルミエール本店〜
王都の北門近くの住宅街。
かつてフェルメール家の手狭な別宅があったその場所は現在、両隣と奥にあった家を相場の三倍の金貨で強引に立ち退かせ、建物だけでも三倍の広さの「フェルミエール商会・王都本店」を建設するため『絶賛・改築工事中』であった。
トンカントンカンと大工の槌音が響く中、庭先に設けられた仮設の執務室では、商会の副代表であるセシリアが机の上の「石ころ」を前に、オホホと優雅な笑い声を上げていた。
彼女が身に纏うのは、アンナが王都の呉服問屋から泥パックの横流しで交換している幾つもの端切れ(スクラップ)を縫い合わせて仕立てた特製のドレス。その頭では、気位の高さを象徴する見事な『縦ロール』が揺れている。
「素晴らしいですわ、アンナ! ノートン領から届いたこの『軽石』……そしてオデール領から引き取った果物の皮から抽出した化粧水! これをセットで売り出せば、王都の貴婦人たちのカカトはフェルミエールのものですわ!」
「はい、お嬢様。オレンジやマンゴーの皮を煮沸・蒸留して抽出した成分は、保湿効果も極めて高いです。しかも原価は生ゴミとハズレの石ですので、実質タダです」
無表情のメイドの即答に、継ぎ接ぎ縦ロールの令嬢はニタァ……とゲスい笑みを浮かべた。
「オホホホホホホッ!! タダ同然のゴミと石ころが、最高の美容品に化けますわーッ!!」
仮設の執務室に悪役令嬢の高笑いが響き渡る。
だが――。
「……あんたたち、待ちなさーい?」
バサァッ! と、派手な音を立てて孔雀の羽根の扇子が広げられた。
普段はフェルメール領の粗朶道の途中にある『フェルミエール温泉旅館』で女将をしているが、本日は『フェルミエール・ミラクルマッド・クリスタルスフィア』の納品で出張してきていた美のカリスマ――
真っ黒な革のボンテージに身を包んだ巨漢、マダム・ゴンザレスの登場である。
マダムは部屋の中をぐるりと見回すと、大袈裟に肩をすくめてみせた。
「それにしてもアンタ、ずいぶんとまあ思い切ったわね。ここら辺の家を買い上げて、こんな白亜の三階建て豪邸にしちゃうなんて。ちょっと成金趣味が過ぎるんじゃないかしら?」
「オホホホ! 何を仰いますの。フェルミエール商会の王都本店として、これくらい当然の箔付けですわ!」
「……まあいいわ。アタシたちの今の稼ぎを考えたら、これくらい軽いものだしね。悪くないハコよ」
マダムは赤い唇の端を吊り上げて納得したように頷くと、視線を机の上へと移した。
「……コホン。で、『お待ちなさい』とは、何か文句があるのかしら? この筋肉黒ゴリラ!」
「甘い、甘いわよ継ぎ接ぎ縦ロール! そんなただの『軽石と化粧水のセット』なんて、すぐに他の商会が安物を真似して出してくるわよ! 化粧水と別々にしたら、あっという間に廃れるのがオチね!」
マダムは分厚い胸板を揺らし、アンナの抽出した「精油」の小瓶をジロリと睨んだ。
「アンナちゃんのその『精油』。限界まで濃度を高めて、最初からこの軽石にたっぷりと吸わせるのよ! そしてあの『スライダー巾着』に入れて売り出すの! 名付けて『香る高級かかとケア・フェルミエール・アロマ軽石』よ! ただの石ころを、王都の乾燥に悩む女たちの『ステータス』に昇華させるのよぉッ!」
セシリアの瞳に、『えげつない商売人の光($マーク)』がギラリと宿った。
マダムの圧倒的なプロデュース力(悪知恵)に、セシリアとアンナは思わず息を呑み……そして、三人は同時にニタァッと口角を吊り上げた。
***
数日後。王都の優雅なお茶会にて。
「あら、ノルド夫人。今日はずいぶんと南国の爽やかな香りがいたしますわね。オデール辺りの新しい香水ですの?」
ある貴婦人が尋ねると、武門の妻であるノルド夫人はウフフと優雅に微笑んだ。
「実はこれ、香水ではないのよ。……フェルミエールで買った『アロマ軽石』を、こうして小さなスライダー巾着に入れて、ドレスの胸元に忍ばせているの」
「まあ! カカト用の軽石を、芳香器として!?」
「ええ。液体の香水のようにキツすぎず、体温で温められてふんわりと香るの。それに、馬車に乗る時にぶら下げておけば、革の嫌な匂いも消してくれるし……とっても便利よ?」
その言葉に、お茶会に集まっていた貴婦人たちの目の色が、スッと変わった。
(((……買わなきゃッ!!)))
「カカトを磨く」という本来の用途を超え、「アロマ軽石をスライダー巾着に入れて胸元に忍ばせる」という使い方は、ノルド夫人という強力なインフルエンサーの口コミによって、王都の社交界で爆発的なトレンドとなった。
***
そして、一ヶ月後。
王都・高級商業区「白銀通り」のフェルミエール本店は、かつてない異常事態に直面していた。
店の外には、アロマ軽石を求める貴婦人たちの馬車が長蛇の列を作り、交通整理のために王都の衛兵が出動する騒ぎになっている。
「セ、セシリア様! またお客様から要望です!」
「どうしましたの? アロマ軽石なら、ノートンの職人たちに徹夜で採取と加工させていますわよ」
悲鳴を上げる店員に、セシリアは余裕の笑みを浮かべる。
「い、いえ! 軽石ではなく、『使っているうちに香りが弱くなってきたから、染み込ませてある専用の香料液だけを売ってくれないか』と……!」
「…………香料液だけ、ですって?」
セシリアの脳内で、凄まじい音を立てて金貨が弾き出された。
セシリアはパチンと扇子を閉じ、優雅な、だがどこかゲスい笑みを浮かべて隣のメイドを見た。
「アンナ。お客様のご要望ですもの、香料の液だけを可愛い小瓶に入れて、別売りにして差し上げましょう! きっとお客様も喜ばれますわ!」
無邪気に(金儲けの)提案をするセシリア。
すると、アンナが懐から手帳を取り出し、興味深そうに身を乗り出した。
「……なるほど。あえて香りが長持ちしないよう精油の揮発性を調整し、顧客が定期的に『専用補充液』を買い求めざるを得ない『継続的搾取』を構築するのですね。安定した長期収益を約束する、極めて悪辣い集金システムです」
アンナが淀みない無表情で手帳にペンを走らせる。
「……えっ?」
「さらに他商会が代用品を作れないよう、『フェルミエール専用ノズル』でしか補充できない細工を施し、規格ごと握る、と」
「あ、え、ええ! もちろんそのつもりでしたわ!(オホホホ!)」
(この子、わたくしより商人としてエグいですわ……ッ!)と内心で冷や汗を流しながらも、セシリアは必死に悪徳商人の顔を作って乗っかった。
「そして極めつけに。原価が『タダ同然の生ゴミ』である香料液の値段を、あえて金貨に設定することで、王都の女たちの虚栄心を煽り『これを持てること自体がステータス』というブランドの罠に引きずり込む。……完璧な悪魔の商法ですね、お嬢様」
「オホホホホホホッ!! その通りですわアンナ! わたくしどもの美容品で、王都の金貨を根こそぎ吸い上げますわよーッ!!」
白銀通りの本店・執務室に、高らかな悪役令嬢の高笑いが響き渡る。
その恐ろしすぎる「悪魔の翻訳」の一部始終を外で聞いてしまった店員たち、そしてたまたま取引に訪れていたルキウス商会のルキウス会長は、青ざめた顔でガクガクと震えていた。
「「「……フェルミエール商会って、悪魔しかいねぇ……(泣)」」」
この日、フェルミエール本店が打ち出した『アロマ軽石の専用補充液』により、王都の貴婦人たちの財布の紐がさらに緩められ、オデール領から送られてくる生ゴミが莫大な富に変わり続けることになるのだが……
それはまた、別のお話である。
特別SSまでお付き合いいただき、ありがとうございました!
現場は、土木と魔法の「物理」で殴るなら、王都組は権力と札束の「物理」で殴る!ということで、
セシリアたちの裏側をお届けしました。マダム・ゴンザレスの圧は相変わらずです。
やはり、これを描かないと落ち着きません。笑




