第39話 通水完了、新たな流路へ
二度目の閃光が走る。
ズガァァァァァァァァァァァンッッ!!!
上流を塞いでいた岩盤は爆炎と共に砕け散り、その直後――黒竜川の『本流』が解き放たれる。
轟音を響かせながら押し寄せる濁流は、まるで巨大な壁そのものだった。
何万トンもの水が白い飛沫を巻き上げ、新たに掘り開かれた真っ直ぐな新水路へ、怒り狂う獣のように雪崩れ込んでいく。
誰もが固唾を呑んで見守った。
激流が、新水路の中央に架かる真新しい『黒竜川大橋』へと迫る。
そして――。
ドゴォォォォォォォンッ!!!
激流は、下流側に作られていた巨大な水溜まり(水のクッション)へと正面から激突した。
数十メルもの巨大な水柱と水煙が吹き上がる。だが、コンラッドの説明どおり、凄まじい大自然のエネルギーは水によって受け止められていた。
荒れ狂うはずだった衝撃波は次々と相殺される。敷き詰められた竹の粗朶沈床は水を含んでさらに重みを増し、激流の侵食を食い止めた。
何万トンもの濁流は橋脚を揺らすこともなく、完成したばかりの黒竜川大橋の下を滑るように流れ抜けていった。
濁流は瞬く間に川底を満たし、やがて一本の美しく真っ直ぐな大河となって流れ始める。
数百年にわたって続いてきた歪なΩカーブを捨て、黒竜川は新たな流路へとその姿を変えたのだった。
「お、おい……見ろ! 街を回り込んでた水の流れが止まったぞ!」
「あっちの水位が、みるみる減っていく……!」
崖の上から様子を見ていた男たちが、震える声で指を差した。
「なあ……これって、もう秋の嵐が来ても、氾濫に怯えなくていいんだよな……?」
「ああ……。真っ直ぐになった川が、全部の水を下流へ流してくれる……」
マルコたち南部衆の目から、ボロボロと大粒の涙が溢れ出した。
毎年、水害に怯え、泥まみれになりながら堤防を守り続けてきた彼らの長年の恐怖が、今、完全に消え去ったのだ。
「俺たちの村は……俺たちの故郷は、もう水に沈まねえんだ!!」
「親方ァァーッ!! ありがとうございまあああすッ!!」
その声を聞いた南部衆の全員が、限界まで張り詰めていた感情を爆発させ、歓喜の雄叫びをあげた。
「「「うおおおぉぉぉぉぉぉぉぉっっ!!!」」」
誰かが被っていた黄色いヘルメットを空に向かって投げ上げたのを皮切りに、数百人の男たちが次々とヘルメットを天高く放り投げる。青空に、無数の黄色い軌跡が舞い上がった。
感動のフィナーレ。誰もが涙を流して抱き合う中――。
「こらーーっ!! ダメでしょ!!」
現場監督のけたたましい怒声が響き渡った。
「大事な保護具を放り投げたら危ないでしょ! おじちゃんたち、連帯責任で腕立て伏せ五十回!!」
「えええええええっ!?」
歓喜の涙から一転、数百人のガチムチ衆が一斉に泥だらけの地面に手をつき、悲鳴を上げながら腕立て伏せを始める。
そんな大混乱の現場のど真ん中で、先ほどの爆発のショックからようやく立ち直ったマクシムが、泥だらけの法衣の泥を払うと再び声を荒げた。
「ええい、誤魔化されんぞ! 川の流れを変えたなどと、そのような悪魔の魔術に騙される私ではない! そもそも貴様ら王国軍は国境の村を焼き討ちにした件を我々のせいにしようとして――」
「ふざけるな! 村を焼いたのは連邦の旗を掲げた貴様らの部隊だろうが!」
マクシムの難癖にガイゼル総監が激怒して食ってかかり、現場は「王国VS連邦」の激しい口論の場と化した。
(……やれやれ。どこの世界でも、現場に背広組が来るとすぐに『責任の押し付け合い』が始まるのう。こっちは早く片付けを進めたいんじゃが……)
「……二十二、二十三、はい、二十四。……ふぁあ」
腕立て伏せの回数を数えながら退屈そうにあくびをするカイト。
だがその時、カイトの背後からスッと前に出たメイド服の影があった。クララだった。
「あれ? クララ。どうしたの?」
カイトが小首を傾げて尋ねると、クララは穏やかな微笑みを浮かべて一礼した。
「若様、ゴミ掃除に参りました。すぐ済みますので少々お待ちを」
「えっ、何のゴミ?」
「あれです」
クララは言い争っているマクシムとガイゼルに視線を向けた。
「そっか。じゃあクララに任せるねー」
そんな物騒なやり取りの後、クララはゆっくりと前へ向き直り、ガイゼルとマクシムたちへ視線を移した。
「――お見苦しい言い争いは、そこまでにしていただきたいものです」
彼女が放った冷徹な威圧感に、王国軍トップのガイゼルも、狂信者のマクシムも、思わず口論を止めて息を呑む。
「若様の仕事場に、政治のゴミを持ち込むなど言語道断です。チャド!」
クララが冷たい視線を向けながら指を鳴らすと、背後の森から二つの黒い影――シャドウとノワールが音もなく姿を現した。
(……あれ、今、チャドって呼んだな、ククッ。そうか、こいつも苦労してんだな)
そんなノワールの笑いにいち早く気づいたシャドウは、『笑うな、殺すぞ』と言わんばかりにギロリと視線を飛ばす。
ノワールが慌てて咳払いをして誤魔化すと、二人は何事もなかったかのように素早くプロの顔へ戻った。
そして彼らの手によってドサリと地面に放り出されたのは、猿ぐつわを噛まされ簀巻きにされた『ガスパール工作部隊の生き残り』と、大量の『偽装用の連邦の旗(予備)』だった。
「な、なんだこいつらは……!?」
「事の経緯をまとめた報告書です。お読みになれば、すべてのご理解が追いつくかと」
ノワールがガイゼルとマクシムの両者に、一枚の書類を突きつける。
そこに記されていたのは、失脚したガスパール州総督が新政権を王国の怒りに晒すため、『自作自演の村焼き討ち』と『虚偽の要塞報告』を行っていたという真実だった。
報告書に目を通した両軍の間に、気まずくも重い沈黙が落ちる。
「……では、この要塞というのはガスパールのでっち上げで、あの黄色い聖冠ではなく……ただの『安全帽子』?」
「はい」
「あの巨大な投石機のような怪しい装置も……『土木作業用の道具』?」
「はい」
「そしてあの凄まじい爆発も…………すべては、黒竜川の氾濫を防ぐための『河川工事』だというのか……!」
「はい、河川工事です」
コンラッドは真顔で頷いた。
自分のこれまでの言動のすべてが『見当違いの勘違い』であったことを悟ったマクシムは、羞恥と怒りで顔を真っ赤に染め上げた。
「お、おのれガスパール……っ! よくも我々を謀りおって! 急いで引き上げだ! 神の裁きを受けさせてくれるわ!!」
憤怒の形相で踵を返したマクシムは、神官兵たちを引き連れて、土煙を上げながらオデール領から撤退していった。
「ふむ……。まあ、ここが将来的に王国の『兵站基地』になる事は、あえて連邦に明かさなくて良い事だしな。あながちアイツらの勘違いも間違ってはおらんかったが……あとは連邦内で勝手に処理されるだろう」
遠ざかる査察団を見送りながら、ガイゼル総監はホッと胸を撫で下ろし、この件を『一件落着』とした。
だが、彼の視線はすぐに新水路の岩肌に向けられた。
(……それにしても、あんな巨大な岩盤を吹き飛ばす『発破の魔法』……。軍事転用すればどれほどの威力を発揮することか……興味が尽きんな)
(だが……)
ガイゼルは視線を、完成したばかりの岩肌から、カイトたちの撤収風景へと向けた。
(あんな途方もないエネルギーを御する少年だ。この先、我が国にどんな激震をもたらすことか……いや、それこそが今の我が国には必要なのかもしれんな)
総監の胸中には、連邦との小競り合いなど吹き飛ぶほどの野心が渦巻いていた。
「はーい、おじちゃんたち! 腕立て伏せ終わり!」
カイトの元気な声が、夕日に染まり始めた現場に響き渡る。
見れば、空はすっかり茜色に染まり、そろそろ日が暮れる時刻に差し掛かっていた。
「今日の作業はここまで! 無事に通水も終わったし、新水路工事の『本番』はこれにて撤収だよ! みんな、今日も一日!」
「「「ご安全にぃぃぃぃっ!!」」」
泥だらけの南部の男たちと工兵たちの野太い声が、完成したばかりの新水路を流れる水音と共に、暮れゆく空へと吸い込まれていった。
第一章 完
『第一章』最後までお付き合いいただき、ありがとうございました!
水害に怯えていた南部衆の涙や、数百人のヘルメットが宙を舞うシーン(からの腕立て伏せ)は、
ここまで書いてきて作者としても非常に感慨深いものがありました。
政治的なゴタゴタも裏でメイドたちがサクッと物理で片付けてくれたので、これで心置きなく
次の現場へ向かえそうです。
次章からは、新たな「物理(インフラ技術)」がこの異世界にどんな激震をもたらすのか。
総監の野心もチラ見えしていますが、親方はブレずに現場主義を貫きます。
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