第38話 安全第一! マクシム折れる
「両手でしっかり耳を塞いで、お口を少しポカンと開けて見てるんだよ!」
「……誰がそんなふざけた真似をするか! 異端の小童め、我々を愚弄する気か!」
マクシムはカイトの忠告を鼻で嗤い、バリケードに隠れるどころか、傲慢にふんぞり返って橋の前に立ち尽くした。取り巻きの神官兵たちも、それに倣って武器を構えたまま微動だにしない。
そこへ、丘を駆け下りてきたガイゼル総監とオデール伯爵が追いついてきた。
「マクシム査察官! 勝手に動くとはどういう了見だ!」
ガイゼルが軍トップとしての威厳を放ち、怒気を含んだ声を張り上げたその瞬間――。
「総監閣下! 伯爵閣下! 早くこちらへ! 伏せて、耳を塞いで口を開けてください!!」
現場で待機していたコンラッド中尉が血相を変えて飛び出し、二人を強引に退避所(バリケードの裏)へと引きずり込んだ。
王都の軍人であるガイゼルは、コンラッドのただならぬ切迫感を感じ取り、咄嗟にオデール伯爵と共にバリケードの裏にしゃがみ込むと、両手で耳を塞ぎ、言われるがままアホ面のように口をポカンと開けた。
「おじちゃんたち、退避ヨシ! じゃあ本番いくよー! 下流ハッパ、点火ぁっ!!」
カイトが元気よく右手を振り下ろした。
――まさにその直後だった。
ズガァァァァァァァァァァァァンッッ!!!
鼓膜を突き破る爆発音がオデール領の空に響き渡った。
「ぎゃあぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁッ!?」
「あぐっ、耳が、耳があぁぁッ!!」
凄まじい爆発音と、空気を震わせる物理的な衝撃波を無防備に浴びたマクシムと神官兵たちは、見事に鼓膜を揺らされ、純白の法衣を泥だらけにして地面をのたうち回った。
「だ、だから口を開けてって言ったのに……。おじちゃんたち、本当に人の話を聞かないなぁ」
(どこの監査員か知らないが、現場の基本中の基本すら守れんとは、文字通り耳を貸す価値もないわ。痛い目を見て当然じゃな)
一方、コンラッドの指示通りに「耳を塞いで口を開けていた」ガイゼルとオデールは多少の衝撃を受けただけだった。
彼らはバリケードの影から、泥に塗れて泣き叫ぶ連邦の異端査察団の姿を、唖然と見つめていた。
「コンラッド、お前が慌てるわけだ…」
やがて土煙がゆっくりと風に流され、視界が晴れていく。
マクシムたちが泥だらけの顔を上げて新水路の底を見た時、そこには信じられない光景が広がっていた。
ドォォォォ……という低い音と共に、爆破された『下流側』から、黒竜川の水がゆっくりと水路を逆流してきている。
乾ききっていた真っ白な川底を這い上がってきた水が、竹の粗朶沈床にじわじわと染み込んでいく。水を含んだ竹と石の重みがガッチリと斜面をホールドし、大地の侵食を防ぎ止めていた。
「ひ、ひぃぃ……っ! み、見ろ! 水が逆流しているぞ!」
鼓膜の痛みに顔を歪めながら、マクシムは血走った目で震える指を突き出した。
「異端だ! 異端に決まっている!! 水を下から上へ流すなどと、自然の理に反するこんな怪しい魔術を使いおって! 貴様ら、やはり悪魔と契約したな!!」
純白の法衣を泥水で汚した異端査察官が、狂ったように叫び声を上げる。
だが、バリケードの裏でその光景を見ていたガイゼル総監とオデール伯爵は、全く別の意味で息を呑んでいた。
「コンラッド中尉……あれは一体、何が起きているのだ? なぜ、水が下流から……」
「総監閣下、伯爵閣下。あれは魔術などではありません。カイト君、いえ『監督』は、わざと下流を先に爆破し、新水路の中に『巨大な水溜まり』を作っているのです」
コンラッドは興奮を抑えきれない様子で説明した。
「これから上流側の堰を爆破して激流を流し込んだ時、空っぽの川底に直接水がぶつかれば、凄まじい衝撃で基礎や橋の土台が抉られてしまいます。だから先に下流から水を入れ、激流を受け止めるための巨大な『水のクッション』を形成しているのです」
「水の、クッションだと……!?」
「はい。ただ山を砕くだけではない。大自然の猛威すら計算に入れ、被害をゼロに抑え込む……恐るべきリスク管理を平然とやってのけるのです……!」
コンラッドの解説を聞き、王国軍トップと領主は戦慄と共に言葉を失った。
「お水のお布団、ヨシ! みんな、お待たせー!」
カイトは喚き散らすマクシムたちの方へトテトテと振り返ると、腰に手を当ててジト目を向けた。
「おじちゃんたち! もう一回ドカーンをやるからね。ちゃんと耳を塞いでお口をポカーンとあけないと、本当に耳が聞こえなくなるよ、いい?」
「な、なんだと!? まだやるというのか、この悪魔の申し子め――!」
「はいはい、安全第一! 退避ヨーシ!」
カイトはマクシムの抗議を現場監督の威厳でバッサリと切り捨てると、安全圏から再び右手を高く振り上げた。
「黒竜川の河道短絡、完全通水やるよー! 上流ハッパ、点火ぁぁっ!!」
そこには、バリケードの内側で両手で耳を塞ぎ、口をポカーンと開けながらブルブル震えているマクシムの姿があった。
「……」
「……」
「ちゃんと聞いておるではないか……」
「先ほどの威勢はどこに行ったのでしょうな……クククッ」
ガイゼル総監とオデール伯爵は、そのあまりにも滑稽な連邦査察団の姿を見て、危うく吹き出しそうになるのを必死に堪えていた。
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