第36話 半日の奇跡、予兆なき来訪者
現場では、木製の天秤が組まれていた。その天秤の片方には、空のコンテナがぶら下がっている。
「はい、こっちを重くしてー!」
橋桁が天秤クレーンに繋がれると、カイトが遠くから元気な声を張り上げた。コンラッド中尉の手信号に合わせ、魔法使いの工兵たちが『引き寄せ(アポーツ)』の魔石を使って、散水用の池からコンテナへ水を移していく。
「よし、高さ微調整! 右の重り(コンテナ)を少しだけ減らせ!」
ジャバジャバと水が抜かれ、コンテナの総重量が変わるたび、天秤のバランスがシーソーのように精密に傾く。数トンはある橋桁が、ミリ単位で沈み込み、橋脚の溝へ吸い込まれていく。
ガコンッ!
「……入ったァッ!!」
誰かの歓声が上がる。寸分の狂いもない完璧な噛み合わせだ。
法面で指揮を執るマルコが怒鳴った。
「こっちの法面も負けてられねぇぞ!」
橋の足元――新水路の両脇の斜面では、黄色いヘルメットを被ったマルコたち南部衆が、別の戦いを繰り広げていた。
彼らが斜面に張り付けているのは、泥靴村で血の滲むような思いをして編み方を学んだ、あの『粗朶マット』だ。
むき出しの土の斜面に、激流を直接ぶつければ一瞬で抉り取られてしまう。それを防ぐため、分厚く編み込まれた竹製の粗朶マットをクッションとして敷き詰め、長い木杭でガッチリと岩盤に固定していく。
「継ぎ手ヨシ! ピン打ち込めェッ!」
コンラッドが橋の架設を行っている工兵に大声で叫ぶ。
「野郎ども、こっちも粗朶を固定だ!杭打ち込めェッ!!」
こっちはマルコの号令で、南部ガチムチ衆が一斉に掛け声を上げ、巨大な杭を接合部に叩き込む。まるで橋の上と下で競争をしている様だった。
「俺たちが泥靴村で学んだのは、まさにこの時のためだ! この粗朶で、黒竜川の激流を完璧に手懐けてみせろ!」
「おうッ!!」
マルコの熱い檄に男たちが泥だらけの顔で応え、杭を打ち込む木槌の音が響く。
カイトは橋の上から身を乗り出し、その様子を満足げに見下ろした。
「マルコおじちゃん、法面の粗朶は、隙間に石をいっぱい詰めておけば、お水がぶつかっても泥が逃げないから完璧だよ!」
カイトが太鼓判を押し、現場がさらなる活気に包まれる。
「よし、次行くよーおじちゃんたち、次の橋桁もってきてー!」
カイトが扇子代わりにしている木の枝を振るうと、新水路の上段である『第一ベンチ』に設けられた資材置き場から、威勢の良い掛け声が響いた。
「おう! こっちも負けらんねぇ!そーれ、押し出せェッ!!」
そこには、あらかじめ地上で組み立てられた巨大な橋桁が、出番を待つようにズラリと並べられていた。数十人の職人たちが太いロープを肩に掛け、丸太のコロに乗せられた数トンもの橋桁を、天秤クレーンの下へと次々にゴロゴロと滑らせていく。
魔法に頼らずとも、シーソーの原理と事前準備によって、巨大な橋が嘘のようなペースで組み上がっていく。
「……デックさん、今回の橋の工事、恐ろしく早くないすか?」
リックが呆然と呟くと、隣で古参のデックがすぐに頷いた。
「ああ、とんでもなく早い。大人数で無理やり組み上げるよりずっと正確だし、しかも誰も作業を迷わねぇ。……さすがは親方、『段取り八割』ってやつだな」
感嘆の声が漏れる中、職人たちによって二本目の橋桁が天秤クレーンの真下へと押し出され、素早く太いロープが掛けられた。
「よし、次だよ! コンテナのお水を入れて、橋を持ち上げるよー!」
「「「おうッ!!」」」
カイトの号令で、工兵たちがアポーツの魔石を池へ向ける。
次の瞬間、池の水が吸い上げられるように宙を走り、コンテナへと流れ込んだ。ジャバジャバと水が注ぎ込まれ、重り(コンテナ)が重くなると、代わりに二本目の橋桁がゆっくりと地面を離れた。
「高さヨーシ! ゆっくり沈めろ!」
「ピン打ち込めェッ!」
コンラッドの号令のもと、工兵たちは完全に一つの生き物のように連動していた。
法面で杭を打つ音が響く中で、橋の架設が進んでいく
一度目の橋桁で完全にコツを掴んだ工兵たちの動きに、もはや一切の迷いはない。
洗練された「事前準備」によって二本目、三本目と、巨大な橋桁が次々とクレーンで運ばれ、息を吸うように定位置へと収まっていく。
通常なら数ヶ月かかる巨大な架橋工事が、わずか半日のうちにその強固な骨格を現しつつあった。
「よし、骨組み完成! 次は上を歩くための『床版』のパネルを並べるよー!」
カイトの元気な声が響く。
すでに橋桁は架かっている。ここから先は、数百人いる作業員たちの『人海戦術』の独壇場だった。
「野郎ども! クレーンの出番は終わりだ! ここからは俺たちの足腰で見せ場を作るぞ!粗朶隊は残りの粗朶を法面に貼っていけ、残りは床版パネルを橋桁に敷いていくぞ!」
「「「おうッ!!」」」
マルコの号令とともに、南部のガチムチ衆と工兵たちが一斉に動き出す。
彼らが四人がかりで担ぎ上げてきたのは、ヤードであらかじめ作られていた、竹筋コンクリートの『床版パネル』だ。
「そーれ、位置合わせだ!せーの!」
……ドンッ!
「次持ってこい! どんどん敷き詰めろ!」
「このパネル、ここで使うんすね。何の部品かと思ってたっすよ」
ガンタがパネルを運びながら息を弾ませる。
「ああ、俺もだよ。掘削の裏で大工の親父たちが妙に平べったいモンを大量に作ってると思ったら、まさか橋の『道』そのものだったとは…」
サジが反対側を担ぎながら苦笑した。
男たちが掛け声を響かせながら橋桁の上を歩き、パネルをパズルのように次々とハメ込んでいく。
重機の精密な動きから一転、今度はマンパワーによって、骨組みだけだった橋が、みるみるうちに「一枚の路面」へと姿を変えていった。
「パネル敷き終わり! 最後に『魔導アイロン』で継ぎ目を馴染ませるよ!」
カイトの指示を受け、二十名の魔道兵たちが動いた。
彼らは橋の上に引き上げられた極厚の鉄板『ソリ型振動機』の周りに陣取り、一斉に魔力を流し込んだ。
キィィィィィィンッ!!
高周波の微振動が橋全体に伝わり、パネル同士の継ぎ目が自重と振動で沈み込み、完全にフラットな「一続きの道」へと変わっていく。
「信じられん……いくらプレキャストとはいえ、この規模の橋がたった半日で使えるまでに完成してしまうとは……」
コンラッドが戦慄する横で、カイトはトテトテと真新しい橋の上を歩き出した。手には小さなハンマーが握られている。
(ふぉふぉふぉ、良い出来じゃ! じゃが、最後に一番大事な仕事があるぞい)
カイトは法面の粗朶が崩れていないか、継ぎ目のピンやボルトの緩みがないか、コンコンと叩いて音を確認していく。
「一番ピン、ヨシ! 二番ピン、ヨシ!……床版パネルの強度、ヨシ! 」
カイトは橋の上から身を乗り出し、粗朶の様子も満足げに見下ろした。
「マルコおじちゃん、法面ヨシ! 粗朶ヨシ! 石詰めヨシ!だよ」
「おうよ!これがフェルメールでの実習の成果だぜ」
「よーし、みんな〜!これで大型馬車も渡れるよー!土台と道は完成だよー!」
わぁぁぁぁっ!! と、職人たちの割れんばかりの歓声が青空に響き渡った。
「でも、まだ『欄干』がないからね!大工のおじちゃんたち、欄干のパーツを急いではめ込んでね!」
「おう! 任せとけ親方! 出来立てほやほやの欄干を持ってくるぜ!」
一方その頃、新水路の上流と下流の端――黒竜川の水をせき止めている最後の土手の前では、バッカスとゼノスが最終工程の準備を終えていた。
「上流側の『ハッパ』の魔石、セット完了したぞ! ゼノス、そっちはどうだ?」
「下流側も完璧です、師匠! これでいつでもこの土手を吹き飛ばし、新水路に川の水を流し込めます!」
バッカスとゼノスが泥だらけになりながら、互いに満足げに親指を立て合う。すべての準備が整い、いよいよ歴史的な『通水』の瞬間が迫っていた。
現場がさらなる活気に包まれ、男たちがこの工事の山場を迎える、まさに、その直後だった。
「た、大変です親方! コンラッド中尉!」
見張りに立っていた若い兵士が、血相を変えて駆け込んでくる。
「国境の関所方面から、見たこともない重武装の軍隊がオデール領に向かって行進してきています! 先頭は真っ白な法衣を着た、連邦の神官兵です!」
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