第35話 標的はオデールの極秘要塞!
フェルメールでは関所が完成しつつあり、オデールの現場で、カイトたちが驚異的なスピードで橋を架けていた頃。
アルテリウム王国の王都の軍務局では、局長室に凄まじい怒声が響き渡っていた。
「……完全武装の僧兵数百人を引き連れて『親善特使』だと!? ドミナリアの狂信者どもめ、我々を舐めるのも大概にしろ!!」
報告書を机に叩きつけたケッセルベルク軍務局長が、怒りで顔を歪ませていた。
「公爵閣下。奴らの真の狙いは間違いなくオデール領……現在進行中の『黒竜川の架橋プロジェクト』の視察、および武力による妨害でしょう」
副官の言葉に、公爵はギリッと奥歯を噛み締めた。
(ドミナリア連邦の政変と、新政府の誕生。……国境がいずれきな臭くなることは予想していたからこそ、我々は急いでオデール領の兵站ルート確保に動いた。だが……連邦の動きがあまりにも早すぎる!)
公爵の脳裏をよぎったのは、北に鎮座する強大な『帝国』の存在だった。
(今、南東の連邦と事を構えれば、その隙を突いて北の帝国が必ず動く。我が国を挟み撃ちにする『二正面作戦』だけは何としても避けねばならない……!)
(まさか……カイトの『川を真っ直ぐにする』というあの途方もない大規模工事が、連邦の目を想定以上に刺激してしまったというのか!? もしそうなら、あの子供を現場に放り込んだ私の責任だ……ッ!)
公爵は机をバンッと叩き、鋭い声で叫んだ。
「あの常識外れの『子供』が率いる工兵部隊に、連邦の狂犬どもを近づけさせるわけにはいかん。……おい、ガイゼルを呼べ!」
公爵の怒号に応え、バンッと勢いよく扉が開いた。
現れたのは、磨き上げられた銀の甲冑を纏い、鋭い眼光を持った男だった。
「お呼びでしょうか、局長閣下!」
「おお、ガイゼル総監。貴様の率いる機動部隊……王国軍『騎兵部』の出番だ」
王国において最高の機動力を誇る騎兵部のトップ、ガイゼル侯爵が不敵な笑みを浮かべて一歩前に出る。
「状況は聞いております。国境で吠えている連邦の野犬どもに『王国の挨拶』をしてくればよろしいのですね?」
「馬鹿者、早まるな。建前はあくまで『親善特使の護衛と監視』だ」
公爵はガイゼルの言葉を鋭く制し、声のトーンを限界まで落とした。
「いいかガイゼル。連邦の真の狙いは『挑発』だろう。我々に先制攻撃をさせ、それを口実に本格的な侵攻を正当化する気だ。一振りでもこちらから剣を抜けば、北の帝国にまで付け入る隙を与えることになる」
ガイゼルの表情から好戦的な笑みが消え、厳格な軍人の顔へと引き締まる。
「……二正面作戦、ですか」
「そうだ。だからこそ、奴らがオデールの現場で妙な動きを見せても……絶対にこちらから手は出すな。圧倒的な威圧と機動力で『封じ込めろ』。血を流さずに、奴らを追い返すのだ」
現場の軍人に「剣を抜かずに武力集団を退けろ」と命じる、あまりにも理不尽で困難な要求。だが、ガイゼルは一切の躊躇なく、胸に拳を当てて力強く頷いた。
「ハッ! 我が騎兵部の誇りにかけて。奴らに現場の工兵どもを指一本触れさせず、かつ『戦端も開かせません』!」
ガイゼル総監はマントを翻して、足早に部屋を後にした。
***
四日後。監視軍が来るまでのらりくらりと躱し続けていたヴァルデン辺境伯に、痺れを切らした連邦の査察官・マクシムは、不敵な笑みを浮かべ、本国から送られてきた一枚の書状を突きつけた。
「ヴァルデン辺境伯。我々を止める理由はもうないな。オデール領の黒竜川で、王国軍が妙な施設を作っているという報告を受けている。それが軍事に使える代物なら、立派な条約違反だ。よって視察団として現地に入らせてもらうぞ!」
「……密告、だと?」
「そうだ。もしや、何か後ろめたいことでもあるのか?」
マクシムが挑発的に口元を歪めた、その時だった。
関所の外から馬蹄の音が響き、王国軍の騎兵部隊が姿を現し、先頭の黒馬から、銀の甲冑を纏った男が周囲を睥睨した。
王国軍騎兵部総監、ガイゼル侯爵である。
「ほう、面白い。ならば視察させてやろう」
ガイゼルは鼻で笑いながら、マクシムを鋭く見据えた。
「その代わり、少しでも不審な動きがあれば……即座にその首を刎ねるが、覚悟はいいか?」
「ふん、脅しは無用だ。……我ら査察団が、貴国がいかに悪辣な要塞を築いているか、白日の下に晒してやろう」
マクシムは勝利を確信したように薄笑いを浮かべ、完全武装の僧兵を引き連れて進軍を開始した。
「……本当によいのですか、ガイゼル総監。奴らをみすみす国内に入れてしまって」
マクシムたちが意気揚々と関所の門を通り抜けていくのを横目に、ヴァルデン辺境伯が忌々しげに小声で尋ねた。
「いくら貴公の騎兵部隊が監視すると言っても、オデールの現場には軍の工兵だけでなく、民間の職人もいますぞ。万が一にも奴らが暴れ出せば……」
「案ずるな、ヴァルデン卿」
ガイゼルは鼻を鳴らし、猛禽のような笑みを深めた。
「奴らが見たがっている『極秘の要塞』とやらを、たっぷりと拝ませてやればいいのだ。……もっとも、連邦の狂信者どもの貧弱な想像力で、理解できればの話だがな」
一方、先頭を進むマクシムは、王国の軍人たちが言い訳できずに青ざめているのだと解釈し、内心でほくそ笑んでいた。
(愚かな王国軍め……。ガスパール総督の報告によれば『邪教集団が要塞』を築いているという話だったな……ふん、それを放置して邪教集団に良いように工事をさせているなら立派な条約違反になる)
マクシムは鼻を鳴らし、内心で冷笑した。
(それに、現地に行って、ただの土木作業員しかいなければ『邪教の拠点を隠蔽した』と断じればいい。もし本当に王国軍が何かを隠しているのなら、我が異端査察団がすべてを浄化するまで。どちらに転んでも、我らの武勇を示すには好都合だ)
連邦が誇る精鋭部隊の足音が、地鳴りのように響き渡る。彼らの背後には、ガイゼルの精鋭騎兵部隊が逃げ道を塞ぐようにぴたりと張り付いていた。
彼ら査察団はまだ知らない。
自分たちがこれから乗り込もうとしている「要塞」が、軍事基地などではなく、黄色いヘルメットを被って泥遊びに興じる子供が指揮する、河川改修の現場であるという事実を。
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