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第31話 ヘルメットが邪教認定された日

シャドウとノワールが待機部屋で証拠保全を遂行していた頃。

壁一枚隔てた大聖堂の奥では、まだ議会は続いていた。


「……待て、ガスパール総督」


氷のように冷ややかな声が、議場の熱をスッと下げた。新政府の軍務卿である。


彼は組んだ指の上に顎を乗せ、射抜くような鋭い視線で総督をねめつけた。


「オデール領といえば、国境から五十キロ以上も内陸に入った場所だ。なぜ最前線の防衛を預かる貴様が、他国のそんな奥深くに潜む集団の詳細を知っている? ……まさか、我ら最高議会に無断で、軍を越境させたのではあるまいな?」


その一言で、議場の空気が一瞬にして凍りつく。


無断の越境は、下手な釈明をすれば即座に反逆罪で首が飛ぶ重大な軍律違反だ。


軍務卿の冷徹な追及に、神官たちの視線も一転して疑念へと変わる。


しかし、ガスパールは内心で(かかった!)とほくそ笑みながら、悲劇の英雄を演じるようにゆっくりと胸を張った。


「……皆様。先日、アルテリウム王国の辺境の村が焼き討ちに遭い、あろうことか『我ら連邦の旗』が残されていた事件をご存知ですか?」


「なんだと! 誠か? それが本当ならば、我が国を陥れるための卑劣な工作だ!」


その瞬間、議場の空気が大きく揺れた。

神官たちが顔を見合わせ、ざわめきが波のように広がっていく。


「誰の仕業だ……」

「連邦を戦争に引きずり込むつもりか?」

「王国側の自作自演ではないのか?」


低い声が幾重にも重なり、静粛だった議場は一気に騒然となった。


「……静まれ!」


議長役の神官が杖を鳴らすと、ざわめきは徐々に収まっていく。

やがて軍務卿が細く目を眇めた。


「……だが、それがこの件とどう繋がるというのだ?」


「私は! 我が神聖なる連邦の旗を騙り、皆様の顔に泥を塗った『真の犯人』を突き止めるため……そして何より、新政府の潔白を証明するために、あえて汚名を被る覚悟で極秘裏に追跡調査を行っていたのです!」


ガスパールはわざと声を震わせ、信仰心と忠誠心に溢れた殉教者の表情を作った。


「国境の厳重な警備を潜り抜け、憎き犯人の足跡を執念で辿った先……それがあのオデール領の深い森でした。そして、そこで見たのです! 山を割り、笑いながら大地を蹂躙する黄色い冠の狂信者どもを! 間違いありません。あの村を焼き払い、我が国に罪を擦り付けた真犯人は……オデール領の邪教集団だったのです!!」


「「「おおっ……!!」」」


軍務卿の冷徹なロジックを『宗教的な大義』で強引に上書きした瞬間、議場の空気は爆発した。


神官長がガタッと席を立ち、感極まったように総督を見つめる。


「なんと……総督よ。貴殿は我らが連邦の威信を守るため、自らの命を懸けて敵の懐まで潜入してくれたというのか!」


「すべては連邦の正義、そして我らが教義のため! ……ですが、奴らの持つ魔導兵器の前に、私の連れて行った調査部隊は塵一つ残さず『お掃除』されてしまいました……無念ですッ!」


総督の迫真の嘘泣きが、議場の空気を「疑念」から「完全なる義憤」へと完全に染め上げた。


軍務卿でさえも、この狂信的なうねりの前にはもはや口を挟むことができない。


「許さん……! 我らが神聖なる旗を穢した上に、年端も行かない子供を神と偽る邪教の巣窟を作り上げるとは! アルテリウム王国のオデール伯爵も、この邪教と結託しているに違いない!」


ダンッ!!


神官長が純白の錫杖を大理石の床に強く突き立て、議場全体に厳かに宣言した。


「直ちに動くぞ。ただし、正規軍を動かせば全面戦争の口実を与えることになる。……表向きは『国境付近の環境調査および親善特使』として、我が連邦が誇る精鋭の『異端査察団』をオデール領へ送り込め! 黄色い冠の狂信者どもを一人残らず浄化し、我らが潔白を証明するのだ!」


「「「はっ!!」」」


神官たちの熱狂的な合唱が大聖堂に響き渡る。


こうして、連邦側の「村を焼いたのはオデールだ(総督の嘘による勘違い)」により最悪にねじれた因縁を抱えた重武装の特使が、カイトたちの平和で爽やかすぎる土木現場へと向かうことが決定したのだった。


***


一方、『異端査察団』の派遣が決定した数日後。


アルテリウム王国、国境を預かるヴァルデン辺境伯の執務室は、凍てつくような殺気に包まれていた。


「……申し上げます。国境の村を焼き討ちにした実行犯を追跡中の『クロ』より、焼け跡からこれが複数発見されたと報告がありました」


報告に訪れた騎士が、すすで汚れ、焼け焦げた布切れを執務机の上に広げる。


それは、粗悪な布地で作られた『ドミナリア連邦の旗』であった。


「……ほう」


ヴァルデン辺境伯は、その焼け焦げた旗を冷たい目で見下ろした。


同席していたオデール伯爵も、不快げに眉間を揉みほぐしている。


彼は今日、自領の黒竜川で行う河道短絡カットオフ工事が、下流のヴァルデン領の用水路に与える影響を事前にすり合わせるため、この場を訪れていた。極めて前向きで平和的な会談だったはずなのだ。


「わざわざヴァルデン卿の領民を焼き殺し、ご丁寧に自国の旗を残していくとは……連邦の新政府とやらは、随分と舐めた挑発をしてくれるではないか」


オデール伯爵の低い声が響くのと同時に、執務室の空気が急激に凍てついた。


ヴァルデン辺境伯の怒りで無意識に漏れ出た魔力が、彼の腕に巻かれた魔石へと流れ込み、ぞっとするような冷気となって周囲を圧迫しているのだ。


執務机に広げられた焼け焦げた旗の端に、ピシリと薄氷が張る。


「ああ。だが、ここで我々が軍を動かせば、それこそ連邦の思う壺やもしれん。……しかし、領民を焼かれて黙っているわけにはいかん」


ダン!という音と共に焼け焦げた旗に拳を叩きつけた、まさにその時だった。執務室の扉が乱暴に叩かれ、国境警備の伝令が血相を変えて飛び込んできた。


「ほ、報告いたします! 連邦側に潜ませた草より急報! 大規模な武装使節団が、黒竜川の東にある『連邦側の国境砦』に向けて進軍中とのことです! 奴ら『国境付近の環境調査および親善特使』という触れ込みのようですが、どう見ても完全武装の軍隊です!」


「……なんだと!?」


オデール伯爵がガタッと席を立った。


村を焼いておきながら、数日後に白々しく「親善特使」を名乗って大軍を国境に集結させる。それはもはや、明白な『宣戦布告』の前触れに等しい。


「奴ら、東の砦から橋を渡り、一気にアルテリウム王国へ強行突破する腹積もりか……!」


「おい、直ちに我が砦の守りを固めろ! 決して橋を渡らせるな!」


ヴァルデン辺境伯が伝令へ向けて鋭く命じ、すぐさまオデール伯爵へと視線を向けた。


「直ちに王都に知らせ、『監視軍』を急行させよう。……オデール卿。貴殿にも手伝ってもらうが良いか? ?黒竜川を渡ろうというのであれば他人事ではあるまい」


「もちろんです、ヴァルデン卿。連邦のふざけた特使を迎撃し、この旗の落とし前をつけさせてやりましょう」


こうして、連邦側の『村を焼いた邪教を浄化する』という狂信と、王国側の『村を焼いた連邦に落とし前をつける』という激怒が、一直線に交わることとなった。


両国の国家レベルの思惑と殺意が、結集していくのだった。

本日もお読みいただき、ありがとうございました!

もし「面白い!」「カットオフ工事が戦争の火種に!」「物は言いようなんだな」と思っていただけましたら、

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