第30話 敵の敵はクロい味方
シャドウと、ノワールの二人は至近距離で睨み合っていた。
「……掃除? お前、あいつらを逃がすための殿じゃないのか?」
「……は? お前こそ、ネズミ共が仕掛けた伏兵じゃねえのか?」
鋼が軋む音が、ピタリと止む。
シャドウの小太刀と、ノワールの双短剣。互いの急所を捉えていた刃が、ゆっくりと力を失っていく。
「俺は、あるお方から『ゴミの出処を掴め』と命じられた追手だ。罠を警戒して索敵していた」
「……俺は、主君から『ネズミ共を始末しろ』と命じられた追手だ。同じく罠を警戒していた」
二人は静かに距離を取り、同時に深く、ひどく疲れ切ったようなため息を吐いた。
「……つまり、同業者か」
「……らしいな。無駄な体力を使わせやがって」
互いに殺気を収めると、先ほどまでの死闘が嘘のように、森に静寂が戻る。
「……生け捕りにして情報を吐かせるのが先だ。殺すのはその後でいいか?」
「チッ……。手柄を独り占めする気なら後ろから刺すぞ。……巣まで案内させるなら、途中で息切れして置いていかれるなよ」
二つの影は再び夜の森へと溶けた。今度は、同じ標的の『巣』へ向かって。
***
それから丸一昼夜。
工作部隊の背後を音もなく追跡し、広大な国境の森を越えたシャドウとノワール。
逃走で疲労困憊の標的が、ようやく逃げ込んだ先は、ドミナリア連邦の辺境・ガスパール州の総督府だった。
(……ここがネズミの巣か。この州の総督が裏で糸を引いていたんだな)
シャドウがそう当たりをつけ、いざ潜入の算段を立てようとした矢先――隣に潜むノワールが鋭く短く囁いた。
「……待て。まだ動きが止まらねえぞ」
見れば、工作部隊から報告を受けたであろうガスパール州総督が、慌ただしく馬車に飛び乗るところだった。飛んできた土砂で衣服は汚れ、あちこちが破れたままだ。
わざと着替えず、『激戦を潜り抜けて命からがら逃げ延びてきた』かのような姿を意図的に作っている。
「……あの格好のまま、どこへ行く気だ?」
訝しむ二人は再び気配を殺し、総督の馬車の後を追い続けた。
それから、さらに三日。
馬車は連邦の領土をさらに深く、中央へと向かって延々と走り続けた。
暗部である二人にとって、野営もせずに馬車の速度に合わせて尾行し続けること自体は造作もなかったが、国境からこれほど離れた奥地へ向かうという事実が、事態の異常さを物語っていた。
やがて三日目の夕刻。
二人の眼前に、巨大な尖塔や荘厳な大聖堂が立ち並ぶ巨大な都市が現れた。
「……ここは?」
「……最悪だ。ここはドミナリア連邦の新政府最高議会がある『聖ミレア州』だ」
「先日のクーデターによって、この狂信的な連中が連邦の指導的立場に成り代わった。……よりにもよって、今一番厄介な相手のド真ん中ってわけだ」
ノワールが苦い顔で吐き捨てる。
眼下では、泥まみれのガスパール総督を乗せた馬車が、重武装の僧兵たちが守る重厚な城門を抜け、城壁の中へと入っていくところだった。
「……行くぞ」
二人の暗部は総督の馬車を見送ると、高い城壁の死角へと音もなく滑り込んだ。
手早く鉤縄を掛けて垂直の石壁を駆け登り、警備の目を容易く掻い潜って城内へと侵入する。
そのまま石造りの街並みを屋根伝いに高速で移動し、総督が悲痛な顔を作って足を踏み入れた最高会議の議場――歴史ある大聖堂の屋根へと音もなく飛び移ると、そのまま換気口を抜けて議場の天井裏へと潜っていった。
***
天井裏で息を殺して張り付いていた二人は、眼下で繰り広げられるガスパール総督の熱演を見下ろしていた。
「新政府の皆様! 恐るべき事態です! アルテリウム王国のオデール領に、我らが教義を根底から否定する『邪教集団』が誕生しております!」
総督は悲痛な声を張り上げた。
「彼らは統一された『黄色い聖冠』を戴き、あろうことか子供を教祖として崇拝! 魔法で山を砕き、森を吹き飛ばす『未知の魔導兵器』を大量配備しています!」
(黄色い聖冠……安全ヘルメットのこと?)
シャドウはあまりの馬鹿馬鹿しさに頭痛を覚えた。
しかし、事態は極めて深刻だった。議場の空気は、総督の迫真の嘘泣きによって「完全なる義憤」へと染まりきってしまったのだ。
(……これ以上の深追いは無用だな。一度オデール領へ戻り、若様と……クララ様たちにこの情報を持ち帰るのが先決だ)
シャドウが目配せし、二人が侵入経路を引き返そうとした、その時だった。
議場の隣にある、総督の随行員たちが控える待機部屋。その換気口から、聞き捨てならない会話が漏れ聞こえてきた。
『しかし総督も恐ろしいことを考えるよな』
『ああ。聖ミレア州は自国の宗教しか認めないことで結束してきた連中だ。「邪教集団が隣国に現れた」と知ったら、真っ先に動くんじゃないか?』
『連邦の特使を派遣させるって息巻いてたしな。……総督の狙い通り、それで聖ミレアの連中と王国軍がぶつかって互いに疲弊したところで、ウチらが全ていただくってやつだろ?』
『さすが総督閣下だ、こういうことを考えさせたら右に出るものはいないな』
下卑た笑い声が響く待機部屋。
しかし、その笑い声の頭上に、音もなく二つの影が舞い降りていたことには誰も気づかなかった。
「……なるほど。保身だけでなく、共倒れを狙った火事場泥棒か」
声に、男たちが弾かれたように振り向く。部屋の隅の影が揺らぎ、シャドウが小太刀を抜き放ちながら静かに立ち上がっていた。
男が腰の剣に手をかけようとした瞬間、彼の背後の空間からノワールが滑り出る。
「……悪いが、その完璧な筋書きは『不採用』だ。俺の主君の領地を、てめえらの安い芝居の舞台に使うんじゃねえ」
数分間。
その待機部屋からは、鈍い打撃音と、短く押し殺された悲鳴がいくつか聞こえてきたが、隣の議場で白熱する怒号にかき消され、異変に気づく者は誰もいなかった。
やがて、争う音は完全に途絶えた。
シュッ、と刃についた血糊を振り払い、二つの影は同時に小太刀を鞘に収める。
部屋の中には、綺麗に猿轡を噛まされ、衣服を剥かれ手足を縛り上げられたガスパールの部下たちが転がっていた。
「……情報は十分だ。だが、手ぶらで帰るわけにはいかないな」
シャドウは懐から暗部特製の黒い大袋を取り出した。
「ああ。こいつらは村を焼いた自作自演の『生きた証拠』だ。王国の尋問室で、たっぷりと歌ってもらう」
ノワールも手際よく男たちを袋に詰め込み、「梱包」していく。
「旦那様の領地の焼け跡に残されていた、あの安っぽい『連邦の旗のレプリカ』……あれとこいつらの自白を突き合わせれば、ガスパールの描いた三文芝居は完全に破綻する」
「連邦の異端査察団とやらが来る前に、この『手土産』を陣地に持ち帰るぞ」
シャドウとノワールは、奪い取った手下たちの服を素早くその身に纏い、完璧な偽装を施した。
そして『生きた証拠』の入った袋を軽々と担ぎ上げると、目配せを交わす。
彼らは気絶した男たちをガスパールが乗ってきた馬車に積み込み、何食わぬ顔で御者と護衛の定位置についた。
夜の闇へ溶け込むように車輪の音を遠ざけながら、二人の暗殺者は今度こそ完全に、連邦の中枢からその姿を消したのだった。
本日もお読みいただき、ありがとうございました!
もし「面白い!」「続きが気になる!」「さすが総督閣下だ!嘘泣きが上手い」と思っていただけましたら、
ページ下部より評価とブックマークでの応援をよろしくお願いいたします!




