第29話 湧水は無料のインフラ
オデール領の黒竜川・河道短絡工事現場は、抜けるような青空の下、活気と爽やかな汗に包まれていた。
「よーし! 第一ベンチの瓦礫、お掃除完了です!」
「よし、丁張のライン確認! 落石ヨシ! 足場ヨシ!」
「第二ベンチ、発破組入ります! 導火線(魔力パス)繋ぎました!」
現場に響き渡る、職人たちとエリート工兵たちの威勢のいい声。
『お掃除』で吹き飛ばされた瓦礫の跡には、巨大な岩山を『階段状』に削り出したような美しい平場――ベンチカットの跡が綺麗に現れていた。
(よーし! 初めてにしては見事なベンチカットじゃ! ここからは下の段でハッパ組が岩を砕く裏で、この広くて安全な第一ベンチ(上段)を『資材の組み立て工場』にするぞい!)
「大工さんと石工のおじちゃんたちは、王都から持ってきた材料とここの竹で、『橋のパーツ』をどんどん組み立てておいてねー!」
「お、おう! 分かったぜ、坊ちゃん……いや、親方!」
オデール伯爵に呼ばれてやって来た大工の代表が、引き攣った笑みを浮かべて慌てて頷いた。彼はチラリと、カイトの指示でスコップを振るう南部の屈強な男たちへと視線を向ける。
(……おいおい、冗談だろ。あのオデールの荒くれ者どもを束ねるマルコを、こんなちっこい子供が完全にアゴで使ってやがる……。おまけに軍のエリート様まで、子供を肩車してご機嫌じゃねえか。この現場、一体どうなってんだ!?)
職人たちが「泥靴村の狂ったヒエラルキー」に戦慄している横で、当のエリート工兵・コンラッド中尉は興奮気味に声を上げた。
「カイト君、これ本当に素晴らしい工法だね! 階段状にして落石や滑落のリスクを防ぐだけでなく、確保した上の安全な平場をそのまま『資材の組み立て場』にしてしまうなんて……!」
コンラッドは興奮したように下段の掘削現場と、上段の組み立て現場を交互に見比べた。
「危険な水際での作業時間を劇的に減らしつつ、掘削と組み立てを同時に進めて工期を短縮する……。我々王都の工兵部でも、直ちにこの『並行作業』と『事前組み立て』の概念を正式採用するよう進言するよ!」
黄色いヘルメット(聖冠)を被り、コンラッド中尉の肩車の上で満足げに頷く現場監督。その周りでは、王都のエリートと南部のガチムチ職人たちが、完全に一つのチームとして連携し、凄まじいスピードで山を削り出していた。
ドーン! ドーン!!
リズミカルな小規模爆破の音が響き、硬い岩盤が崩れる。
「はいそこ、土煙吸い込まないように防塵布ヨシ! 次、エア・バズーカで細かいチリ飛ばすよー!」
「おう! 終わったら俺たちマンパワー組が均しに入るぜ! そーれ、一、二、一、二!!」
魔法で岩を砕き、風でチリを払い、屈強な男たちがツルハシとスコップで美しい平場を仕上げていく。
誰も血を流さず、誰も裏切らず、ただ純粋に「良い道(橋)を作る」という一つの目標に向かって、全員が最高の笑顔で汗を流している。
「……平和だなぁ」
誰かがふと漏らしたその言葉に、現場の全員が「全くだ」と笑い合った。
しかし、その爽やかな空気を切り裂くように、下の段から焦ったようなサジの声が上がった。
「だ、第一小隊ストップ! 岩肌から水が吹き出してきた! 水脈に当たったぞ!」
見れば、職人がツルハシを入れた岩の隙間から、結構な勢いで澄んだ地下水が噴き出している。
せっかく綺麗に均した平場が、あっという間に泥濘に変わっていく。
「いかん、足場が緩んで滑りやすくなるぞ!」
「コンラッド中尉! 土魔法の部隊を呼んで、急いで岩の穴を塞ぎますか!?」
エリート工兵たちが顔色を変えて対応に走ろうとする。
山を削る工事において、予期せぬ出水は斜面崩落や作業遅延を招く厄介なトラブルだ。彼らが慌てるのも無理はない。
だが――。
(ふぉふぉふぉ、水が出たからといってこの世の終わりみたいな顔をしおって。山の工事で水脈にぶつかるなんて日常茶飯事じゃ。だいたい、水を力ずくで塞ごうとしたら、圧力の逃げ場がなくなって、今度は別の脆い場所から一気に噴き出して大惨事になるのがオチじゃろうが。エリートさんもまだまだ青いのう。暴れる水は、無理に逆らわず手懐けて『タダ働き』させるに限るわい)
カイトは内心で少し皮肉めいた笑いを浮かべながら、コンラッドの頭をポンポンと叩いた。
「コンラッドお兄ちゃん、ストップだよ! 穴、ふさいじゃダメ!」
「えっ? し、しかしカイト君、このままでは足場が泥だらけになって作業が……」
「だからね、お水さんに『通り道』を作ってあげるの! 岩の壁のすぐ下に、真っ直ぐな溝(側溝)を掘って!」
カイトが小さな指で、岩肌の根元をスーッと指差す。
「掘った溝の先に大きめの水たまりを作って、そこに全部お水を集めるの! そしたら足元が泥んこにならないよ!」
「さすが親方。水を逃がして、そのまま現場で使うんすね!」
ガンタが感心し、職人たちがすぐさまカイトの指示通りに動き、岩肌の根元に沿ってサクサクと細い排水溝を掘り進める。あっという間に湧き水は溝に沿って流れ出し、足場の泥濘化は見事にストップした。
「ふぅ……助かった。的確な指示だ、さすがカイト君」
コンラッドが安堵の息を吐く中、子供現場監督はさらに無邪気な笑顔で追撃を放つ。
「集めたお水は、ハッパ(爆破)の前に地面に撒く(散水)んだよ! そうしたら土煙がもっと減って、お掃除が楽になるでしょ? 終わったらみんなの泥んこブーツも洗えるし、天然のシャワーだね!」
「「「おおおおおっ!!!」」」
現場の大人たちの間に、どよめきと歓声が爆発した。
「厄介な湧き水を、まさか『無料の散水』と『洗い場』として再利用するとは……!」
「俺たち、わざわざ下の川まで水汲みに行ってたのに、現場のド真ん中に水道が引かれたようなもんじゃねえか!」
「若様、マジで天才かよ……!!」
ピンチを安全にやり過ごすだけでなく、ちゃっかり現場の作業環境(QOL)向上にまで繋げてしまうカイトの圧倒的な『現場力』。
「コンラッドお兄ちゃん、後でここに水車作っておいて」
「水車ですか?」
「後で使うコンテナの揚水が出来るか試したいの。よろしくね」
「ああ、木製の天秤に使う用にですね」
「うん!じゃあ水も確保できたことだし、第二ベンチのハッパ組、ガンガンいくぞー!!」
「「「おう!!!」」」
こうして、河道短絡工事は着々と進んでいった。
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