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第28話 ネズミを追う黒い者たち

「ハァッ……ハァッ……! な、なんだあの中央軍も顔負けのバケモノ共は……!」


アルテリウム王国、オデール領の深い森の中。


ドミナリア連邦ガスパール州総督は、飛んできた大量の土砂で泥まみれになった外套をを引きずりながら、必死の形相で逃走を続けていた。


周囲を固める工作部隊の精鋭たちも、顔面を蒼白にしている。

先ほど彼らが目撃した光景は、まさに地獄だった。


巨大な岩山が轟音と共に木っ端微塵に吹き飛び、それを「お掃除」と称する見えない暴風が、瓦礫ごと自分たちを吹き飛ばそうとしたのだ。しかも、その中心でゲラゲラと笑っていたのは、黄色い奇妙な冠を被った『子供』だった。


「……総督、追手が来るかもしれません。足跡を消しながら、慎重に国境へ戻りましょう」


部下の一人が小声で進言し、総督も無言で頷く。


見つかれば殺される。その恐怖から、彼らは最初は息を殺し、枝一つ折らないように細心の注意を払って森を退却していた。

だが――。


木の根に腰を下ろし、泥まみれの息を吐き出していた総督の脳裏に、ふと『ある考え』が閃いた。


(……待てよ? なぜ私がこんな惨めな思いをして逃げ隠れしなければならない? 今、我が連邦の中枢『聖ミレア州』を牛耳っているのは、異端を絶対に許さない狂信的な新政府の連中だ)


総督の濁った瞳に、ギラリと狡猾な光が宿る。


(黄色いお揃いの冠……山を吹き飛ばす未知の魔法……そして、それを操る悪魔のような幼児……。これを『我が連邦の教義を脅かす、邪悪な新興宗教』として中央に報告したらどうなる……?)


これまで新政府に反発していた自分だが、この「国家を揺るがす異端の存在」を誰よりも早く報告し、しかも自分がその最前線で体を張って調査していたとアピールできれば?


新政府は確実に動く。厄介な王国軍と狂信者どもをぶつけて共倒れにさせ、自分は安全圏からその手柄だけを独り占めできる!


「……っ! これだ!!」


静寂の森の中で、総督は突如として歓喜の声を上げた。


「そ、総督!? 大声を出すと追手に見つかります!」


「構わん!! 隠れて逃げている場合ではない! 一刻も早く、誰よりも早く、この『素晴らしい情報』を中央へ持ち帰るのだ!」


「は……? 中央にですか?」


「急げ! このまま聖ミレア州まで行くぞ! 馬車まで走れ!!」


総督は立ち上がると、先ほどまでの慎重さなど完全に忘れ去り、バキバキと太い枝をへし折りながら、最短距離で森を突き進み始めた。


「あっ、総督!? お待ちを、そんなに足跡を残しては――!」


「ええい、構わんと言っておる! どうせあんな幼児を崇めている狂人どもに、まともな追跡などできはせん! それよりも時間だ! 私のこの完璧な策が冷めないうちに議会へ乗り込むのだ!!」


もはや隠す気すらなく、泥まみれのまま興奮状態で森を荒らしながら爆走していく総督。


工作部隊の男たちも、慌ててその後を追って無様な足跡をボロボロと残していった。


***


逃走する工作部隊の足跡は、もはや隠す気すらないほど森を荒らしていた。


しかし、折れた枝や無造作な踏み跡を前に、シャドウの歩みは逆に慎重さを増していた。


(……足跡が露骨すぎる。恐怖でパニックに陥っていると見るべきか? いや、追手を特定のルートに誘い込んでいる『罠』の可能性も考慮するべきだ)


シャドウは気配を極限まで殺し、ただ足跡を追うのをやめた。進行方向の死角――仮に自分が追手を迎え撃つなら必ず潜むであろう、絶好の『狙撃地点』へと意識を集中させる。


すると、狙い違わず、前方の太い樹木の陰に、濃密な闇に溶け込むような「一つの気配」が潜んでいるのを察知した。


(……いたぞ。追手を刈り取るために待ち構えている、あの『殿』だ!)


シャドウは小太刀を抜き放ち、厄介な伏兵を先手で潰すべく、音もなく跳躍した。


一方、樹木の陰に潜んでいたノワールもまた、全く同じ思考に行き着いていた。


(……無様な足跡だ。だが、この先にネズミ共が『伏兵』を置いている可能性は高い)


そう考え、先回りして死角を索敵していたノワールの頭上に、突如として鋭い殺気が降ってくる。先ほど交戦した、あの小太刀使いだ。


(チッ……! 案の定、待ち伏せてやがったか!)


迎撃すべく、ノワールも双短剣を構えて太枝を蹴った。


ガギィィィッ!!


暗闇の空中で、二つの影が激突する。


そのまま縺れ合うように地面へ着地し、再び死闘の火蓋が切られた。


「……ッ、よほどあのゴミ共を逃がしたいらしいな! ご丁寧に罠まで張りやがって!」


シャドウが刃を押し込みながら、低く冷たい声で吐き捨てた。


「は……? 誰が罠だ! 俺の『掃除』を待ち伏せで邪魔してんのは、てめえだろうが!!」


ノワールが筋力で押し返し、双短剣をギラつかせて吠える。


「は…?」

「は…?」


激しい鍔迫り合いの中、至近距離で睨み合う二人の間に、ほんのわずかな「間」が生まれた。


本日もお読みいただき、ありがとうございました!

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