第25話 発破と迎撃魔法
森の奥では、ガスパールの工作部隊が音もなく集結を続けていた。
「ようやく半数程度は集まったが、総督はまだか?」
地図を出したもう一人の斥候が指を差しながら答える
「総督は、副長を迎えに行っているようだからな、多分敵に見つからないように遠回りしてるんだろう」
ただ、静かな殺意だけが工事現場に向かって忍び寄っていた。
一方、Ωカーブの工事現場では四百五十人のマンパワーによる「一段目のベンチ掘削」が、予想以上に順調に進んだ。
「よし! 一段目、完成だ!」
コンラッド中尉の号令が響くと、男たちの歓声が上がる。掘り返された土砂を運び出そうと、さらった時、スコップが岩盤に当たる硬い音が響いた。
「あっ、カイト様、岩盤が出てきました!」
マルコが汗を拭いながら報告する。カイトは黄色いヘルメットを直し、図面を確かめながら頷いた。
「うん、予定通り。ここから先はカチカチだから、ハッパにうつるよー」
すぐにバッカスとゼノスの二人が、発破用の魔石を運び始めた。
火属性と風属性を組み合わせた魔石だ。ミスリルでコーティングされた導線が、爆発を遠隔制御するために繋がれている。
カイトは小さな手に土魔法の魔石を握り、「穿孔」の魔法を発動する。深さ一メル、直径十セルの穴が次々と開いていく。
「ここに石をセットして……上から ねんどをぎゅっと押しこんで『フタ』をするよー」
「よし、魔石を埋めるぞ、導線はしっかり固定しろよ!」
「はい、師匠!」
穴の中に魔石を丁寧に収め、粘土で密閉。導線を百メルほど後方まで伸ばす作業が、素早く、しかし安全第一で進められた。
「みんな、よういはいい? ぜんいん後ろに下がってね!」
カイトの指示で、現場にいた全員が一斉に後退を開始した。工兵隊も南部衆も、訓練された動きで百メル後方の安全地帯へ移動する。
その動きを、森の境界から見ていた斥候たちがざわついた。
「おい……あいつら、急に離れていくぞ?」
「よし、偵察だ。もう少し近づくぞ。総督閣下に正確な情報を……」
そろそろと、黒い影が木々の間を抜け、現場に近づいていく。斥候たちはまだ、相手が工事中だとは思ってもいなかった。ただ「要塞建設の動きが止まった」としか見えていなかった。
安全地帯に到着したカイトは、導線の先端についたミスリルクリップを握り、明るい声で言った。
「みんな、耳をふさいでね! ……はっぱーっ!」
ドガァァァァァァァァァンッ!!
大地を揺るがす轟音が、オデール領全体に響き渡った。
岩盤が粉々に砕け、土砂と岩片が舞い上がり、巨大な煙柱が朝空に立ち上る。火属性と風属性の魔石が完全に連動し、制御された爆発が岩盤を効率的に破壊した。
「うぎゃーっ!?」
森の縁で偵察に来ていた斥候の一人が、爆風と轟音に驚いて腰を抜かした。地面にへたり込み、顔面蒼白で叫ぶ。
「や、ヤバいぞ! 王国の魔法部隊がいるッ! あれは……エクスプロージョンだ!」
「なに!? くそっ! 王国の魔導師が……本格的な迎撃魔法を……!?」
もう一人の斥候が、慌てて後ろの木陰に身を隠しながら声を震わせる。二人とも、工事のための「発破」だとは夢にも思っていない。ただ、黄色い兜の集団が一斉に後退した直後に起きた大爆発——それを「王国軍の魔導師による大規模攻撃魔法」としか解釈できなかった。
森の奥で待機していた本隊にも、轟音と煙が届いていた。
遅れて到着したばかりの総督の表情が、わずかに歪む。
「……何だ、あの爆発は。まさか、すでに要塞の防衛で魔導師が展開されていたというのか……?」
「これはまずいぞ、迂闊に近寄ったら、みんな焼き殺される!」
彼らはまだ知らない。
ここが「要塞」ではなく、ただの河道短絡工事の現場だということを。
そして、あの可愛らしい黄色いヘルメットの子供が、爆破作業まで完璧に段取りしていたということを。
爆煙がゆっくりと晴れていく中、カイトは耳を押さえていた手を離し、満足げに頷いた。
「やったー、きれいに割れたねー、じゃあ今度は石をどかすよー!」
工作部隊の斥候たちは、大樹の根元に身を縮め、冷や汗を流しながら工事現場を凝視していた。
彼らの目には、先ほどの「発破」が、自分たちを狙った『王国軍による無慈悲な先制攻撃』にしか見えていない。
「……ま、まずいぞ? 今のは……見つかったのか!?」
斥候の一人が、震える声で隣の仲間に問いかける。彼の顔面は、爆風で巻き上がった砂埃と恐怖で土気色に染まっていた。
「い、いや、落ち着け……まだ魔法が届く距離じゃない。あの威力なら、俺たちがここにいると確信して撃たれたものなら、今頃この森ごと焼き払われているはずだ。魔法は俺たちに向けて撃たれたものじゃないかもしれない……」
「じゃあ、誰か間違ってあそこに向かった奴がいたのか!? 州政府の連中か? それとも、俺たちの先行部隊の誰かがヘマをして、あの『黄色い悪魔』の魔法に巻き込まれたのか!?」
彼らは、カイトがただ「邪魔な岩を退かしただけ」だとは夢にも思わず、自分たちの潜伏がバレたのではないかと疑心暗鬼に陥っていた。
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