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第23話 再びオデールへ

オデール領へと続く南への街道。


先頭を行くのはコンラッド中尉の騎馬。

その後ろにカイトとクララの乗る馬車が続く。


さらに後方には、バッカスとゼノスの移動工房、一五〇名の工兵隊、そして山積みの資材を載せた大型荷馬車が長く尾を引くように続いていた。


ゼノスは一度ハルバードに戻り、店に「当分休業」の貼り紙を出し、急いで店内を片付けてからトンボ帰りで王都へ舞い戻ってきた。


どうやら今回の導線開発を、自分の手で最後まで見届けたいらしい。

一方、カイトの乗る馬車の中は、驚くほど静かだった。


「………」


窓の外では百五十名の工兵が立てる行軍の足音や、重い資材を積んだ荷車のきしむ音が響いているのだが、車内の空気はピンと張り詰めている。


(……ふぉふぉふぉ。こりゃあ、とんでもない「職人」と相乗りになっちまったわい)


カイトは、向かいの席に背筋を伸ばして座るクララを、こっそりと観察した。


馬車はどうしても路面の凹凸で不規則に揺れる。


カイトが「あ、揺れるな」と身構える前、クララは「若様、手すりをお持ちください」と静かに告げる。直後、ガタンと車体が揺れるが、事前に構えていたカイトは全く姿勢を崩さずに済んだ。


(まるで熟練の重機オペレーターのような先読みじゃ。あのアンナなら、馬車が揺れてお茶がこぼれそうになっても、超反応でカップを受け止めて一滴もこぼさんじゃろう。だが、このクララは違う……揺れること自体を事前に察知し、最適解の指示を出しよる)


試しに、カイトが少しだけ足をモゾモゾと動かしてみた。長旅で革靴が窮屈になり、足首を回そうとしたからだ。


すると、カイトが「靴を脱ごう」と踵を浮かせたその瞬間――。


クララは音もなく立ち上がり、カイトの足元に、肌触りの良いふかふかのフットレストをすっと差し出した。


「長旅で足の血流が滞り始めておりますね、若様。お靴を脱ぎ、こちらへ足をお乗せください。姿勢を崩すことなく、疲労を軽減できます」


「あっ……うん。ありがとう、クララ」


「それと」


クララはカイトの足元を整えながら、有無を言わせぬ微笑みを浮かべた。


「そろそろ喉の渇きを訴えられる頃合いかと存じますが、今の時間帯に甘いお菓子や果汁をお召し上がりになると、血糖値の急激な変化により馬車酔いを誘発する恐れがございます」


「……えっ」


(なんでこれから「おやつー!」って誤魔化そうとしたのがバレとるんじゃ!?)


「ですので、胃に負担をかけない適温のハーブウォーターをご用意しております。おやつの時間までは、あと四十分お待ちくださいませ」


スッ、と差し出された銀のカップ。


中には、カイトが今まさに一番欲していた「甘すぎず、冷たすぎず、スッキリとした飲み物」が完璧な状態で注がれていた。


(……完敗じゃ。なんちゅう先読み能力。アンナが『臨機応変の天才』なら、こっちは『事前察知の鬼』じゃな。リスクの芽を徹底的に摘み取り、スケジュールを秒単位で管理する。まさに現場の『安全衛生責任者』そのものじゃわい)


カイトは大人しくハーブウォーターをちびちびと飲みながら、頼もしくも恐ろしい「メイドの親方」の存在に、これからの現場生活がピシッと引き締まる予感を感じていた。


何一つ不自由がないのに、どこか落ち着かない十日あまりの行軍を経て、ついに見えてきたのは、あの荒ぶる黒竜川が大きく蛇行するオデール領の現場だった。


三十台もの大車列が巻き上げる土煙の向こうに、聞き慣れた野太い歓声が響き渡る。


「親方ーーっ! お待ちしておりましたっ!!」

黄色いヘルメットを被り、泥にまみれたマルコたち南部衆が、一斉に駆け寄ってくる。


だが、馬車から降り立ったカイトは、真っ先に「ある違和感」に気づいた。


「あれれ? マルコおじちゃん、あそこに 変なヘルメットさんがいるよ?」


カイトが指差した先。


黄色いヘルメットの集団の中に、数人だけ「迷彩柄カモフラージュ」のヘルメットを被った、見覚えのある顔が混じっていたのだ。


「親方! お久しぶりっす!!」


「いやぁ、人選はマジで熾烈なクジ引きだったんですよ。ロバート隊長とかジョージとか、外れた瞬間に地面を殴って悔しがってましたから!」


そこにいたのは、フェルメール領・泥靴村工兵隊のガンタとサジだった。


「ええと……なんで ガンタとサジが オデールにいるの?」


カイトが目を丸くして尋ねると、ガンタは自慢げに迷彩ヘルメットを叩いて笑った。


「旦那様から『親方を支えてこい』って言い渡されて来たんすよ。表向きは、粗朶沈床そだちんしょうの極意を教え込む技術指導員ってことになってるっすけどね」


ガンタが胸を張ると、カイトから早速指示がとんだ。


「じゃあ、ちょうどいいよー。オデールの竹がいっぱいあるよね。あれをお湯で煮て、油を抜いておいてね!」


「竹をっすか?了解っす。まあ親方が言うならやっておくっすよ」


そんな話をしていると、サジが思い出したように口を挟んだ。


「あと、護衛のチャドさんも一緒に来てますよ」


「……え?」


カイトは周囲を見回したが、それらしい姿はどこにもない。資材の山の影にも、黄色いヘルメットの集団の中にも、気配すら見えなかった。


「いや、さっきまでそこにいたんすけどね……まぁ、あの人っすから」


ガンタが苦笑し、サジも肩をすくめる。


(……ふぉふぉふぉ、親父め。護衛と工兵隊をサラッと忍ばせてくるあたり、だいぶしたたかになって来ておらんか?)


マルコたち南部衆も、泥靴村で実績を上げている二人の合流は心強かったらしく、ガンタたちのヘルメットをバンバン叩いて手荒い祝福をする。


「いやぁ、助かりますよ! 粗朶の編み方一つとっても、彼らの手際は魔法みたいですからね」


「ようし、これで工事の準備も、堤防の補強も完璧だ!」


現場は、かつてないほどの活気と熱気に包まれていた。


本日もお読みいただき、ありがとうございました!

もし「面白い!」「工事が気になる!」「ロバート残念だったな!」と思っていただけましたら、

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