第21話 不発の風船割り
王都の真っ白な城壁が遠くに霞んで見える荒野。
そこには、黄色いヘルメットを被った一団が、大きな岩の陰に一列になって、怪しげに身を潜めていた。
「おいゼノス、本当に大丈夫だろうな? 導線が途中で焼き切れたりしねぇだろうな」
バッカスが眼鏡を指で押し上げながら、不安げに長く伸びた銀色の線を睨む。
「大丈夫ですよ師匠! 計算上、メッキの厚みは均一です。魔力信号は確実に届きます!」
「ははは、バッカス殿も心配性だね。軍の工兵部としても、この実験の成否には首がかかっているんだ。……さあカイト君、まずは『灯火の魔法』で導線の伝導テストだ。準備はいいかい?」
コンラッドが楽しそうに、自分とカイトのヘルメットの位置を微調整した。
「うん! いくよー! えいっ!」
カイトが、手元のミスリル製クリップを通して魔力を流し込む。
魔力はしなやかな銅線の表面を電光石火で駆け抜け――百メル先の岩穴に仕掛けられたテスト用の魔石へと到達した。
ポッ……。
遠く離れた岩穴の奥で、確かな『灯火』の明るい光が灯った。
「やりました! 導線は完璧です! 魔力の減衰も遅延も許容範囲内、見事に百メル先の奥深くまで届きましたよ!」
「おお! よしよし、メッキ導線はバッチリ使い物になるじゃねぇか!」
ゼノスが歓喜の声を上げ、バッカスも興奮したように膝を叩く。
「よし! 導線の性能は証明されたな。……なら、次はいよいよ本命の爆破テストだ! ゼノス、岩穴の魔石を『エクスプロージョン』用に調整した魔石に取り替えてこい!」
「はいっ!」
***
ゼノスが魔石をセットして戻ってくると、一同は再び岩陰に身を潜めた。
全員、耳には特製コルクの耳栓。端から見れば、大の大人と子供一人が何やら岩陰でコソコソと怪しい儀式をしているようにしか見えない光景だ。
「うん! じゃあ、みんないくよー! せーの……」
カイトは、ミスリル製のクリップをギュッと握りしめ、気合を入れた。
「はっぱーー!!」
カイトが一気に魔力を流し込む。
魔力は再び導線を駆け抜け、岩穴に仕込まれた『火属性+風属性』の魔石
へと到達した。
――ドフッ。
……。
……。
……。
「……あれ?」
カイトが拍子抜けした声を上げる。
期待していたのは、腹の底まで揺さぶるような「ドガァァァン!」という大音響と、空高く舞い上がる岩石の破片だった。
しかし、実際に聞こえてきたのは、重たい布団を叩いたような情けない音だった。
「コルクの耳栓……いらなかったかもしれないね」
コンラッドが苦笑いしながら耳栓を外し、岩陰から顔を出した。
一同が爆破地点に近寄ってみると、標的の岩は見事にパカッと真っ二つに割れてはいた。しかし、その周りには細かな破片すらほとんど飛んでいない。
「……岩は割れましたが、思ったほどの威力は出ませんでしたね」
ゼノスが、割れた断面をまじまじと見つめて首を傾げる。
「バッカスおじちゃん『魔力』、よわかった?」
「馬鹿言え! 着火するだけ、圧縮するだけの簡単な術式だ。吹っ飛ぶ前にちゃんと仕事するように刻印してある!坊主の魔力も、俺の腕もそんなヤワなわけねぇだろ!」
バッカスは鼻を鳴らして苛立ったように言い返したが、すぐに割れた岩の断面を見て忌々しそうに舌打ちをした。
「……だが、タイミングがズレてやがるな」
「タイミング……あっ! 師匠、これ『圧縮』が完了する前に、『着火』してしまっていませんか!?」
ゼノスがハッと顔を上げた。バッカスが深く頷く。
「ああ。本来のエクスプロージョンってのは、風で極限まで『圧縮』して、十分に『待機』してから火で『点火』する長大な回路なんだ。だが、坊主……やっぱりこの魔石じゃダメだ」
バッカスは落ちている魔石の欠片を拾い上げた。
「使い捨てにするからって面積の小せぇ魔石を使ったせいで、どうしても『待機』の刻印を入れるスペースが足りなかった。結果、圧縮が終わるのを待ちきれずに火が点いて、今みたいなショボい風船割りになっちまったってわけだ」
「じゃあ、バッカスおじちゃん。ちゃんとした『ドカーン』を 入れるには、もっと おっきい『いし』が必要?」
「ああ。少なくとも、エクスプロージョンのディレイを彫り込めるだけの『面積』がな。となると、最低でも傷のない五等魔石クラスは必要になる」
「五等魔石……。いわゆる値段と直径が一致してる『銀貨一枚』の魔石ですね」
「ああ、これで風も火も両方とも五等魔石を使うことになるな」
(一つ銀貨一枚……。一回の発破ごとに、前世の感覚で二万円が吹っ飛ぶ計算か。導線のコストを極限まで削ったとはいえ、二十倍以上の金が一気に吹っ飛ぶことになるわい……)
「……カイト、おこづかい たりなくなっちゃう?」
不安そうに見上げるカイトの黄色いヘルメットを、コンラッドが優しく叩いた。
「ははは、大丈夫だよ。その予算、工兵部の『特別研究費』として私が通そう。熟練の魔導師を一人現場に拘束し続ける人件費に比べれば、銀貨二枚で岩盤が抜けるのは、軍からすれば十分に安い買い物だからね」
コンラッドは頼もしく笑い、バッカスとゼノスに向き直った。
「次回の実験には、軍で五等魔石を用意する。バッカス殿、ゼノス殿。次こそは、上官たちの度肝を抜くような完璧な『エクスプロージョン』を見せてくれ」
「……へっ、言ってくれるじゃねぇか。軍に予算を出させたことを、後悔させねぇような最高の術式を組んでやるよ。ところで坊主、爆破させる前に何で「葉っぱ」って言ったんだ?」
カイトは少し困ったように目を泳がせ、しかしすぐにいつもの無邪気な笑顔に戻った。
「えへへ……だって、『はっぱ』って言うと、なんか ドカーン! って なりそうな気がしたんだもん!だから、そういうお名前にしたの」
(しまった……。つい癖で「発破」と言ってしまったわい。まあ、一番しっくりくる名前じゃし……いいか)
バッカスは呆れたようにため息をつきながらも、口元に薄い笑みを浮かべた。
「ったく……お前は本当に、どこまでが本気で、どこまでがふざけてんだか……。よし、次は、着火の前に待機をたっぷりと詰め込んでやる。楽しみに待ってな」
カイトは黄色いヘルメットを直し、力強く頷いた。
「うん! つぎは、おっきな『はっぱ』、がんばろうね!」
本日もお読みいただき、ありがとうございました!
余談ですが、実は日本では、昔ながらのニトログリセリン系ダイナマイトは2016年で国内生産が
終了しているそうです。
現在、採石場やトンネル工事などで使われているのは、主にANFOやエマルション爆薬といった、
より安全性の高い爆薬なんだとか。
それでも、爆薬本体だけで見ると一本あたり数百円〜千円程度で済むケースがほとんどらしいです。
(もちろん雷管などは別途必要ですが)。
これに対して作中では、風と火の五等魔石を2個使って「前世の感覚で二万円」くらいかかっている
計算になっています。なのでカイトに「二十倍以上する」と内心で言わせました。
もし「面白い!」「次の実験が気になる!」「カイトあざといな」と思っていただけましたら、
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