第20話 合金の脆さと「ミスリルメッキ」
王都軍務局、砲兵部の鋳造区画。
巨大な高温炉から発せられる凄まじい熱気の中、工兵部の兵士たちが汗だくになりながら作業を進めていた。
「温度を維持しろ! 銅が完全に溶け切ったら、指定した配合率でミスリルを投入するんだ。わずかでも不純物が混ざると魔力伝導率の計算が狂うぞ!」
その兵士たちに指示を飛ばしているのは、軍服姿のゼノスだった。手元のバインダーに挟まれた緻密な計算式と睨み合いながら、現場を仕切っている。王都軍の設備と人員を使い、自分の理論を実証する――研究気質の彼にとって、ここはまさに天国だった。
「できました、ゼノス殿! 指示通りの配合で鋳造した金属棒です!」
兵士が火箸で冷却槽から引き上げた金属棒を、バッカスが受け取る。
「おお、こいつがミスリルと銅の合金か。どれ……」
バッカスが眼鏡を押し上げ、金属棒の端に魔石を押し当てて魔力を流し込む。灯火の魔法だ。
すると、ほんのわずかなタイムラグを伴って、魔力は反対側へと抜け、ポッと火が灯った。
「ほう……! こいつは悪くねぇぞ。純ミスリルに比べりゃ発動までのタイムラグがあるから、軍の戦闘で使うような『速射』には向かねぇ。だが、魔力の通りの良さは同じ外径なら黒檀より遥かに上だ!」
バッカスは興奮したように合金の棒を眺め、言葉を続けた。
「魔法使いの大半は貴族が多いからすぐ純ミスリルに走りたがるからな。だがな、魔法使いは貴族だけじゃなく一般人からも見つかるもんだ。そういう奴らにとっちゃ、安くて高性能な芯材は有り難がられるんじゃねえか?」
バッカスは不敵に笑い、弟子の肩を叩いた。
「は、はい! これなら幅広い層の魔法使いたちに喜んでもらえそうです。さあ、次は本命である魔法爆破用の『細い導線』を、この合金から引き延ばして作りましょう!」
ゼノスの指示により、兵士たちが合金を圧延機にかけ、細長い針金状に加工していく。
やがて、鈍く光る一本の長い「ミスリル合金の線」が完成した。
「へえー! ゼノスおじちゃん、すごいね!」
カイトが感心したように、出来上がった細い線を覗き込む。
「カイト殿、見てください。これがコストを極限まで抑えた魔法爆破専用の導線ですよ。これさえあれば――」
「ゼノスおじちゃん、石で ドカーンってする時、穴の中にグネグネって 押しこむんだよ。それって曲がる?」
カイトの素朴な問いかけに、ゼノスは「ふふん」と余裕の笑みを浮かべた。
「もちろんですとも。細く引き延ばした金属ですからね、これくらいの柔軟性は――」
ゼノスは自信満々に、手にした合金の線を『グニャリ』と折り曲げようとした。
パキッ。
「「「……え?」」」
ゼノス、バッカス、コンラッドの三人の動きが完全にフリーズする。
「あれ? おれちゃった。……ゼノスおじちゃん、こっちも曲がる?」
カイトが指差した別の箇所を、ゼノスが冷や汗を流しながら、今度は慎重に曲げてみる。
パキッ、ポキリ。
まるで乾燥したパスタのように、細く引き延ばされた合金の線は、少し力を加えるだけで次々と折れていった。
(やっぱりじゃ。異なる金属を混ぜ合わせた『合金』は、純度百パーセントの金属よりも硬くなる。じゃが、硬いということは『脆くなる』ということじゃ。太い杖の芯材なら良いモンじゃが、針金のように細くした途端、曲げに対する強度がガタ落ちするんじゃ)
「あ、あ、あああ……魔法爆破用の導線が……っ!」
ゼノスが頭を抱えて崩れ落ちる。バッカスも眼鏡をクイと直し、チッと舌打ちをした。
「……そういうことか。発破現場のデコボコした岩穴に押し込むのに、こんな曲げに弱い線じゃ、途中で断線して『不発』になる。こりゃあ使い物にならねぇ」
「そんな……コストを下げるには合金にするしか……。いや、配合率を変えれば……ダメだ、銅の比率を上げれば柔軟性は戻るが、今度は魔力伝導のロスが大きくなりすぎて途中で魔法が消滅してしまう……っ」
ガリガリと頭を掻きむしり、手元の計算式を何度も睨み直すゼノス。
合金の比率という『足し算と引き算』のパラドックスに完全に囚われてしまい、出口が見えない。
周囲の兵士たちも、先ほどまでの熱気から一転、どう声をかけていいか分からず沈黙してしまった。
「ゼノスおじちゃん……」
カイトが心配そうに見上げる中、ゼノスはフラフラと立ち上がった。
「……少し、外の風に当たってきます。頭を、冷やさないと……」
死んだ魚のような目をしたゼノスは、ふらつく足取りで高温炉の熱気から逃げるように、鋳造区画の外へと歩み去っていった。
***
合金の失敗から、三日が経過した。
魔法爆破用の導線開発は完全に暗礁に乗り上げていた。
その間、カイトも「線がダメなら、別の方法で岩盤の穴に魔力を届ける手段はないか?」と、発破の根本的なプロセス自体を見直すための思案に暮れていた。
一方のゼノスもまた、軍から与えられた王城の宿泊所や庭園をうろつきながら、「どうすれば合金を曲げやすくできるか」と、堂々巡りの思考を繰り返していた。
一日、二日と無為に時間が過ぎる。考えは一向にまとまらず、当然ながら実験も進まない。
三日目の昼。
息詰まったゼノスは気分転換のため王城を抜け出し、かつて自分が通っていた魔法学校の近くの露店街へと足を運んでいた。学生時代によく立ち寄った場所だ。
「……ふぅ。結局、振り出しに戻ってしまったな」
ゼノスはため息をつきながら、ふと目に留まった屋台で『りんご飴』を買い、近くのベンチに腰を下ろした。
ここのりんご飴は少し変わっている。中のリンゴを香り付けのシナモンで茹でて柔らかくし、その上からパリパリの飴を纏わせるという、少し手間のかかった逸品だ。それが学生たちに大人気で、ゼノスも昔はよく買って食べていた。
懐かしさを感じながら、ゼノスは艶やかな赤い飴に噛み付いた。
パリッ。
一口、二口と齧ると、表面の硬い飴が少し剥がれ落ちた。
そこから顔を出したのは、柔らかく煮詰まったシナモン味のリンゴだ。
「……ん?」
ゼノスは、手の中にある削れかけのりんご飴を、ふと見つめた。
硬い飴の殻。その内側に守られた、グニャリと曲がるほど柔らかい果肉。
「……剥がれる……? 中の柔らかいリンゴは……曲がる……?」
ゼノスの目が、カッと見開かれる。
「……そうだ! なぜ気づかなかった!? 金属を完全に『混ぜ合わせる(合金)』から、結晶構造が変化して硬く、脆くなるんだ!」
周囲の学生たちが驚いて振り向くのも構わず、ゼノスはベンチから跳ね起きた。
(魔力は金属の表面を伝う性質がある! ならば、導線を合金で作る必要など初めから無かったんだ!
『極めて柔軟な純銅の線』を芯材にして、その表面にだけ『極薄のミスリルをメッキ(被覆)』してやればいい!!
そうすれば、銅の柔らかさを完全に保ったまま、表面のミスリル層だけで魔力を奥まで届けることができる!!)
ゼノスは食べかけのりんご飴を握りしめたまま駆け出した。
***
「ば、バッカス師匠ォォォォォォォッ!! カイト殿ォォォォォッ!!」
数十分後。
まるで悪魔に取り憑かれたかのような血走った目で、息を荒くしたゼノスが砲兵部の鋳造区画に飛び込んできた。
「うおっ!? なんだゼノス、いきなり大声出して。何か思いついたのか?」
「ゼノスおじちゃん、げんきになった?」
驚くバッカスとカイトを前に、ゼノスはバシンッと机を叩き、兵士たちを振り返って叫んだ。
「総員、ただちに純度百パーセントの『純銅の線』を引いてください! 極限まで細く、しなやかなものを! そして……」
ゼノスは不敵な、それでいて絶対の自信に満ちた笑みを浮かべた。
「その銅線の表面に……薄く伸ばしたミスリルを『メッキ』するんです!!」
だが、その提案を聞いたバッカスは眉をひそめた。
「おいおいゼノス。銅の表面にミスリルを定着させるなんて、どうすんだ? 普通にやったんじゃ、魔力伝導率の違いで反発し合って、曲げた途端にすぐに剥がれ落ちちまうぞ」
バッカスの当然の疑問に、ゼノスは鼻息を荒くして食いついた。
「いえ、師匠! 私たちが普段、魔導刻印の版作りに使っている『修正液』を応用するんです!」
「修正液だと?」
「それってなあに?」
カイトがきょとんと首を傾げて聞くと、ゼノスは興奮気味に説明を始めた。
「カイト殿、魔石に刻印を彫る時、少し彫り過ぎてエッジが立ってしまったところに塗って、微弱な魔力を流しながら馴染ませる液ですよ。本来は、魔石が削られた時に出る粉を修正したい部分に置いて、大きなキズなどでなければ埋めるためのものです」
ゼノスは手元のバインダーの裏に、サラサラと図を書きながら続けた。
「この修正液には粒子を『引き寄せて定着させる』性質があるんです。そこで、この液に粉末状にしたクズミスリルを混ぜて、銅線を浸し、そこに魔力を流し続ければ……修正液の定着効果に引っ張られ、ミスリル粒子が銅の表面にだけ薄く、均一に焼き付く可能性があります! 銅線を束ねて液にドブ漬けするだけですから、魔力を流し続ける魔法使いは必要になりますが、それ以外は手間もコストもかかりません!」
その理屈を聞いた瞬間、バッカスがハッと目を見開いた。
「なるほど……刻印のエッジを滑らかにする修正液を、メッキ液に転用するのか! しかもクズミスリルの粉を混ぜてドブ漬けするだけなら、高価な純ミスリルの塊を使うより、めちゃくちゃ安上がりじゃねえか!!」
「その通りです! さあ、善は急げだ。すぐに試してみましょう!」
ゼノスの号令で、再び鋳造区画が慌ただしく動き出すのだった。
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