第16話 老害伯爵と「魔石の貸与」
「――ルシウス部長。お言葉ですが、これはすでに『決定事項』です」
バタン、と魔導部の部屋の扉が開き、公爵への報告を終えたルドルフ大佐が足早に入ってきた。
その手には、厳々しい封蝋が押された一枚の書類が握られている。
「ル、ルドルフ……! 貴様、それは……」
「軍務局局長である公爵閣下からの、正式な命令書です。『架橋計画の要となる魔法発破の実証実験において、魔導部は工兵部に対し、エクスプロージョンの魔石一式を直ちに貸与せよ』……とのこと」
「なっ……局長閣下が、そのような泥遊びを許可されたというのか!?」
ルシウス伯爵の顔からサッと血の気が引いた。
軍務局のトップである公爵の命令は絶対だ。これに逆らうことは、軍への反逆に等しい。
「ですので、魔石一式と魔導師をお借りしたいのです」
ルシウス伯爵は震える手で命令書をひったくり、その文面を忌々しげに睨みつけた。
だが――次の瞬間、老爺の顔に意地の悪い笑みが浮かんだ。
「……フハ、フハハハハッ! 確かに公爵閣下は『魔石を一式貸与せよ』と命じておられるな! だがルドルフよ、よく読むがいい。この命令書のどこにも『魔導師を派遣して手伝え』とは書かれておらんぞ!」
「なっ……!?」
ルドルフ大佐とコンラッド中尉が顔を見合わせる。
「魔石は貸してやる、命令通りにな! だが、我が誇り高き魔導部の人間は、一人たりとも泥遊びには付き合わせん! さあ持って行け!」
ルシウス伯爵は自身の机の後ろにあるロッカーの引き出しを開け、厳重にロックされた小箱を取り出すと、ルドルフ大佐の胸に乱暴に押し付けた。
「部長……! 魔導師がいなければ、エクスプロージョンなど起動できるわけがないでしょう!」
アルベリウス大佐が悲鳴のような声を上げるが、ルシウス伯爵は鼻で笑った。
「知ったことか! 貸せと言われたから貸したまでだ! その箱に入っているのは『火の魔石』二つと『風の魔石』一つを緻密な回路で繋ぎ合わせた、三連装の特級品だぞ!」
ルシウス伯爵は唾を飛ばし、勝ち誇ったように声を荒げた。
「三連装の魔石を起動させる魔力を持つモノなど、軍の魔導師ほどの魔力量がなければ、起動すらできまい! 勝手に泥にまみれて絶望するがいいわ!」
公爵の命令書の『穴』を突き、見事に工兵部を出し抜いたと高笑いするルシウス伯爵。
だが――その様子を見上げていたカイトは、にこにこと笑ったまま心の中でほくそ笑んだ。
(……くっくっく。馬鹿め、墓穴を掘りおったわい。こちとら最初から、頭の固い魔法使い(ジジイ)に現場をウロチョロされるのが一番面倒じゃったんじゃ)
カイトにとって、軍の魔導師が手伝いに来ないことは、むしろ『最高の条件』だった。
「ルドルフおじちゃん、コンラッドお兄ちゃん! 魔法のおじさんたちが来ないならしょうがないね。魔法の石だけ貰って、さっそく実験の準備をしよう!」
「カ、カイト殿……? しかし、これでは……」
戸惑うルドルフ大佐をよそに、カイトはルシウス伯爵に向かって元気に手を振った。
「おじいちゃん、石ころありがとう! バイバーイ!」
カイトが三連装の魔石が入った小箱を抱え、トテトテと部屋を出て行こうとするのを見て、ルドルフ大佐が慌てて振り返った。
「待て、カイト殿! 起動できなければ実験にならないぞ!」
そして再びルシウス伯爵をキッと睨みつける。
「ルシウス部長! 屁理屈をこねて実証実験を妨害するなら、公爵閣下に申し上げるしかありませんが――」
「大佐殿。……今はどうか、そのまま」
食い下がろうとしたルドルフの袖を、コンラッド中尉がグイと引いた。
そして、ルシウス伯爵に聞こえないよう、ルドルフの耳元でヒソヒソと囁いた。
「大丈夫です。むしろ好都合です。……実はカイト君、あの歳で並の魔導師など足元にも及ばないほどの『規格外の魔力』を持ってるんです」
「な、なんだと……?」
ルドルフ大佐が目を丸くする。
「以前、私が泥靴村の視察に赴いた際、カイト君が自ら特級クラスの魔石を使い、底なしの泥沼から凄まじい量の水分を抜き去る魔法を使うのを、この目ではっきりと見ました。この三連装の魔石だろうと、カイト君なら一人で容易に起動できるはずです」
「……土木の天才というだけでなく、魔力まで規格外だと……!?」
ルドルフ大佐は驚愕に息を呑み、前を歩く小さな背中をまじまじと見つめた。
(一体、この六歳児の底はどうなっているんだ……!)
コンラッド中尉がニヤリと笑う。
「ですから、余計な口出しをする魔導部の人間が現場に来ない今の状況は、我々にとって好都合なのです。そして――実験が成功した結果を局長閣下に報告するその時には、実作業の要員として、魔導師どもをこれでもかというほど借り受けましょう」
ルドルフ大佐はしばらく考え込み、やがて納得したように頷いた。
「……なるほど。そういうことか」
ルドルフ大佐はルシウス伯爵に向き直ると、先ほどまでの焦りを綺麗に消し去り、不敵な笑みを浮かべてみせた。
「……結構! 魔石の貸与、確かに感謝する。あとは我々『工兵部』だけで十分だ!」
「強がりを言うな! 後で泣きついてきても知らんからな!」
後ろでキャンキャンと吠えるルシウス伯爵を完全に無視し、ルドルフ大佐とコンラッド中尉は、足早に魔導部の部屋を後にするのだった。
***
軍務局の魔導部から『魔石一式』を借り受けることに成功したカイトだったが、王都別邸に持ち帰ろうとしたところで、大きな問題が起きた。
(……まあ、よく考えたら当たり前なんじゃがな)
『いくら局長の命令で貸与されたとはいえ、軍の最高機密である特級魔石を外部(民間の邸宅)に持ち出すことは罷りならん』
コンラッド中尉から申し訳なさそうにそう告げられ、カイトは魔石を工兵部の厳重な金庫に預けたまま、手ぶらでフェルメール別邸へ帰るハメになったのだ。
カイトはすぐさまアンナに頼み、泥靴村にいるバッカスを呼び出すための早馬を走らせた。
――そして、翌日の午後。
王都北の住宅街にあるフェルメール別邸の玄関が、バンッ!と勢いよく開け放たれた。
「カイト! なぜ昨日のうちに王都まで帰って来ているのに、家に連絡を寄越さないんですか!!」
「ひっ!?」
ドカドカと足音を立てて居間に乗り込んできたのは、早馬の知らせを聞いてバッカスと共にすっ飛んできた、カイトの母・エレナであった。
普段は優しく美しい母だが、今はその背後に般若の幻影が見えるほどの激怒っぷりである。
「皆、カイトがいつ帰ってくるかと心配しているのですよ! それなのに寄り道をして……!」
(や、やばい……ママが本気で怒っとる! じゃが、ここで素直に帰ったら発破の実験が止まってしまうわい!)
「マ、ママ、ごめんなさい! でもね、まだ おしごと おわってないの!」
カイトは必死に幼児の涙目を向けて言い訳をする。
「お仕事って……だいたい、公爵様も公爵様です! こんな年端もない子供に国の仕事を依頼するなんて、どうかしていますわ!」
エレナの怒りの矛先は、とうとう軍のトップにまで向き始めた。
このままでは首根っこを掴まれて家に連行されてしまう。カイトが絶体絶命のピンチに陥った、その時。
「あらあら。ごきげんよう、エレナ奥様。王都別邸の留守を預かっております、セシリアと申しますわ。お初にお目にかかります」
「同じく、アンナでございます。長旅でお疲れでしょう。美味しい紅茶を淹れましたので、どうぞこちらへ」
優雅に扇を広げたセシリアと、その隙を逃さずティーカップを差し出したアンナが、エレナの前にスッと立ち塞がった。
「えっ……あ、あなたがたが、ロバートが王都で雇ったという……セシリアさんに、アンナさんですね。ご、ごきげんよう。優秀な方々だと、お噂は聞いておりますわ……」
フェルメール家の女主人として、王都を任せている優秀な部下(しかも一目で教養が滲み出ている)からの挨拶を無視するわけにはいかず、エレナの怒濤の説教が一瞬だけピタリと止まった。
その隙を、セシリアが見逃すはずがない。
「オホホホ、恐縮ですわ。……実は奥様。フェルミエールの商いもすっかり軌道に乗りまして、手元に莫大な利益が出ておりますの。つきましては、その資金を使ってこの手狭な別邸を、私どもの手で少しばかり『改築』させていただきたく……。本日はそのご相談も兼ねて、ぜひ奥様とゆっくりお話を」
「か、改築、ですか? フェルメールの資金ではなく、そちらの利益で……?」
あまりに突然の、しかも領主の妻として無視できない提案をぶつけられ、エレナの意識がカイトへの説教から「別邸の改築問題」へと引っ張られた。
(ナイスじゃ嬢ちゃんたち!)
カイトはその一瞬の隙を見逃さず、呆然と突っ立っていたバッカスの分厚い手をガシッと掴んだ。
「バッカスおじちゃん、きて! みてほしいものが あるの!」
「おいっ!? こら坊主、引っ張るな! 俺は村でのテスト中だったんだぞ!」
母がセシリアたちに捕まっている隙に、カイトはバッカスを引きずって別邸を脱出し、そのまま王都北の住宅街から乗合馬車に飛び乗り、王城の北門へと向かった。
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