第15話 王都帰還と魔導部のプライド
五日後。
八頭立ての圧倒的な馬力を誇る特装馬車は、通常の半分の期間で王都の軍務局へと帰還を果たした。
到着するなり、ルドルフ大佐は血相を変えて足早に馬車を降りた。
「私は直ちに局長の元へ赴き、視察の報告と架橋計画の全貌をお伝えしてくる! コンラッド中尉、貴官はカイト殿を魔導部へ案内し、魔法の実証実験の段取りを進めてくれ!」
「はっ!」
敬礼で見送ったコンラッド中尉は、カイトと(ちゃっかり保護者として同行している)セシリアとアンナを振り返った。
「さて、カイト君、セシリア嬢、アンナさん。我々工兵部と違い、これから向かう『魔導部』は少しばかり勝手が違います。彼らは貴族出身者が多く、プライドが高いのでお気をつけを」
軍務局の長い廊下を歩きながら、コンラッドが小声で忠告する。
魔導部のトップであるルシウス伯爵は『魔法は貴族の誇りにして至高の武力』と思っている、筋金入りの魔法至上主義者なのだという。
「……面倒くさそうな職場ですわね。まあ、わたくしはカイト様の護衛(お供)ですから、適当にやらせていただきますわ」
セシリアは扇で口元を隠し、優雅に肩をすくめた。
魔導部の執務室に到着すると、運良くルシウス伯爵は不在だった。
代わりに応対してくれたのは、魔導部所属の実務派幹部であるアルベリウス大佐だ。彼は上官のルシウス伯爵と、他の部署との板挟みで常に胃を痛めているような、苦労人の顔をしていた。
「……なるほど。まずは『エクスプロージョン』の威力を直接見たいという事ですね」
「はい。今後の架橋計画において、魔法による岩盤の粉砕が可能かどうか、フェルメール家のご子息……こちらのカイト殿に直接見ていただきたいのです」
コンラッドの言葉に、アルベリウス大佐はカイトを見て一瞬訝しげな表情を浮かべたが、深くは追及しなかった。
「分かりました。コンラッド殿、王都の南門を出たところにある合同訓練場はご存知ですか?そこの魔導兵にこれを見せれば、実演するように手配しておきます」
大佐から許可のサインの入ったメモを受け取った一行は、早速王都の南門を抜け、郊外の訓練場へと足を運んだ。
土煙の舞う訓練場では、歩兵の掛け声や馬のいななきが響いている。魔導兵たちが的当てをしている区画へ向かい、メモを渡すと、若い魔導兵は少し困ったような顔をした。
「エクスプロージョンですか? ここで放つのは少しマズいですね……威力が大きすぎるので、外に出ましょう」
(ほう。わざわざ訓練場の外に出るほどか。こりゃ、相当デカい魔法なのかもしれんな)
カイトは期待に胸を膨らませた。
山を吹き飛ばすのだから、威力はあればあるほどいい。
訓練場の裏手にある岩肌が剥き出しの荒れ地に出ると、魔導兵は標的となる巨大な岩から五十メル以上離れた位置に立ち、ミスリルで出来た短杖を取り出した。
「皆さん、あの大岩に向かって撃ちますので離れていてください。爆発の飛散物がかなり飛びますので撃つ前に遮蔽物の後ろに隠れてください……」
魔導兵の指示に従い、カイトたちも慌てて後ろに下がる。
「エクスプロージョンは、このように三つの魔石を使います。攻撃魔法のため、刻印は極秘ですが……。では、いきます……」
「エクスプロージョンッ!」
魔導兵が杖を振り抜いた瞬間、巨大な火の玉が猛スピードで射出され、岩の表面に激突した。
ドゴォォォォォォォォンッ!!
凄まじい轟音と共に、岩が巨大な爆炎に包まれる。
同時に、無数の岩の欠片が四方八方に飛び散り、地面にバチバチと激しく跳ね返った。
熱風が吹き荒れ、セシリアが「きゃっ!」とドレスの裾を押さえた。
アンナはいつの間にか傘を開いていた。
「おおーっ! すっごーい!」
カイトはパチパチと無邪気に拍手喝采を送る。
「ふふ、いかがです? これが我が魔導部の誇る……エクスプロージョンです」
自慢げに振り返った魔導兵。
爆炎と黒煙が晴れた後――そこにあった巨大な岩は、表面が真っ黒に焦げ、ところどころ岩が割れているが、原型を留めていた。
「あ、あれ……? 岩を木っ端微塵にするんじゃないのですか……」
コンラッド中尉が戸惑ったように呟く。
魔導兵は自慢げに胸を張り、まるで当然のことのように答えた。
「いえいえ、これでも殺傷能力は高いのですよ。あの岩の近くに人がいれば、まず無事では済みません」
(……なるほどな)
無邪気に拍手を続けながらも、カイトの頭の中では別の計算が始まっていた。
(爆発の『威力』自体は申し分ない。だが、岩の表面(外側)で爆発させとるから、エネルギーの大半が熱と音になって周りの空気に逃げておるんじゃ。ダイナマイトを岩の上に置いて火をつけるのと同じじゃな)
『発破』の基本。
硬い岩盤を砕くには、岩にドリルで深い穴(穿孔)を開け、その奥深くに爆薬を詰め、粘土などでしっかり蓋(密閉)をしてから内部で起爆させなければならない。
(魔法そのものを改良して、岩の中で起爆させるか、あるいはドリルで穴を掘ってそこに魔法を撃ち込むか……いずれにせよ、今のままでは使い物にならんぞ、これは)
実演を終えた一行は、再び軍務局の魔導部へと舞い戻った。
アルベリウス大佐に向かって、コンラッド中尉とカイトが「魔法の着弾点(起爆の仕組み)を改良し、岩盤爆破の土木作業に使いたい」と要請した、まさにその時だった。
「――ふざけるなッ!!」
執務室の奥から怒声が響き渡った。
マントを羽織り、長い白髭を蓄えた齢七十をとうに超える老爺――魔導部のトップであるルシウス伯爵が、深い皺の刻まれた顔を真っ赤にして睨みつけていた。
「ぶ、部長!」
アルベリウス大佐が慌てて立ち上がる。
「工兵部のネズミどもめ! 我々誇り高き魔導部の魔法を『改良』だと!? しかも、泥に塗れた下賤な岩砕き(土木作業)の道具として使いたいなどと……言語道断!! 魔法とは神聖なる貴族の力、国を守る至高の剣であるぞ!」
床を杖で激しく叩きながら激昂するルシウス伯爵の剣幕に、アルベリウス大佐は胃の辺りを押さえ、コンラッド中尉も顔をしかめた。
(やれやれ……どこにでもおるのう。現場の事情も知らんと、昔のやり方とプライドばっかり押し付けてくる、頭の固い役員は……)
カイトはそんな伯爵の怒鳴り声を聞き流しながら、さて、この頑固ジジイをどうやって現場の土方(発破作業)に引きずり込んでやろうかと、算段を立て始めるのだった。
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