第14話 傷物フルーツと「フェルミエール」
翌朝。
三つの候補地の視察を終えたカイトたち一行は、王都へ帰還する馬車に乗り込もうとしていた。
カイトが提案した前代未聞の『治水兼・架橋計画』。その要となる魔法爆破の実証実験を王都で準備するため、大佐たち軍の足取りも急ぎ足である。
「カイト殿」
出発の直前、オデール伯爵がカイトの前に歩み寄り、片膝をついて視線を合わせた。
その顔には、一人の領主としての深い感謝と敬意が刻まれている。
「此度の視察……いや、我が領の長年の悲願である『治水』への道筋をつけてくれた多大なる恩義、いかにして報いればよいか。金貨でも、領地の特産品でも構わん。何か望みの品はないだろうか?」
大人の事情を飛び越えて、領地を救ってくれた六歳児に心からの礼を尽くす伯爵。
だが、当のカイトはきょとんと首を傾げた。
(……恩義と言われてもなぁ。ワシは『絶対に落ちない橋』を架けるために、一番手っ取り早くて確実なドライワーク(陸上施工)を提案しただけじゃ。それに、ここで変に金貨なんか貰って帰ったら、親父が胃に穴を開けて倒れてしまうわい)
カイトはパッと無邪気な笑顔を浮かべ、元気よく首を横に振った。
「ううん! いっぱーい、あまいフルーツを食べさせてもらったから、もう十分だよ! おじちゃん、ありがとう!」
「カイト殿……なんと無欲で慈悲深い……っ。しかし、粗朶の技術の他にヘルメット生産の貸しもある故、このまま手ぶらでお帰しするわけには……」
純真な(ように見える)振る舞いに、伯爵がホロリと涙ぐみそうになった、その時だった。
「あらあら。それではオデール伯爵の義理が立ちませんわ」
背後から、優雅に扇で口元を隠したセシリアが進み出てきた。
その瞳の奥には、王都の社交界で旋風を巻き起こしている『劇薬令嬢』としての商魂がギラギラと輝いていた。
「セシリア嬢……? 義理が立たないとは、どういう……」
「オデール伯爵。昨日、素晴らしい果樹園を見学させていただきましたけれど……収穫の際に出る『傷物』や『形が不揃いな規格外の果実』などは、どうされておりますの?」
「む? ああ……味は変わらんのだが、王都の市場では見栄えが悪いと値がつかん。生鮮のままでは王都への十日の道のりで傷んでしまうゆえ、仕方なく領民に配るか、家畜の餌にするか、あるいは土に還して肥料にしているが……」
「もったいない! それ、ぜんぶ私が買い取りますわ! 王都のフェルメール別邸へ送ってくださいませ!」
セシリアが扇をバサッと閉じ、自信満々に微笑んだ瞬間――。
「お嬢様、お待ちを」
背後に控えていたアンナが、冷や水を浴びせるような極めて冷静な声で口を挟んだ。
「王都に送るのも結構ですが、商人の馬車で十日もかかります。南国の生鮮フルーツをそのまま送れば、王都に着く頃には発酵してただの腐葉土になりますが」
「なっ……こ、コホン! そ、それくらい私だって分かっておりますわ!」
アンナの身も蓋もないツッコミに一瞬たじろいだセシリアだったが、即座に頭をフル回転させて伯爵へ向き直った。
「ですから! 果肉は領民の方々で美味しく召し上がっていただいて構いませんわ。オデール伯爵、私たちが欲しいのは、残った『皮』ですの!」
「皮を……?」
「ええ! 皮なら天日でカラカラに乾燥させれば、十日の長旅でも絶対に腐りませんし、馬車に乗せても軽く、大量に運べますわ!」
その見事なリカバリーに、アンナも感心したように頷く。
「なるほど。その乾燥させた皮から成分を抽出すれば、極上の『美容液(化粧水)』が作れますね。お嬢様」
「その通りですわアンナ! 王国の果樹園が育んだ、太陽の恵みたっぷりの柑橘エキス。もちろん、ブランド名は『フェルミエール』。王都の貴族令嬢たちに、飛ぶように売れること間違いありません!」
「な、なんと……! 廃棄する果実の残骸から、化粧水を……!?」
伯爵は目を見開いた。
もしそれが実現すれば、領民はお腹いっぱい果肉を食べられる上に、残ったゴミ(皮)が利益を生む産業に化けることになる。
「ええ。伯爵は乾燥させた皮を王都のフェルメール別邸へ送るだけ。私たちがそれを加工・販売し、利益は両家で折半……これで、互いに『貸し借りなし』の素晴らしい関係が築けますわね。オホホホホ!」
高笑いするセシリアを見上げながら、カイトはジト目で内心ぼやいた。
(……やれやれ、アンナに突っ込まれてから即興でビジネスモデルを組み立ておったぞ。この嬢ちゃんは相変わらず商魂たくましいのう。軽石も手に入れて、ここでも果実の皮を手に入れて、一番有意義な視察をしたのはこの嬢ちゃんたちじゃないか? まぁ好きにすればええが……)
興味なさそうにそっぽを向こうとしたカイトの耳元に、セシリアがスッと顔を寄せ、悪魔のように甘い声で囁いた。
「……カイト様。この化粧水が売れれば、巡り巡って、全部が『泥んこボーイの建設資金』になりますことよ?」
「!」
カイトの頭の中で、『化粧水』という単語が『大量の木材』『極上の石材』『優秀な人足の雇用費』へと一瞬で変換された。
「や、やる!! ぜったい、やる!!」
カイトは先ほどの「無欲な子供」から一転、オデール伯爵の手をガシッと両手で握りしめ、目を円マークにして鼻息を荒くした。
「おじちゃん! キズモノのフルーツの皮、いーっぱい干して王都に送ってね! ぜったいだよ!!」
「お、おお……カイト殿がそこまで言うのなら……」
先ほどまでの神聖な空気が一瞬で吹き飛び、あっけにとられる伯爵とウォルター。
「交渉成立ですわね。それではオデール伯爵、今後の取引の詳細は、王都の別邸宛に書状をお送りくださいませ。……さあ、参りますわよカイト様、アンナ!」
かくして、王都での魔法の実証実験に向けた帰還の途は、『廃棄フルーツを活用したフェルミエールブランドの化粧水ビジネス』という強烈な副産物を乗せて出発するのだった。
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