第99話 山脈調査とベースキャンプ
翌朝。泥靴村のフェルメール邸前には、遠征用の荷物を満載した馬車が停まっていた。
「カイト、本当に気をつけてね。危ない所には絶対に近づいちゃ駄目よ?」
エレナが心配そうな顔で、カイトの小さな頭に被せられた黄色いヘルメットをキュッと直す。そして、カイトの腰のベルトに、見慣れない小さな筒を結びつけた。
「ママ、これは?」
「お山に行くあなたのために、バッカスにお願いして作ってもらった護身用の魔道具よ」
カイトが筒をよく見ると、中には小さな『火の魔石』と『風の魔石』がミスリル線で並列に組まれているのがわかった。
「このミスリルのピンに魔力を流すと、目くらましの強い光と、耳を裂くような高い音が同時に出るようにしてもらったわ。危ないと思ったら迷わず使いなさい。レオンハルトたちにもすぐにSOSが伝わりますからね」
(なるほど、火と風のタンデム魔石で光と音を同時に出すフラッシュバンか。ママ……心配しすぎてバッカスのおじちゃんに徹夜で作らせたんだな)
カイトは内心で少し苦笑しつつ、元気よく頷いた。
「わかった! ありがとう、ママ! これで現場の『安全第一』もバッチリだよ!」
その横で、妹のミレーヌが、カイトの服の裾をギュッと握った。
「お兄さま、クマさん、ガオーッてくるの? 気をつけてね」
「だいじょうぶだよ、ミレーヌ! クマさんが来ても、ママがくれたこれがあるし、レオンハルトとチャドのおじちゃんがやっつけてくれるからね! ミレーヌはお家で、パパとママとお留守番しててね!」
「うんっ! お兄さま、いってらっしゃーい!」
ミレーヌが小さな手を元気いっぱいに振る。
カイトは妹の頭を優しく撫でると、アルベルトやリーザたちに見送られながら、元気よく馬車に乗り込んだ。
目指すは、王国を分断する巨大な壁――バルザス山脈。
バルザス山脈でのダム候補地探しを続けていたが、調査は難航を極め、すでに第六候補地までが不合格となっていた。
今回の第七候補地・雷鳴沢の調査も、軍務局との合同調査となるため、王都でコンラッド中尉率いる軍の工兵部隊と合流しなければならない。
カイトはその前に一度、王宮へ立ち寄り、定期報告を行うことになっていた。
王宮の奥深く、色とりどりの薔薇が咲き誇る美しい庭園。その中央に設けられた純白の東屋で、カイトは王族の子供たちと優雅なティータイムを共にしていた。
……もっとも、優雅なのはテーブルで紅茶を傾けるアリシア王女だけであり、ルシアン王子は用意された焼き菓子にも目もくれず、大理石のテーブルにいっぱいに広げたバルザス山脈の地図へ身を乗り出していた。
「うーん、第六候補地もダメだったかぁ。でも次に行く第七候補地の『雷鳴沢』は、もっと凄い場所なんでしょ?」
ルシアンは不合格という結果よりも、未知の山脈調査に目を輝かせている。
「ルシアン、これは国の未来を左右する重大な調査ですのよ。遊びではありませんわ」
アリシアが弟をたしなめると、ティーカップをソーサーに置き、大人びた真剣な眼差しをカイトに向けた。
「カイト。これはカイトにも少しは関係のある話なので伝えておくわ。実はカイトが候補地を探している間に、帝国と、我が国との間に『二年間の不可侵条約』が結ばれています」
「はぁ、そうなのですか? でも、探し始めてからかなりたってるし…」
カイトがあまり興味のない返事をしてみせると、アリシアは扇で口元を隠し、ふっと微笑んだ。
「ふふっ、ええ。その当時の報告によれば、どうやら帝国は、二年間という猶予を求めたかと思えば、急に手のひらを返したように条約へサインしたそうですわ。その間は外野に悩まされることなく内政が進められますわね……」
アリシアはそこでスッと背筋を正した。
「条約の期限はあと一年と二ヶ月はありますわ。お父様も『帝国が我が国の“真の力”に気づく前に、極秘裏に計画を進めよ』と言っています。国を挙げてあなたの計画を秘匿し、予算も全面的にバックアップするのですわ」
「予算は父上が全部出すって! だからカイト、早くおっきな『壁』を作ってよ!」
ルシアンが無邪気に笑う。
(いやいや、今から二年あってもギリギリじゃろ……。殿下たち、それは催促というやつではないかのう?)
***
数日後。王都別邸での短い待機と物資の最終確認を終えたカイトたちは、コンラッド中尉と合流し、バルザス山脈の麓に設営されたベースキャンプへと向かって出発した。
馬車の中には先客がいた。コンラッド中尉が紹介する。
「カイト君。こちらは内務局からの要請で調査団に加わっていただいた、ドノバン教授です。貴族院で地質学を教えておられる、この国最高峰の専門家です」
「教授、こちらはフェルメール家の嫡男、カイト殿です。例の機械の開発を機に、今回の調査にも同行されています」
「いやはや、フェルメール子爵も、さぞご心配でしょうな。こんな幼いご子息を、過酷な山脈調査へ送り出さねばならないとは」
ガタゴトと揺れる大型馬車の中で、向かいの席に座る初老の男性——ドノバン教授が、苦笑混じりに言った。
コンラッド中尉が隣に座るカイトを見やり、教授の方へ少し身を乗り出して、声を潜めて耳打ちした。
「……教授。お言葉ですが、カイト君は軍務局で特別顧問をした経験もあります。我々工兵隊も、彼の持つ技術的な知見には全幅の信頼を置いているのですよ」
「……いや。私も彼が『発魔機』を発明した類稀なる神童だということは認めているのです。……おっと、これは極秘事項でしたな。ですが中尉、いくら頭脳が優れていようと、ここは前人未到の険しい山脈です。本格的な学術調査の場に、まだ七歳の子供を同行させるなど、いささか無茶が過ぎるのではないですか?」
カイトは内心で(げぇっ……秘密は知られてるみたいだけど、頼むから『優秀だから貴族院へ』なんて勧誘だけは勘弁してくれい)と顔をしかめそうになるのを堪え、精一杯の愛想笑いを浮かべた。
そして、コンラッドが自分をフォローしようとしてくれているのを見て取るや、わざとらしく明るく振り返った。
「パパはね、ボクが村にいるとまた何か変なモノを作って内務局のおじちゃんたちが飛んでくるから、たまにはお山でリフレッシュしておいでって言ってたよ!」
(もちろん親父がそんなことを言うわけなかろう。全部わしのでっち上げじゃ)
「……なるほど。子爵の胃痛の種は山脈より険しいということかい」
コンラッドは苦笑を漏らすと、すぐに表情を引き締めた。
「ところで、カイト君。今日は一つ、いい報告があるんだよ」
「報告?」
「先日、泥靴村の採石場で見たあの『新商品』の数々……。局長に報告書を提出したところ、上層部が大変な興味を示しちゃってね」
コンラッドはニヤリと笑みを深めた。
「工兵隊の演習や、国境地帯の陣地構築に革命をもたらすとして……あの『魔導ハンマークラッシャー』から『パグミルミキサー』までのプラント一式を、軍として正式に購入することが決定したよ」
「ほんと!?」
カイトの目が、ピカーン!と黄金色に輝いた。
「もちろん、内務局には『軍の演習で使う土木道具』として発魔機の融通を申請済みだけどね。……エド殿は死にそうな顔をしていたよ」
「毎度ありがとうございまーす!コンラッドのお兄ちゃん、お買い上げ第一号だよ!」
カイトは黄色いヘルメットの鍔をクイッと押し上げ、満面の笑みでコンラッドと固い握手を交わした。
大貴族たちに続き、王国軍という最大級の太客をがっちり捕まえた瞬間である。
「でもツルハシを振るう代わりにあの機械の操作を覚えなければならないね」
「うん! 使い方はバッカスのおじちゃんたちがバッチリ教えるから、安心してね!」
そんな和やかな(そして腹黒い)商談がまとまる中、馬車は徐々に高度を上げ、木々が鬱蒼と生い茂る山道へと入っていく。
「さて、馬車で進めるのはここまでです」
コンラッドが扉を開けると、ひんやりとした山の冷気が車内へと流れ込んできた。
外へ降り立ったカイトたちの目の前で、これまで続いていた轍のある道はプツリと途切れている。
「我々軍の先遣隊が、物資を運び込むために木を伐採して急造した道ですからね。ここから先は正真正銘、人の手が入っていない『未知の領域』です。ここから中腹にあるベースキャンプまでは、自らの足で登らねばなりません」
コンラッドが指差す先には、鬱蒼と生い茂る木々と、岩が剥き出しになった険しい斜面が立ちはだかっていた。荷物を背負った軍の兵士たちが、獣道のような細い山道を次々と登っていくのが見える。
岩肌を削って切り開かれた山道は距離こそ長くないものの、息が上がるほどの急勾配だ。足元には大小の石が転がり、少し気を抜けば転げ落ちそうになる。
汗をにじませながら坂を登り切ると、視界がふっと開けた。
「見えてきましたね、カイト君。あそこが、今回の候補地の雷鳴沢に構築した『ベースキャンプ地』です」
コンラッドが前方を指差す。
その先には、木々を切り拓いて作られた柵と、幾つもの天幕が立ち並ぶ軍の駐屯地が、険しい大自然の中にぽつんと姿を現していた。
「ふぅ……!よし、いよいよお山のお仕事、スタートだね! ご安全に!!」
カイトは元気よく叫び、新たな現場への期待に胸を膨らませるのだった。
本日もお読みいただき、ありがとうございました!
もし「面白い!」「続きが気になる!」「調査だけでも大変!」と思っていただけましたら、
ページ下部より評価とブックマークでの応援をよろしくお願いいたします!




