第100話 ダムの候補地
ここで時間は約一年前へ遡る。
ダムの候補地調査が始まったのは、黒竜川の水車を王族が視察した、昨年夏のことだった。
王都へ送る魔力を安定して生み出すには、季節や天候に左右されない大きな貯水池が必要になる。そのためカイトたちは、黒竜川流域でダムを築ける場所を探すことになった。
広大な流域をくまなく調べるため、調査隊は大量の資材や食料を運び込み、山中にベースキャンプを設営しては次へと移動していく、長期の野営行軍を余儀なくされた。
最初に向かったのは、ノートン領を流れる黒竜川本流だった。
カイトも調査隊とともに現地へ入り、自ら谷を歩いて岩盤や地形を確かめていくことになった。
架橋工事の視察時にも使った山道を登り、目的地である谷に入った。
「おお! 調査隊の皆様! 再び我が領地へお越しいただけるとは!」
出迎えたノートン子爵は、両手を揉み合わせながら満面の笑みを浮かべていた。以前、橋の架橋計画が山道の険しさを理由に立ち消えとなり、ひどく落ち込んでいた彼だったが、今日は異常なほどテンションが高い。
「して、今回は『ダム』の調査とのことですが……恥ずかしながら、ダムとはどのようなものなのですかな?」
「簡単に言えば、川を堰き止める巨大な壁です」
コンラッド中尉が答える。
「そして、その堰き止めた壁の頂上部分は道になり、人も馬車も向こう岸へ通れるようになります」
「なんと! それでは橋と同じではないですか!」
子爵の目が、金貨を見つけたようにギラリと輝いた。
(橋が出来れば、南東の町と王都をつなぐ街道になり、我が領地は莫大な通行益で潤う……!)
「素晴らしい! なら、前にご案内したあの場所はどうでしょう? あそこなら川の幅も極端に狭いし、すぐに出来るのでは!?」
子爵が前のめりになって唾を飛ばす。
カイトは黄色いヘルメットの鍔を上げ、内心で呆れ返っていた。
「あのね、おじちゃん。ダムは『お水』をいっぱい貯めなきゃいけないから、前の狭い場所じゃダメなんだよ。だから谷が広くてお水がたくさん入る場所じゃないと!」
「な、なるほど……。では、少し手前のあの谷はいかがでしょう! あそこなら岩肌も露出していて頑丈ですぞ! それに、あそこなら村にも近い。将来、堰の上を道として使うなら便利ではありませんか?」
子爵の案内に従い、一行は第一候補地となる谷へ向かった。
確かに露出した岩盤は硬く、申し分ない。調査隊も「ここは期待できるぞ」と色めき立った。
ここから、カイトと工兵隊による本格的な調査が始まった。
まずはダムの堤体(堰)を築く場所を基準とし、そこに「高さ二十メル」の堰を作った場合、水がどこまで広がるかを割り出さなければならない。
「コンラッドおにーちゃん! そっちの棒、もうちょっと右! そこ! その高さの岩に赤い印をつけて!」
カイトは水準器を覗き込みながら、対岸や上流に向かって指示を飛ばす。
コンラッド中尉や工兵たちが、急斜面を這い上がりながら、同じ標高(二十メル)の地点に次々と印をつけていく。
それは過酷で地道な作業だった。
木々を払い、急斜面を登り、沢を越え……谷の形状を正確に一枚の地図に落とし込むために、調査隊は泥だらけになりながら十日以上の日数を費やした。
その間もノートン子爵は「これで我が領の未来は安泰だ!」と、毎日ホクホク顔で陣中見舞いに訪れていた。
そして、測量が終わり、ベースキャンプの天幕でカイトが最終的な図面を書き上げた日のこと。
「うーん……二十メルの高さの堰を作ると……」
カイトは地図上の「赤い印(標高二十メルの地点)」を線で繋いでいった。
その線がぐるりと一周して囲んだ広大な範囲――つまり「完全に水没するエリア」を見た瞬間、隣で覗き込んでいたコンラッド中尉が「あっ……」と息を呑んだ。
「お、終わりましたかな! 素晴らしい、これが我が領を潤すダムの完成図……」
意気揚々と天幕に入ってきたノートン子爵だったが、カイトの引いたその「水位線」を見て、顔からスッと表情が消え去った。
「……ん? ちょっと待て。この線だと……我が領の稼ぎ頭である『火属性魔石の採掘場』と、その周りの村がすっぽり入っているではないか」
「うん! ここからここまで、ぜーんぶお水の下に沈んじゃうね!」
カイトが無邪気な声で、あっけらかんと宣告した。
苦労の末に完成した測量図だからこそ、その結論には一切の反論の余地がない。
数秒の沈黙の後、ノートン領の谷底に、子爵の悲痛な絶叫が木霊した。
「ふざけるなあああああッ!!」
さっきまで手もみをして陣中見舞いを持ってきた子爵は完全に豹変し、顔を真っ赤にして図面を指差した。
「採掘場に入れなくなったら、ここに橋が出来てもこの領地が運営出来ないだろうが!! 私の稼ぎをなんだと思っている!! そんな計画、断じて認めんぞ!!」
「えー、でも二十メルのお水を作るには……」
「知るか!! よそでやれ!!」
こうして、苦労の末に導き出された無情な計算結果と、激怒するノートン子爵の猛抗議により、第一候補地は早々に姿を消すこととなった。
だが、この失敗は長い山脈調査の始まりに過ぎなかった。
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