第97話 大集合!華やかな開通式
まだ朝靄が残る中、ハルバードへ続く街道には、多くの馬車が並んでいた。
かつて、この場所に道を作ろうなどと考える者はいなかった。
雨季になれば大地は泥に沈み、荷車どころか人の足でさえ進むことを拒む湿地帯。王都とハルバード領を結ぶには、誰もが大きく遠回りするしかなかった場所である。
その地に今、真っ直ぐ伸びる一本の道がある。
泥靴村の住民が始めた小さな工事は、やがてハルバード領から集まった北部の人足衆を加え、村を越え、領を越えた大事業へと変わっていった。
粗朶を編み、積み重ね、湿地へ沈める。
その上に何度も土を敷き固める。
途方もない手作業の積み重ねによって生まれたこの道は、今やハルバード伯爵を中心とする穀倉地帯の領主たちにとって欠かすことのできない、王都と北部を結ぶ新たな物流路となる。
そして今日、ついにフェルメール領を南北に貫く新街道の完全開通を祝う記念式典が、宿場町入口に築かれた真新しい関所の前で執り行われようとしていた。
式典の主賓席には、この大事業を後援し続けた北部派閥の長、ハルバード伯爵が威風堂々と座り、その隣には派閥ナンバーツーであるベルノー子爵が満足げな笑みを浮かべている。
その周囲を固めるハルバード派の貴族たちの中には、隣領のロランの姿もあった。粗朶道の材料となる大量の木材を絶えず供給し続けて事業を支えた彼は、その多大な貢献によって騎士爵から準男爵への陞爵を果たし、同時に伯爵の目に留まり派閥へと迎え入れられた。
さらに来賓席には、軍務局を代表してコンラッド中尉が背筋を伸ばして座り、内務局からは『魔導インフラ準備室長』という肩書を背負わされたエドが、ガチガチに緊張した様子で同期の部下を引き連れ席についていた。
オデール領からは、カイトの仕事ぶりに心酔する内政官のウォルターと南部衆のマルコが、誇らしげな顔で列席している。
そして、この日の主役とも言えるフェルメール家。
胃痛から解放され、子爵としての貫禄を見せ始めたアルベルトと、優雅に微笑むエレナ。ミレーヌを抱くメイドのリーザに、クララ、アメリア、マリーが控え、背後ではレオンハルトとチャドたち護衛が周囲に鋭い視線を配っている。
最前列の特等席には、黄色いヘルメットをピカピカに磨き上げたカイトが、ちょこんと座っていた。その後ろには、隊長のロバート率いるガンタ、サジ、ザック、メリダ、ウドら工兵隊の面々。
職人代表として腕組みをする大工のゴドー、鍛冶屋のバルカス、石工のダン。そして、魔導工房のバッカスとゼノスが「俺たちの作った道だ」と言わんばかりに胸を張っている。
宿場町の代表席には、すっかり大商人となったモーガンと、ルキウス商会会長のルキウス、そしてド派手なドレスに身を包み、大きな扇を揺らすマダム・ゴンザレスが陣取っていた。
(いやぁ、壮観じゃのう!泥まみれの村から始まった現場が、まさかこれほど大集合になるとはのぅ。感無量じゃわい!)
カイトが内心で現場監督の涙を拭っていた、その時だった。
「オホホホホ、お待たせいたしましたわーっ!」
ドドドッ!と激しい蹄の音を響かせ、泥靴村には似つかわしくない、王都の高級貴族が乗るような豪奢な馬車が広場に駆け込んできた。
扉が開き、バサァッ!と降り立ったのは、王都のフェルメール別邸を任されている劇薬令嬢セシリアと、無表情のメイド、アンナだった。
「お嬢様、今回の式典においてフェルメール家王都別邸代表という立場ですので、当然ながら貴族席になるかと」
「ふふっ、この歴史的瞬間に、王都本店の代表たるわたくしが遅れるわけにはいきませんわ! さあアンナ、わたくしたちの主賓席はあちらですわね!」
「はい、お嬢様。あちらの伯爵閣下の隣が妥当かと」
堂々と貴族たちの主賓席へ向かって歩き出そうとした二人の背後から、ヌッと巨大な影が迫った。
「あんたたち、こっちでしょ」
「ひゃんっ!?」
マダム・ゴンザレスが、巨大な熊のような腕でセシリアとアンナの首根っこをガシッと掴んだ。
「あんたたちは王都で商売してんだから、こっちの『商人・宿場町枠』に座りなさいな。ほら、ルキウス会長も待ってるわよ」
「ちょっ、マダム!? わ、わたくしはれっきとしたフェルメール家の……あーっ!」
ジタバタと暴れるセシリアは、そのままズルズルとマダムに引きずられていき、無抵抗のアンナと共に宿場町の席へと強制収容された。
その一幕に会場からどっと笑いが起こり、場の空気が和んだところで、ハルバード伯爵がゆっくりと立ち上がり、壇上へ進み出た。
「皆の者、よくぞ集まってくれた! 今日この日、泥に沈んでいた土地に、我々の新たな希望となる道が開通した!」
伯爵のよく通る声が、朝靄の空気に響き渡る。
「この道は、ただ土を盛って作られたものではない。職人たちの汗と、村人たちの絆、そして決して諦めぬ意志が積み重なって生まれた道だ! この新街道は、フェルメール領と北部、そして王都を結ぶ王国の新たな大動脈となる! この偉業を成し遂げたフェルメール子爵と、すべての労働者たちに心からの賛辞を贈る!」
「「「うおおおおおぉぉぉッ!!」」」
地鳴りのような歓声が湧き上がる中、伯爵は高らかに宣言した。
「さあ、祝祭の幕開けだ! 樽を開けよォッ!!」
「「「おうッ!!」」」
ゴドー、バルカス、ダンの職人三人衆が、それぞれ大きな木槌を振りかぶり、用意されていた特大の酒樽の蓋を一斉に叩き割った。
パァンッ!という景気の良い音と共に、豊潤な酒の香りが広場に弾ける。
「開門んッ!!」
ロバートの号令で、巨大な関所の門が重々しい音を立ててゆっくりと開いていく。
ゴゴゴ……
だが、その門の裏側では、一人の男が頭を抱えて絶望していた。
「……なんでだ。なんで俺が今日も門番シフトなんだよぉー」
盛大な式典を門の裏側から聞くしかなかったジョージである。
「諦めろジョージ。お前はそういう星の下に生まれたんだ。さあ、気合を入れろ。死ぬほど忙しくなるぞ!」
一緒に門番を任されたエドガーが、同情の欠片もない顔でジョージの肩をポンと叩いた。
ゴゴゴ……ガコンッ!
「さあ、一番槍は俺たちだ! 行くぞォ!」
「うおっ!? ちょ、押すな押すな! 一台ずつ入れぇ!!」
関所の外で夜明け前から列をなして待っていた商人の馬車が、次々と真新しい関所を抜け、綺麗に舗装された粗朶道へと滑り込んでいく。
ガタガタと揺れる旧道とは違い、滑らかで安定した走り心地に、御者たちが驚きと喜びの声を上げた。
次から次へと、北のハルバードへ、南の王都へ。
満載の荷物を積んだ馬車が、希望を乗せて新しい道を駆けていった。
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