第96話 第三章 オバちゃん魔導工員
第三章、投稿開始します。
カイトがバルザス山脈の第六候補地の調査から帰還して、二日目。
七歳になったカイトは、明後日に控えたハルバード領と王都を結ぶ粗朶道の開通式へ出席するため、久しぶりに泥靴村へ戻ってきていた。
この一年近くで劇的な変貌を遂げた村の光景を、彼は一歩ずつ噛みしめるように歩いていく。
今回の帰還でまずカイトを驚かせたのは、自分の屋敷の「改築」だった。
正月に家に帰った時は、そんな素振りすらなかったのだが、コの字だった屋敷は中庭を塞ぐ形で増築され、広いリビングや応接室を備えた、以前とは比べ物にならないほど大きな屋敷へと姿を変えていた。
(……おいおい。中庭を塞いじゃったら採光と風通しはどうなるんじゃ。それに、あの部分の地盤は大丈夫なんじゃろうな……?)
屋敷を出ようとしたカイトの前に、ミレーヌとマリーが姿を見せた。
「兄さま、また出かけちゃうの?」
ミレーヌは少し寂しそうな顔でカイトを見上げている。その横で、マリーも心配そうにカイトを見つめていた。
「村の中を見てくるだけだよ」
カイトが笑って答えると、ミレーヌは少しだけ安心したように頷いた。マリーも小さく頭を下げる。
「……カイト君、お帰りなさい」
「ただいま、マリーちゃん。ミレーヌをお願いね」
屋敷を後にしたカイトは、改めて村の中を歩き始めた。
かつては丸太の柵があるだけだった本村は、今や職人たちの誇りが結晶化したかのような石造りの建物が並んでいる。
ゴドーの家も、ダンの家も、鍛冶屋バルカスの工房も、いつの間にか石造りの二階建てへと姿を変えていた。
村の商業を支える「モーガン商会」の店舗も、一回り大きく拡張されていた。隣接していた長屋を建て替える計画が持ち上がった際、それに合わせる形で一気に増築されたのだという。
拡張された広々とした店内には、かつての村のよろず屋という言葉からは想像もつかないほど、多種多様な品々が所狭しと並べられている。以前は干し肉や粗塩、日持ちのする根菜が主だったが、今は南方の国から仕入れた香辛料や白砂糖が並べられている。
エールの横には蜂蜜酒も並んでおり、ガラス瓶に詰められた色鮮やかな果実の砂糖漬けは、村の子供たちだけでなく大人たちにとってもちょっとしたご褒美だ。
衣類と織物も以前のゴワゴワとした麻布の隣に、肌触りの良い羊毛や、富裕層が好む絹織物までが反物としておかれていた。
南部の竹細工や、モーガン商会の定番商品となったスライダー巾着も並び、この店舗に足を踏み入れれば、今の本村がいかに潤い、活気に満ちた場所になったかが一目でわかる。
カイトはきょろきょろと辺りを見回す。
「あれ? 工房はどこに建てたんだろう?」
村の門を出ると、守りの要である関所も完成している。一階の検問所を通り抜けると、そこには食欲をそそる匂いを漂わせる「道の駅」という名の店があり、二階へ上がれば工兵たちが憩う詰め所や食堂、そして女性隊員たちの待機部屋が整然と並ぶ。
どうやらカイトの不在の間に、村の女子たちも裏方や軽作業を担う『女子工兵隊員』として正式に採用されているようだった。
三階へ通じる階段の先には、執務室と見張り台があり、そこからは村全体と、今まさに南側の崖で進む城壁工事を見渡すことができた。
「あっ、親方! お帰りなさい!」
「うん、ただいま! おととい帰ってきたんだけど、村がすっかり変わっちゃっててビックリしたよ」
「……ですよね。ガンタさんなんて、何か大発見をしたらしくて、石造りの家までもらったんですよ」
「へぇ~! そうなんだ!」
カイトは見張り台の縁まで歩き、ぐるりと村を見回した。
(……よしよし。ガンタもちゃんと守れる場所へ移したんじゃな!)
カイトは改めて村を見渡した。
(さて……バッカス魔導工房はどこに建てたんかのう…)
王都へ行っている間に建てられた新しい工房だ。場所までは聞いていなかった。
しばらく探していると、村の一角に、工兵隊が警備するひときわ頑丈な建物が目に入った。
(……あった。あそこじゃな)
カイトは見張り台を降りると、その建物へ向かった。
バッカスの『魔導工房』は、警備上の理由から本村の最も堅牢な区画へと新築されていた。
工兵隊によって厳重に守られている重厚な扉を抜け、カイトが新しい魔導工房の中へ足を踏み入れると――。
「あら、若様! お帰りなさい!」
「長旅でお疲れだろう。後でうちの畑で採れたきゅうり持っていくかい?」
「え、ええと……オバちゃんたち? なんで工房にいるの?」
そこには、最先端の魔導技術とはおよそ結びつかない、村のオバちゃんたちが十数人、長机に並んで和やかに井戸端会議を繰り広げている光景があった。
しかも彼女たちの手元では、一定のリズムで『魔石にミスリル導線を巻きつける』という、モーター製造に欠かせない作業が行われていた。
「ほら、粗朶道もひと段落して、あとは道幅を広げるだけになっちゃったからねぇ。粗朶マット編みの仕事も急ぎじゃなくなったでしょ?」
「そうそう。そしたら、ここのゼノスの兄ちゃんが『石に金属の糸をグルグル巻くだけの簡単な仕事がある』って誘ってくれてねぇ。お茶もお茶菓子も出るし、日当もすごくいいから助かってるんだよ」
オバちゃんたちはケラケラと笑いながら、その手元では寸分狂わぬ巻き方で、モーター用のコイルが次々と生まれていた。
「あ、カイト殿! お戻りでしたか!」
奥から顔を出したゼノスは、作業着を身に纏い、オバちゃんたちが巻き終わった魔石を一つ一つ治具でチェックして箱に収めていた。
カイトは、呆然と彼らを見つめた。
(……お前、超エリート魔導刻印師だったはずなのに、いつの間に『部品製造ラインの工場長』になっとるんじゃ……!しかも、魔導具の製造工程を『ただグルグル巻くだけの単純作業』にまで細分化して、手の空いた村の女衆の労働力に組み込むとは……)
「驚きましたか? カイト殿が『誰が巻いても同じになる』よう治具を考えてくださったおかげですよ! 規格が統一されているから、こうして誰にでも手伝えるんです!」
爽やかに笑うゼノスと、楽しそうに働くオバちゃんたちを見て、カイトは(この村の連中、ワシがおらん間に勝手に産業革命を始めとる……)と、戦慄するのだった。
本日もお読みいただき、ありがとうございました!
やっと、第三章開幕です。
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