【特別SS】帝国の盛大な勘違い
特別SS第二弾です。
王都の裏路地に佇む安宿の一室。
隙間風の吹き込む薄暗い部屋で、二人の男が声を潜めて向かい合っていた。
一人は恰幅の良い商人風の男。もう一人は、薄汚れた外套を目深に被った男だ。
「で、例の『蓄魔の腕輪』を身につけていたという子供……一体何者だったのだ?」
「……フェルメール子爵家の嫡男、カイト。齢わずか六歳の子供です」
「フェルメール家……? 確か、最近陞爵したばかりの辺境の成り上がりではないか。それが本当なら、ただの偶然か、親の威光を笠に着ただけの子供――」
「旦那様、情報は古いです」
外套の男は冷ややかな声で遮った。
「以前は湿地を迂回する百キロ以上かかる辺境の地でしたが、彼らが粗朶道を切り拓いた今、あの村は王都から五十キロ圏内の『物流の要衝』に変貌しています。王都へのアクセスは劇的に短縮され、もはや辺境の村などという言葉は当てはまりません」
恰幅の良い男は、絶句した。
「……何だと? 湿地帯を突っ切る道が、あの泥靴村にまで繋がっているというのか?」
「はい。しかも村の警備は尋常ではありません。村の入口には関所が築かれ、外部者の導線は完全に隔離されている。村の外周には深い堀が巡らされ、本格的な石の城壁への改築が進められていました」
「……ただの村が、石壁の砦を築いているだと……?」
「間違いありません。村という名の下に、王都の喉元に軍事拠点を構築しているのです」
「……わかった。過去の動向で何か掴めたか?」
「はい。最近、南のオデール領で行われた河川工事において、彼らは未知の『爆破魔法』を用いたようです」
「爆破魔法で河川工事を成功させた……? 馬鹿な、地形そのものを書き換えたとでも言うのか!?」
「はい、その通りです」
「待て! 王国軍が保有する爆発魔法に、地形を変えるほどの威力は無かったはずだぞ!」
「ええ。しかし、その戦略級の魔法を行使した術者が、件の『六歳の少年』らしいのです。さらには……その現場付近に現れたドミナリア連邦の『異端査察団』、数百名の精鋭が……」
「どうした?」
「その少年の率いる部隊の手によって完膚なきまでに撃退され、尻尾を巻いて連邦へ逃げ帰ったという噂です」
「なっ……!?」
恰幅の良い男の顔から、完全に血の気が引いた。
「…………」
「…………」
薄暗い部屋に、重苦しい沈黙が降りる。
点と点が、彼らの頭の中で最悪の線となって結びついた。
「もう間違いありません」
外套の男が、絞り出すような声で結論を口にした。
「ただの辺境だった村が、なぜそこまで防衛を固め、軍事要塞化する必要があるのか? 答えは一つ。あの子供こそが、王国の『最終兵器』だからです。王国は、あの子供が本物の戦力として完成するまでの時間を稼ぐために、我々を欺いているのです!」
「では、アルテリウム側から我が帝国へ持ちかけられている提案は……この規格外の化け物の存在を他国から隠し、恐るべき戦略兵器として完全に育ち切るまでの『時間稼ぎ』をするためものだったというのだな?」
「御意!」
この恐るべき王国の企みを、一刻も早く本国の帝都へ、上官に報告せねばならない。あの子供を放置すれば、いずれ帝国の脅威となる。
***
帝国の首都、皇帝直属の秘密会議室。
王国から届いた「不可侵条約」の草案を前に、情報部の幹部は苛立ちを隠せない様子で叫んだ。
「……ルシエン宰相からの催促か? 黙殺しろ。まだ回答は送らん」
「ですが閣下、このままでは王国にも時間を――」
「構わん!」
「え?」
「その子供が本当に戦略兵器なら、中途半端な情報で動く方が危険だ!まず正体を暴け!」
そこに追加の情報がもたらされた。
「報告します。調査対象である少年の生まれ故郷である拠点……潜入はすべて失敗。それどころか、あそこは村ではないとのこと。関所が二重に築かれ、石壁まで建設中だそうです。 それと、追加情報です。ドミナリア連邦の査察団が……」
「おい、どうした。まさか連邦の連中が、あの村の技術を強奪したというのか?」
「逆です。オデールで撃退されたのです。あの『黄色い帽子』の少年一人の魔法によって。しかもその魔法のせいで川の流れが変わってしまったということです」
報告を聞いた幹部の表情が凍りつく。
地形を書き換える爆破魔法に、連邦の精鋭を退ける力……。
(王国が不可侵条約を急いだ理由はこれか……! この化け物が『兵器』として完成するまでの時間を稼ぐため、あえて条約という餌を撒いているのだ!)
一方、王国のルシエン宰相は、帝国からの返事が来ないことに頭を抱えていた。
(帝国め、ここまで粘るとは。……交渉を先延ばしにして、何かを画策しているのか? それとも、発魔機の利権を巡って帝国内でも揉めているのか……)
宰相はため息をつく。
(……まあいい。帝国が時間を稼いでくれているおかげで、こちらは『光の道計画』を完璧に仕上げる猶予ができた。この条約で二正面作戦さえ回避できれば……)
ルシエンは地図の上に引かれた『光の道』の計画線を見つめ、小さく頷いた。
(これでいい。この完成こそが、王国最大の抑止力となる)
一方その頃、帝国情報部では。
「その子供の正体を暴け。……可能ならば生け捕りにし、我が帝国へ連行しろ。逆らうようなら、その場で消してもよい」
「はっ!」
数ヶ月に及ぶ駆け引きの末、帝国は二年間の期限付き不可侵条約へ署名した。
王国は二正面作戦を回避し、その間に『光の道計画』を完成させられると安堵した。発魔機が街道を照らし始めれば、それ自体が王国の新たな抑止力になると信じていたからだ。
一方の帝国もまた、怪物の正体を暴く猶予を得たと胸をなで下ろしていた。
そして彼らは最後まで気付かなかった。
王国が守ろうとしていた切り札は『発魔機』であり、帝国が恐れ続けた切り札は『カイト』だったことを。
本日もお読みいただき、ありがとうございました!
今回は特別SSでした。
光る街道を目撃した帝国のスパイが、あれこれ深読みしてしまうお話です。
果たして、その勘違いは帝国をどこへ導くのか……。少しでも楽しんでいただけたら嬉しいです!
現在は第四章に向けて、ダムについて資料を集めながらプロットを固めています。
中途半端な状態で更新するよりも、しっかり準備してから続きをお届けしたいので、少しお時間をいただく予定です。(目安として一か月前後になるかもしれません)
準備が整いましたら、また更新を再開しますので、気長にお待ちいただけたら嬉しいです!




