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青い豆の季節

タケシが井戸で顔を洗っていると、男が近づいてきた。

タオルで顔を拭き、ついでに頭もゴシゴシ。

顔を上げるとそこにはーー

四十前後の細身の男だった。

艶のある紺色の上着。 鏡のように磨かれた革靴。 指には細い宝石付きの指輪。 髪は油できっちり撫でつけている。

「私は、アルベルク=ディオラムと申します」

男は胸に手を当て、芝居がかった礼をした。

「ディオラム商業領を治める者にございます」

うわっ。作り笑顔すげー。

「あ。コンドウです。ここじゃ何ですから、家へ、どうぞ」

タケシに促されついてくるが、

水で流れた土を踏まないように歩いている。

「どうぞ。あ、靴脱いで下さいね」

男はコンドウ家を見回し、営業用の笑みを浮かべた。

「よい家ですな。簡素だがよく手入れされている。私も見習いたいですなぁ」

「はぁ」

だがタケシは、男の視線を見逃していなかった。

工房。 荷台。 積まれた資材。 出入りする馬車。

人じゃない、流れる金を見ていた。


座敷に座布団を出した。「どうぞ」

わずかに躊躇しながら、笑顔で座布団に座ったアルベルクは再度。

「ディオラム商業領、領主アルベルク=ディオラムです。突然伺いましたこと、お詫びいたします」

カツミがお茶をだす。「粗茶ですが」

カツミには目もくれず、話し始めるアルベルク。

「いやぁ! 実に素晴らしい! 噂以上ですなぁ!」

「我がディオラムは、王都に次ぐ流通量。魔導水路による輸送管理。近年では貴族向け高級街区の整備も進めておりまして」

「ふーん」

タケシがあまりにも無反応なので、アルベルクの笑顔が少しだけ固まる。

アルベルクは咳払いした。

「実は本日は、ぜひコンドウ殿に我がディオラムへお越し頂きたく」

「断る」

「まだ何も言ってませんが!?」

「どうせ、商会か工房の誘致やろ」

アルベルクの笑顔がピキッと止まった。

「ディオラムに工房を作って頂ければ、流通は保証します。資材、人員、税制優遇も」

「ふーん」

「必ずや、コンドウ商会はさらに大きくなるでしょう」

「いらんわ」

「……はい?」

「俺、別にデカなりたいわけやないし」

アルベルクが止まる。

「人動かして、街広げて、金回して。 ほんで?」

「いや。それが発展というものでしょう」

タケシは外を見る。

子供が走り回り、 職人が笑い......畑のハーブが風になびいている。

「俺は、靴も汚さんと発展なんて口にする奴、信用できん」

首にかけたタオルを取った。

「カツミ。お客さんお帰りや」

アルベルクの笑顔が引きつって、戻った。

「……なるほど。いやー。噂通りの変わった御仁だ。今日はこれぐらいで引き上げましょう」

アルベルクが立ち上がろうとしてーー

ズデン。見事に尻もちをついた。

「足しびれたんか、ちょっとさすっとき」

ゴシゴシ足をさするアルベルク。

「カツミ。お土産にあれ。包んだって」


ご丁寧に箸までつけて渡されたアルベルク。

馬車の中で、膝に置いて。

「新商品だと言っていたが....」

気になって包を開けてみた。舟形のパッケージ。

「ナットー?って何だ?」

蓋を開けると.....「?」

箸を取りつつく.....「??」

恐る恐る口に......「!?」

近いうちにまた来よう。



「帰ったねー」

「おぉ」

「断ったの?」

「当然やろ」

「でもあの人は味方につけた方がいいよ」

「えー」

「タケシとはタイプが違うけどね。別の意味でスゴ腕」

「そうかもしれんけど、俺ああ言うの苦手や」

「領主だよ。貴族。自分で動く人いないよ、普通は」

「そういやそうか」

「まぁまた来るだろうから、上手くやって」

「あー。めんどくさー」




コンドウ家の夕食。なぜかアキラ夫妻とルーク夫妻もいる。タケシの膝にはセリーヌ。

「何でお前らおるん」

「カツミさんが来いって」

「何やろ」

そこにカツミとレオンが入ってきた。

「お待たせ~」

レオンがドンとジョッキを置いて.....

「マジか。枝豆やん♪」とタケシが手を伸ばす。

「うまっ」ビールをグビグビっ。

「サイコー♪」

「えっだまめ。えっだまめ」と、アキラも鞘をプチっとやって、サーシャに渡した。

「何なの?これ。中だけ食べるの?」

「これさ、納豆のお豆の若いやつ」カツミもプチっ。

「美味しいですわ。なんだか止まらなくなります」グビ。

「そやろ。ビールに枝豆は鉄板や」

タケシはプチっとしてセリーヌの前に置くと、セリーヌが小さな手でつまんだ。

「タケシ、喉詰めたらアカンから半分に割ったって」

「ほいほい」

「村の人に作って貰ったんよ。みんな知らんのよね、青いうちにとって食べるってのは」

「うん。僕も初めてだよ」

「てことは」

「ビールおかわり」

「はい。師匠」

「これ酒場で絶対受ける」

「でしょー」

「取りすぎたら豆の分無くなるやん」

「まあちょっとだけな。でも次撒く分増やして貰って、作るのはありやん」

「あり。おおあり」グビグビ。

「グレイスにも知らせとこ」

「季節限定特産品ヤンググレイスビーンズ」

「やるなー」

「やっぱ農業って大事よね」

「そやな。そこんとこアイツ分かってへん」グビ。

「アイツって?」

「アルベルク」

「でも納豆渡したんでしょ」

「まあ嫌がらせやけど」

「ハマってるかも」

「.......ビール」

「タケシ飲みすぎ!」

ショボーン。




縁側で、タケシは枝豆でビールを呑んでいた。

サワサワと風が吹き、畑のハーブが揺れている。

「レオン、暑ないか、そのかっこ」

「いえ。平気です」

「今年、暑いよなー」

「でも平気です」

「勇者やもんな」

カツミが町から帰ってきたようだ。

「あー。また呑んでる」

「ええやん。今日休みやしー」

「枝豆も良し悪しや」

「でへっ」

「ちょっとさー、行商人から聞いたんやけど」

「何?」

「西の方、作物アカンて」

「ん?」

「干ばつって程やないけど、生鮮は滞ってるみたいやで」

「西って言うと.....」

「うん。ディオラム領周辺」


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