乾いた物流
執務室の大きな机。積まれた書類をパラパラめくりながら、アルベルクは考えていた。
面白い男だ。だがやはり、商売は素人だな。準国営なのに、あんな僻地で支店を出して。儲ける気がない?それじゃぁ何のために商売すると言うんだ。
物は動かしてこそ。動かす仕組み、動かせる力は、そう簡単に手にはいらないというのに。
それにしても、あのナットー。不思議な匂いだが.....美味かった。欲しいなー.......
トントン。
「入れ」
「失礼いたします」
「どうした」
「実は......城下に生鮮野菜が、入荷しないのです」
「ん?近隣から倍値で買い取れと指示したはずだが」
「どこも、ここのところの干ばつで、自領分が精一杯なので出せないと」
「倍でもか」
「はい.......申し訳ありません」
「うちの領内の生産は」
「それが......農民の働き手はほとんど出稼ぎに出て、今領内にいるのは年寄りと子供ばかりで.....」
「そうか.....では王都から買い付けよう」
「この暑さでは、王都からでは野菜が持ちません」
「........」
「........」
「干し野菜で....凌ぐか」
「はい。それもかなり高騰しておりまして、市中から不満の声が......」
「.......」
「行商などが持ち込むこともありますが、略奪が起こる有様で」
アルベルクは天を仰いだ。
「わかった。下がれ」
「はい」
なぜだ。何故こうなった。
他の物は普通に動いているのに.....
たかが野菜......
いつも買い取ってくれと言ってきたのに.......
うちだけが......ない......
アルベルクは立ち上がり、ゆっくりと振り返る。
窓の下の街は、今日も賑やかに動いている。
だが目を上げて、遥かを見ると、茶色い大地が広がっていた。
黒馬車に潜っていたタケシは、家の前に止まった馬車に、ギョッとした。
「またきよった」
馬車から降りた男が駆けてきた。
「コンドウ殿ーー」
薪割りをしていたレオンが、チラッと納屋を見た。
「もー......」
ゴソゴソ這い出したタケシの前に、息を切らせて立ったのはアルベルク。
「コンドウ殿、私......」
「ちょっと待って」
タケシは井戸で顔を洗った。
「どないした」
アルベルクは、仕立てのいい服に磨かれた靴。だが髪は乱れ、顔色も良くない。
「コンドウ殿。私、もう打つ手が......」
その時工房の方から、カーンと鐘の音。
「あ、昼か。腹減ったー。飯、食いに行こ」
タケシはキックボードを出してきた。
「それは......」
「キックボード。馬車でついてこい。レオン、飯行くぞー」
シュィー。
アルベルクは慌てて馬車に飛び乗った。
工房食堂は、黒、青、黄、白の制服が、賑やかに食事中。
その光景に驚くアルベルク。
お盆を持たされて、列に並ぶ。
「おばちゃん、今日の日替わり何や」
「ロックバードのハーブソテーやで」
「ほな、俺日替わり。アルベルクも同じでええか」
「は...はい」
「タケシさーん。ここ空いてるよー」アキラの声。
「おぉ」
タケシの横に座った。
前の席にレオンがお盆を置いた。
「ほんまお前、燃費悪いな」
カレーとラーメンを乗せていた。
「勇者ですから」
え?この男、勇者?薪割りしてたのに?
「食べよ。いただきます」とタケシが手を合わせると、レオンも手を合わせ、食べ始めた。
「あの....その麺は....フロー麺ですか?」
「いや、ここのはラーメン。生麺や」
テーブルの真ん中には.....
「これは、ナットーですか」
「あぁ。好きにとって食べ」
アルベルクは周りを見回した。
楽しげにおしゃべりしながら、職人達が食事している。
「.......」
「話は後で聞く。はよ食べ」
「はい」
レオンがカレーにナットーを乗せていた。
食事はおいしかった。やはりナットーは旨い。
「ほな、戻るで。アキラもこいや」
「うん」
盆を返却台に返す。
「ごちそーさん」とタケシがおばちゃんに声を掛けた。
「あ、ごちそうさまでした」
シュイーシュイーシュイー。
前を行くキックボード。
あれは便利だ。是非欲しい。
「まあ、上がって」
母屋の座卓の周りに座ると、カツミが顔を出した。
「あら、アルベルクさん。いらしてたんですか。お茶、入れるね」
「ほんで?今日は何?」
アルベルクは自領の状況を話した。
野菜がないこと、近隣からも入らず、乾燥野菜まで高騰していること。そして、自領の農地が荒れていること。
「生鮮が動かんとは聞いてたけど、そこまでとはなぁ」
「私、どうすればよいのか......」
「周りの領が、自分とこのは何とか賄えてるんやから、それ程酷い干ばつやないんやろ」
「でも」
「みんな自分とこの領地の方が大事や。よその面倒まで見れるかい」
「はい......」
タケシはしばらく腕を組んで考え込んでいた。
「ふぅ」お茶を一口飲んで、トンと置く。
「わかった。できる手は打つ。金かかるぞ。あと、これは貸しやで」
「はい」
アルベルクはふかーく頭を下げた。
「アキラ、ポンプ隊、今どないなっとる」
「3隊とも出てる。来週1隊帰ってくるね」
「タンク車とショーボーシャは?」
「タンクは王都で生産してるから、予備1台だけ。ショーボーシャも予備の1台」
「保冷箱予備あるか?」
「食堂用が1個、午前中に作ったやつ」
「1個か。ほなお前の家のんとルークの家のん引き上げてこい。カツミはノマドとフロー麺。何箱行ける?」
「あー。ちょうど出したとこなんよ。2箱かなー」
「そっかー。ほな持ってきて。んでレオン、クマ村長呼んできて」
みんなでがそれぞれに散ったあと、タケシはアルベルクと向かい合った。
「あんたのとこは人も多いから、焼け石に水やろうけど.....」
「......」
「水路は魔導やったな。飲料水も魔導やな」
「はい。城下は」
「自分の周りだけか。それでポンプ隊行ってないんやで」
「?」
「金あるとこは自分でやれってことや。王都にも行ってない」
「そうなんですか」
「あんた、金落とすとこ間違ってないか。あんたより、農民の方が悲惨やろ」
「......」
「よう考え」
そう言うと、タケシは台所へ行って、大きな箱を持ってきた。人が入れる程のサイズだ。
「それ、何ですか」
「スライム保冷箱。これで輸送しよ」
「スライムで?」
「あんたな、気になるもんばっかりやろ。うち、別にな、ぜーんぶ売りもんやから、商会来りゃなんぼでも買えるんよ。そやのに商品見んと、工房ごと持っていこうとする。そこらの行商でも、商会でめぼしいもん探していきよるのにな。ミナセの町でも作ってるし。町、ちゃんと見てきたら分かるんや」
「........」
アルベルクは返す言葉もなく、膝の上の拳を握りしめた。
「足。崩せよ。また痺れるで」




