取り憑くもの
「あ、ルーク様、また来られていたんですか」
ルークは川べりの様子を見ていた。
「じい、あれは見えるよね」
ルークが領主となって、最初に連れてきたのはこの男である。幼い頃から側に仕えて、ルークを影から支えている。
「はい。あの老人が来てから、以前にも増して難しくなりましたわ」
「難しい?」
「はい。前は、たまに日雇いの小仕事に行くものもおったのですが、今はさっぱり」
「あのおじいさん来てから?」
「はい。でもルーク様、近づいてはなりませんぞ」
「え?」
「そばに行くだけで、何というか......ゾワゾワいたします。背中に虫でも入ったかのように」
「じい、行ったんだ」
「まあ仕事ですゆえ。こういうことは、若いものでは無理でございます」
「すまない.......」
「いえいえ。ささ、もうおかえりなさいませ。セリーヌ様がお待ちですよ」
「うん。じゃあ役所の方、頼むね」
「はい。お任せ下さい」
「まだちょい早いけど、一応味噌だね」
「じゃあやってみよー」
ルークとカツミが、味噌樽を覗いている。
おにぎりを握って味噌を塗り、こんがりと焼くと、香ばしい味噌の香りが台所に漂った。
「おっ。うまそうやん。俺も食いたい」
タケシが顔を出す。
「あんた貧乏神か!」
カツミのツッコミが炸裂した。
「ちゃうけど....」
唇を尖らして、不満気なタケシ。
「はいできた。ルーク持っていき」
「ありがとー。じゃあ行ってくるね」
「俺も行くー」
ボロ小屋の周りに、5,6人の男が何するわけでもなく座り込んでいる。
少し離れた所に、ボロをまとった老人が1人。石のように座っていた。
ルークがそっと這い寄る。
動かないはずの老人が、薄く目を開いた。
香ばしい焼き味噌の匂いが風に乗る。
皿を静かにその前に置き、ルークが後ずさりする。
老人の手がゆっくりと伸びた。
旨そうに口に運ぶと、その姿が一口ごとに揺らいだ。
ルークはゆっくりと後ずさりし、タケシのところに戻った。
「なんか透けてない?」
「あぁ。......食ってるなぁ」
「あ。めっちゃ薄くなってきた」
「ん?消えた?」
「おにぎりに満足したのかな」
「どうやろ?」
すると、ぼんやり座っていた数人の男が、ゴソゴソと動き出した。
「あれ?」
「ちょっと顔つき変わったか?」
「んー。ばっちくてわかんないや」
「まあとりあえず帰ろ」
ヨイショっと。
「カツミさーん。焼きおにぎり作ってー」
「え?また出たの?」
「うん。さっき見つけた」
「ふーん。まだ1週間も経ってないのにな」
カツミが焼き味噌おにぎりを作る。
「んじゃ、お供えしてくる」
「ねえ、じい。見ててね」
「はい」
草の陰に座っている2人。
ルークがそっと這い出て、皿を置いて戻ってくる。
「ほぉ。薄くなっておりますな」
「待ってて」
「おっ。消えましたぞ」
「でしょ、で、あっち」
「ほっほー。動き出しましたな」
「うん。ちょっと行ってきて」
「分かりました」
じいは立ち上がると、ゆっくり小屋に近づいていった。
「でね、わかったんだ」
どうやら貧乏神は焼き味噌おにぎりを食べると満足して消えるようだ。
そして数日すると、また出てくる。
だがその数日間、そこにたむろしている男たちの呪縛が解けるようで、日雇いに応じる者もいるらしい。
夜警に捕まって数が減ると、貧乏神は現れないが、15人位になると現れて居着く。
焼き味噌おにぎりを供えると消える。
その隙に日雇いさせる。
「まぁ結局、なーんも変わんない」とルーク。
「お供えが仕事になっちゃったね」とカツミが笑った。
「まぁそんでもな、数の確認楽になったやろ」
「そうなんだー。貧乏神が来たらだいたい15人位」
「お供えして消えてもらうんか」
「そう。で、夜回り強化して、仕事の斡旋して」
「一旦減って、また増えてやな」
「んで、またいつの間にやら座ってる」
「ハハ。終わらんな」
「カツミさん、お味噌ちょっと貰っといていい?」
「いいよ」
「いつもいつも悪いしね」
「握り飯どないすんねん」
「こないだパンに塗って炙って置いてみたら、オッケーでしたー」
「何やそれ」
「焼き味噌が好きなのかも」
「ねえじい、貰って来た。お味噌」
「ほぉ。どれどれ」指先にちょっとつけて舐めたじい。
「おぉ、何というか、コクがございますな」
「でしょ。コンドウ家はホントにすごい」
「はい、先日頂いたトーフですか?あれもよろしゅうございました。わたくしも少々硬いものがつろうございますゆえ」
「だよね。またこっそり持ってくるよ」
「はい。で、焼き味噌パンですな」
「うん。任せていい?」
「はい。業務のついでですから」
「お味噌、ちょっと位食べても大丈夫だから」
「ありがとうございます。わたくしもちょっと食べてみとうございます」
「焼き味噌パン?」
「はい」
「消えないでね」
「じいは消えません。ルーク様に取り憑いておりますゆえ」




