領主の見回り
タケシの家の裏山、散歩道を通った奥に、ルークの家がある。
領主の屋敷と言うにはあまりにも小さい家だ。横の迎賓館の方が余程デカいのだが、それでもルークは満足している。
「ねえルーク、あなた子供の頃は魔法使ってたわよね」
「うん。でも、もう使わないと決めたんだ」
ナターシャは親交の厚い隣国の姫。子供の頃からよく行き来し、遊んでいた幼馴染だ。
ルークは10才頃に魔法の片鱗を見せ、13には小さな水魔法や火魔法を扱えるようになっていた。だが喜ぶ貴族の横で、頭を撫でてくれる父国王カイルの顔の笑みは薄かった。
その意味が分かったのは15の成人の儀が済んでから。
貴族の間で、次期国王は、長男より次男ルークに。と言う声が上がり始めたのだ。
1才上の兄ケインとは、仲もよく、剣の稽古も一緒にやった。剣術はケインが1枚上で、勝てたことはなかったが。
そしてルークは16の時、父に全国行脚を願い出て、城を出た。2年旅をして国中を見て回り、城に戻ると父からミナセ行きを命じられた。
「ルーク。ミナセはこの先、重要な拠点になる。お前が行ってここと繋げなさい」
一文官として研究員のサーシャと2人で赴任したミナセは、神の住む街だ。
そしてーータケシたちの技術力と発想は驚きの連続だった。
タケシの家に住み込んで一緒に暮らすうち、色んなことが分かってきた。
彼らが、違う世界から来た転移者であること。ミナセの神も、その世界から来ていること。
そしてその世界は、どうやらとても文明の進んだところであること。
同部屋で寝起きするアキラとは年も近く、仲良くなっていろんな話をした。その中で出た防災都市構想は、ルークたちの世界では考えられないことだった。
魔法も魔石も使わずに、この人達はそんなことまで考えられるーー
そしてルークは、ミナセの拝領を父カイルに願い出て、ナターシャを娶り、ミナセ領主となったのだ。
娘セリーヌも生まれた。
だがルークはタケシたちの近くから離れる気はない。
「だってさ、面白いんだもん」
「ほんと。わたくしも、あのキックボードにはハマってしまいましたわ」
「あ。でもナターシャ。セリーヌをおんぶして乗るのはやめてよね。危ないから」
「あら。見られちゃった?」
「頼むよ。マジで」
「セリーヌ、パパ行ってくるねー」
「ルーク、忘れてるわよ」
ナターシャが短剣を手渡した。
「ちゃんと持って出て下さい。ぱっと見は領主に見えないんですもの」
「そうだね。すまない」
ルークは腰の後ろに刺すと、ふわりと上着を羽織った。
「いってらっちゃー」
ナターシャとセリーヌが手を振っている。
ミナセ領主ルークは、1人馬で家を出た。護衛はつけない。領民とはずっと身近に話してきた。
だが人が増え、領主の顔も知らない者もいる。
ミナセでは魔法は使いたくない。それでナターシャがせめて剣を。と言ったのだ。剣技もそれなりに自信はある。仕方なく短剣を忍ばせておくことにした。
役所に向かう。
やっと領内の大きな道は、舗装が終わった。今は水路の計画を進めている。
タケシのところへ来た時は、これほど急激に街が大きくなるとは思っていなかったが、一緒に仕事をするうちに、ただ事ではないと感じた。
領主となり、それまで神に守られるままだった小さな街に、すぐに役所を作り、住民登録を義務付け、住民の自治も後押しした。
外から来たものには、商業ギルドと連携を取り、仕事を斡旋する仕組みを作って利用を促し、公共工事にもつかせた。冒険者にも街の護衛や見回りの仕事を増やし、あぶれる者の無いように、気を配った。
それでも.......
「いるんだよなー。どうしたもんだろ」
と、独り言。
役所に着くと、流入者カウンターに、今日も数組が並んでいる。定住希望か短期か。出身地や目的、希望職種。係員の聞き取り中だ。
書類仕事を片付けて、街に出ると、賑やかな噴水広場が見える。露天が立ち並ぶ、一番活気のある場所だ。
屋台でカレーを食べている男がヒョイと手を挙げた。クニオ。神様の一人。手を振り返す。ありがたい。いつもさりげなく街に溶け込んでくれている。
お昼は.....今日は串焼きにしようかな。
ゆっくりと人の波を見た。今は、神を知らない住民も増えた。
それでもここは、神の住む街なのだ。
どんな都市にもある。王都にだって。
排除できないことは分かっているが、それでも......
川べりの、壊れた馬車の周りを板切れやボロ布で囲って、昼から酒を呑んでいる。
夜になると女が立ち、男は街で獲物を探す。
栄えた裏に必ずできるそれは、わずかづつだが膨らんでくる。
「ルーク、どうした?」
「ん?ちょっとね」
コンドウ商会の食堂。週に半分はここでランチタイムだ。
「タケシ、知ってるでしょ、あの川べりの奴ら」
「あぁ、どうしようもない奴っているもんだ」
タケシがズルズルラーメンをすする。
「職員も巡回させて、小仕事斡旋してるんだけど」
「無理だろ。ああいう輩は」
ズズッ
「でもなー。犯罪起こすんだよね。あ、今日のカレー魚だー♪」
「そりゃ盗むしかないもんな」
「とっ捕まえて強制労働に回しても、また別のやつ来るし」
「領主がそこまで気にするか、普通」
「だって気になるじゃん」
「まあそれがルークやけど。あんまり近寄るなよ」
「うん。わかってる」
「そう言われてもー。やっぱなー」川べり。少し離れて馬を止めた。
数人の男がたむろしている。
その中に、一人の老人がいた。
いや、少し離れてポツンと座っている。
「ん?あんなのいたっけ?」
ルークが呟いた。
フッと背中に風。振り向くとクニオが立っていた。
「あー。来ちゃったねぇ」
「え?」
「あれさー。貧乏神だわ」




