第9話 求め合う
第9話 求め合う
『やほやほやっほー、地獄の管理人ちゃんだよー!!』
場にそぐわない鐘の音の後、いつも通りのふざけた口調に、機械音の女のアニメ声が響き渡る。
「やほやほやっほー!」
「こら、真似するな」
「えー、可愛いのに」
カルが突然マネし始めたので、靭が慌てて注意する。天真爛漫というのは、やはり少し空気が読めないことも含まれるのかもしれない。
『さてさてー、交流会楽しんでいただけたかな??
一応、ここで交流会は終了となりまっそ!ああ、ここでは人が死ぬことがないから安心してちょんまげ!』
どんどんふざけていく口調にイラつく人が出てきそうではあるが、ドーム内は静かである。しらけている、あるいは滑ったとも取れなくはないが、管理人と名乗った女が気にする様子もない。
『えっとー、皆さんにお知らせです!
交流後、部屋とドームの行き来が可能となりまーちゅ!
と見せかけて、実は最初から開いてるし、いつでも行き来もできまーす!
ほとんどのペアが部屋から出てこないし、引きこもりすぎっしょ!
最初から扉は開いてるってーの!ってことで、お知らせでしたー!
あ、一応言っておくけど、一人でも行き来できるよん!
信頼できそうなのがペアだけだし、一人だけでも外に出ないのも分かるけどね!
だからこうして、わざわざ交流会を組んだわけですよ!
せっかくの交流を無駄にするんじゃねーぞ、ちゅ!
じゃあ、今日はこれまで! またのアナウンスの知らせを待て!
以上、終わり、バイビビー!』
早口でまくし立てたかと思えば、アナウンスが切れる。
「バイビビー!」
カルは靭の注意を気にせず、もう一度、管理人に合わせて声を出す。靭はそんなことよりも、ドームの行き来が可能だったと知り、今更ながらに肩を落としている。
(そうだったのか……)
てっきり閉まっているものだと思い込んでいた。廊下からドーム側の扉まで距離があったため、確かめることすらしなかったのだ。アナウンス後、いち早く外に出たと思っていたが、すでに人が外にいたのは、もともと外に出ていたからということらしい。
(まあ、管理人の言う通り、外に出たところで誰とも会話する気なかったけどな。今後は定期的に外に出てみるか。情報収集もできそうだしな。これ以上情報が必要かと言われれば、考えものだが)
色々と考えが巡っていく中で、吟時が立ち上がる。
「では、お先に失礼します。響さんはどうしますか?」
響は、女子二人を見てわずかに微笑む。
「私は少し残ろうかな。凛ちゃんカルちゃんと話したいことあるし」
「わたし?」
「ん、アタシもいいの!?」
「もちろんよ。女の子同士、仲良くしましょう」
「やったー!人生初めての女子会!!」
そういう機会に恵まれなかったと思うような反応で、カルはピョンピョン飛びながら両手をあげて喜びを露わにする。
「靭、いい?」
凛が、許可を求めるように靭を見上げた。
なぜ俺に許可を取るのかという顔で、靭は凛の方を向いた。そういう束縛めいたことを要求したつもりはないため、若干戸惑いながらも顔には出さずに答える。
「ん、好きにしていいぞ?」
「わかった、残る」
「女子会!!」
カルが、そのまま凛を響のもとに連れていく。
一人になった靭は、自分の部屋に戻ろうとする。
その時だ。
「あの、し、深海さん」
靭と同じく、相方の去った守大が声をかけてきた。
「ああ、どうした黄土さん」
「えっと、さん付けは、遠慮してもらえると」
「了解した。なら、守大と呼ばせてもらっても?」
「あ、はい、それは全然」
男の年下であれば、遠慮することはないので、靭は普通に接する。
「サンキュな。それで、なんだ?」
「あ、えっと、残った食べ物、もらっていいかなって」
交流会という名目のためか、食べきれない量の食事が並んでいた。カルが一人でバクバクと食べていたが、それでも、まだ大量に残っている。
「ああ、好きにしてくれ。ただ、女子会をやるそうだから、少しは残しておいた方がいいと思うぞ。
赤月さん以外の女性たちがあまり食べてないからな」
「カルちゃんもあれでは足りないので、そうします」
「あ、あれで足りないのか」
「そうなんですよ。僕より、食べるので」
「まじか」
「まじです」
あの小柄な体に、どうやって入っていくのだろうか。腹も膨れている様子がない。まるでブラックホールのような胃袋である。
「あ、えっと、じゃあ、僕はこれで」
「ああ、お疲れさん。じゃあ、凛、先に帰るな」
「うん、またね」
「バイビビー!」
「お疲れ様」
「ああ、二人とも、お疲れ」
靭は部屋へと戻る。広い部屋の中は、物音ひとつせず静かだ。
(そういえば、一人になるのは久しぶりだな)
一人の時間を過ごすのは、最初の白い部屋を出て以来だ。それからはずっとペアである凛と過ごしていたため、なんだか不思議な気分を味わっていた。
ゆっくりとタバコを吸いつつ、風呂を洗って湯を張る。湯が張れるまでの間、簡単な料理を仕込んでいく。夜という概念はないが、本日三度目の食事の準備。動画の視聴時間でさえ時間を見せない異質な場所では、体内リズムで生活をしている。
というより、本能で生きているのかもしれない。腹が減ったら食って、眠くなったら寝る。そういう生活を体感では一週間しているはず。
(一週間くらいだろうか? 太陽を見ないのは初めてだな。つか、拉致軟禁自体が初だけど)
日数の計算に自信がないのは、やはり太陽の日差しと時計がないからだろう。人間は、太陽と共に生活する生き物である。太陽の光を浴びなければ幸せホルモンと呼ばれるセロトニンが生まれず、メンタルが落ち込むはずだ。
ただでさえ、人が簡単に死ぬ環境である。普通の人間には耐えられまい。でも、靭のメンタルは正常だ。太陽の光を浴びていないことに対しても、何も思っていないようだ。
(まあ、そんなことはどうでもいいか。それよりも、やっぱり肉体改造されてるよな……ここは人体実験の場なのか。どうして集められたかの理由も分からないが、この先分かるようになるのかね)
今回の交流会で確信してしまった人体改造の事実。自分だけでなく、他の人たちも同様なのだ。自身の肉体をいじられたと思えば、普通であれば怒りや恐怖を感じるはずだが、それでも靭は他人事のように飄々と料理を作り続けるだけだった。
(うん、あとは肉と野菜が柔らかくなるまで待つか)
黒肉の汁によって、黒く染まった鍋の中身。それさえも、すでに靭にとっては見慣れた光景になっていた。なんなら美味しそうにすら思っていることだろう。異常な日常に適応していく靭は、果たして正常なのか、異常なのか。
答えを知る者は、ここにはいない。
「遅いな……先、風呂に入るか」
しばらくしても、凛が戻ってこないため、靭は風呂に入ることにした。いつもは凛を先に入れて、風呂に入るときは湯船を抜いて、もう一度溜めてから入ることにしている。
『気にしなくていいのに』
凛の言葉を思い出すも、靭はいやいやと首を振った。
(凛さんはああ言ってくれたけど……さすがにな)
恋人でもない女性の入った風呂に入るのは、さすがに問題だろうと考える。こういうところの常識というか、モラルは正常に働いているというのに、人の死に関しては無感情。なんとも歪な男である。
「ふうー……ああ、きもちいいい」
ペアの凛がいないせいか、湯船に浸かると気の抜けた声が自然と出た。女子会は長くなるだろうと察して、久しぶりに長風呂をしようと決めていたのだろう。風呂の縁面には大きなタンブラーが置かれている。中にはハイボールがシュワシュワと小気味よく音を立て、飲むごとにカランと氷の音がなった。
「たまには、こういうのもありだなー」
熱い風呂に、冷たい飲み物。あったかい部屋で食べるアイスのごとく贅沢な時間を過ごす。久しぶりの独身時代のような過ごし方。いや、靭はまだ独身なのだが。同居していることで、その感覚が狂いつつあるのかもしれない。
一人で風呂を満喫しているときだ。
ガラリ――風呂の奥から、扉が開く音がする。
「ああ、凛さん、戻ったのか」
「……うん」
曇りガラス越しに響く声。なにやら思いつめているような、覚悟を決めたような、そんな声だ。そしてすぐに、かさかさと服のこすれる音がした。
(おいおい、冗談だろ……)
ラノベの鈍感系主人公なら、こういうとき察することもしないのだろう。なぜなら、彼らはそういうキャラクターだから。だが、靭は違う。ここで何が起きようとしているのかを察せないほど、靭は鈍感なわけではなかった。
「あー、もし、今から風呂に入ろうとしてるなら、すぐに出るから少し待ってくれないか? 俺は今、風呂を洗ってるんじゃなくて、湯船に浸かってるんだ。分かるか、凛さん」
「……ねぇ」
「あー、どうした?」
こういうとき、どうすればいいかも分かる。落ち着いて素直に聞き役に徹するのだ。
「さん付けは、いや」
そして、要望が出たら、否定はせず肯定を。
「あー、そうだな。俺もそろそろだと思ってた。いいかな、凛」
「うん」
鼻歌が聞こえてきそうなほど上機嫌な声に、嵐は去ったと靭は「ふう」と息を漏らす。まだ、かさかさ服の擦れる音が響くが、脱いだ服をもう一度着たのだろう。
だが、ここで違和感に気づく。
(まだ、そこにいる?)
服を着たなら、足音が遠ざかり気配が消えるはずだ。
ガラガラ――曇りガラスの扉が開き、答え合わせが済む。
(おい、本気かよ)
湯気で見えなくなっているなんて、マンガやアニメのようなご都合展開はない。
凛の全てが、靭の瞳に映っている。
とても綺麗で、美しく、神秘的。一糸纏わぬ姿をした一人の白髪の美女が、目に飛び込んできた。細すぎないしなやかな体に、出るべきところは出ていて、女らしい柔らかさを感じさせる。ここへ来た当初の幼さはどこへやら。小説でよくある『女神のような美女』という比喩が、靭はようやくわかった気がした。
「はぁ……」
ただ、ため息ではない吐息が、先に漏れてしまう。今まで我慢していた全てがこもった息。自分とは明らかに不釣り合い。吊り橋効果のせいなのにという思考が止まらない。
本来なら、話す機会もなかった美女。いうなら、これはお誘いだ。最初に漏れてしまった吐息は、大人としての理性が壊れる音でもあった。
「……いやだった?」
ただ、実行に移した当の本人は、どうにも鈍感らしい。そんなわけないのに、そう聞こえるようだ。靭は、慌てることなく、視線を顔に移して首を振った。
「そんなわけないだろ。これでも我慢してた。
ただ、そうだな。あまりに急だったから」
「そう、我慢してたんだ」
「まあな。俺も男だし、年下のいい女と暮らしてる。
常に体が近いし、風呂を出た後もそう。ベッドも添い寝。
それなりの性欲があれば、誰だってそういうことを考える」
「そっか」
嬉しそうだ。今まで見たことがなかったくらいに。視線を下に反らして頬を緩ませ、控えめに歯を見せ、上目遣いで靭を見つめた。裸を隠すことなく、手を後ろに組み、余すところなく見てと言わんばかりに。
「どう?」
「ああ、綺麗だよ。とてもね」
「そっか」
「一緒に入るか? 寒いだろ」
「ふふ、うん」
ゆっくり向き合う。互いに手を取り合い、額を当てたり、キスをしたり。
「うれしい」
「俺もだ」
「ふふ」
かと思えば、背中を預けるように、靭にもたれかかる。
「心臓、うるさいね」
「お互いにな」
「ふふ……うん」
(こういうことに反応するなんて、まるで中坊だな)
久しぶりに感じた人の温もりと、自分らしい感情。なんだか懐かしく、もう二度と出会えないと思っていたその感情に、思わず靭の瞳に涙が溜まった。
「喉乾いた。ちょっと、ちょうだい」
「……酒だぞ。って、飲める年だよな」
(少し、声が震えたに違いない。ああ、懐かしい。俺は、やはり俺なんだ)
靭は心の中でそう思った。
「うん」
コクコクと小さく音を立てながら、酒を飲む。そこからは、静かな時間が続いた。
ポチャン――雫が湯船に垂れる音が響く。
「なあ」
「うん」
「出ようか」
「……うん」
それから、二人は互いに求め合った。
この狂った環境で、自分を見失わないように、恐怖に溺れないように。
狂ったように、求めて、埋めあい、本能のままに愛し合う。




