第6話 痺れるような快感
「靭!」
「うお!」
パァンッ――銃声が鳴り響いた。
そして、その直後。
バシン――靭が倒れ込む音が痛々しく響いた。
『深海靭、木花凛、合格』
靭と凛の名前がアナウンスされた。どうやら、これで本当に終わりらしい。
「だ、大丈夫?」
アナウンスが終わり、ハッとした凛がもそもそと這いつくばって近づいてくる。またしても危険を察知して引き止めてくれた凛であったが、飛び込むように靭の足首を掴んだため、靭は顔から派手にコケていた。かなり痛そうな音が響いたため、凛は心配そうに顔をのぞき込んだ。
「じ、じん?」
「あ、ああ、何ともない。助かったよ」
靭が顔を横に向ける。おでこは赤く腫れ、鼻からは血が垂れていた。その顔に先ほどまでの超人的な覇気はなく、ただの頼りない社会人の姿に戻っていた。
「ふ」
「ん、どうした?」
「鼻から血がでてるよ」
そういって、ゴシゴシと凛は自分の服で靭の血を拭き取る。
「あー、こら、汚れが」
靭は凛の手を止める。
「いいの、どうせ捨てるんだから」
「まあ、そうだけど、うわ」
結局、なされるがままに顔を拭かれる。汗で湿った薄い服のお陰か、綺麗に血が取れた。凛はそのまま、靭の鼻にそっと触れる。
「痛い?」
「まあ、多少は……ん?」
靭は自らの鼻を押さえ、横に動かしたり、ぐっと押し込んでいる。
「どしたの?」
「いや、突然痛みが引いた。回復まで早いみたいだ」
「いいのか悪いのか分からないね」
「はは、たしかに」
痛みが引くのはいいが、人としてはどうなのかという疑問に、靭は苦笑いで返す事で精一杯だ。
「きゃあああああああ!」
和んでいる二人だが、まだここはゲーム会場だ。靭は叫びに反応して即座に立ち上がり、凛に視線を落とした。
「つか、ここは危ない。移動しよう」
靭は素早く立ち上がったのに対して、凛が一向に動こうとしない。
「靭」
「どうした。まさか怪我でも!」
靭は慌てて凛のそばに寄り、体に触れないように気を付けながら、あちこち見始めた。
「腰、抜けた」
「へ?」
「おんぶして」
「お、おう」
まさかの一言に思わず固まる靭だが、すぐに言われた通りに彼女を背負う。後ろではまだ激しい音が響いている。だが、今の二人にはもう関係のないことだった。
「帰ろう」
「うん」
二人はゴールテープ先の扉へと向かう。扉の先には、螺旋状の階段。靭は凛を背負ったまま、ゆっくりと階段を下りていく。
「銃弾、当たらなくてよかった」
人がいなかったからか、凛はギュッと靭の胸に顔を埋める。
「ああ、凛のおかげで、この程度すんだ。ありがとう」
「言ったでしょ、任せてって」
「だな」
服越しではあるが、肩が湿っていくのが分かる。相当怖かったのだろう。前回と違い、今回は自分たちが動いてゴールを勝ち取らなければならなかった。
一つのミスで死が待っていると思えば、誰だって怖い。一個前のウェーブを回避できても、次に回避不可能な球体が来てしまえばそれで終わりなのだ。
だからこそ、靭にとって凛の合図はとてもありがたいものだった。なにせ、靭一人だけだったら、すでにこの世に存在していないのだから。だからこそ、彼は迷いなく凛の直感を信じることができた。
とはいえ、凛の精神的負担は、大きかっただろう。現に、緊張の糸が完全に切れたのか、凛は目を何度も開け閉めして、うつらうつらしている。
「よく頑張ってくれた。少し休んでいいぞ」
「うん……ちょっとだけ……すぐに、起きるから」
「ああ」
凛はすぐに眠りについた。靭は凛を起こさないように、ゆっくりと階段を下りて、ドームまで向かうのであった。
(結構いるな)
ドームに戻ると、すでに合格者が何十人も集まっていた。疲労困憊の人間もいれば、余裕な雰囲気を見せる者もおり、状態はそれぞれだ。
(ほとんどが無傷か)
服がちぎれていたり、一部が破けている者もいるが、ほとんどの者が無傷であった。決して運よく何もなかったわけではないのは、周囲の会話から分かる。ゲームをする前にグループを作っていた人たちが、情報共有をしているからだ。
(歯車と針。馬鹿力に、自分じゃない力ね。やっぱり、全員が全員、元の自分とは違うってことか)
靭だけでなく、生き残った人々が口々に同じようなことを言っている。多数の人数と関わるのは危険だと思っている靭だが、情報は欲しい。悟られないように人の間を通り抜けながら、耳をそばだてて情報を集めていく。
(生き残った連中全員が、知らぬ間に力を付けているのだとしたら……。人体改造されたって線が有力だが……現代の技術でそれが可能かと言われれば難しいしな)
頭の中で仮説を立てても、結局は疑問となって戻ってくるだけだった。
「はぁ……駄目だな」
そう小さくつぶやいて、座れる場所を探して、壁のほうへ歩いていく。壁についてすぐ、ゆっくりと凛を降ろして、自分のほうへ引き寄せて眠らせたままにする。今が何時で、あとどれくらいの制限時間が残っているのか分からない以上、ここでやることはない。
しばらくの間、靭は生き残った人々がどれくらいいるのか数えていくことにした。
(……あれは)
靭の視線の先にいたのは、隣の部屋に住んでいる大きな体格の男と、食い意地の張った女のペアだった。
「マモタって、超力持ちだったんだね!」
「僕もびっくりだよ。それに、かるちゃんも力持ちだよ。僕を運べるんだし」
マモタと呼ばれた大男の服はボロボロだ。けれど、その身には傷一つ付いていなかった。
「ね、火事場のクソ力ってやつ?まあ、でも、守ってくれてありがとな、マモタ!」
「う、うん。かるちゃんを守れてよかったよ」
「にしても、腹減ったね! はやくご飯食べたい!」
「帰ったら、すぐ作るからね」
(なんか、すごい会話だな)
何が起きたか詳細には分からないが、どうやら出てきた障害物を力ずくで壊したらしい。靭が坂道で目にした、豪速球のボールが当たっても微動だにしないほどの肉体を持った人間とは、こういう連中のことだろうと思う。
「アンタって、意外と動けて力もあるのね」
この声、右隣さんも生き残ったか。小さい男と、背の高い美女が並んで歩いている。
「ええ、まあ、それなりに。あなたも目がよろしいようで」
「……まあね。にしてもさ、アンタって優等生って感じだけど、実際のところどうなの?」
「さあ、どうでしょうか?」
「はあ、本当につまんない男」
「まだ学生ですから」
学生なのか。背は確かに小さいが、やけに大人っぽく見える。大学生か?
バレないように横目で見ていたつもりだが、女の方と目が合う。目があったなと思い、思わず頭を下げる。背の高い美女もまた、軽く頭を下げた。
(社会人っぽいな……なんとなくだが)
なんとなく気まずい空気を感じ取った靭は、そっと視線を外し、再び全体を眺めることにした。
『終了だ。生き残った諸君、よくやった』
ドームにアナウンスが響く。ゲームが始まる前の厳格な声ではなく、本当に褒めているような声色だ。
『これから休息に入る。十分体を休めて、次のゲームに備えてくれ』
プツン――マイクが切れた。
どうやら、今回のゲームは終了したらしい。寄りかかっていた壁が動き始めたので、凛を無意識のうちに抱き寄せる。無意識というのも、靭の思考は別の場所へ向いているから。
(よくやった、ね。デスゲームの首謀者とは思えない言い方だ)
男の首謀者になってからというもの、靭はこの異質な状況がさらに分からなくなっていた。そもそもデスゲームに参加させられている意味も分からないが、生き残り続けた先に待っている結末が見えなくなってしまったというのが、靭の本音だ。
普通のデスゲームであれば、淡々とことの結末を伝えればいいのだから。
「ああ、そうか」
ここへきて、靭の感じていた違和感が明確になる。
(殺し合いをまだしてない)
確かに人は死んでいる。でも、それはルール違反やゲームの失敗が主だ。今回も、生き残れと言われただけで、参加者同士の騙し合いもなければ、殺し合えとも言われていない。
(とはいえ、これからその展開になる可能性も拭えないが……この線は薄い気がする。)
現時点では、その可能性は低いと靭は踏んでいた。醜い殺し合いをさせたいなら、食事はもっと貧相なものでもいいし、わざわざ立派な個室を用意する必要もない。
(それに。デスゲームの割には、環境が良すぎるんだ)
男女のペアにした理由や、ゲームをさせる理由は分からない。けれど、これはただのデスゲームではない気がする。靭はそう思わざるを得なかった。
「……終わったの?」
思考の深い海に落ちる直前。目を覚ました凛の声に、ハッと意識が現実世界へ引き戻された。
「ああ、終わったぞ」
「そっか」
部屋の扉が現れたからか、参加者たちが続々と部屋へ戻っていく。靭は、凛に手を差し伸べて支えるように立たせる。
「歩けるか?」
「うん」
二人は扉へと近づいた。
ガチャガチャ――扉は開かない。
「……またか」
ぐっとドアノブに力を入れる。特にこれと言って違和感はないが、今までと同様に、手から一滴の血が流れていた。
(……痛みが、なかったな)
靭は血の滲む自分の手のひらを見てから、ちらりと凛の様子を伺う。凛は眉をぎゅっと寄せて、あからさまに拒否感をだしつつもドアノブを掴む。まだ慣れていないのだろう。手を刺されると同時に、「いっ」と声を漏らし、ピクリと体が反応していた。
(まだ、痛いのか)
そんな感想が頭を過るも、気にしないよう凛に声をかける。
「帰ろう」
「うん」
部屋に入り靴を脱いで、長い廊下を歩く。いつもの部屋に戻り、キッチンから飲み物を取ろうとする。
「あれ」
「どうしたの?」
「いや、飲み物が補充されててさ」
「他も見てみよう」
「ああ」
どうやら、減った物は補充してくれるシステムのようだ。喉が渇いていた二人は、その場で飲み物を飲む。靭はビールを缶で飲み、凛は水を取り出してコップに注いで飲んだ。靭は部屋を見渡しながら、「ん?」とあることに気づく。
「あれ、テレビが置いてある。ゲーム機も。しかも最新の」
「本当だ。あ、本棚が追加されてる」
「たしかに」
いろいろとグレードアップしているようで、娯楽が追加されていた。
「ここでの生活、割と暇だったからな」
「そうだね。時間つぶしにはいいかも」
ここでの寝泊まりで、二人はそれなりに会話をしていた。今までどこに住んで何をしていたのかとか、好きな食べ物やら、趣味やらと、合コンのような会話を。それが終われば、今度は大学生活を聞いたり、社会人の生活を愚痴ったりと、学生のキャバ嬢を相手にしているような会話を。
とにかく、二人の会話は盛り上がりに欠けていた。靭は自分の話って本当につまんないよなと思って途中で話を切り止め、凛は凛で、ただただ真面目な学生生活を送っていただけで、話のタネがないようだった。
沈黙の時間が増える分、無駄に凝った料理を三食作り始める始末。三食どころか、凛のお菓子作りを手伝って、ほとんどの時間を料理に費やすくらいに。
とにかく、靭は喋らない空気が気まずかったのだ。なにせ、元が拉致された二人というだけで、接点などないのだから。しかも、突然の異性との同居である。若干の人見知りであり、電車に痴漢と思われないように女性と距離を取っていた靭が、気まずいわけがないのだ。
無理に会話を広げようとした際、凛が「無理に話さなくていいよ」と言ってくれたおかげで、靭の肩の荷が下りた。沈黙でも問題ないタイプだと分かれば、そっちの方が気が楽だから。
話さなくても気まずくない関係。本当にそういうのがあるんだなと、靭は思っていた。けれど、娯楽があるなら、それに没頭できる。なんなら、会話の接点も増えるだろうと思えた。無理に話すことはしないが、人間、話したいときだってあるもんだ。
ただ、気がかりなこともあった。
(なんのために、こんなものを用意したのか……理由がさっぱりだ)
答えの出ない問いだ。靭は考えるだけ時間の無駄だと見切りをつけ、ビールを一気に飲み干して思考を切り替えた。缶を握りつぶして、ゴミ箱へ捨てる。靭は目に見える範囲以外にも、新しく追加された物がないか物色を始めた。
「靭。わたし、お風呂入ってくる」
「ああ、ごゆっくり。凛さん、服は持っていけな」
凛との生活にも慣れたのか、靭は母親のような口調で言った。
「……うん」
(なんで毎回不満そうなのか……謎だ)
若干不満そうな返事が聞こえるも、靭は気にしないようにした。彼にとっては、人が死ぬのを見るよりも、無防備な凛といる時のほうが心を乱されるため、この声がけは必須であった。
たとえ、不満そうな声を出されても、だ。好意なのか、信頼なのか分からんが、下手に刺激しないでもらいたい。
靭も男である。若く綺麗で可愛くもある女性が裸でうろつくのは危険だ。性欲もそれなりにあるので、信頼関係を壊しかねない行動は慎んでほしいというのが本音である。
(嫌われてるよりはいいけど、過度な無防備さはな……)
「はぁ」
ため息が漏れてしまう靭だが、頬を叩いて気持ちをリセットする。
「ひとまず、見てみるか」
新しく追加されたものを確認することにした。
ある程度、物色して分かったことがある。使用したものは補充されていること。少し気味が悪かったのが、着ている服のサイズが統一されたこと。新たに追加された小説や漫画には、バトルものや、異能もの、ファンタジー系、SF、ホラーといった内容がほとんど。一部恋愛系もあったが、官能小説や、エロ漫画があるだけで、それ以外は特になかった。
テレビも、普通のテレビが見れるわけではなく、サブスクの動画配信の映画やアニメ、ドラマだけ。ジャンルも小説や漫画と似ていた。コメディや、ドキュメンタリー、青春もの、歴史ものといった話は、あえて省かれている感じもする。
靭はタバコを吸いつつ、リモコンを操作しながら画面を見続けた。
(アニメや漫画は完結した作品ばかりだな。4月に上映されるはずの映画があるのが意味分からんし。まあ、見たかったからありがたいんだけどさ。なんだかな……腑に落ちん)
「はぁ」と深いため息と共に、タバコの煙が流れていく。
「この先、どうなるのかねー」
その答えを知るものなど、ここにはいないのだ。
グウウウウ――靭の腹の音が、無音の空間に響く。
「まあ、あれだけ動けば、腹も減るか」
諦めたように、靭はキッチンへ向かう。腹が減っているようで、米を6合炊く。若干多いかと思ったが、なぜだか食べれる気がしたのだ。ここでの寝泊まりを繰り返すうちに、食欲が大変なことになっていた。どのくらい大変かといえば、大量にあった食材をほとんど使う勢いで。靭はというより、二人ともここに来る前より、食事の量が増えているようだ。
「今日はなに食べるかなー」
食材を吟味しつつ、靭は手際よく調理を進める。 量が食えて、黒米が進むメニューを脳内で作り上げて、それを実行していく。凛は長風呂のため、出てきたタイミングで食べられるものというのも考慮に入れて。
「うし、できた」
出来上がったのは、黒肉の大量ステーキ。早くできて、なにより美味い。この生活で分かったことだが、半生の状態で食べても、腹を壊すことがなかったということだ。
だからこそ、短時間で調理可能なステーキを選択した。
「あ、ご飯?」
「ああ。簡単なもんだけどな」
「ありがとね」
「おう」
凛も加わったことで、テキパキと出来上がった食事を並べていく。米と肉。黒一色の食事が並べられていく。もはや人間の食事風景かと疑いたくなるが、二人は意気揚々と食事を眺めている。今回はスープや、副菜はない。その代わり、たくさんの調味料が置かれていた。とにかく腹が減っていた靭は、腹に入れられるものなら、何でもよかったのだ。それに、凛が出された食事に文句をいう人ではないからというのも大きいだろう。
食事と飲み物、調味料を出し終えたら、席に座る。
「いただきます」
「いただきます」
二人同時に手を合わせ、食事を始める。下味をつけただけの肉を口に入れた瞬間、脳の奥が痺れるような快感が走った。
「っ……!」
「んん……」
ただの『美味しい』という感覚ではない何かが、この料理にはあった。味覚を超えて、もっと根本的な部分。血液や筋肉、骨の髄、細胞までもが食事を求めていたかのように、口に入れた瞬間、悦に浸っているような、そんな感覚を覚える。
(体の奥底が、これを求めてたみたいだ)
靭は無言で黒い肉を頬張りながら、自身の身体が変化していくのを、どこか冷静に受け入れていた。目の前の凛もまた、いつものが嘘のように、一心不乱に箸を動かしている。
(米、多く炊いておいて良かったな)
二人は言葉を交わすことも忘れ、ただひたすらに、本能のまま目の前の黒い食べ物を胃袋に収め続けた。
まるで、これから訪れる何かに備えるかのように。
お読みいただきありがとうございます。
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