第5話 生存ゲーム
無機質な銀色のドームへと出てきた靭と凛。凛は靭の腕にぴたりとくっついて離れようとしない。靭は特に気にしていないのか、すでにドームへと集まっている人々を観察していた。
集合の合図がかかって間もないというのに、ドーム内にはすでに大勢の人が集まっていた。
「次はなんだ……」
「もう、勘弁してくれ」
徐々に集まってくる白い服を着た白髪一行。聞こえてくる声はすでに負の感情ばかりで、状態がいいとは言えない。
『5、4、3』
カウントダウンが始まると同時に。
「セーフ!」
「ぎりぎりまで食べてられるなんて、さすが、かるちゃん」
「間に合ったんだからいいんだよ!」
「サンドイッチ、早く食べちゃいなね」
「うん!!」
隣に住んでいるペアの女のほうが、黒いサンドイッチを持って飛び出てきた。縦にも横にも大きい男が、微笑ましそうに『かるちゃん』という女を見つめている。
(どこの部屋の肉も、パンも、色は黒いみたいだな)
自分たちの部屋だけではないということは、他の人たちも同じ状況なのだろう。
『0』
ビーー――機械音が響く。
『全員は集まらなかったな』
靭の目には、前回生き残った人間たちがほぼ集まっているように見えるが、どうやら足りないらしい。なにせ突然の招集だ。家の中で寝ている人間もいただろうし、風呂の途中で慌てて出てきたのか、髪が濡れている人もいるくらいだ。
(出てこなかった連中は処分されるだろうな。見えない分、凛の精神状態に変化がないのはデカい。殺すなら殺すで、見えないところで死んでほしいもんだ)
冷徹な考えが頭をよぎるが、靭はそれを恐れることなく、当たり前のように受け入れていた。
『まあいい。これより試験……いや、生存ゲームを行う』
(試験ね……)
首謀者の言葉に靭は眉を動かすも、静観を貫いた。
「ゲームってなんでしょうね」
「楽しいことではないでしょう」
もう一方の隣に住んでいる一組の声が聞こえる。靭も彼らの言うことに内心で頷く。ここにきて楽しいことが待っているとは思えないからだ。
「部屋の扉が!」
誰かが発した声を聞いて、後ろを振り向いた。扉が下に飲み込まれていくように消えていく。どうやら、このドーム自体が上昇しているようだ。
『これから三つの扉が現れる。
三つのうち一つを選んでもらう。どこへ行くかは自由だ。
生き残るためなら何をしてもいいが、ペアが死ねばアウト。
その時点で、もう片方も死んでもらうから、死ぬ気で守ってやれよ』
その言葉を最後に、靭たちから見て、左・中央・右に大きな扉が三つ現れた。左から順にA、B、Cとアルファベットが表記されており、このうちのどれか一つを選べばいいようだ。
『一分以内に持ち場につけ。並ばずにいるものは、どうなるか分かるな?』
集まっていた人々が、一斉に走り出す。
「どこがいいとかあるか?」
「どこでもいい」
「じゃあ、Cに行こう。一番近いしな」
「うん」
一歩前に進もうとして、靭は引っ掛かりを覚えた。すでに凛の足は震えており、目には涙が溜まっている。
「失礼」
「わ」
靭は躊躇なく凛をお姫様抱っこすると、颯爽と走り出した。凛は靭に身を任せて、靭の耳元で囁く。
「ありがとう」
「ああ」
一分以内に全員が並び終える。一番多く集まった扉は中央のB。残りのAとCには、同じくらいの人数が散らばっていた。
『健闘を祈る』
首謀者がそういうと、マイクが切れて扉が開く。ぞろぞろと中に入る一行。靭もそのまま凛と一緒に入ろうとしたが、凛が自ら地面に降り立つ。
「ありがとね、靭」
「なに、お安い御用さ」
今の間に少しだけ落ち着いたようで、凛はゆっくりと歩きだす。
デンデン、デンデン、デーンデンデン――扉の中に入ると、バラエティ番組のようなふざけた音楽が響いていた。目の前には、小文字表記でa、b、cと書かれた看板。その奥には、どれも同じような急な上り坂が見える。
「急坂だな」
「これ登るのかよ……外れたな」
「登るだけならいいけどよ」
がやがやと声が響く。靭はその会話に入ることなく、坂道を観察する。坂道以外に、壁には二人分は入れそうな隙間が等間隔で設置されていた。
(急な坂道、隙間……それと)
中央には、『30:00』と記載されたデジタル時計。全員が中に入り終えると、その時計のカウントダウンが動き出した。
(時間制限付きか)
靭は凛の手を取り、一番遠くの「c」の坂道へと走り出す。
「靭?」
「急ぐぞ」
「う、うん!」
小走りで走り出す靭に、凛も一生懸命ついていく。
(体が軽いし、足も動く。これなら、凛が疲れても俺が抱えれば問題なさそうだ)
懸命に走る凛と横並びになりながら、cの坂道へと向かった。
「い、行くか」
「ええ」
「はあ、めんどくせ!」
「あ、まってよ!」
靭と凛が走り出したことで、ほかの参加者たちも続くように坂道を上り始める。一番近いaに行くペア、中央のb、一番奥のc。パラパラと集まっていくも、b坂に向かったペアが多いようだ。
「行けるか?」
登るにはかなり急な坂道。慣れていない人間が走れば、転げ落ちてしまいそうだ。
「いける。体が軽い」
「同じく。よし、行くぞ!」
「うん!」
靭と凛は、ダッシュで坂を上る。普通の一般人なら歩くだけで精一杯になるであろう坂を、軽々と走り抜けていく。後ろのペアたちも、靭たちの後ろを走る。
「待ってよ!」
「早くしろって!」
「き、きつい!」
「くそ、なんであんな早いんだよ!」
(他の連中には、肉体変化は起きていないのか? それとも、文句を言わないと走れないタチなのか)
靭は後ろを気にしつつ、凛と一緒に前へ進む。
ドン――重く鈍い音が響き、坂道が大きく揺れた。突然の衝撃に凛の体がぐらつくも、靭が咄嗟に支える。
「ありがと!」
「気にするな。それより」
「うん、あそこに隠れよう」
二人分入れる隙間に、靭たちは入り込んだ。隙間はかなり狭く、靭たち二人でも密着しないと入れないくらいだった。後ろから来ていたペアの反応は様々。
「どうする?」
「隠れたほうがいい」
靭たちの行動を見て真似をする者もいれば、ただ坂道を走る者もいる。
「疲れんのはやいな!」
「おっさんがペアとかついてないね!」
意気揚々と靭達を見て馬鹿にする口調のペア。
「耳を塞いで、目を瞑っていた方がいい」
「ううん。もう、大丈夫だから」
「そうか」
靭は凛を支えつつ、隙間から覗き込むようにして坂道を見る。追い抜いていったあのペアは、それなりに体力があるのか、ぐんぐんと前へ進んでいく。
(あのへん、隙間がないな)
そう思った直後だった。
「あれ、見て」
凛が指をさして呟く。
「……まじか」
靭は、凛が指さした方を見て、冷や汗を背中に掻きながら、凛にも聞こえないような声で呟く。
坂道を飲み込むような巨大な黒い球体が流れてきた。坂道にいる人間を許さないようになのか、球体の四方向には剣のような刃物がいくつもついている。
(隙間なしか。随分と丁寧で意地悪な仕掛けだ)
靭が冷静に刃物付き球体を観察している間にも、靭達を追い越した二人は慌てふためいている。
「おいおいおい、隠れる場所は!」
「な、ないよ!」
「あそこまで降りるしか!」
二人はすぐに体を反転して、壁の隙間を目指して駆け抜けるも、想像以上の速さで球体が迫ってくる。
「いやだいやだいやだああああ」
「きゃあああああああああああ」
巻き込まれる形で球体に押しつぶされた二人。坂道に綺麗な人型の血や、もろもろがべっとりと沁みついてる。彼らだけではなく、似たような悲鳴が後ろどころか、この室内全体に響いてきた。どうやら、部屋自体のゲーム内容は同じらしい。真ん中に集まったペアが多かったので、隙間の奪い合いになっていることだろうと靭は思った。
ズガアアアアアアン!!!!――爆発音に近い轟音が響いた。坂道を下り終えた球体が、最初に靭達が集まっていた壁に激突したようだ。
(って、よそのこと気にしてる場合じゃないか)
衝撃音と共に、靭はすぐに我に返る。
「行けるか?」
「うん」
すでに凛の顔色は青ざめているが、回復させるだけの時間はない。
「走れないなら」
「大丈夫、行こう」
凛は先に前へと飛び出す。靭は凛の覚悟を見て、いつでもフォローできるようについていく。ある程度、坂道を登れば、またしても音が響く。
ゴロゴロゴロゴロゴロゴロ――先頭に立っているからこそ聞こえる小さな音。かなりの数の球が転がる音がする。
(くそ、隙間は先か!)
すでに、それらは転がってきていた。ボウリングの球ほどの大きさの球体が、ゴロゴロと音を立て、まるで滝のように流れ落ちてくる。
「掴まれ!」
「お願い!」
靭は咄嗟に凛を抱えて持ち上げた。ボウリングほどの球体は、凄まじいスピードで転がってくる。中には、上下にバウンドして予測不可能なボウリング玉もあるくらいだ。
靭は信じられない動きで、坂道を駆け上がり、ボウリングの球を避けに避けまくる。時速40kmほどのボウリング球をみつつ、隙間を探して着地し、駆け上がるという人間離れした動き。これが一人だけなら、運動能力が高すぎる人間だと言えなくもないが、靭は凛を抱きかかえている。
一人の人間を抱えて坂道を軽々と動きつつ、大量に流れて来る時速40kmのボウリング球を避ける人間を、果たして人間と呼べるのであろうか。
(人間離れしてようがなんだろうが。助かれば、それでいい!)
靭は己に言い聞かせるように脳内で叫び、懸命に足を動かして上へと駆け上がる。
「あそこ!」
「ああ!」
凛が隙間を見つけたのか、大きな声で叫ぶ。ゴロゴロと転がる球体の音と、人々の悲鳴が重なっているため、大声を出さなければ聞こえないと判断した様だ。
凛のおかげで、靭は一時の休息を手に入れた。
「大丈夫?」
隙間がどんどん小さくなっていき、二人の密着度が上がっていく。顔の距離もだいぶ近い。とはいえ、そんな状況を言ってる場合じゃない。凛の呼びかけに、靭はただ小さく頷く。
「ああ、不思議とな。まったく疲れてない」
凛は靭の言葉を聞いて、胸に自らの耳を当てた。
「心臓もほとんどバクバクしてない。すごいね」
「どうだろうな……すごいって言っていいのか」
大量に落ち続けるボウリングの音に紛れて、少しばかりの本音の弱音が出る。下を向いた靭の顔を、凛ががしっと掴んで、おでことおでこをくっつけてきた。
「凛?」
「すごいよ。私はお荷物だけど」
「いや、助かったよ。隙間まで見てる余裕はなかったからな」
「ならよかった」
少し距離を開けて、柔らかく目を細めて微笑んだ凛に対して、靭の心臓が少しばかり強く脈打つ。
「あ、音、止んだね」
「あ、ああ……出るか」
(見惚れるってこういうことを言うんだよな)
異常な状況下で、人間らしくないのか、人間らしいのか。もはや自分でも分からない靭であったが、ひとまずは深く考えないことにした。
ゆっくりと慎重に出ていく靭。音が止んでからすぐに行動するペアが増えているのか、坂下のペアたちも顔を出していた。
「靭!!!」
「うお!!」
突然、凛が靭の体を引っ張って、強引に隙間へと戻す。何事だと思った靭が、凛を見ようとして、黒い何かが視界の端で動くのを確認した。
直後。
ドガアアアアアアアアン!!!!!――先ほどの巨大な球体とは比べ物にならないほどの衝撃と音が全体に響く。
「なんだ……いまの」
「分から、ない」
「凛、どうして」
はぁはぁと荒く息を乱す凛は、ぽろぽろと涙を流している。本人にも何が起こったか分からない様子だ。
音もなく巨大な【何か】が落下してきたのだ。間一髪で凛が引き戻してくれなければ、確実に靭は姿かたちすら残らない肉塊になっていただろう。現状、靭に分かるのはそれだけだ。
そのおかげで、靭は一命を取り留めた。
「靭」
「あ、ああ」
「死な、ないで」
息を荒げ、か細く涙を堪えながら、真剣な声で靭に伝える。いつだれが死んでもおかしくない状況だ。絶対に死なないという保証はない。今は奇跡的に乗り越えられたが、次もまた生き残ってるかどうかは、怪しいだろう。
けれど、靭はまっすぐ凛の瞳を見て、はっきりと答えた。
「分かった」
「絶対だよ」
「ああ、絶対だ」
理屈ではなく、感情で凛の気持ちに答えた。今はこれが、ベストな選択であると。
「俺は死なないし、凛も死なせない。約束する」
「うん、ありがとう」
ギュッと凛が抱き着く。靭もまた、その抱擁に答えるように、優しく凛を抱きしめた。
「早くいくぞ!!」
「分かってるよ!!」
靭と凛が約束を交わす中で、次々とペアの人間が進んでいく。
「よし、行こう」
「うん」
靭が先に出て、凛を引っ張り上げて走り出す。次々に出てくる大玉、小玉、中玉の重たいボールを華麗なステップで避ける。凛の足がもつれれば、そのたびにフォローして一緒に進んでいく。
「うあああああああ!」
落ちてくるのはボールだけではない。ボールに当たってバランスを崩した他の参加者たちもまた、障害物と同じように上から転がり落ちてくるのだ。
「凛!」
「わ!」
ふわりと凛を持ち上げたまま、靭は前々と進んでいく。巨大なボールでなければ、安全地帯に入らなくとも前には進める。遅れた分を取り戻すように、靭は凛を抱き上げ続けたまま、坂を上り続けた。
「あそこ!」
「了解!」
靭に持ち上げられた凛は、安全地帯を探す。上に進めば進むほど、安全地帯の隙間が減っていく。
「やべ、ハズレだ!!」
「馬鹿、急いで!!」
また、今そこにあった安全地帯に突然壁ができて、入れないような罠も仕組まれている。
「ここは駄目! もう一個上!」
「ああ!」
他の人々がハズレを引く中で、凛は明確な正解を引くように隙間を指さす。凛の的中率は100%だ。どうして答えが分かるのかと聞いても、凛もよく分かっていない。
先ほどと同じく、凛の直感がそうさせるのかもしれない。
「あと少しだな」
「うん。靭、体力は?」
「不思議なもんでな、息切れ一つなければ、体に疲労もない」
「頼もしいね。ありがとう」
「大体の人がそんな感じだがな」
「それでも、ありがとう」
「ああ、どういたしまして」
靭は球体を避けながら、ほかの人々も観察していた。靭と同じく、ほかの人々も、異様なまでの体力や瞬発力を身に着けている。最も驚いたのは、豪速球で落ちてくるボウリングの球を受けても、微動だにしなかった人間がいたことだ。
(あれは人間じゃないな。まあ、俺も似たようなもんだが)
自身の狂った変化が、他の人間にも当てはまっていることに、靭は少しだけホッとしていた。
「とはいえ、凛の直感がなければ何度か死んでたからな。頼りにしてる」
「体を使うことには自信ないから、そこは任せて」
靭と違い、凛の体はそこまで大きく変化していないようだ。運動能力も前よりは高そうではあるが、靭から見てみれば、動けない部類といってもいい。それを補うように、直感が優れているのかもしれないと、靭は結論付ける。
「頼もしいな」
「でしょ」
遅れを取り戻し、靭たちはすでにゴールへと近づいていた。先にゴールしたであろう人間の姿も確認できる。奥の方は見えないが、この坂を登り切ればゴールなのだろう。
けれど、体感的に時間はまだあるので、焦る必要はない。
(とはいえ、体感を信じすぎてもまずいし、なるべく早く抜け出したい)
靭は、次に流れ落ちてくる球体が止まったら一気に動き出すと決めていた。
それに。
「……」
靭は凛を見る。会話できるとはいえ、凛が強がっていることは明確だ。顔は青白く、抱き寄せた体は小刻みに震えている。恐怖の感覚が麻痺している靭とは違い、凛は恐怖を感じたままだ。
人の死体を見れば動揺するし、涙目になり、鼻をすする音も聞こえた。この狂った環境で、凛はまだ普通の女の子の感情を持ち合わせている。この地獄で生き残るには、圧倒的に不利なのだ。それでも、死なないでと言われてしまった以上、やるしかない。
(俺が死ねば、凛まで死んでしまう)
それだけはあってはならないと、靭は気を引き締めた。
「大丈夫だ。次で終わらせる」
「お願い」
体力も筋力も劣る凛は、靭に頼るしかない。とはいえ、頼りきりというわけでもないのだ。
「次は、大丈夫そうか?」
「うん。靭なら問題ないと思う」
「よし、行こう」
飛び出すタイミングを決めているのも凛だ。スタートダッシュで先頭を走っていたのに、途中で他のペアに抜かされていたのは、これが理由だった。とはいえ、そのおかげで、絶対に避けられない球体と鉢合わせることなく登れている。一心同体とまではいかないが、かなりいいペアであることに違いない。
「3、2、1」
「行くぞ!」
凛の合図とともに、靭が凛を抱き寄せたまま走り抜ける。
「来るよ!」
「ああ」
靭は次に来るボールを予測する。すると、今まで見たことのない巨大なガトリング砲のような機械が天井から出現した。
ドン、ドン、ドン。ヒュン、ヒュン、ヒュン――大中小、様々なボールが凄まじいスピードで飛び出してくる。初めてのパターンに凛はギュッと靭の袖を強く握りしめた。
「……」
けれど、靭は何事もないように、次々とボールを避けていく。
「すごい」
隙間という隙間を縫うように、自分と凛に当たらないように。靭は坂道を駆け上がりながら、ゴールへと最短距離で向かう。
「もう、すぐ!」
あの機械の後ろまで行けば、ボールは飛んでこない。身体能力を限界まで引き出し、靭はこれまでにない圧倒的な速さで急勾配を駆け抜けた。
「よし!」
ついに、坂道が終わる。目の前には、この狂気的な雰囲気には似つかわしくない黄金のゴールテープが伸ばされていた。
「なんか、しまらないな」
「そうだね」
靭は凛を降ろして、二人でゆっくりとゴールテープまで進む。
「うし、おわ……」
ゴールテープを切った瞬間。
「靭!」
「うお!」
パン――発砲音。
一発の銃声が鳴り響いた。




