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XNFA--ゼノファ--「ようこそ……地獄の最前線へ」  作者: アトラモア
第一章 デスゲーム

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第4話 アナウンスは、突然に

第4話 アナウンスは、突然に


 風呂から出た靭は、凛の座っているソファにだらしなく寄りかかる。


 凛は、少しの距離でも詰めてきて、肩が当たる近くまで寄り添う。


(……近いなぁ。こんな状況じゃなきゃ素直に喜べたけど、若干申し訳なさがある)


 なんの縁やら。たまたま同じ場所にいて、会話をして、たまたま守る形になってしまった。極限状態で冷静な自分が、彼女には少しだけ良く見えているのだろう。だがなんとなく、今の自分は自分ではない気がして申し訳なかった。


(元はもっと頼りない人間なのにな)


 アドレナリンがドバドバと出ていたからだろうか。見知らぬ女性を助けたことで、まるで惚れられているかのような感覚。吊り橋効果というやつだ。実際にそのような状況に陥ったことのない靭は、ただひたすら戸惑うばかりだった。


(何を話せばいいか……)


 頭の中で一人会話の練習をしていると、グウウウウとだらしない音が静かな部屋に響いた。


「……すまん」

「いいの。お腹が空くのは生理現象」

「まあ、そうだけどさ」


 はあ、と、靭から溜息が漏れる。


(あの地獄を見て、腹がすく自分が怖いよ)


 自分でそう思うのだ。凛はもっと怖いのではないだろうか。頭の中でそんな考えがよぎる。とはいえ、このまま空腹のままではいられない。靭は身を起こして、凛の方を向く。凛は膝を抱えて丸まっている。


「飯、作るけど食べるか?」

「……うん」


 人が大量に死んだ後で飯を作って食べるのは何とも忍びない。というより、普通なら食欲なんてわかないと思っていた。けれど、耐え難い空腹が、靭を行動させている。


 まるで空腹に支配されているように。


「うし、じゃあ、作るか。何でもいいか? つっても、怪しい肉とか卵ばっかりだったけど」

「わたしも手伝う」

「じゃあ、頼む」


 靭が歩き出すと、凛は不安げに彼の服の裾を少し掴んで、ひよこのように後ろからついてくる。


(勇者になった気分だな)


 後ろを歩く凛は、ひよこというより、王道RPGで勇者の後ろをついて歩く仲間のようだった。


「……」

「これ、本当に米だよな?」


 キッチンに立ち、まずは米を炊こうとして袋を開けた二人は硬直した。なんともまあ、綺麗なまでに黒銀に染まった米粒とご対面したせいだ。


「小麦粉なら……うん、黒い」


 もはや何がなんだか分からない。野菜は普通より濃い色というだけなのに、米つぶや小麦粉、肉、卵は黒いのだから。


「まあ、炊いてみたら案外うまいかもだしな」


 食えれば何でもいい状態まで腹が減っている靭は、三合分の米を洗う。


「野菜切るね」

「ああ、頼む。肉は解凍しないとな」


 手際よく調理を進めていく靭に、凛はぱちぱちと瞼を閉じては開けた。


「慣れてるね」

「学生時代に、居酒屋でバイトしてたから」

「そうなんだ」


 それ以降、靭は凛に指示して、凛はそれに従いながら静かに食材を切っていた。凛も料理ができるようで、慣れた手つきだ。料理を手伝ってくれることへの嬉しさが滲み出た、やわらかい笑顔を凛に向けてから、靭は自分の作業に集中した。


 料理というのは、それなりに時間がかかるものだ。けれど、指示以外の会話らしい会話は特にない。靭は料理に集中していて気付いていないが、凛はちらちらと彼を眺めていた。


(肉の焼ける音は至って普通だな)


 焼いた肉を持ち上げて、味見しようと口元に運ぶも、さすがに箸が止まる。得体のしれない黒い肉だ。初見で食べるのを躊躇するのも当然と言える。


(調味料は普通だったし、味は問題ないはず……)


 手は震えていないが、心臓の鼓動が少し早い。あれだけ人が死んだ場面では平常心だったにも関わらず、ただの肉を前に怯えている自分が可笑しかった。


(ええい、ままよ!)


 毒味を兼ねて一口食べる。子供が苦手な物を食べるときのように、鼻からは呼吸せず口からゆっくり息をしつつ咀嚼した。


(これじゃあ、味見の意味ないよな)


 今度こそ、じっくりと味を確認する。


「どう?」


 心配するようにのぞき込む凛に、靭はうんと頷く。


「普通に美味いわ」

「そうなんだ」

「まあ、凛は少し待ってた方がいいかもな。時間経過で何か起こるかもだし」

「分かった」


 どうやら普通に美味いようで、靭はそれから、味を整えるために味見を繰り返していた。


 てーれーれーれーれー、てーれーれーれ――どこかで聞き覚えのある電子音が鳴り響き、お米が炊き上がったことを知らせる。


「お、米炊けたな」

「じゃあ、盛り付けするね」

「頼む」


 米も炊き上がり、ようやく料理が完成する。二人で出来上がった料理をテーブルに並べた。大皿ではなく、別々の皿に分けているようだ。靭の茶碗にはこれでもかというほどのマンガ盛りの黒い米。凛も茶碗いっぱいに米をよそっている。どうやら、食欲があるらしい。


 準備が終わり、二人は席に着く。


「いやー、野菜以外は面白いくらい黒いな」

「そうだね」


 米も、スープも、黒い。野菜以外のすべての料理の見た目が、わざと焦がしたような黒さだ。いや、わざと焦がそうとしても、絶対にこうはならないだろう。焦がしたというより、炭にしたというほうが正しいかもしれない。


 しかし、普通に美味しそうな匂いを漂わせ、早く食べてと言わんばかりの湯気がゆらゆらと立ち上っている。


「じゃあ、いただきまーす」

「いただきます」


 靭は恐れることなく、野菜炒めを口に運ぶ。最初に味見兼毒味をしていたからだろう。それに、空腹の状態で味に問題がないなら、箸も進むというものだ。


 色通りというべきか、野菜は味が濃い。炭のように焦げた色をした肉も、肉の中の肉というほど味が濃く、焦げた味はしなかった。そこそこ厚みもある肉だというのに、とても柔らかく、カルビのように脂の乗りがいい。


 そうなれば、今度は飯だ。おかずと一緒に、相棒である米をかき込む。真っ黒な米も、不思議と味がよく、焦げた味が一切しない。


「うーん、やっぱり普通にうまいな。

凛も食ってみろ。時間経っても大丈夫そうだし、毒じゃない」

「分かった」


 言われるがままに、凛もおかずを口に運ぶ。小さい口で、一生懸命もぐもぐ食べる様子は、小動物のよう。凛は、目を見開いて、お米も一口。もぐもぐとゆっくり咀嚼してから飲み込み、靭を見る。


「うん。とっても美味しい」


 凛も美味しく頂けるようだ。最初はどうなるかと思ったが、食事に困ることはなさそうだと一安心。


「よかったよかった。男の料理だから味が濃すぎるかと心配してたんだ」

「大丈夫、とっても美味しいから」

「そうか」


 味付けは靭の好みだったため、女性には少し塩辛いかと不安だったが、今も箸が進んでいるので問題ないと判断する。靭は次々と料理を平らげていき、なんならおかわりにまで手を伸ばした。


(なんか、不思議だ。そこそこ腹いっぱいなのに、まだ食いたいって思っちまうし、抗えない。それに、食った時の腹が満ちる以外の何かがある。本当に、なんなんだろうな)


 食べれば食べるほど、空腹以外の何かが満たされていく。靭はその感覚に、名前を付けられずにいた。これは自分だけなのかと、凛を盗み見る。凛も、靭に比べれば申し訳程度の量ではあるが、おかずとご飯、スープをおかわりしている。


(うん、分からんが……)


 当然、靭の感覚の話なので、見ただけでは分からない。ただ、食欲があって何よりだと、靭はバレないよう静かに微笑んだ。


「ふう、ごちそうさん」

「ごちそうさまでした」


 食事を終えて、凛はすぐに食器を片づける。


(ぐ、すぐ動けるタイプか……つか、一食目だってのに、さすがに食いすぎたな)


 膨れた腹をさすりながら、重たい体を動かす。次の日分も作ったつもりが、思いのほか二人とも食が進んで完食してしまったのだ。


「洗い物、わたしがやるよ?」

「いや、二人でやろう。どちらかが負担になるのは駄目だ」

「ありがとう」

「こちらこそ、ありがとうな」

「うん」


 二人で黙々と洗い物を片付けていく。靭が洗い、凛が皿を拭く担当に分かれたようだ。最初はやることがない凛は、机を拭きに行った。その間に、靭はぱっぱと洗い物を済ませていく。とはいえ、そんなに早くは終わらない。


「何か飲む?」


 凛は気を使ってか、それとも食後に何かを飲むタイプの家庭だったのか、食後の飲み物を聞いてきた。


「ああ、じゃあ紅茶いいか?」

「コーヒーじゃないんだね」

「俺は紅茶派なんだ。凛さんは?」

「私も。同じだから、ちょっとうれしい」

「そっか」


 少しのことで喜びがある。これがお見合いで結ばれた後の二人ならどれほど和やかであっただろうか。けれど、二人がいる場所は、地獄の中。素直に喜べないというのは、何とも味気ないものだと靭は思う。


 洗い物を終えて、二人は優雅にお茶を楽しむ。


「紅茶の色も濃いな」

「うん。でも、満たされる」

「だな。なあ、食後のタバコいいか?」

「うん。あと、聞かなくていいよ」


 どうやら好きに吸っていいようだ。ただでさえ嫌煙されるのだから、靭からしてみれば心の底からありがたいことであった。


「ありがとな。凛さんは、吸うかい?」

「お願い」

「了解」


 靭は、テーブルに灰皿とタバコを持ってくる。


(ここだけ切り取れば、ただの同棲で済むんだけどな。いや、普通なら換気扇の下で吸うし、こんな意味の分からない造りの家には住まないか)


 慣れた手つきでタバコに火を付けて、凛とは別方向に顔を向けて、煙を吸っては吐き出す。凛もまた、すでに吸い方を覚えたおかげで、スムーズに吸っていた。しばらく喫煙を楽しんでいた靭。


「ねえ、靭」

「ん?」


 凛の真面目な声色に、靭は凛の方へ顔を向ける。靭の真似をしたであろう手つきでタバコを持ちつつ、彼の瞳を見て話す。

 

「わたしね、食欲なんてないと思ってた。

人があれだけ死んだところ見たのに、靭に食事を誘われたら、食べたいって強く思ったの。

美味しくなさそうな見た目をした料理を見た途端、箸が止まらなかった」


 どうやら、違和感があるのは靭だけではないようだ。安心していいのか、不安に思うべきなのか。自分だけの現象ではないことに、靭の心は、安堵が勝っていた。


「確かにな。あの状況に加えて、普通じゃ食べたくないような飯だったしな。それなのに、いつもより、たくさん食えたし。言っておくが、俺はばあちゃんちのペットが死んだとき、食欲がほとんど出なかったよ。つっても、説得力ないか」

「ううん、信じるよ。私だって、普段はおかわりしないもの」

「二人とも、同じってわけか」


 やはり何かしらの違和感があるようだ。靭には靭の、凛には凛の変化があるのかもしれない。


「この際だ、食事中のおかしなことも伝えておく。不思議なもんでな。普通の食事と違って、食った後の満腹以外のほかに、何かが満たされる感覚があった。うまいもの食べて幸せだって以外の、なにかだ」


 これが何なのか、靭は答えを出せずにいた。ただなんとなく、共有しておいた方がいいと思ったのだ。


「分かるよ。この紅茶もそう。それ以外の何かが満たされる感じがある」


 こちらも、靭と同じらしい。


「そうか……なんなんだろうな。これって」

 

 凛は煙を吐いて、静かに首を横に振った。


「分からない」

「だよな」

 

 二人とも分からないのだ。何を満たされたのかを。ただ、二人とも同じ悩みを抱えてることが理解できただけでも、大きな一歩だったのかもしれない。


「食材のせいってことにしておこう。それが一番丸いだろ」

「そうだね。それがいいと思う」


 分からないが、二人とも同じなら、そういうものだと無理やり結論付けることができるから。


(この際だし、聞いてみるか)


 靭は灰皿にタバコを押し付け、凛の目を見つめた。


「なあ、他におかしなことはないか?性格とか、体の異常とかさ」


 凛もまた、ちょうど吸い終えたのか、タバコの火を消した。


「今のところはないかな。靭はあるの?」


 どうやら、凛には変化という変化はないようだ。


「ああ。もともと俺は、こんな度胸のある人間じゃなかった。肉体的変化で言えば、眼鏡がなくても良く見えるし、体の痛みがないし、筋力もおかしいってところだ」

「そうなんだ……それに関しては、わたしは分からないとしか言えない。ごめんなさい」


 ぺこりと謝ると、靭は慌てて手を振り首を横に振った。


「いやいや、凛さんが悪いわけじゃないから、気にしないで」

「ありがとう」

「ああ」


 そうして、特に会話も進まないまま、二人は紅茶を飲み終えた。後片付けを済ませて、そのままの流れで歯を磨く。特にやることがないからだ。


 歯を磨いた後、靭はキングサイズのベッドと大きなソファを交互に眺めた。


(さすがに一緒に寝るのはな。ソファも柔らかいから問題ないし、枕と布団を持ってソファで寝よう)


 靭はベッドに移動して、いそいそと自分の分の寝具を移そうとする。


「何してるの?」


 布団をまとめていた靭に、凛が目の前まで迫っていた。距離の近さに驚きつつも、靭が作業の手を止めることはない。


「いや、さすがに一緒に寝るのは申し訳ないからな。俺はソファで」


 言葉を遮るように、力強く抱きしめられた。


「りん、さん?」

「一人で寝たくない」


 幼い子が駄々をこねる様な仕草と言葉。靭は、己の配慮のなさを悟った。彼女の体は小さく震えている。先ほどの間での落ち着きが嘘のように。


(そうか。あんなことがあったら、普通は一人で眠ることもできないのか)


 そんな当たり前のことですら、靭はすでに浮かばなくなっていた。靭の心にすでに恐怖の文字はなく、彼女に対する自己満での配慮で脳内が埋め尽くされてしまっていたのだ。


(やっぱり俺は、何かがおかしくなってる)


 目覚めてからここに来るまでに浮かんでいた己への疑問が、確証へと変わった瞬間だった。


「悪かった。色々と配慮に欠けていた」

「ううん。遠慮してるのは分かってたから……わたしの方こそ迷惑かけて」

「迷惑なんてあるもんか」


 靭は凛の言葉を遮るように、子をあやす様に優しく呟く。抱き着いてきた凛の頭を優しく撫でる。少しでも、不安と恐怖が消えるように。


「むしろ、こんな美人と添い寝ができるなんてラッキーだよ」

「……それは、照れる」


 靭の揶揄うような言葉に、凛はただ頬を染めるだけだ。抱き着くことは止めないが、ギュッと抱きしめられていた力が弱くなった。


「寝るか」

「うん」


 こうして二人はベッドへ潜り込んだ。互いに向き合いながら寄り添いあうように眠りにつく。靭は若干のぎこちなさがあるが、凛は完全に靭を信頼しているかのように、体の一部をぴたりとくっつけている。


(……俺も男なんだけどなー)


 そんなことを思いつつ、靭は凛が眠りにつくまで、彼女の頭を優しく撫でていた。


「……」


(寝たか)


 しばらくすると、凛は完全に眠りについたのか、規則正しい寝息を立て始めた。


 一方の靭はというと、体を少し動かして、ほんの少しだけ凛と距離を離し、仰向けになりながら天井を見つめる。


(眠れない)


 少し離れただけで、凛は無意識のうちに靭の横にまたしてもぴたりと密着してくる。


(だいぶ懐かれたな)


 ふっと笑い、目をつぶった時だった。


 突然、少し強い衝撃が靭を襲った。瞑っていた目を開けて、何事かと様子を見る。


(地震か)


 一度大きく地面が揺れたが、すでに揺れは収まりつつあった。


(震度3くらいか。凛さんは……ぐっすりだな)


 精神的に参ってしまった凛が、地震程度で起きることはなかった。『ふう』と息を吐いて、安堵した靭は、もう一度目を瞑る。


 脳内に浮かぶのは今日の出来事と、これからのこと。


(明日はどうなるんだろうな……また、なにかやらされるんだろうか)


 突然始まったデスゲーム。普段の自分とは思えないほど冷静な判断で生き残り、凛とペアになった。


 靭は、隣で安心しきったように眠る凛に目をやる。


(生き残ったんだから……守ってやらないとな)


 数奇な出会いの中で、地獄を生き延びた。いや、生き残らせてしまった罪悪感とでもいうのだろうか。

 


 靭は彼女を守ることを心の中で誓うのであった。

 


・・・・・・・・・・


「ここは?」


 靭は暗い闇の中にいた。


 自分の手すら見えないほどの、真っ暗な暗闇に。


「……ロセ……ユルスナ」


 どこからともなく、突然声が響いてくる。


 真っ暗闇の中に、赤く揺らめく線が見えた。


「許すなって……何を?」

「ヤツヲ……」

「ヤツ?」

「ゼッタイニ……ユルサナイ」


 一方的な恨み言を最後に、声は聞こえなくなった。


・・・・・・・・・・

 


「……んあ」


 靭の目が覚める。


「……寝てたのか」


 夢のことは記憶にないのか、寝ぼけた状態で呟く。 


「あ、起きた」

「へ?」

 

 突然、靭の視界に白髪の美少女が映り込んでくる。


「えっと……あれ」

「凛だよ」

「りん……ああ、そうか」


 ようやく意識が覚醒してきたらしい。靭はゆっくりと起き上がり、寝ぼけ眼で周りを見渡す。


「現実だったのか」

「わたしも思った」

「はは、だよな」


「はあ」と欠伸をして、体を伸ばす。


「ん、なんかいい匂いが」


 パンと紅茶の香りが、部屋に漂っていた。


「朝食作ったよ」

「あれ、もうそんな時間か」

「うーん、どうだろう。時間はちょっと分からないけど」

「ああ、そうか。ここ、時計ないもんな」

 

 そう、ここには時計がない。規則正しい生活を送るには難しい環境だ。

 

「起こしてくれたのか?」

「ちょうど起こそうと思ってたら起きた」

「そうか。朝食、作ってくれてありがとうな」

「いいの。お腹すいちゃったから、ついでに」


 どうやら、空腹で目を覚ましたらしい。靭も、凛の空腹の言葉を聞いて腹が空いてることに気付き、腹をさすった。


「たしかに、腹減ったな。

つか、今後は俺も起こしてくれ。手伝うよ」

「分かった。ありがと」


 ふっと優しく笑う凛に、靭もふわりと笑みを浮かべた。とはいえ、油断はできない。凛の心は完全に回復しきってると言えないのだから。昨日はほとんど同じ時間に寝たというのに、パンができるくらいの時間分、はたまたそれ以上か。


 凛は靭より早く目覚めていたのだから。


(まあ、見守ることしかできないか)


 今は何かを聞き出すのも良くないだろうと判断する。靭は悟られないように凛の精神状態を気にしつつ、テーブルの席に着いた。


 昨日と同じく、食べ終えてすぐに片づけをし、凛が片づけの合間に用意してくれた紅茶を飲みながら、一服の時間。


「今日は何か来るかな」

「どうだろうな。今日かもしれないし、明日かもしれないし……何とも言えないな」

「そうだよね」


 ぽつりと呟いた凛に、靭はただ曖昧に答えることしかできなかった。


 


 


 だが、二人の予想に反して、すぐにアナウンスが来ることはなかった。


 しばらく普通ではない普通の暮らしが続く。どれくらいの時間が経ったかは、判断できない。時計がないせいだ。


 二人は、食事の回数で、どれくらいの日数が経ったかの、おおよその予測を立てていた。


 今回で、三回目の朝食だ。


「これで、三回目の朝食が終わったな」

「ずっと、このままがいいね」

「だな」


 時計がないため、正確な日時は分からない。分かることといえば、二人は今、三回目の朝食を終えたということのみ。


 そして、食後の紅茶を飲んでいる時だった。


 パラリラパラリラ、パフパフ――何とも空気の読めない不協和音が、突然部屋中に響いた。


『っち、なんだこの音は……あのクソ女、本当にイカレてやがる』


 男の声。この前とは違う人間か。

 突然の出来事に、凛はすでに靭の横にぴたりとくっついている。


『はぁ、まあいい、全員外に集合しろ。

五分以内に出てこなかった者は、どうなるか分かるな?』


 有無を言わせぬ厳格で重圧のある声が響く。


「行こう、凛」

「う、うん」


 靭は凛を引き連れて、前回と同様にドームの広場へと向かう。


 扉の向こうへ歩みを進める靭の顔は、先ほどまでの柔らかな表情から一変し、冷たく無感情なものへと変わっていた。



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