第46話 決戦
ゼオンがいる戦場へ、再び足を踏み入れた靭は焦っていた。
十善寺隊の半数が、遠くの方で倒れているからだ。
なにより、凄まじい殺気をばらまいているゼオンが、十善寺たちを殺そうとしている。
靭は、咄嗟に叫んだ。
「ゼオオオオオオン!!」
ゼオンの攻撃がピタリと止まって、靭の方へ振り向いた。
「ジン!!」
まだ遠い場所にいるはずのゼオンの嬉々とした声が、靭の耳まで届いている。拳を構えて、衝撃に備えながら、攻撃態勢に入った。
「来たな!」
「ああ!」
ズガアアアアアアン――二人が拳を放つだけで、周囲の地面が砕けて地形が変わっていく。信じられないほどの衝撃が放たれる。突風が巻き起こり、土や岩が吹き飛び、辺りを更地に変えていった。
靭の左腕は傷つき血を流すも、一撃で壊れはしなかった。ただ靭は、左腕が傷ついたことが予想外だったような表情を見せる。さきほど、第二形態となったゼオンから攻撃を喰らい、その力を己の力に変換することができたからだ。だというのに、左腕に軽くはない傷を負った。
靭はゼオンの左腕を見る。ゼオンの左腕が禍々しい圧を放ち、さらに強化されていることに気付いた。けれど、靭は怯えもせず、果敢に立ち向かう。
「素晴らしいぞ、ジン!」
「そりゃ、どうも!!」
今度は右拳で応戦する。
右腕はほとんど傷つかずに応戦することができた。右腕の力はほとんど互角と言っていい。しかし、先に傷を負ったのは靭だった。
「かってええな!」
「我もまた、戦いの中で進化する」
その言葉を聞いて、靭の額から冷や汗が落ちる。
『同じ能力を持っているのか……』
「厄介だな!!」
ネメシスと同じ能力。つまり、攻撃を受けた相手の力を吸収し、己の力に変換できるということだ。もしくは、相手よりも強化されてしまうのかもしれない。
同等なら、同じくらいの傷を負うはずだが、傷つくのは靭だけだった。
「はあああああ!!」
そこへ、割って入ってきたのが吟時だ。
スパン――吟時が振り下ろした妖刀は、ゼオンの腕に傷を付けた。そこから僅かだが血が流れる。その血を妖刀が吸収し、自らの力へと変換していく。
「いいぞ、吟時!!」
「そこらへんに血が流れてますからね……どんどん強化されますよ!!」
「はっはっは、いいぞ、いいぞ、お前ら!!」
戦いを楽しむかのように、ゼオンの攻撃速度が上がっていく。靭の両腕はすでに限界で、一時、後ろに下がらなければ、心臓を貫かれる恐れがあった。即死だけは避けたい靭だが、今、後ろに下がることを、ゼオンが許さない。
「うおおおおおお!」
「な、守大!?」
声が聞こえたと思えば、靭の視界からゼオンが消える。
「ほう……やるな」
靭に空気の壁を使い、彼を吹き飛ばして無理やり場所を変えたのは守大だ。
ガンガンガン――トラックとトラックが猛スピードで正面衝突したような衝撃が、連続して守大を襲う。両腕に盾を構えて、ゼオンの攻撃を一身に受け続ける。
「ぐ!」
しかし、長くは持たない。反撃の手を持たない守大は、ただひたすら耐えるしかなかった。
「緋喰!!」
グアアアアアア――炎犬が守大を襲うゼオンへ、大口を開けて突撃する。ゼオンは咄嗟に炎犬を避けた。炎犬はゼオンを追いかけ続ける。
「助かった、三人とも」
靭が近くに寄って、吟時、琥珀、守大に礼を言う。
吟時と守大、琥珀は靭の感謝を受け取るように頷いた。
「それにしても、厄介な硬さですね」
吟時はゼオンの硬さに嘆く。妖刀の攻撃が通らなければ、血を得られず強化されない。とはいえ、強化された靭の血を吸ってはいるので、多少なりとも切れ味が上がっているはずだ。しかし、微々たる強化ではゼオンを討つことは難しい。
「戦いの中で強化されるのも、まずいです」
守大は、痛めた腕を庇いながら呟く。
響の能力によって、ゼオンの声は全員に届いてる。そのため、さきほどのゼオンの発言は全員に共有されたということだ。戦場において、逐一報告をする必要がないのは、かなり大きい。派手な能力ではないが、響の力は縁の下の力持ち的役割を果たしている。
「そろそろまずいかも!!」
コタロウを生み出していた琥珀が、焦ったように言葉を投げた。
靭の視線の先で、琥珀のコタロウがゼオンの足技によって消失するのを確認する。
「早いな……腕はまだ治ってないんだがな」
ゼオンは無言のまま、靭たちを見つめている。ゼオンがいつ動き出すか分からない緊張感が、四人の間の空気を張りつめさせていく。
ゴクリ――誰かの喉が小さく鳴った。
「……ん?」
張りつめた空気の中で、琥珀が声を出す。琥珀が異変を察知したのかと思い、靭は静かに琥珀へ声を掛ける。
「どうした、琥珀」
「いや、なんか今……雨?」
琥珀の言葉通り、靭の額にも雨粒が落ちてきた。冷たいというよりは、心地のいい雨だ。パラパラと降り注ぎ、戦闘の邪魔にはならないほどの、弱い雨。
「このタイミングで雨とは」
吟時はそう呟いたが、靭はおかしなことに気づいた。
「待て……この雨は」
ゼオンも空を見上げている。
そう、今の空は一面が銀世界だ。巨大な宇宙船が空を遮るように宙に浮いている。つまり、自然の雨なんて降ることはないのだ。そもそも、今のこの世界では雨すら降らないことを靭は覚えている。
つまり、これは人為的な雨ということだ。
「厄介な……」
そのゼオンの言葉が全員に届いた。つまり、ゼオンの宇宙船からではないということだ。そもそも、ゼオンの目は複眼にも見えなくもない。複眼だった場合、雨粒のせいで視界がぼやけて見えることだろう。人間よりも戦闘は厄介になるはずだ。
「なら、この雨は」
「雫ちゃんの能力よ」
響の声が、靭に届いた。
「ある程度の傷なら、即回復する」
「おお……」
靭の両腕が回復していく。傷が癒え、先ほどよりも体が軽くなっている。響のバフとデバフ、さらに情報伝達能力により部隊の統率力が向上。加えて雫の能力で傷が癒え、力が衰えることもなくなった。
恵みの雨が、前衛組を癒していく。
ここからが深海部隊の本領発揮である。
「重傷でも、絶対に治す……全力でやって」
雫の頼もしい声が、全員に届く。
「これなら……」
吟時がニヒルに笑う。傷を負うごとに強くなる吟時だが、なにやら策があるようだ。
「防御は任せてください」
守大が盾を構える。黄色の瞳には、仲間を守るために命を懸ける意思が宿っている。
「雫ちゃん、凄い! ワタシも負けてられないよ!!」
琥珀は、雫を褒めて、自分もやってやるとやる気を漲らせている。
「反撃、開始だ!!」
靭は口角を上げながら、大きく声を張り上げて、地面を蹴り上げた。
「くくく……やはり、欲しいな。一人残らず、我が軍門に下らせてみせよう」
靭が飛び出すと、ゼオンもまた飛び出した。
互いにインファイトに持ち込んで、次に次に拳をぶつけ合う。速度は、ゼオンが上だが、靭も負けじと食らいつく。先ほどよりも、ゼオンの力が強くなっている。今まで殺さぬように手加減していたようだが、デバフも無効にしているかのように力を振るう。
靭の拳は、ゼオンの拳と衝突するごとに血しぶきが舞い、骨が砕けてしまう。拳だけではない。肩や腹、全身にまで攻撃が及んだ。一撃一撃が、靭にとっては致命傷だ。
しかし、恵みの雨が、靭の傷をたちまちに癒していく。
そうなれば、靭の力が増す。破壊された拳と腕が、次に放つ時には半分ほど傷が癒えている。半分癒えていれば、ゼオンの一撃に対しても回避するという選択肢を取る必要がない。
次に攻撃を受ければ、腕が吹き飛ぶ。
半分傷が治っているとはいえ、即座に全回復できなければいつかはそうなるだろう。
しかし、靭は一人で戦っているわけではない。
「はああああ!!」
靭の体に傷が付くということは、血が出ているということ。血が出ていれば、吟時の妖刀が力を増す。無視できない一撃が、ゼオンを襲う。ゼオンは咄嗟に回避して距離を取る。今までであれば、吟時の攻撃は避けられて終わるはずの一撃だっただろう。
「なに?」
ゼオンが回避した位置には、すでに吟時が待ち構えていた。吟時の目は、相手の行動を先読みできる力を持つ。今までは目で見えていても、体が付いていかないという宝の持ち腐れ状態だった。
けれど、雨により即座に回復できることによって、吟時は自らの力をフル活用できるようになったのだ。
「届いた!!」
傷を負っていないはずの吟時が、体全体から少なくない血を流していた。自ら傷つけたのだろう。雫の回復がなかった時は、吟時は自らを傷つけることができなかった。それは、傷を負った状態で、ゼオンのダメージを喰らえなかったからだ。その場合、下手したら即死だ。
しかし、今は、雫の回復する雨がある。
吟時は自らを傷つけることを厭わない。そうすれば、ゼオンの硬い生体装甲を妖刀で斬れると分かっているからだ。リスクはあるが、最悪の場合は雫の雨がある。
なら、やらない理由はない。
敢えて自ら傷を負い、自身の能力を底上げし、妖刀を強化した状態で渾身の一撃を放つ。
ゼオンはとっさに防御の姿勢を取るが、強化された妖刀によって腕に深い傷を負った。
さらに一歩、吟時が前に出ようとしたところで、咄嗟に後ろへ飛んだ。
ピュン――吟時がいた場所に、炎球から放たれたレーザーが炸裂する。吟時を追いかけ回す様に炎球が追尾して、レーザーを放ち続けた。その数はどんどん増えていき、吟時を追い込むように動き回る。
数発は食らう覚悟をした吟時の前に、誰かが飛び込んでくる。
「いただきまあああす!!」
炎球を喰らったのは琥珀だ。自ら飛び込んで、炎球を喰らい飲み込む。その近くでは、炎球と同じ数だけ姿を現した炎犬が、炎球を食らい続けている。炎球を喰らえば喰らうほど琥珀のカチューシャの炎が燃え上がり、光を増していく。喰らった物を自分の力に変換する琥珀にとって、飛び道具は餌にしか見えていない。
「助かりました」
「どういたしまして!」
「サポート、お願いできますか?」
「もちろん!」
吟時と琥珀のタッグが、それぞれの能力を駆使してゼオンへと距離を近づける。
「飛び道具も、むやみに出せないか」
「お前の相手はこっちだよ!!」
「忘れてはいないさ」
回復した靭が、ゼオンへと接敵する。ゼオンは攻撃を受けることをやめて、避けることに専念した。
「避けるとは、どういう風の吹き回しだ?」
「なに……お前らの力の源は雨だろ?」
「ああ、そうだな」
靭は、ゼオンの言葉で察しがつく。バレるのも時間の問題というより、最初からバレてはいたのだろう。絶対に後ろには向かわせない気概で戦っているが、雫と響を優先的に狙うような発言だ。
「空を飛んでいる烏も厄介だ。我が本来の力が出せていない。対して、お前たちについている毛玉は、能力を飛躍的に上げている」
能力に完全に気付いている。気付いた上で、今までは無視していたのだ。
「さすがにこれは無視できない。ここで戦うお前たちに比べて、後ろの二人は脆いだろ。なら、先にやらせてもらおう。我はお前たちを殺したいのではなく軍門に下らせたいのだから。このままでは、間違って殺してしまいそうだ」
まだ、余裕を見せるゼオンに思わず舌打ちが出そうになる。まだ力を隠し持っているということは、今のままでは絶対に勝てないと言われているようなものだから。
「なら、本気で相手してくださいよ!」
「油断してると死んじゃうよ!!」
吟時と琥珀が、靭をフォローするように、ゼオンの攻撃に食わる。
「問題ない……少し耐えられればいいだけのこと」
ゼオンはグッと身を固める。先ほどまで通っていたはずの吟時の攻撃が全く通らない。靭の拳も、ゼオンの体に当てただけで拳にヒビが入る。なんでも噛めるはずの琥珀の歯も通らない。
「冗談だろ」
「硬すぎますね……」
「歯が、通らない!!」
グッと縮めていた体を解き放つように、ゼオンは体を広げた。
「はああ!」
「ぐっ!」
「な!?」
「きゃ!!」
腕を振っただけで突風が吹き荒れて、前衛三人の体からいくつも血が流れる。風の刃が三人を襲ったのだ。生み出された風の威力もすさまじく、体を持ち上げられてしまい、軽々と吹き飛ばされてしまう。
「安全地帯での支援は、これまでだ」
ゼオンは前衛組三人を吹き飛ばしたことで、後衛組の二人を先に始末しようと手を上げた。
ゼオンの後ろには、火球と、尖った岩の破片、先ほどの羽根が待機している。
「やれ」
後衛組にいくつもの遠距離攻撃が入る。
靭は急いで立ち上がり、ゼオンに立ち向かう。靭の視界に人影が映る。すでに吟時と琥珀も立ち上がっており、靭と一緒にゼオンに立ち向かっていた。靭と吟時は、傷を負っているが、琥珀には一切の傷がない。
「ほう……後方の二人を見捨てるか」
「見捨てるわけないだろ」
「二人がいないと、自分たちは終わりですからね!!」
靭と吟時がゼオンの言葉に対して心外だと言わんばかりに声を張り上げ、猛攻する。靭と拳を交えるゼオンに傷を負わせるのは吟時だ。
吟時は先ほどの風の刃を受けたことで身体能力が上がり、ゼオンの速さにも付いていくことが可能になったのだ。
「仲間を頼っただけだよ!!!」
無傷の琥珀が、10体の炎犬コタロウをゼオンに放つ。ゼオンの傷口を狙ってコタロウが噛みつくも、わずかな傷を負う程度。しかし、着実にダメージを与えている。
「仲間、か」
ゼオンは呟いてから、大きく距離を取った。
「大丈夫か、守大?」
靭は守大の隣へと移動し、身を案じるように声を掛ける。
「僕は問題ありません。琥珀ちゃんからのダメージも、この雨で治療済みです。それに、盾の防御力があがっているのか、雫さんと響さんもほとんど無傷でしたから」
「身代わりか」
「はい」
守大は誇らしげに頷いた。前衛組の盾役として機能する守大は、仲間のダメージを代わりに受けている。速さでついていけなくとも仲間の盾になるという、身を犠牲にした能力だ。
気を失ってもなお発動されてしまうと知ったときは、さすがにまずいと思った靭だが、今は回復する雨がある。痛む体も、すぐに回復できるのだ。
攻撃陣がゼオンの一撃を受けても、守大が生きている限りは身代わりを発動できる。攻撃の手を緩めることなく、果敢に攻めることができるのだ。
ただし、倫理には反しているだろう。相手の攻撃を受けつつ無理やりにでも、攻撃の手を緩めずに済むのは、仲間の体を犠牲にしているから。
しかし、守大はそれを気にしない。仲間を守れないということのほうが、守大の心を抉る。
「靭さんと、吟時君には申し訳ないですが、攻撃を受けた方がいいみたいなので、身代わりはほとんどしてません」
現に、ダメージを身代わりしないと言った守大の方が、申し訳なさそうな顔をしているのだから。命を懸けてでも仲間を守りたいという守大の想いは、狂気の沙汰である。
作戦を提案した靭もまた、申し訳なさそうに首を振った。
「いや、それでいい。助かるよ」
「自分もです。ある程度、ダメージを負わないと強くなれないので、気にしないでください」
靭と吟時は、守大に気にするなと声を掛けた。
守大は頷くと、トンと自らの鎧を叩いて、真剣な顔つきで言う。
「女性陣のことは任せてください。僕が代わりに攻撃を請け負いますから」
身代わり宣言。
頼もしくもあり、恐ろしい。
守大が味方で、本当に良かったと思う靭である。
「頼むぞ」
「はい、もちろんです」
守大がそういうと、琥珀も笑顔で守大に声を掛けた。
「ありがとな、守大!!」
「うん」
守大が返事を返すと、靭の耳元から声が聞こえてきた。
「なるほど……後方を先に潰すことは難しいようだ」
ゼオンだ。
響の能力で、ゼオンの独り言が聞こえてきた。
「なら……本気で行こうか」
その言葉を最後に、ゼオンの声が止んだ。
『急げ!!』
「急ぐぞ!!」
「はい!」
「はあああああ!」
ネメシスが慌てた声を出してすぐ、靭は吟時と琥珀に指示を出す。
二人にも、響の能力でゼオンの声が届いている。吟時がさらに全速力で駆けだす。琥珀は吟時後ろに、靭もまた二人の後に続いた。
「離れて!!」
しかし、突撃しようとしたところで、吟時が大声で退避の命令を下す。
靭と琥珀は咄嗟に後ろへと飛んだ。
「どうした!」
「分かりません。ただ、今飛び込めば……確実に死にます」
吟時の直感がそうさせたのかもしれない。
次の瞬間、ゼオンの纏う空気があからさまに変化した。ゼオンの周囲の空気が歪んでいる。圧倒的なエネルギーを放出し、空気自体が靭たちを拒絶しているかのよう。それと同時に、生命が奪われるような悍ましい音を立てていた。
ゼオンは動かずに、力を溜め続けている。
「……っち、仕方ない」
靭は舌打ちをしてから、ゼオンから目を離して、雫がいる方を見た。
「頼む!」
「任せて」
雫の周囲にいた熱帯魚たちが、次々に前衛組の傍へと近づいていく。
靭はそれを確認してから、吟時に伝える。
「左腕を切断してくれ」
「分かりました!」
吟時は靭に頼まれると、即座に行動に移した。吟時の肉体強化と妖刀の強化により、靭の腕はあっさりと骨ごと切断されて地面に落ちる。切断された箇所から夥しい量の血が噴出するも、吟時の妖刀がその血を吸収していく。
妖刀は今までにないほどの赤黒い光を放っている。それはまるで、地獄にいる悪人どもの血を全て吸収したかのような悍ましい鈍い光だ。光を放っているというのに、妖刀に全てを吸収されてしまいそうな錯覚すら覚えるほど。
「琥珀!」
「緋喰!!」
琥珀の心臓から炎犬のコタロウが飛び出して、靭の切り落とされた腕を喰らう。靭の体は、ゼオンの力を真っ向から受けて強化されていた。琥珀の炎の勢いが増し、炎が煌めいている。
炎はカチューシャだけに留まらず、ウルフヘアーの毛先までも緋色の炎で燃え始めた。ゴスロリのスカート全体が炎となり、金糸のゴールデンレトリバーの刺繍が炎に包まれ煌めきを放つ。
「来たか」
腕を失った靭の元に、熱帯魚が集まる。一体の熱帯魚が靭の腕にぶつかると、靭の腕が一瞬にして生えてきた。痛みはなく、傷ついた体も完璧に治療されている。
「さて……これで対抗できるといいが」
目の前には、未だに力を溜めているゼオンの姿。
靭が、ゼオンを凝視していると、ゼオンの姿が変化し始めた。
頭には甲虫のような金色の角が生え、かつてのオオスズメバチの仮面からは、底知れぬ狂気を孕んだ赤い複眼が光を放つ。首から噴き出す黒いオーラは、まるで血染めのマフラーのように禍々しく靡いていた。
背の翼が生体装甲の腕と足に纏わりついていき、極限まで圧縮された黒い鱗の姿へと変貌を遂げる。無駄を削ぎ落とした洗練されたフォルムでありながら、そこから放たれる重圧は先ほどまでの比ではない。
胸から胴体にかけては赤黒く染まり、心臓の結晶は、光すらも何もかもを飲み込むブラックホールのような色を放っている。
ジュウウウウ――ゼオンの周囲に降り注ぐ『癒やしの雨』が、その異常な熱量と黒いオーラに触れた瞬間、地に落ちる前に蒸発して消え去っていく。
それはまさに、人類を滅ぼすために君臨した『悪魔』そのものの姿だった。
「終わりだよ……地球人諸君」
声は、目の前から聞こえて来た。
気づけば、少し離れた距離にいたはずのゼオンが目の前にいる。
そして、一瞬の激痛が靭を襲った。
「おい……冗談だろ……」
「規格外……です……」
「いた……いよぉ……」
靭、吟時、琥珀。
何が起きたのか、脳が理解する間もなかった。
三人の心臓部には、向こうの景色が透けて見えるほどの大穴がぽっかりと穿たれている。
夥しい量の血が溢れ出し、バタリ、バタリと、重たい音を立てて、次々に倒れ伏していく。
「みんな!!」
「安心しろ」
「嘘……だ……」
守大もまた心臓部に穴を穿たれ、前のめりに倒れ込んだ。
心臓から血が噴き出して、血だまりが広がっていく。
「終わりね」
「悔しいけど」
目の前に広がる光景を見た響と雫は焦りもせず、互いに一言だけ呟いた。
「その通りだ」
どこからか現れたゼオンが、二人の前に立ちはだかる。
「ねえ、悪いんだけど……」
「なんだ」
響は堂々と、ゼオンの前で話し出す。
ゼオンは勝ちを確信しているため、話を聞いてくれるようだ。
「どうせやられるなら、みんなのところがいいの。ダメかしら?」
「構わんぞ……お前もか?」
「お願い。守大も、拾って上げて」
「いいだろう」
ゼオンは抵抗すらできない二人を、まるで壊れた人形でも扱うかのように無造作に抱え上げた。道中に倒れていた守大の体も拾い上げられ、靭たちの横へと放り出される。
誰一人として動かない血の海に沈む仲間たちを見て、響と雫の頬から一筋の涙が伝う。
「感謝するわ」
「ありがとう」
「気にするな……眠るといい」
ゼオンの腕が、無慈悲に二人の胸を貫いた。
響と雫が、糸の切れた操り人形のように前のめりに倒れ伏す。
「終わったな」
心臓部に穴の開いた深海部隊の六人が、血だまりの中で寄り添うように並んでいる。
その姿はまるで、ただ静かに眠っているかのよう。
――しかし、誰一人として、体が一ミリたりとも動くことはないのであった。




