第44話 救援
「やらせないよ!!」
絶望に染まっていた靭の耳に届いたのは、聞き馴染みのある、力強い声だった。
ドカアアアン――次の瞬間には、隕石が中心から砕けて、石つぶてが襲ってくる。しかし、それが靭たちに届くことはなかった。大量の水が出現して、石つぶてを飲み込んだ。石つぶてを含んだ大量の水が、ゼオンがいる方へと洪水のように流れていく。
危機は去った。目の前には、6人の軍人が集まっている。
「やっほー、深海隊長。ボロボロだね」
アナウンスで嫌というほど聞いたアニメ声だったが、今は人々を救うヒロインの声へと昇華する。後ろ姿は小さいのに、最も存在感のある炎の巫女姿だ。
「十善寺、か……」
十善寺花火の登場だ。
「そうだよ……いやー、間に合ってよかった」
そう言いながら、十善寺はゼオンからは決して目を離さない。いつ何をされてもいいように、準備は万全といったところ。戦い慣れている者の立ち振る舞いだ。
ただ、十善寺が纏う雰囲気は緊張であった。
「つうか、やばいねー……あれ。笑えないんだけど」
「ありゃ、正真正銘の化け物だな……」
真っ赤な軍服を装備し、肩に巨大な斧を担いでいるのは、火山豪。靭と同い年で、十善寺隊の副隊長だ。
「靭部隊はよく生き残ってたぜ」
豪が、靭と十善寺の横から会話に入ってきて乾いた笑い声を出す。
十善寺が警戒しているほどだ。今まで相手したことのないXENOSということだろう。靭は無理やり体を起こすも、座ることで精一杯だ。座りながらでも、十善寺部隊に聞こえるように話す。
「俺たちは……生かされてたんだよ。奴は、まだ本気じゃない。ゼオンは、俺たちを欲しがっているらしいからな。まあ、半殺しにされかけたが」
靭は、ゼオンが全力を出していないことを伝える。最終的には勝てるかもしれないが、今はまだ奴の手のひらの上だ。
「ゼオン……あれの名前?」
「そうだ。そう名乗ってきた」
「喋れるのかよ……本当に勘弁してほしいなー」
どうやら、今までの個体で喋れるXENOSはいなかったらしい。
「まあ、全力でやるしかないだろ」
豪が気楽そうに言った。軽い言葉に聞こえるが、本当にそうするしかないのだ。諦めに近い言葉ではあったが、今までもそうしてきたのだろう。
「そうだね……靭隊長」
「なんだ」
「どうにか全員を復帰させてくれ。ボクは、君たちならアイツを倒せると思ってる」
「……まあ、どうにかしてみるよ」
「頼んだよ」
そういうと、十善寺は歩き出す。十善寺が前を歩けば、十善寺隊の盾役であろう岩倉巌と、攻撃役で刀をぶら下げる天音静流、豹のぬいぐるみを頭に被った豹藤爪愛が十善寺の前に出る。その後ろを、日葵優子がついていく。
「後は頼むぜ……靭」
「豪も……頼むぞ」
「おう」
豪は少し笑ってから、十善寺の元へと走り出した。豪は岩倉巌と横並びに歩いて、ゼオンに立ち向かう。
靭はその間に、響たちの様子を窺う。
「おい、みんな、大丈夫か」
「ごっほごほ……もう、最悪よ」
「痛いけど……なんとか!」
「はあ……ギリギリですけど」
響、琥珀、吟時が声を出す。守大はまだ気を失っているようだ。それでも、生きてはいる。
「さて……琥珀、回復はできそうか?」
唯一の回復手段を持つ琥珀に尋ねる。琥珀はグッと手を出して炎雀を呼ぶような姿勢を取るが、何も出てこない。琥珀はがっくりと首を落として、申し訳なさそうに呟く。
「ガス欠……」
「まあ、無理もない。連戦続きだったからな」
何でも喰らってきた琥珀だが、今はほとんど食べられていない。使える能力がないのだろう。
「あ、待って! 方法があるって、コタロウが!」
「なんだ?」
「あ……え、でも」
琥珀の顔が青ざめる。どうやら、とんでもない提案が返ってきたようだ。周りの目を気にしている様子にも見える。琥珀でも言い出しにくいほどの内容なのだろう。
迷ってる暇などなかった。靭は、琥珀の肩を掴んで、無理やり目を合わせる。琥珀は驚いて硬直しているが、お構いなしに伝えた。
「言ってみろ。俺は、琥珀がどんなことを言っても、絶対に引かない。引いたら、思いっきりぶん殴ってくれて構わん!」
場が静まり返る。なりふり構わず【生き残る】ことだけを渇望する靭の気迫に、響と吟時は後ろで息を呑んでいた。けれど、琥珀にはちゃんと伝わったのか、目に涙を溜めながらも、力強く頷く。どうやら、信用されたらしい。琥珀は、しっかりと靭の目を見て言葉を放つ。
「コタロウに、靭隊長の肉を喰わせてあげて!」
「よし、こい!!!」
「うん!」
「ちょっと、待って!! え、肉って、本当に肉?」
琥珀のとんでもない発言に対して靭は即答して、琥珀もすでに覚悟を決めて靭をコタロウに喰わせようとしていた。ただ、そこに待ったをかけたのは、常識人の響だ。
琥珀の勢いは削がれてしまい、またしても顔を落とした。
「そう……自分より強い力をもつ存在を食べれば、エネルギーも回復して、ワタシも強くなれる。わ、分かってたけど、引くよね……ごめんなさい!」
足の上には、ポツポツと涙がこぼれ落ちている。周りの【普通】が分からず、非難を受けてきた琥珀でさえ、これが異常だと分かるのだ。それに、ようやく自分を受け入れてくれて、初めてできた仲間を傷つける発言なんて、琥珀もしたくはなかったのだろう。
靭が何でも受け入れると熱く言葉にしてくれたから言えただけで、本当は琥珀も言いたくはなかったというように、涙を零している。
「なるほど、実に合理的です。自分も三峰さんと同じ力があれば、間違いなく同じ結論にたどり着くでしょう」
「ああ、俺も薄々気づいてはいた。さすがに、倫理に欠けるが、琥珀がいいならいいと思った」
「あれ?」
琥珀はなんだか思ってもいなかった空気になっているからか、涙が止んで靭と吟時を交互に眺めていた。だが、それをやらせたくない派閥の響が、琥珀の頭を自らの胸に引き寄せる。
「ちょっと、アンタたちね……正気!? こんなかわいい子にカニバリズムなんてさせたくないのよ、私は!! アンタたちならまだしも、琥珀ちゃんにはそんなことさせたくないの!!」
「あれれ?」
なにやら、思ってみない方向に話が進んでいる。
琥珀は、少し固まってから、小さく肩を揺らす。
「ふふ……そっか! みんな変なんだね!!」
何か吹っ切れた様子に、琥珀は笑顔を見せた。
そして、響から離れて、響を見つめる。
「ありがとう、響ちゃん。でもね、今はそうしたほうがいいと思うの」
「琥珀ちゃん」
「花火ちゃんの部隊も戦ってるけど、きっと倒せないと思う。ならね、ワタシたちが頑張るの! 花火ちゃんもね、ワタシたちに期待してた。なら、その分、何でもやって、何が何でも勝ちたい!!」
琥珀の熱意に押されて、響は視線を逸らすも、肩を落としてため息を吐いた。
「そう……よね。なりふり構っていられないわよね……」
パン――響は覚悟を決めるために、自身の頬を叩いた。
「ごめんなさいね。話の腰を折って。琥珀ちゃんも、覚悟を鈍らせてごめんね」
「ううん、いいの! 響ちゃんがワタシのことを想ってくれたの嬉しかったから!」
響と琥珀が抱きしめ合いながら、絆を確かめ合っている。
一方の靭は、ネメシスに問う。
「どこがいいと思う」
『左腕だろうな。炎の犬が喰らうなら、出血も抑えられる。かなり強力なることに、間違いはない』
「なら、そうするか」
あとは、琥珀が覚悟を決める番だ。
と思っていたが、ネメシスが語り掛けてくる。
『とはいえ、完全回復には時間を要する。右腕だけで勝てる相手ではない。腕の再生はできないのだからな』
「分かってはいるが、仕方ないだろ。今、すべきことを……やるしかないんだ」
回復担当の雫が欠けている今、不足する役目を補えるのは琥珀しかいない。靭は自己治癒力があるが、再生能力はない。けれど、それでもやるしかない。一人よりも二人、二人よりもチームで戦う。勝機があるとすれば、そこしかないのだから。
ネメシスもそれに気づいているのか、ゆっくりと言葉を吐き出した。
『……そうだな……悪かった』
「気にするな。ネメシスのそういう人間らしいとこ、好感が持てる」
『ふ、そうか』
それ以上、ネメシスは何も言わなかった。
しばらく沈黙した後で、琥珀が靭と目を合わせる。
「よし、やるよ!」
「ああ、思いっきりやってくれ」
「分かった!」
少しでも勝機があるのなら、それに懸けたい。
化け物相手には、化け物じみた狂気を飼いならして挑むしかないのだ。
倫理から外れようとも、関係ない。
勝って生き残る。
靭の心には、もうそれしか見えていない。
靭たちが人の道を外れることを決める少し前。
十善寺隊は、ゼオンと向き合っていた。
「さて、君がゼオンだね」
「そうだ。なるほど、増援が来たか」
「そういうこと。まあ、時間稼ぎしかできないと思うけどさ」
十善寺は気に食わない顔をしながら、自傷気味な言葉を吐く。ほかの隊員たちも、それを分かっているような素振りを見せている。
ゼオンは、表情のない仮面のままだが、興味深い話を聞いたかのように話し出す。
「ほう、理解しているようだな」
「そりゃね、力量差がありすぎるもん。普通なら勝てる相手じゃないかな」
「では、なぜ、命を捨てに来た?」
質問されたことに対して、十善寺は内心で笑みが零れる。時間稼ぎは戦いだけではない。こういう質問に対して丁寧に答えることも、時間稼ぎとしての役割を果たすからだ。
「そりゃもちろん、彼らならやってくれると信じてるからね」
「ははは……やはり、面白い」
黒い装甲に覆われたオオスズメバチをモチーフにした仮面が笑うことはないが、声を聞く限り、確かに楽しんでいるように聞こえる。
「人間は誰かに頼ることが好きらしい。そうではないと生きてはいけないはずの弱い生き物だ。なのに、我らの力が必要になるまで、強くもなりうる。不思議だ……人間とは面白いな」
「そうだよ。ボクたちは支え合って生きてるからね。一人じゃ勝てない相手なら、部隊で倒せばいい。そちらさんが協力し始めたら、ボクたちは終わりだろうけど……そうはならなかった。強い生命体であればあるほど、個の力にこだわるよね」
過去の経験から、十善寺はゼオンにそう言い放つ。だからこそ今まで人類は生き延びることができ、第三変異型も少数精鋭で倒せるほど強化された。
生命体のプライドに助けられてきたのだ。
「そうだな。我々には、助け合いの精神が皆無だ。お前たちを軍門に下らせることで、我々はさらに強化されるだろう。我々には及ばずとも、我々自身が出張る必要がない部隊を創れるだろうな」
「それは無理だよ」
十善寺は、ゼオンの言葉を即座に否定した。
「ほう、何故だ?」
ゼオンが十善寺に問うと、十善寺は手のひらを空に見せる。
「だって、勝つのは……ボクたち地球人だ」
そう言い放った十善寺は、片膝立ちして地面を手に付けた。
バチバチバチ――十善寺の手から勢いよく火花が走る。凄まじいスピードでゼオンへ迫っていく。ゼオンはそれを避けようとするも、火花は獣のように跳ねて、ゼオンとぶつかった。
「散れ」
ドオオオオン――ゼオンを巻き込みながら、激しい爆発が展開される。空に浮かぶ花火が、地面で誤発されてしまったかのように。それは美しくも、強烈な一撃であった。
「殺せたか?」
表情が硬いままの豪は、分かりきったことを十善寺に聞いた。十善寺は口角を上げて、構える。
「そんなわけないでしょ。ほら……来るよ」
「いいぞ……人間!!」
煙の中からゼオンが飛び出してくる。一直線に滑空し、十善寺との距離を詰めてきた。拳を構えながら、十善寺に向けて拳を振り下ろす。
「おおおお!!」
ギイイイイン――岩倉が体で受け止める。一撃を受け止めただけで、岩倉の体の皮膚が裂けて血が噴き出た。それでも岩倉は、そんな状態でも拳を振るう。
「ほう……やるな」
岩倉の一撃をゼオンは軽々と受け止める。
「だらあああああ!」
「それは、良くないな」
豪が巨大な斧を振り下ろす。ゼオンは豪の一撃を避けて追撃しようとする。
「ふう!」
「早いな」
そこへ天音がフォローに入る。ゼオンは天音の刀を避けるも、天音は一手一手を一切無駄のない動きで追撃を重ねていく。ゼオンも避けるだけではなく、左腕で攻撃を防ぐ。
「シャア!」
「おっと」
裏から入り込んだ豹藤が鋭く尖った爪で応戦する。軽い身のこなしで距離を取り、嫌な位置、タイミングでゼオンに襲い掛かる。
天音と豹藤のコンビネーションは、さすがのゼオンでも防がざるを得ない。
「お待たせしました、みなさん」
日葵がそう声を上げると、戦場の地に大小様々な花が咲き誇る。一面が花畑に変化すると、ゼオンは戦闘中にも関わらず、自らの手の動きを確かめ始めた。
「能力の低下か……以前も思っていたが、厄介だな」
「らああああああ!」
「ほう」
天音と豹藤の攻撃を完全に避けたと思ったところに、息を潜めていた豪が現れる。空中から体重を乗せつつ、巨大な斧の刀身を真っ赤に染めた渾身の一撃。
ゼオンはそれを左腕で防ぐ。本当に僅かな傷が生じ、そこから血が漏れる。しかし、その豪快な攻撃の割にはダメージがほとんど入っていない。
「爆ぜろ!」
巨大な斧の刀身が光を放ち、爆発する。ゼオンは左腕で斧からの爆破の衝撃からも耐えてみせるが、さらに腕の傷が深くなった。
しかし、たったこれだけのダメージしか与えられないことに、豪は思わず冷や汗と共に苦笑いを落とす。
「マジか」
「残念だったな」
ゼオンの体が最小最速の動きで、足技を豪に振るった。
「おおお!」
そこへ岩倉が突入し、豪の代わりに身代わりとなるため、豪を巻き添えにしながらタックルをかます。ゼオンの蹴りがもろに岩倉を襲い、豪を巻き添えにしながら吹き飛んでいく。
「捕まえたよん」
「……くく、面白い」
その僅かな隙を付いて、十善寺が自らゼオンの左腕に触れた。狙うは僅かに負傷している部分。そこへ、白熱玉をぶち込んだ。ゼオンの左腕の中で、小さな爆発と超高熱エネルギーが弾けていく。
ゼオンの右手で掴まれる直前に、十善寺は凄まじい勢いで姿を消した。豹藤が十善寺をかっさらうようにして、ゼオンとの距離を取ったのだ。
「はなびちん、マヂヤバい」
「いやー、成功してよかったね」
左腕が爆破によって吹き飛んだゼオンが立っている。片腕は消せたが、ゼオンから放たれる圧が衰えた訳ではない。むしろ、その精神は研ぎ澄まされているようにも見える。
遠くの方では、岩倉が完全に伸びている姿が十善寺の目に飛び込んできた。十善寺隊の中でもっとも頑丈な男がたった二回の攻撃で伸びてしまう。それほどまでに、一発の攻撃すらまともに受けられない威力ということだ。
その間も、ゼオンが動き出すことはない。ただ、何かを探しているのか、顔を動かす素振りは見せている。
「怒らせちゃったかな?」
「かもねー」
軽い感じの言葉に聞こえるが、決して驕っているわけではない。十善寺と豹藤の口調が軽く聞こえるだけで、空気は重たい。
「面白い、実に面白いな」
そういいながら、ゼオンはどこかに向かって歩き始めた。目的の場所は千切れた腕のようだ。
「させないよ」
「それは困る」
「おっと……これは」
天音が千切れたゼオンの腕を水で覆ってどこかに押し流そうと思ったころには、すでにゼオンが目の前に迫っていた。天音の表情が崩れて、冷や汗を落とす。
「死んだかな」
「半殺しで済ませてやる」
拳を軽く振るっただけだ。天音の体は【く】の字に曲がり、その場で吐血しながら、凄まじい勢いで地面に転がりながら吹き飛ばされた。
「あらら~、わたくしもですね」
日葵は笑顔のまま困ったような表情を見せる。
「ああ、いい能力だったぞ」
「お褒めの言葉、ありがとうございます~」
ゼオンが手刀で日葵の首を叩くと、日葵はその場で糸が切れたように倒れ込む。
「ほう……能力者が気を失っても残る能力とはな……面白い」
感想を述べたゼオンは日葵を軽々と持ち上げて、遠くに投げ飛ばした。気を失っている状態で投げ飛ばされたため、打ち所によっては怪我ではすまないだろう。
「……生きてるかな?」
「んー、ちょっと怪しいかなー」
それでも、十善寺と豹藤は天音と日葵に近寄れない。今近寄ったら、問答無用で殺されると、女の勘が告げていた。十善寺の見立てでは、天音と日葵は生きている。天音には拳を軽く振るっただけの軽い攻撃、日葵は気を失わせてから投げ飛ばしただけだ。
靭の言葉通り、生かされているということだろうと考える。
「やはり、人間は素晴らしいな。我の腕を落とす者が現れようとは……」
思わぬ収穫があった喜びを噛みしめるように、ゼオンは吹き飛んだ自身の腕を持ち上げて上を向いた。仮面の口が開き、自らの筋肉質で太い腕を喰らい始める。
「共食いねぇ」
「花火」
「やあ、豪君、生きててよかった」
土埃を被りながら登場した豪は、傷はできているが比較的軽傷だ。十善寺は豪がまだ戦えることに安堵した。
「巌がダメージを引き受けてくれたからな」
「いわちんは?」
「生きてるよ……辛うじてな」
「まあ、そうなるよね」
ゼオンの攻撃をもろに喰らったのは岩倉だけ。盾役の岩倉がたった一発の攻撃を食らっただけで辛うじて生きている状態だ。その事実だけが、生き残った三人の胸に重くのしかかった。
「つうか、あれ……どうすればいいんだよ」
バリバリと食事中のゼオンに対して、十善寺たちも模索する。
「はなびちん、背中に乗るでしょ?」
「まあ、それしかないか」
「おっけー」
豹藤は地面に手をつけると、体が真っ黒に染まったかと思えば骨格が変わり、やがて本物の黒豹に姿を変えた。
黒豹化した豹藤の背中に花火が乗る。花火は振り落とされないように、炎で創ったハーネス型の鞍に体を沈めて、これまた炎で創った口輪の横から伸びる手綱を強く握りしめる。
黒豹に跨る巫女が姿を見せる。
「ごうちん、あーし、もう手助け不可だから」
「分かってる。花火を頼むぞ」
「おっけー」
豹藤は豪に言いたいことだけ伝えて、豪は豹藤に花火のことを任せた。
「ごめんね、爪愛ちゃん、こんな格好させて」
「いいんよー。あーしも役に立ちたいしさ」
本当に気にしていないであろう豹藤に目を細めながら見つめる十善寺は、前を向いた。
「あらら……凄いね」
自身の腕を喰らったゼオンから、何事もなかったかのように新しい左腕が生えている。ただ、弾け飛んだ以前の左腕よりも明らかに逞しく、禍々しい圧を放っていた。
「喰うと強くなるのかなぁ」
「えー、まぢやばー」
「さてな……厄介であることには変わりないってことだけは分かったよ」
三人は覚悟を決める。ひとまず、あの左腕の攻撃は喰らってはいけないだろう。
いつ動くべきか考えていると、見ていたはずのゼオンが、その場から姿を消した。
「ちょ」
「くくく」
楽し気に笑うゼオンが突如として目の前に現れる。先ほどの速度なんて、比じゃないほど早い。ゼオンは左腕を振り上げて、攻撃態勢に入っていた。
十善寺は、死を覚悟する。
「ゼオオオオオオン!!」
しかしそこへ、突如として声が響いた。
ゼオンは攻撃の手を止めて、声のする方を振り向く。
「ジン!!」
まだ遠い場所にいるはずの靭が、拳を構えたままゼオンに向かって猛突進してきている。
ゼオンは嬉々として声を張り上げると、十善寺の前から姿を消した。
ズガアアアアアアン――二人が拳を放つだけで周囲の地面が砕けて地形が変わっていく。信じられないほどの衝撃が十善寺たちを襲う。突風が巻き起こり、その場に立っていることすら不可能な重圧すら感じる。
そこからさらに連撃を重ねていく二人を見て、死を悟っていた十善寺は意識を取り戻し、呟いた。
「はは……時間稼ぎ、成功かな」
「そう、らしいな……」
「まぢ、助かった」
各々三人が声を漏らす。
「深海部隊に任せて、みんなを拾いながらここから離脱しよう」
「ああ」
「おっけー」
三人は靭とゼオンの激闘の余波を避けながら、仲間が倒れている場所へと急行する。
走りながら、仲間の元へ向かう途中のことだ。
「ん?」
一滴の雫が、十善寺の額に当たる。
「雨……?」
水を操る天音は目覚めていない。
てっきり意識があるのかと思ったが、そうではないようだ。
十善寺は思わず空を見上げて呟いた。
「今の世界に、雨は降らないはずだけど……」
その言葉は、降り注ぐ優しい雨粒と一緒に流れていった。




