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XNFA--ゼノファ--「ようこそ……地獄の最前線へ」  作者: アトラモア
第三章 影纏

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第42話 正義の味方、君臨


「疲れたなー……」


 影纏(シャドウ)のままの靭は、守大により生み出された空気の壁に寄りかかって、空を見上げながら体力回復に務めている。一人で第三変異型の恐竜と死闘し、吹き飛ばされた腕を戻している最中だ。腕は指先まで感覚が戻っているが、痺れが残っている状態。無理はできなかった。


「はあい、深海隊長」

「おう、お疲れさん、紫苑隊員」


 靭は、堕天使姿の人外じみた美貌を持つ響に対して、軽く手を上げる。響は肩をすくめてから、パーソナルスペースを確保しつつ靭の隣に座った。


「いやねー、ジジ臭い。同い年なんだから、もっとシャンとしなさいよ」

「無理言うなよ……一人で第三変異型を相手にしたんだから」

「それもそうね。はい、これ、ご褒美」


 靭が響の差し出したものを見ると、その手にはタバコの箱が差し出されていた。靭は瞬きしてから、タバコを一本受け取る。


「……へへ、ありがとう」

「きも」

「るっせ」

「ふふ」


 響は悪戯に笑うと、タバコに火を点ける。靭は響の次にタバコに火を点けて、煙を吹かした。肺に入ってく煙が、靭に生きていることを実感させる。


「なんとかなって良かったな」


 靭は一言だけ呟いた。響は、その言葉に反応して、笑みを浮かべる。


「そうね……本当に死んだと思ったけど」

「生きててよかったよ」

「お互いにね」

「ああ」


 そして、靭はまたタバコを吸い、他のメンバーを見た。


 気を失った吟時と雫は、未だに目を覚まさない。この二人が目を覚まさない限り、靭はここから動くつもりはなかった。二人を基地に戻したとしても、再び合流できるか怪しい。それと、基地が安全とは限らないからだ。なら、近くで目を覚ますのを待っていたほうがいいという判断を下した。


 琥珀と守大も休息を取っている。琥珀は、第三変異型を喰らっていた。とはいえ、自分で食べているのではなく、コタロウと名付けた炎の犬に喰わせているのだ。それでも、自分の力になっている気がするらしい。守大は、琥珀をただただじっと眺めている。守大らしいといえば、守大らしい。


 他の部隊は戦争している最中だろうが、靭にとってはこの六人が生きていればいいのだ。他の有象無象は対象外の扱い。十善寺隊や火山豪には生きていて欲しいと思うが、自分の部隊が最優先だ。


「にしても、見た目に変化ありすぎだろ」


 気を失っている吟時と雫以外は、影纏(シャドウ)を解除していない。


 琥珀は緋色の獣人、守大は琥珀色の結晶の装甲を持つ騎士、響は白と黒紫を纏う堕天使。皆が皆、(ゼノ)の力を100%引き出している状態なのだと、響は靭に伝えている。見た目すらも大きく変わり、能力も上昇するのだから、(ゼノ)という宇宙生命体はよく分からない事が多い。


「自分と(ゼノ)にしか聞こえない声があるのも不思議ね」


 響の聴力でも聞こえない独自の会話方法。テレパシーに近いのかもしれない。


「そうだな」

 

 とはいえ、どういう原理かは分からないので、頷くしかなかった。


 ただ、今わかることは、雫以外は(ゼノ)の能力を引き出したということだけだ。

 

「雫も、(ゼノ)と話してくるって言ってたんだっけ?」

「そうよ。まったく、私に託して自分を傷つけるなんて、どこかの誰かさんと同じことしてたわよ」


 靭はそれを聞いて思わず頭を掻いた。雫の(ゼノ)を発現させるために、靭は自らを犠牲にして雫の感情を揺さぶったのだ。その方法に倣ってしまったのかは分からないが、あまり褒められたやり方ではないのはたしかだった。


「まあ、叱るなら、お前が叱ってやれ」


 だが、それを靭は叱れないだろう。自分がやったことを真似したと叱っても説得力がない。それ以外にも、自らの体を犠牲にする方法で今まで戦ってきたのだ。叱るだけ無駄だろう。


「叱りたいのは、山々だけど……私も結局、そのおかげで完全体になれたわけだし、叱れないわよねー」

「はは……まあ、それくらいやらないと、生き残ることすら難しいってことだろ」

「そうかもねぇ」


 響はタバコを吸いきって、地面に押し付けた。


「ねえ、雫ちゃんが気を失う前、私になんて言ったと思う?」

「さあなー、彼女の考えてることは分からんから」

「つまんない男ねー」


 チッと舌打ちにも聞こえるライターの着火音がした。靭も新しいタバコを強請るように手を出せば、響は素直にタバコを渡す。


 靭がタバコに火を点けていると、ふーっと煙を吐いた響は、話し出す。


「雫ちゃんね、もう貴方のために全てを捧げられないって気付いちゃったって」

 

 靭は、タバコを吸う。その表情はなぜだか嬉しそうな笑みを浮かべている。響越しとはいえ、雫の心変わりによる告白に動じてすらいないようだ。


「……そうか」

「あら、なに、その顔は」


 響は、靭のリアクションをつまらなそうな顔で見ている。


「いや、ただ……良かったなってさ」

「良かった?」

「周りから姉の代用品って思われてて、本人は姉が大好きで……だから、姉である凛になりきった」


 靭はタバコを吸って、空を見上げた。


「凛はさ、俺の元恋人なんだよ」

「は?」


 響のタバコの灰が、ポロリと落ちる。


「え、ちょっと待って……は?」

「驚きだよなー……どんな因果だよって。まさか、恋人の妹と巡り合うなんてさ」

「あなた……忘れてたの?」


 響が信じられないものを見るような目で、靭を見た。靭は自分でも最低だと分かっているような目を、響に向ける。


「ああ、そうだよ。それを思い出すことが、俺の影纏(シャドウ)を完全体にするためのトリガーだった。俺は【木花凛】を愛してるのであって、【木花雫】を愛してるわけじゃないってことだ」

「じゃあ、お互いに気まずそうにしてたのは」

「お互いに、真実を見ちまったからだろうなー」


 ふぅーっと煙を吐く。


「別れはいつも、唐突にってことだ」

「え、ちょっと、それでいいわけ!?」

「雫が納得しているなら、それでいい」


 靭がタバコを灰皿代わりに地面へ押し付ける。響が気まずそうな空気を出してこちらを横目に見ているのが、靭にも分かった。ただ、何かを気にしている様子だ。

 

 靭は、頭を掻いて青空が見えなくなった暗い空を見上げる。


「凛は死んだ。雫は、そのことを知らない。本当は、そのことを話そうとしたんだが、今に至るわけだ」

「……そっか」


 響は何も言わない。何を言うべきか悩んでいる様子だった。


「吟時が、起きたああああ!」


 二人の間に気まずい空気が流れていたところに、琥珀の声が聞こえてくる。琥珀が大声を出して、ぴょんぴょんと跳ねていた。守大も、吟時が目覚めたことを喜ぶように傍に寄っている。


「行くか」

「……そうね」


 靭は響に声をかけて、吟時の方に向かう。

 

「よお、気分はどうだ?」

「ええ……まあ、悪くないですよ」

「そうか」


 吟時はそう言うが、明らかに顔色が悪い。血を流し過ぎたのだろう。傷は癒えているが、失った血がすぐに元に戻る訳じゃない。それは吟時だけでなく、全員に言えることだろう。


「雫が目を覚ますまで、ここで待機するから、しばらく休もう」

「いいんですか……隊長がそんなこと言って」

「当たり前だろ。戦争で勝つより、お前らの命の方が大事だ」

「……甘い人ですね。天音のやつは、僕らに水をぶっかけたのに」


 吟時は腕で両目を覆いながら、口角を上げて言う。たしかに、天音は気を失ったメンバーに容赦なく水を掛けていた。たった三日前の事だというのに、ひどく懐かしく感じる。


 訓練であれば、靭も似たような手で起こしただろうが、ここは戦場だ。だから、無理はさせないと決めていた。部隊の指揮権は、自分にあるからだ。


「新任の隊長なんて、そんなもんさ」

「……ありがとうございます。靭さんが隊長で良かったです」

「そうか」


 吟時は堂々と手足を大の字にして休み始めると、少し離れたところで声が聞こえてくる。


「靭隊長、カッコいい!」

「そうですね」

「ちゃんと隊長してるって感じ」


 琥珀が靭を褒めて、守大が琥珀に同意し、響が揶揄う。


「紫苑、お前は素直に人を褒められないのか」

「私、素直じゃないの」

「そうかよ」


 靭は呆れながらも、仕方がないという顔を見せた。


 その後で、三人を集めるような仕草をする。三人とも、素直に靭の招集に応じた。


「吟時も寝ながらでいいから、聞いてくれ」

「いえ……もう、起きれます」

「無理するなよ」

「大丈夫です……若いですから」

「そうか」


 吟時は重たいであろう上半身を持ちあげて、話を聞く姿勢を取る。


「まず、新しく得た能力を改めて教え合おう」

「そうですね。情報共有は、必要です」


 吟時が一番に同意してくれたことに、なんだか心にグッと感じるものがある靭だが、絶対に口に出さなかった。響も似たような事を思っていそうな顔をしているが、話を続けてくれる。


「能力が分かれば、連携も取りやすくなるものね」

「たしかに」

「雫ちゃんは、まだ寝てるけどいいの?」


 琥珀の疑問には、靭が答える。仲間外れは可哀想だという表情だ。だが、靭は首を横に振った。


「前衛組の連携を優先させたいんだ。恐らくだけど、雫は回復メインになるはず。なら、後方支援だ。敵と真正面から戦う前衛組がどんな能力か把握していないと、互いに邪魔になる可能性があるからな」

「たしかに! ごめんなさい!」

「いや、いいんだ。気持ちは分かるからな」

「ありがとう、靭隊長!」

「ああ」


 靭は目を細めて笑った。


 そして、我先に自分の能力を説明する。


「俺は、相手の力を吸収して自分の力を強化する感じだな。自己回復も一応あるが、そこまで早いわけじゃない。雑魚は問題ないが、第三変異型の攻撃は率先して受けておきたいって感じかな。ただ、自分より強い相手の攻撃を受ければ普通に怪我するから、その場合は前線を引いて回復に努めないといけないが」

「え、強くね?」


 琥珀が目を丸めるが、吟時が首を横に振った。


「リスキーな能力だと思いますよ。相手の力を見誤れば、最悪即死です。そうなれば、元も子もないですし、隊長がやられたときに士気が落ちるのも怖い」

「たしかに!」


 吟時の言葉に、琥珀はおおきく頷いた。


「だが、可能性は秘めている。どんな敵にも、生きてさえいれば、対応できるからな」

「たしかに! やっぱり強い!」

「……雫ちゃんが眠っているのが痛いってわけね」

 

 響がそういうと、靭は頷く。自己回復もあるが、


「そうだな……まあ、ある程度の力加減は分かるし、生命力は上がってるから、一撃で即死は無いと思う」

「絶対に死なないでね!」

「ああ、もちろんだ」


 琥珀のお願いにしっかり目を見て頷いた靭を見て、琥珀も満足そうだ。


「ということで、俺はこんな感じだ」

「じゃあ、次はワタシね!」


 はいっと手を挙げて、牙を見せながら笑う琥珀。靭が頷くと、琥珀は立ち上がった。


「ワタシは、食べたら食べた分だけ強くなるし、自分も回復できる! あと、自分で食べなくても、コタロウ、炎のゴールデンレトリバーが食べてくれれば力に変えられる! あと、炎の雀ちゃんを出せば、回復させてあげられる! 足も早い! 以上!」

「うん、チートだな」

「でしょ!」


 靭がそういえば、自分の胸を強く叩いてドヤ顔である。


「食べたら強くなるのは、自分よりも弱いのでもいいのか?」

「ん、あー、ダメみたい! もう、第三変異型を食べないと強くなれないって!」


 琥珀の中の(コタロウ)が答えているのだろう。靭もネメシスと会話ができるため、そういう気配を感じ取れるようになっていた。おそらく、影纏(シャドウ)に至った全員がそうだろうと思っている。


「どれくらい喰える?」

「無限!」

「だとしたら、大量の雑魚が来ても安心ですね」

「うん、いっぱい食べちゃうから、任せてよ!」


 吟時の言葉に、琥珀はまたしてもドンと胸を叩いた。


「琥珀は遊撃かな。一撃でも貰った時の耐久力が不安だ」

「体はそこまで強くないって!」

「なら、今まで通りヒット&アウェイで、敵を翻弄してくれ」

「はあああああい!」


 琥珀は元気よく返事して、その場に座った。もう自分の番は終わりという意味だろう。


「じゃあ、次は僕が」


 守大が手を挙げてから、話し始める。


「僕は、体も頑丈になっていると思います。色々なものを盾や壁にすることができるようになりました。あとは、そうですね、皆さんが受けたダメージを僕が代わりに受けることもできるそうです。まだ、試してはないですが、その時になったら、分かると思います」

「完全に盾役ということか……大丈夫か?」


 壁役は思っているよりも辛いだろうと、靭は守大を気遣う。靭も敵の攻撃を受ける盾役から入り、自身を強化してから攻撃役へと転じるからこそ、そのしんどさが分かるのだ。


 靭の言葉に対して、守大は首を横に振った。


「僕は、誰かを守れないほうが辛いです。もう二度と……あんな想いはごめんですから」

「……そうか」


 誰かを守れなかった過去を持つ守大に、靭は気持ちが痛いほど理解できる。守大から感じる想いは、誰かを守れないくらいなら、生きている意味はないという強い意志だ。何をしても、守り抜く。そんな覚悟を決めているような瞳をしていた。


「大丈夫! 守大に守られないくらい強くなる!」

「琥珀ちゃん、ありがとう。期待してるね」

「うん!」


 琥珀の言葉に、守大は笑みを浮かべる。


「守大さん、申し訳ないですが、お願いします。自分の肉体は硬くないので、守大さんがいることで、本領発揮できると思います」

「任せてほしい」

「ありがとうございます」


 吟時が守大に頼み、守大が吟時の言葉に頷く。頼りなかった守大はいないし、単独行動を勝手にする吟時もいない。部隊として、どんどん協調性が出てきていた。

 

「能力は以上です。精一杯、頑張ります」

「よろしく頼む」

「はい」


 守大の紹介が終わると、次に吟時が手を挙げる。

 

「じゃあ、次は自分が……豪血(ムラマサ)


 吟時が話し始める前に、影纏(シャドウ)を解放する。瞬時に姿が変わり、妖刀を腰に装備した和服の鬼にへと姿を変えた。


「大丈夫か?」

「ええ、問題ないです。むしろ、こっちの方が安心します。ここは、戦場ですからね」

「そうだな」

 

 吟時の言う通り、いつどのタイミングで敵が襲ってくるか分からない。第三変異型が姿を見せた時も、音も気配も感じず、そこに現れたのだから。


「自分は肉体強化、筋肉の動きから相手の行動を予測する目は変わってません。ただ、妖刀ですね。これは、敵味方関係なく血を吸えば吸うほど妖刀と自分の力が強化されます。あまり想像したくはありませんが、血が溢れる戦場に立てば、力を遺憾なく発揮できると思います。あとは、自分が傷つけば傷つくほど力が強化されますね。ただこれは中々危険なので、本当に最終手段といったところです」


 自分の能力と、危険性を提示してくれる吟時に、靭も顎に触れながら言う。


「敵味方関係なくというのはいいな。こちら側が不利でも、形勢逆転のチャンスが生まれる。ピンチということは、戦場では多くの血が流れているはずだからな……吟時の力と俺の力を最終手段として残しておいた方がいいかもな」

「そうですね。自分もそう思います」

「じゃあ、二人を守りながら戦えばいいのかな?」


 話を聞いていた琥珀が、結論付ける。


「俺は放って置いてくれていいが、吟時のフォローは必須といったところか」

「了解!!」

「防御は任せてください」

「お願いします」

「頼む」


 本当に大まかな作戦だけを立てて、前衛組の話が終わる。


「私もいいかしら?」

「もちろん」


 話を聞いていた響が手を挙げて、話し合いに参加する。


「私は、今まで通り声を届けたり、周りの状況を把握できるわ。新しくできるようになったことは、味方の能力アップと敵の能力ダウン。あとは空気を振動させて、敵を捕縛したりね。完全なサポーターといったところかしら。攻撃手段も、空気を振動させれば弱い敵なら相手にできるみたい」

「バフデバフじゃん!! ゲームには必須の役職だよ!! 響ちゃん、スゲー!!」

「ふふ、力になれそうでよかったわ」


 琥珀は、キラキラと目を輝かせる。そんな琥珀を、響は妹に接するような態度で頭を撫でた。琥珀は、猫のようにゴロゴロと喉を鳴らしている。


 そんな二人を見ても、靭は動じずに響に重要性を伝えた。


「力になるに決まっている。どのくらいの差が生まれるか分からないが、攻撃が通らなかった敵に対して攻撃が通るようになるかもしれないんだからな」

「そうですね。敵が一人とは限りませんし、足止めしてくれるのは助かります」

「あら、鬼の動きを僅かに止められたし、そこは大丈夫そうね」

 

 実績もあるのは大きい。第三変異型を止められるのなら、足止めとしても十分だ。


「だいぶ、形になりそうだな。あとは、実戦試せばいいだろう」

「頑張るぞおおおお!」

 

 琥珀が気合を入れた声で、叫ぶ。かなりの大声だったが、雫が起きる様子はない。


「雫が起きるまで、もう少し休息を」

「深海、ちょっと待って」


 靭の言葉の途中で、響がストップをかける。索敵要員の響が声を出したことで、前衛組が響を囲むように四方向の警戒を始めた。靭の目の前に敵の気配はない。誰も声を上げないため、まだ敵は遠くにいるのかもしれない。



 緊迫した状況の中で、響が声を上げた。



「深海……」

「敵の位置が分かったか?」

「……ええ、分かったわ」

「どこだ?」


 響はスッと上を指さした。響が指さした方向を全員が見上げるが、何もない。


「あれ」

「どうした、琥珀」

「いや……なんか、空が歪んだように見えた気がして」

「歪む?」


 響が指さし、琥珀が見つめる先を集中していると。


『ジン』


 突然、ネメシスが今までよりも低い声を出して、靭の名前を呼んだ。


「どうした、ネメシス」


 靭が尋ねると、ネメシスの感情がどんどん靭に伝わってきた。


 それは、強い怒りと憎しみ、負の感情だ。


「おい……まさか」

「どうしたの?」


 響が様子のおかしい靭に話しかける。


「来たのか……?」

「何が来たんですか、靭さん」


 靭の呟きに、今度は吟時が反応する。


「親だ」

「親というのは……」


 守大が盾を構えて言う。


「俺のXENO(ゼノ)、ネメシスを作り出した親玉だよ」

「わお……いきなりラスボス??」


 さすがの琥珀も焦っているのか、言葉を口には出しているが、視線はまだ見えない何かに意識を集中している。


「理不尽って、こういうことか……」


 靭のメンバーは、全快していないどころか、まだ本調子が出るかも怪しい。それに、回復役である雫。彼女がまだ目を覚ます気配はない。


「仕方ない、他の軍人がいるところまで逃げるしか」


 靭が視線を下げて、一時撤退を口にした時のことだ。


「……宇宙船」


 琥珀が、そう呟いた。


「……おい、冗談だろ」


 琥珀の言葉につられるように、靭はもう一度空を見上げてそんな言葉を漏らした。


 青空の代わりに空を覆っていた蠢く黒い空。【偽物の空】すらも消え去っていた。靭たちの目の前に広がっていたのは、一面の銀世界。いや、違う。見渡す限りの視界の空を、巨大な金属の装甲が覆い尽くしていたのだ。金属の装甲は怪しげな光を放ちながら、一切の音もなく浮かんでいる。響は気付いたようだが、姿を現さなければ確認できないほど静かだ。


 軍人たちの拠点である室内は、相手の基地を奪ったと言っていたが、どうやら本当のことだったらしい。しかし、どうやってこんなものを奪い、土の中に隠したというのか。実物を見れば見るほど、なぜ人類が勝てたのか不思議なくらいの圧倒的で暴力的な質量を感じさせる。


 本当に、宇宙人が侵略してきたのだと、実感させるには十分すぎる証拠が、空に浮かんでいた。


「これは、覚悟を決めるしかないぞ」


 靭が呟くと、全員が覚悟を決めた様に頷いた。


「雫さんを守ります」


 守大は雫の周りの地面を使って、雫の姿を隠す。けれど、それだけでは足りないと感じた靭は、響に視線を送る。


「響もそばにいてやってくれ。正直、雫に死なれたら……俺たちに勝ち目はないと思う」

「分かった。私は、どこからでもサポートできるから任せて」

「頼む」


 まだ、攻撃がくる気配はない。けれど、いつ来てもおかしくない状況に、全員の目が空に釘付けになる。今、最も考えたくないのは、宇宙船による空からの砲撃だ。こちらから反撃する要素がないため防戦一方になることは間違いないし、防げるかどうかも怪しい。


 靭は、何が来るか分からないため、ジッと空を見上げ続ける。


『空から攻撃されることはない。地上の方を注視したほうがいい』


 そんなとき、ネメシスから靭に助言が入る。


「なぜ、分かる?」

『地球を壊したら、ここに住むのも大変だろう? あいつらは、地球を壊しに来たんじゃない。侵略しに来たんだ。むやみやたらに壊したりはしないさ』

「なるほどな……」


 元はXENOS(ゼノス)の側だったネメシスの言うことは本当のことだろう。現に、未だに空からの攻撃はない。


『それよりも注意すべきは、これから来る親のことだ』

「これから、ね……なあ、ネメシス」


 これから来る親と言われて、靭は思わず聞いてはいけないことを聞いてしまう。


『なんだ?』

「その親というのは、どれほど強いんだ?」


 ネメシスは少し迷ったのか言い淀んでいたが、正直に答えた。


『……アイツが油断さえしてくれればいいのだが……ジン、お前さんは一撃で殺されると思っていい』

「そうか」 


 靭は思わず、肺から息が漏れた。


 ようやくまともに第三変異型と戦えるようになったと思っていたのに、次に現れるであろう敵は、靭を一撃で葬れるほどの強さを持つ。


 それでも、靭の表情が変わることはなかった。


 覚悟はすでに、とうの昔に終えているような顔つきで、ネメシスに伝える。


「まあ、ここまで来たなら、やるしかないだろう」

『その意気だ。油断してくれることを願おう』

「ああ」


 靭はネメシスとの会話を終えると、全員に聞こえるような声で伝えた。


「親が来るぞ……全員、気を引き締めろ」


 そういうと、響が震えた手で空を指さす。


「あらそうなの……じゃあ、今、空を飛んでる数体が、その親ということでいいのかしら?」


 複数体と聞いて、さすがの靭も心臓が強く鼓動した。


 空を見上げれば、確かに数体の親であろう存在が、大きな黒い翼を広げて飛んでいるのが見える。


『そうだと、伝えてくれ……全員が来ないことを祈りながらな』

「そうらしいぞ……全員がここに来ないことを祈れだとさ」

「あらそう……じゃあ、一生懸命祈りましょうか」


 響がそう言い終わると、全員が喋る事すらせずに、空を見上げる。


「……」


 そして、一体の親が、靭たちの元へと近づいてくる。


 視認できる距離まで来て気づいたが、その体はさほど大きくはない。というより、人間に極めて近いサイズ感だ。体格で言えば180センチほどだろうか。


 親がゆっくりと空から降りて、地に足を着ける。


 全身は真っ白なバトルスーツのような生体装甲で包まれていた。顔はオオスズメバチを模した白い仮面に覆われ、鋭く尖った後頭部が腰の位置まで伸びている。首元には、黒いマフラーのように(ゼノ)のオーラが風になびいていた。真っ白な装甲とは対照的に、背中からは不気味な黒い翼が生えていた。


 心臓部で脈打つ結晶の核からは、全身に向かって血管のような赤い線が不気味に浮き出ている。武器こそ所持していないが、両の手の甲には赤い結晶が埋め込まれており、それだけで異様なまでの破壊力を秘めていることが分かった。


 ――その姿はまるで、かつてテレビの中で見た【正義の味方】を模しているようだった。


「そうか……第三変異型まで適応されたか。やはり、地球人を侮るべきではなかった」


 渋みのある男の声で、親がそう呟いた。


 日本語だ。今までの化け物たちとは違い、流暢な日本語を口にしている。


「地球人よ……我々の軍門に下れ」


 ネメシスたちを生み出した親は靭たちを見つめつつ、手を差し伸べた。


「そうすれば……命は助けてやれる」

  

 流暢な日本語でのまさかの提案。まるで普通の人間のようだ。


 少しだけ面を喰らってしまった靭であるが、一歩前に踏み出す。


「悪いが、お断りさせていただくよ……ここは、俺たちの星だからな」


 靭の言葉に合わせるように、背後のメンバーたちも一斉に一歩前へ踏み出した。


 親は、差し伸べた手を引いて、手を見つめている。


「まあ、そうなるか……惜しいが、仕方がない」


 親は、静かに構えを取る。


 靭もまた、静かに構えを取っていた。


「我が名は……ゼオン」


 名乗りを上げたゼオン。


 これではどちらが悪役か分からないな、と靭は自嘲気味に笑みを浮かべた。


 そして、靭もまた、名乗りを上げた。


「深海靭」


 靭が名を名乗れば、続く者もいる。


「ワタシは、三峰琥珀!!」


 琥珀は元気よく名乗る。


「僕は、黄土守大」


 守大は、琥珀の声を聞いて、笑みを浮かべながら名乗りを上げた。


「まあ、そうですね……自分は、黒曜吟時」


 吟時は、流れに乗って、仕方ないように名乗った。


「ちょ、もう……はぁ……私は、紫苑響よ」


 理解しがたい状況にため息を吐きつつ、嫌々ながら名乗った。


「面白いな、深海殿……正々堂々と戦い抜こうではないか」

「そうだな……お手柔らかに頼む」

 

 ゼオンは、仮面で表情が読み取れないというのに、口角を上げて笑ったように見えた。


 靭もまた不敵な笑みを浮かべてから、一瞬にして極限の真剣な表情へと切り替わる。



 ズドンッ――どこかで響いた爆発音が合図だった。



「ッ!!」

「うおおおおおおお!!」



 ゼオンと靭が同時に飛び出し、真っ向から拳と拳をぶつけ合う。



 ズガアアアアン――凄まじい衝撃音が周囲に轟いた。



 ――逃げ道は、ない。

 


 極限の力と力のぶつけ合いで、ゼオンとの死闘の火蓋が切って落とされた。



ゼオン、かっこいい。


第三章終了です。

次回、閑話。

明後日、最終章です。

よろしくお願いいたします。


本作は【毎日18時】に最新話を更新しています。

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