第39話 誓盾の騎士
気を失った守大が、目を覚ます。
「ここは……」
守大は、木陰の下で、大木に寄りかかりながら眠っていたようだ。
視線を上げると、そこは太陽が煌めく広々とした草原だった。穏やかな風が吹けば草花が揺れ、緑と花の匂いが混じった香りが鼻腔をくすぐる。耳を澄ませば川のせせらぎが聞こえる、そんな心が温まる色と香りに包まれた場所だ。
「懐かしいなぁ……そういえば、こういう自然豊かな場所だった……あれ?」
守大は動こうとしたが、その場から動くことができなかった。体が言うことを聞かないのだ。立ち上がろうとしても、足全体に力が入らず、すぐに座ってしまう。
おかしいなと思った守大は、自分の体を見た。
「ああ……足が酷いことになってる」
見れば、足には小さくない穴がいくつも空いている。空いているだけで、そこから肉や骨は見えない。そこだけ切り抜かれたように、くっきりと穴が空いているのだ。
「あれ、お腹も凄いことになってる……腕も変だ」
腕もところどころくっきりと穴が空いている。腹に至っては、三分の一が消失している状態だ。体の状態に気づけば、体が怠く重い感覚に襲われる。自分は、今、とても疲れているんだなと実感した。
「うーん……どうしてこうなってるんだろう」
体の損傷がどのようにできたものなのか、守大は思い出す様に腕を組む。しかし、記憶が混濁しているようで、まったく思い出せない様子だ。
「ダメだなー、まったく思い出せない……今まで僕は、何をしていたんだろう」
何か大事なことを忘れてる気がした。とても大切で、大事で、絶対に思い出さないといけないこと。頭の片隅で靄がずっと蠢いているような、嫌悪感すらある。
ずっと考えて、考えて、考えた。答えは出ない。でも、守大は粘り強く思い出そうとする。
チュンチュン――雀の鳴き声が聞こえた。守大は、鳴き声が聞こえた方を見る。
「すごい……綺麗だなぁ」
その雀は、炎を纏っていた。いや、正確には、炎で作られた雀というべきかもしれない。そんな炎雀が、守大に近づいてくる。守大は、ただ、じっと見つめるだけで、炎雀を払おうとも、避けようともしない。
守大に敵意がないからか、炎雀は守大の肩に乗った。
「熱くない……いや、なんか、温かいかも」
肩は熱くないのに、不思議と体が温まる感覚が、守大を包んでいく。湯船に浸かっているよりも、心地よく、体の疲れが取れていくようだ。
「ああ……すごいなぁ」
疲れが取れていくと、不思議と頭の靄が晴れていく気がした。けれど、やはり思い出すことができない。今は、思い出すよりも、体が疲労を癒すことを優先しているような、そんな気分になった。
「なあ、隣、いいか?」
「え、あ、はい……どうぞ」
声の低い女性だ。聞き覚えのある声で、なんだか厄介ごとに巻き込まれてしまいそうだなと、守大は思った。その人の姿を確認しようとして、視線を横に向ける。姿は良く見えない。隣と言っても大木に寄りかかっているから、背中と服装くらいしか分からなかった。ロングの金髪、耳にはたくさんのピアス。着ている服は、虎の刺繍のスカジャン。
今まで一番、関わりがなさそうな人だなーと守大は思った。
「なあ、マモタ」
「え」
どうして、自分の名前を知っているのだろう。守大は不思議に思って、直接その人に話を聞こうとする。
「アタシさー、アンタがここに来るのは……まだ早いと思うんだよ」
「は、はい……」
しかし、なぜ名前を知っているかを聞く前に、女性は優しくて、でも悲しそうな声色で話し出す。守大は静かにその人の話に耳を傾ける。女性の話を遮ってはいけないと、誰かから教わったからだ。
「いや、別に、アンタがここに来たいなら全然構わないぜ? ここは居心地がいいし、ずっとこういうところでダラダラしてるのも、いいかなって思うんだよ」
彼女は、身振り手振りをしながら、マモタにそう問いかけた。
「でもさ、やらないといけないことがあるわけだろ?」
「やらないといけないこと?」
守大の脳内に、映像がよぎる。白い部屋、まるで病室だけど、病室にしては簡素すぎる部屋。その部屋から、慌てて飛び出した記憶。そしてそのとき、誰かとぶつかった記憶も蘇る。
「大切な人のことを置き去りして、ここに来るのは男らしくないと思うんだよ」
「置き去り……」
「ああ、そうだよ……よっと」
スカジャンとスカートを靡かせながら彼女が立ち上がり、守大の前に移動する。
守大は、その人を見上げるも、ちょうど彼女の背後に太陽の光が煌めいてしまい、姿がよく見えなかった。
「アタシはさ、自分の意思でお前の前に立ったけどさ、考えてなかったよ。守大が化け物扱いされちまうなんてさ。悪かったな、アタシのせいでさ」
「違う!!! あれは、僕が勝手にやったことで……」
何も思い出せないのに、即座に否定の言葉が出た。そして、涙が溢れ出る。なぜ自分が泣いているのか、理解できないままに。
「ああ、いいんだ。庇ってほしいわけじゃねぇ。つか、普通にかっこよかったぞ」
「え」
「敵討ち、いいじゃねぇか。男らしくてよ」
ガッハッハと豪快に笑う姿を見ても、守大は視線を合わすことができない。過去の罪悪感に押しつぶされそうな顔を見せるだけだ。
「でも……僕は」
「安心しろ。アタシは、あの後、目を覚ましたから」
「え」
突然の発言に頭が回らない。分かっているのか分かっていないのか、まくし立てるように彼女は話し続ける。
「お前を恨んでないし、自分がやったことに後悔はしてねぇ。今、アタシがここにいるのは、お前のせいじゃねぇから、気にすんな」
彼女の笑った口元だけが、ようやく見えた。懐かしい笑顔を見て、守大は思わず下を向いて涙を流す。
「じゃあな、守大。後悔したくないなら、しっかりと守ってやれよ」
頭を雑に撫でて、彼女はその場を後にする。
守大が顔を上げた時には、すでに彼女の姿はなかった。
「……ありがとう、沙月お姉ちゃん」
守大は立ち上がって、深いお辞儀をした。
言いたいことだけ言って、どこかに行ってしまうのは、昔のままだと想いながら。
「……戻らないと」
顔を上げる。立ち上がる気力が湧き上がると同時に、記憶もすべて取り戻していた。自身が戦いの最中に気を失ったこと、琥珀が一人で狩人と戦っていること。
実を言えば、守大は立っているのもやっとだ。気力だけで立ち上がって、どうにか歩ける程度。それでも、戻らなければ後悔する。その思いだけで、出口を探す。
けれど、この穏やかな場所に、地獄への出口が見当たらない。前方、後方に見えるのは、穏やかな景色のみ。
「どうすれば……いいのかな」
守大は、戦場に戻らなければならなかった。
けれど、出口が見当たらない。出口がなければ帰ることすらできないのだ。冷や汗が垂れる。狩人の強さは、これまでと比べ物にならない。一人で残してしまった琥珀を思うだけで、心臓が握りつぶされてしまうような痛みを覚える。
自分はまだ、どうなってもよかった。
けれど、琥珀だけでも、生きていてほしい。その想いが、守大の焦りを加速させる。
琥珀を想えば想うほど、心が高鳴る。
天真爛漫で、おどおどした話し方も気にせず、威圧感のある自分を受け入れ、心のままに生きる素直な彼女。自分が作った料理を美味しいと、大げさすぎる身振り手振りを見せながら笑顔を咲かす琥珀の姿。化け物じみた力を見せた時でさえ、目を輝かせて尊敬の眼差しを向けてくれたこと。
すべてが大事で、どうしても守りたい大切な人。
「琥珀ちゃん……」
守大は、爪が食い込む勢いで拳を握る。
「どうすれば……」
心臓が強く鼓動し、どんどん速さを増していく。心音が耳まで響いて、今にも破裂するのではないかと錯覚するほどの勢い。
守大は、ただ、願う。
彼女の無事と、一刻でも早く、戦場に戻れることを。
身を犠牲にしてでも、彼女を守れる力を欲した。
その時。
「ぐ!」
ドッグン――心臓を鷲掴みされ、引き千切られた痛みが、守大を襲う。守大は、思わず地面に膝を付く。めまいがして、平衡感覚がズレていく。膝が崩れ落ちそうになるのを必死に抑えながら、大木を支えに立ち上がる。
それでも、守大は、地獄への出口を探すため、一歩前に足を踏み出した。
『儂を……使うといい』
突如として、頭に声が響いた。しゃがれた男の老人の声だ。
「……誰、だ」
守大は、頭を抑えて、歪んだ視界で辺りを見渡す。誰もいない。けれど、確かに聞こえた声の主を探した。
『そのまま、聞け……お前を、元の場所に戻す』
「……誰なんだ」
『その問いは、本当に必要なものなのか?』
老人は呆れた声を出す。守大は、その老人の言葉に同意した。老人は、たしかに元の場所に戻すと言ったのだ。誰かは分からないが、それが事実であるならと、守大は掠れた声で必死に伝える。
「お願い、します……琥珀ちゃんの元に……」
『よかろう……と言いたいが、今のお前さんが、戻って何ができる?』
厳しい現実の言葉を投げかけられる。確かにその通りであった。今戻ったとしても、自分に何ができる。力と頑丈さだけが取り柄の自分が、一瞬にして狩人の炎で創造された武器にやられてしまった。自分だけなら良かったが、琥珀も傷つけてしまったのだ。
今戻ったところで、あまりにも無力だった。
「それ……でも……!」
戻らなければならない。彼女を、琥珀に一人にはできないという意思が、守大を突き動かす。
『もう……手遅れとは思わないのか?』
老人は、苦しそうに伝える。
けれど、守大は笑う。
「琥珀ちゃんは、凄いから……きっと、大丈夫」
間近で見てきた守大は琥珀を信じていた。琥珀は自分よりも凄いからと。どんなときでも恐怖の色一つ見せずに、彼女は前を向いていた。だから、今もきっと大丈夫だと。
『なら、そのコハクとやらに任せてしまえばいい』
「それは、ダメだ!」
守大は、震える体を無理に動かして、立ち上がり、背筋を伸ばして声を出す。
「好きな女の子に全てを任せるなんて……そんなの、男らしくないから!!」
沙月の言葉を借りて、叫んだ。
『……くくく』
どこからか聞こえる声は、嬉しそうに笑う。
『確かに……男らしくないな』
厳しく問いかける師から、孫を褒めるような声に変わった。
『例え、化け物と言われても……お主は力を求めるか?』
「当然。有象無象がなんて言おうと、僕はもう、怖くない」
守大は、即答する。
『大切な人に、そう思われてもか』
「いいんです。それでもし、嫌われるようなことがあったとしても、僕は僕のために力を振るうだけです」
それに、と守大は、続ける。
「琥珀ちゃんや、深海隊のみんなは、そんなことする人じゃありませんから」
過去を伝えてなお、誰一人として、守大を化け物扱いせず、引きもせず、本心で伝えてくれた言葉が心にある。今の守大は知っているのだ。どんな姿を見せても、絶対に変わらない存在がいるということを。
そんな仲間だから、守大は守りたいのだ。
守大から、自然と笑顔が零れるのも、当然のことだった。
『かっかっか!』
脳内に響く声は、心から笑うような声を出す。
『然り……すまんかったな。どれほどの覚悟か知りたかったのだ』
「いえ……僕もちょうどいい機会でした」
言葉にしたことで、守大自身も気が付いた。
仲間を守りたいという想いが、自分の本心であると。
『気に入ったぞ、マモタ。儂の力を使うといい。守りに特化し、仲間を守り、他者の痛みを引き受けることのできる力をな』
「ありがとうございます」
『なに……儂がやりたくて、そうするのよ』
老人はそう言い終えると、守大の前に何かがゆっくりと落ちてくる。
守大は、それを掬うように受け取った。
「これは?」
手の上に乗っていたのは、守大の肩に乗っている炎雀が彫られた緋色の額当てだ。
『そいつは、お前さんの大切な人からの贈り物じゃ』
「……」
守大は、じっとそれを見つめて包み込んだ。
『そいつに、誓いを立てよ』
「誓い?」
守大は、緋色の額当てを見つめる。
『そうじゃ、騎士には必要な過程じゃ。どのような力が現れようとも、腕がひしゃげても、足が砕けても、気を失おうとも……そして、死ぬと分かっていても、仲間のために命を賭して守る。そういう誓いじゃよ』
「いいですね。どんなことが起きても、仲間を……大切な人たちを守れるなら、喜んで誓います」
守大は、心からの笑顔を見せた。
『うむ、その言葉、確かに受け取った。では、そいつを装備するといい』
「はい」
守大は、額当てを装備する。
すると、心臓から何か力が流れくる感覚があった。立っているのもやっとだった体の力が蘇り、心臓も元通り正常になり、全身に力漲ってくる。
「凄い」
『うむ、よく似合っている』
「あ、ありがとうございます」
しかし、それ以外の変化はない。てっきり守大はこれを装備すれば元の場所に戻ると思っていたのだが、そういった兆しはない。
『起きろおおおお、マモタアアアアアアアアアア!!!!』
突然、琥珀の声が、脳内に響いた。
「こ、琥珀の声!! 琥珀ちゃああああああん!!!」
けれど、琥珀の声は聞こえない。守大がもう一度、声を出そうとしたとき。
『なに、心配することはない。声が聞こえたということは生きているということだ』
老人の言葉に、守大の瞳から涙が零れる。間に合った。その安堵で、胸がいっぱいになった。そして、早くここから出なければという焦燥感に駆られる。
「あ、あの!」
『……それ、来たぞ』
老人に聞こうとして、声を出してすぐ。守大の声の後に、老人が呟いた。
「え?」
ピイイイ――鳥の鳴き声が、聞こえた。姿は見えないが、何度もその鳴き声が青空から響いている。どこにいるのかと思えば、光り輝く何かが見えた。
「ん?」
その鳥は、徐々に近づいてくる。ようやく姿を捕えた時、守大は違和感を覚えた。
「んん??」
かなりの距離があるはずなのに、それが雀であると理解できたのだ。肩に乗っている炎雀をさらに大きくした姿だ。
「んんん???」
五つのグラデーションの炎を翼に纏っている巨大炎雀が、マモタに向かって、まっすぐ飛んできている。
「あ、あの……」
『ああ、あれか。何とも強烈で熱烈な力だな。しっかりと、受け取るといい』
「えっと、つまり……」
『かっかっか、案ずるな。痛みはない』
守大は思わず引きつった笑みを見せた。
そして、思う。
戦場に帰る前に、死ぬのでは、と。
ピイイイ――守大へと真っすぐ滑空してくる巨大炎雀。守大は、覚悟を決めた。
『マモタアアアアア』
「うぐ!」
バチン――しゃがれた声の老人の愉快そうな声を信じて、巨大な炎雀を真正面から抱きしめる。確かに痛みはなかったが、無意識に声がでた。
体を見れば、全身が光り輝く炎に包まれて、空いていた穴が元に戻っていく。
「これは……って、あれ……」
体が戻っていくと同時に、急な眠気に襲われる。
『うむ、戻れそうだな。ではまた、戦場で会おうぞ、マモタよ』
「まって……あなたの……名前は……」
『ん、儂か、儂はな……』
守大の意識が、完全に失われた。
ドガアアアアアン――凄まじい爆撃音と、肌を焦がす熱風と、土と燃えカスの臭いが充満している場所で、守大は目を覚ます。
「……!!」
守大はガッと起き上がる。そして、霞む視界をこすって激しい音が鳴り響く場所を見た。
「あれは……」
そこには、気を失う前に見た姿ではない彼女の姿があった。金糸のゴールデンレトリバーの刺繍がされたマントを靡かせて、火花を散らしたゴスロリドレス姿の琥珀であろう後姿。炎矢を弾き落として炎槍を喰らう琥珀の姿が、守大の目に焼きつく。
「え、マモタ!!??」
「こ、琥珀ちゃん!!!」
琥珀がなぜか守大に気付いて、後ろを向いて笑顔を見せる。獣人の姿に変化した琥珀は、さらに愛嬌が増していた。
「よかった、本当に起きたよおおおおお!!!」
琥珀は一瞬だけ見て、すぐに狩人の方に目を向ける。
「起きた……そうだ」
守大が自身に負った傷を見れば、完全に塞がっていた。琥珀の影纏が豪華な衣装に身を包んでいること、エルフの姿をしたXENOS相手に引けを取らない姿を見て、確信する。
「琥珀ちゃん……やっぱりすごいな」
守大は琥珀を見ながら、目を細めて尊敬の笑みを浮かべる。琥珀はさらに強くなったのだと。自分が気を失った時に覚醒して、自分を守りながら戦っていてくれたのだと察した。
守大は情けない思いよりも、琥珀の成長に胸を打たれているようだ。
「でも、それじゃ駄目だ」
守大は自身の拳を見ながら、グッと拳を握る。何のために目を覚ましたか、再確認するように。目の前で戦う琥珀だけに任せてはいられない。
もう二度と、気を失う情けない姿は見せたくないし、守られてるだけではダメだと、心臓が語り掛けるように何度も強く鼓動する。
「そうだよね……そんなの、男らしくない!!」
守大は勢いよく顔を上げて、腹に力を溜めて、叫んだ。
「影纏!!!」
心臓から影が噴射する。
影が色を変え、琥珀色へと変化しながら、守大の体を包み込む。
「誓盾!!!」
琥珀色の影から、守大の声と共に、守大の姿が現れる。
ゴールドの短髪を輝かせ、額には炎雀が彫られた緋色の額当てが装着され、額当ての長い布がゆらゆらと揺れている。鋭い眼光の中で輝く緋色の瞳には、仲間のために命を懸ける誓いが宿っていた。
身に纏うのは、琥珀色の結晶が心臓部で淡い光を放つ真っ白な鎧。それ以外にも、結晶は背中、肩、手、太もも、足と至る所で輝きを放っている。琥珀色の結晶の中心には、緋色の炎が燃えているように赤い。
宙に浮くのもまた、その結晶が付与された六つの大盾だ。両腕にも宙に浮く大盾と似た盾が装着されている。守大が両腕を近づけると、それは一枚の巨大な盾となった。
琥珀に染まる誓盾の騎士が、仲間を守るために戦場へと降り立った。
『盾を放て、マモタ。今の盾なら、あの矢に貫かれることはない』
「ありがとう、オース」
守大はお礼を言うと、琥珀が払っては喰らってを繰り返す炎矢と炎槍を睨む。そして、ガントレットを前に出して、放つ。
「行け」
六つの大盾は、琥珀を守るように動いた。
「んお!?」
自分の体を隠す様に出現した盾を見て、琥珀は大きな声を上げる。そして、バッと後ろを振り向く。守大を見る紅蓮の瞳が、キラキラと輝いている。
「すげえええええ! 騎士だあああああ!」
琥珀は目にも止まらぬ速さで守大に近づくと、ものすごい身のこなしで守大の周りをうろつく。たまに宙に浮いてると錯覚するほどの素早さだ。
ドカンドカン――琥珀が守大の傍にいても、大盾は二人を守るために動き続けている。守大が意識せずとも、大盾が自動で動くように変化していた。
「琥珀ちゃん」
守大が呼ぶと、琥珀は彼の正面に敬礼しながら笑顔で現れる。
「どうした、マモタ!」
「傷の手当ありがとう」
「気にすんなって! ワタシがマモタに死なれたら悲しいからしただけ!」
バシバシと本音を伝えてくれる琥珀を見つめる守大の瞳には、特別な思いがこもっていた。
「そっか。僕も、琥珀ちゃんには傷ついてほしくない」
「ワタシも嫌だね! だから、マモタ、守ってくれな!」
ギュッと琥珀が抱き着くと、守大は少し戸惑ったが、やさしく包み込んだ。
「もちろん……今度こそ、絶対に守るよ」
「うん!」
琥珀が離れて、ニッと笑う。守大も、ニッと同じ顔をして笑うのであった。
ズガアアン――先ほどよりも大きな音が響き、守大と琥珀は二人の世界から抜け出す。大盾に穴が開いて、そこから狩人が二人を睨み、炎弓を力強く引いている。
守大と琥珀は、互いに顔を見合わせて頷く。
「二人でなら」
「絶対勝てる!!!」
琥珀が前を向く。赤い爪が伸びた手を地面に付けて、獣のように低い姿勢を取る。
「守って!!」
「もちろん」
ダン――琥珀が飛び出す。琥珀は両手と両足を獣の如く扱い、地を蹴り突き進む。狩人が琥珀に狙いを付けて、前に見せたものよりも大きな炎槍を放つ。炎槍は姿を変えて鷹となり、琥珀へと一直線に爆ぜる。
「やらせない」
守大が声を出すだけで、六つの大盾が炎の鷹の前に集結する。ズガアアン――と音を立てて、鷹は大盾を次々と破壊する。しかし、大盾も次から次へと生成され、ついに炎の鷹の勢いを殺して消失させた。
「おりゃああああ!」
琥珀が大地を駆け巡り、縦横無尽に動き回る。狩人は高速で移動しながら、琥珀に狙いを定め続けて、炎弓を次々に放つ。
炎弓から生み出される炎の攻撃を、守大の大盾が防ぎ、防ぎきれないものは琥珀が避ける。琥珀は、最短距離で、火花を散らしながら狩人へと突っ込んでいく。
「ファイアアアアア」
琥珀が飛び込みながら、大声で叫ぶ。すると、右手が炎を纏い始めた。琥珀は、滑空するように地面を蹴ると、炎の勢いが増す。
「……」
その時、狩人がニヤリと笑う。今まで浮いていた火球が、攻撃態勢に入った琥珀に向けて放たれた。回避できない。しかし、防ぐことなら出来るはずの琥珀だが、炎を纏う右手の構えを解除しなかった。
「……」
それを見ていた守大が、火球を睨む。すると、火球の周りの空気がぶれる。次の瞬間には、火球が次々に鎮火していく。守大が命じたことで、周りの空気が火球を包み込んで真空状態にしたのだ。
大盾と土を操るだけだったはずの守大が空気を操った。今の守大にとっては、全ての物質が盾となる。命じることなく、守大の意思で琥珀を守るために空気すら操ってみせたのだ。
「!」
その場にあった火球が一瞬にして消えたことで、狩人は目を見開きながらも、とっさに後ろに飛ぶ。
しかし、狩人の動きが停止する。まるで、見えない壁にぶつかったように。
「スラアアアアアッシュ!!!」
逃げ場のない場所で、琥珀のファイアスラッシュと名付けた攻撃が、狩人に直撃する。先ほどまであった壁は消えて、後ろに吹き飛ぶ狩人。
琥珀は、それを見逃さず、着地直後に叫んだ。
「喰らい尽くせ!!!」
琥珀の心臓から、緋色の炎を纏うコタロウが生まれる。コタロウは、狩人に迫ると、大きな口を開けて狩人に噛みついた。狩人に噛みついたコタロウは、狩人の硬い体を溶かしながら食べ進める。
「!!!」
狩人は必死に抵抗するが、抵抗も空しく全てを喰らい尽くされた。コタロウは役目を終えると、琥珀の心臓へと戻っていく。
「勝った!!」
琥珀は守大の方を振り向いて、力強く大地を蹴って彼に抱き着いた。
「勝ったぞおおおお!!!」
「うん、勝ったね」
喜びを露わにする二人は、涙を流して勝利を分かち合う。
しばらくの間、そうしていると、トントンと音が聞こえた。
二人は、音の鳴る方を警戒態勢で振り向くと、血まみれの男が疲れ切った顔をしながら結界の外で手を振っている。
「靭隊長だ!」
「靭さん……取れた手で、手振ってるよ……」
壊れたおもちゃを持つように、自身の千切れた腕を持って振る靭に、守大は初めて引いた。思いっきりドン引きしてしまう。
「なにあれ、ウケる!」
「いや、ウケちゃだめだからね」
琥珀は涙を流して笑うが、いくら治せると言っても絶対に笑ってはいけない光景だ。ただ、当の本人も笑っているので、問題ないと言えば問題ないのかもしれない。
「はー、面白かった! ん、なんか指さしてるよ!」
靭は、取れた手を地面に置いて、とあるところを指さす。
「たぶん、あれを壊せばいいんだと思う」
「そっか! じゃあ、さっさと壊そう!」
琥珀は守大の手を引いて、アイアンメイデンの前に連れていく。そして、アイアンメイデンを前にして、琥珀が拳を構えてから、思いっきり振り被った。すると、アイアンメイデンは粉々に破壊される。アイアンメイデンが壊れたことで、二人を囲んでいた結界が消えた。
琥珀と守大は、外へと抜け出し、無事に靭と合流する。
「琥珀、守大、よく生き残ってくれた」
靭は二人に労いの言葉を掛ける。琥珀はグッと拳を前に出して親指を上げ、守大は小さくお辞儀した。
「靭さんも、お疲れさまでした」
「ありがとう! 靭隊長もお疲れ様! 取れちゃった腕、たぶん治せると思うよ!」
守大と琥珀も、靭に労いの言葉を掛けた。そして、琥珀は、治療することを申し出る。靭は目を見開いて驚くも、即座に頷いた。
「そうか、じゃあ頼む」
「最初は、結構痛いかも」
「大丈夫だ」
「じゃあ、やるね! 取れちゃった腕、肩にくっつけてもらえる?」
「ああ」
靭は、琥珀の言うとおり取れた腕を肩にくっつけた。靭は眉を顰めるが、痛みで言葉を漏らすことはない。
琥珀は、すぐに炎で作られた雀を出して、靭の肩に乗せる。
「凄いな」
「雫ちゃんより時間かかるけどね! あとで、ちゃんと見てもらおう! ワタシとマモタもね!」
「うん」
琥珀の言葉に守大が肯定し、靭も同じく頷いた。
「そうだな……悪いけど、移動しながら頼めるか?」
「もちろん!」
「ありがとう、琥珀」
靭は、琥珀に感謝すると、すぐにある場所を目指す。
靭の視線の先には、残り三人が閉じ込められた結界が見えているのだろう。靭がゆっくりと移動する。千切れた自身の腕を応急処置したとはいえ、顔から血の気が引いている様子を見れば、彼もまたギリギリの戦いだったのだと察せられた。
守大と琥珀は、一人で第三変異型の自爆を処理しきった靭を労うように両脇から体を支え、三人がいる結界へと向かった。
琥珀、守太……いい
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