第35話 本音会
靭は戦場へ、そして靭以外のメンバーが十善寺隊と修練する日々が過ぎていったある日のこと。
「あの二人、飯食わなくていいのかね……今日で三日目だけどさ」
試験をクリアしてから正確な時間を見れるようになった靭たちは、今は全員で食事を取っている。全員と言っても、一つだけ席が埋まっていないため、靭は食事を取っていないメンバーの身を案じた。
「さあねー、生きてるから、問題ないと思うけど」
靭が疑問を口にすれば、円卓の斜め前から響が答える。今までにないほど顔色が悪い響は、色の濃い野菜と果物、飲み物はスムージーだけを取っている。どれも色が濃いためペンキを混ぜたような身体に悪そうな色に見えるが、宇宙船の食事はもはやそれが普通のため、恐らく健康にはいいのだろう。
「ご飯置いてもダメだったよ!!」
「そうだろうな。まあ、でも飯置いてくれてありがとな」
「えへへ、どういたま!」
カルは靭に褒められると、食事を再開する。巨大な骨付き肉をバリバリゴリゴリと音を立てながら。相変わらず、骨まで食べているらしい。完全に犬である。
「うんま、これ!! マモタの飯は、今日も美味いな!!」
「ありがとう、かるちゃん」
「守大、毎回飯作ってくれてありがとうな。助かるよ」
「い、いえ、靭さん…僕が作りたいだけですから」
へへと照れる守大は、なんだか前よりも頼もしく思えた。背筋が伸びて、もじもじとした話し方をしなくなったからかもしれない。体は傷を負っているが、本人は気にしていない様子だ。
「まあ、放置するしかないですね」
「そうだな」
吟時は、全てがボロボロ。顔にも傷ができて、見える箇所全てに、傷を負っている。回復できる人間がいないため、自己治療だそうだ。靭達は、普通の人間よりも治る速度は早いが、それでも怪我はするし、回復のための十分な休息がとれなければ、傷は残る。部屋に戻ってくるのが一番遅かった吟時の傷は癒えていない。
「……にしても、吟時、お前大丈夫か?」
明らかに一人だけ傷の負い方が異常なため、靭は吟時の体を労うように言葉を掛ける。
ドン―― 吟時は拳を握りしめて机を叩いた。どうやら、触れてはいけない事だったようだ。
「ぜんっぜん、大丈夫じゃないですけど????」
「お、おう……すまん」
靭の席の対面に座る吟時が、鬼の形相で靭を睨む。それはもう、素直に靭が謝るくらいには、見たことのない表情で。
「吟時!!! 食事中に机を叩くなんて、お行儀悪いぞ!!」
「……すみません、カルさん。靭さんも、すみません。当たりました」
「お、おう。気にすんな」
吟時が変わったのか、それとも素が出てきたのか。なんだか心に素直になった吟時に、靭は思わず、成長した後輩を見た時のように口角が上がりそうになった。だが、どうにか堪える。ここで笑えば、絶対にまた怒らせると思ったからだ。
「はやく凛ちゃん帰ってくるといいね!!」
カルの言葉に、靭は苦笑いで答える。
「……そうだな」
ぽっかりと空いた靭の隣の席。そこに座るはずだったであろう凛は、未だに訓練室の植物の繭から出てきていないらしい。響曰く、死んでないということなので、人によって訓練方法が違うんだろうなと思う。
靭は、凛が座るはずの席を見て考えてしまう。
これからどう接するべきかと。靭の考えを読んだのか、響がじっとこちらを見て靭だけに声を届ける。
「……深海って、クズよね」
響の毒に、靭は思わず頭を下げる。
「……はぁ、そうだな」
「んあ、どったの?」
隣にいるカルが、靭の溜息と何とも言えない言葉に反応する。靭は頭を掻いてから首を横に振った。
「いや、なんでもないよ」
「そっか! うーん、美味い!!」
自分のペースで食事を続けるカルを見て、靭は自分の愚かさに嫌気が差す。今だけは、カルのように食事だけに向き合いたかったなと。
靭はひとまず考えることをやめて、食事に没頭することにした。靭が食事を再開すると、響が全員に届く声で言う。
「にしても、まさか部隊ごとの部屋になるなんて思わなかったわよね。まあ、私は助かるけど」
「賑やかで楽しいね!」
「そうね」
カルはご満悦だし、響も得した顔をしながらカルに同意する。
全員が目覚めたあの日、説明をしたのもこの部屋だ。部隊にいるメンバーで共同生活をして、互いにコミュニケーションを培うためだという。最初は、戸惑いもしたが、靭にとってはありがたいことだった。
今、凛と二人きりになったらどうなるか、考えるのが怖かったから。
「……これからまた特訓すると思うと、気分が駄々下がりですけどね」
明らかに落ち込んでいる吟時を見て、響が食事の手を止める。
「まあ、そうね……そうよね……」
「ネイルちゃんは、好きだけど……アタシもあんまり行きたくないかも……」
「そうですね。かなりきついですね……ハハ」
どうやら、こっぴどくやられているのか、響、カル、そして守大までもが、重苦しい空気に包まれる。
「……」
全員が同じ反応をするのを見て、靭はどう答えるべきか悩む。
靭はすでに影纏を出せるため、訓練ではなく戦場へと足を運んでいる。
他メンバーは、影纏を習得できるように十善寺隊を巻き込んでの修行中だ。夢の中で過去の記憶と対峙し、一人乗り越えた靭は、皆も今まさに自分と向き合っているのだろうなと思う。
まあ、吟時は自分と、一切容赦のない静流の両方を相手にしているため、一人だけ大変さが別のベクトルを向いている気がするが。
分かることは、全員が必死に影纏になるために頑張ってるということ。靭としては、頑張ってる人間に対して『頑張れ』と声を掛けるのは嫌いだ。
なので、別の言葉を送ることにする。
「まあ、でも、お前らなら大丈夫だろ」
「ちょっと……今その言葉は」
響がフォークを靭に向けて、呆れた顔で言う。
しかし、靭は全員の目を見て、言葉を伝えた。
「いや、俺は、本気で思ってる。ほら、分かるだろ?」
「……えぇ、嫌って程にね」
響が靭の言葉を肯定すると、なぜか全員が食事の手を止めた。
なにやら、真剣に考えている様子。これまで、こういうことはあまりなかった。全員が疲れ切っていて、食事の時間はほとんど無言で食べ、修行が始まるまで眠り、また修行。
無言の時間が続けば続くほど、気まずくなる空気。
靭は思わず額に手を当てながら『やっちまったなぁ』と心で呟いた。
そんな時だ。
「あ、あのね!」
カルは立ち上がり、震えた声を出しながら全員の顔を見る。今まで見たことのない震えて何かに怯えたカルに対して、全員に緊張の空気が走った。
「待って!」
その時、響がカルに向けて手のひらを向けている。思ったより大きな声が出てしまったのか、響はいったん落ち着きを取り戻す様に呼吸して、息を整えた。
「まって、カルちゃん、お願い。言いたいことは分かったから、いったん食事に集中させてほしいの……それと、そうね。ちょっと、覚悟の時間がほしいわ」
響がそういうと、口を開いていたカルが、ゆっくりと席に着く。
「そ、そっか……分かったよ! でもね、あとで、みんなに話したいことがあるから、絶対に聞いてね!!」
「おう、いいぞ」
靭は年の離れた妹を見るような目で、カルに伝えた。
「僕も……皆さんに話したいことがあります」
「はぁ……自分もいいですか。もう、色々とぶちまけたいです」
カルの言葉を皮切りに、全員が皆に伝えた。靭は、やっぱりカルみたいな人がいると助かるなと本気で感謝する。一番最初に何かを伝えることは、一番勇気がいることだから。靭でさえ、自分の過去を告げていなかったのだ。
「いいな。全員で話そうか……俺も、みんなに教えておくよ。あとは、凛だが……」
「あら、ちょうど起きたみたいよ」
響がそう言うと、扉が開く。明らかに顔色の悪い凛が姿を見せた。
「凛ちゃあああん! ご飯食べよ、ご飯」
「カルちゃん……うん」
カルが飛び出して、凛を迎えに行く。靭は、どうするべきか迷い、凛の元へと向かった。
「おかえり、凛」
「……じ、靭……ただいま」
凛は靭に目を合わせてすぐに逸らした。靭は、特に追及することはないが、なんて言葉を掛けるべきか悩んでいる。
両者に気まずい空気が流れ始めたところに。
「凛ちゃん、顔色悪いよ!!疲れてるよね!! 今は休んだ方がいいかな??」
カルが両者の空気を読まずに、会話を挟む。カルの言葉に、またしても靭は救われた思いになり、思わず小さく息を吐いた。
カルの言葉に、凛は首を横に振った。
「いや……ご飯食べたい。お腹空いたし」
「そっか! じゃあ、ご飯食べよう!!」
「うん」
凛の手を引いて、カルが円卓に連れていく。カルは自分の席について、凛を隣に座らせた。そこは、靭の席だったが、靭は文句も何も言わずに、席の位置を変える。
凛が席に着くと、全員から声を掛けられる。
「おかえりなさい、凛さん。ご飯、たくさんあるから食べてください」
「おかえり、凛ちゃん。大変だったわね」
「おかえりなさい、木花さん。十善寺隊にいじめられたんですね。可哀想に」
「ううん、わたしは特に。みんなはいじめられたの?」
全員の輪にいつも通り接する凛を見て、靭は思わず安堵の息を吐いた。どうやら、彼女と他のメンバーの関係は大丈夫らしい。
「じゃあ、いったん飯を食おう」
「あのね、凛ちゃん! この後、みんなで本音会するんだよ!」
「本音会?」
「そう、色々とあったことをぶちまけるの!!」
カルは、先ほどの発言が一番緊張したのか、今は元の天真爛漫に戻っている。凛は、カルの言葉を聞いて、真剣な顔をして頷いた。
「そっか。なら、わたしも話したいことがある」
凛もどうやら、会話に混ざってくれるようだ。カルは、笑顔で頷く。
「じゃあ、みんなで話そうね!」
「うん」
「じゃあ、もう一回!」
カルは手を合わせる。それに合わせて、全員が手を合わせた。凛も、素直に手を合わせる。
「いただきまーーーす!!」
「いただきます」
食事が再開する。
重たい空気は少しだけマシになり、みなが笑顔で食事を取っていた。
食事を終えて、ティータイム。
「靭隊長も、今日は行かないんだよね?」
「ああ、今日は大丈夫だ」
今日は靭が戦場に向かう必要がない。ある程度、山梨周辺のXENOS退治は終わっているからだ。十善寺からも体を休めるように連絡を受けている。とはいえ、『何時でも呼び出すから、注意してね』とも言われていた。今さらながら、デスゲームが突然始まる理由が分かった気がした。
「さて、そろそろ始めるか。改めて、こういう話の場を設けると緊張するな」
靭がそういうと、緊張の空気が流れる。言いづらいことではあるのだろうが、話したいという気持ちもあるのだろう。ただ、誰が一番乗りだという空気だ。クラス委員を決める空気にも似てる気がする。
まずは隊長である自分からだと思って、靭が言葉を発しようとしたとき。
カルがビシッと手を上げる。
「はいはーい!! もうさっさと、洗いざらい吐いちゃいたいから、アタシ……いや、ワタシから!!」
その顔は少し曇っているが、それでもカルは自らが先行すると口にする。一人称を変えているのにも、理由があるのだろうと思いつつも、靭はカルに聞いた。
「大丈夫か?」
「うん。こういうのは、普通、言いだしっぺからでしょ!」
「いや、そういうことはないと思うぞ。誰だって、秘密にしていたものを打ち明けるのは緊張するだろ」
靭が突っ込むと、カルからいつもの笑みが消えて、思い出したくないことを思い出した時のような、暗い表情を見せる。
「……そっか、そうだよね。やっぱり、ワタシには普通が分からないや」
「カル?」
カルが靭に向けて見せた笑顔は、ひどい苦笑いだった。
「……ワタシね。赤月カルって本当の名前じゃないの。本当は、三峰琥珀」
「……そうか」
靭は静かに相槌を打つ。他のみんなも似たような反応を見せた。
「へへ、今まで、自分を演じてたんだー。といっても、本気でそう思ってたんだけどさー。忘れてたんだよね、本当の自分はそうじゃないってさ」
「どうして、そうなったか分かる?」
凛がカル……いや、三峰琥珀に問う。
「ワタシは、普通が分からないワタシが嫌いだった。Vstarっていうね、仮想アバターの配信者がいてさ。赤月カルっていう配信者が大好きで、その子もワタシと同じで、普通が分からなかったの」
琥珀は、困ったように笑顔を見せる。
「ここに来る前も、その子になりきった。そうしたら、少しだけ心が軽くなって、生きやすくなった。本当のワタシが傷つくことはないから。だから、ここで目が覚めた時には、赤月カルになってたんだと思う」
琥珀は、目の前にあったお菓子を食べる。
「でもね、もう、それも終わりにするの。だって、ここは普通じゃない人がたくさん集まってる。かるちゃんも、その普通じゃない人の一部だから大丈夫って、爪愛ちゃんが言ってくれたの。爪愛ちゃんはそう言ってくれたけど、ワタシはみんなが好きだから、みんなに受け止めてもらいたい」
琥珀は涙をいっぱいに溜めながら、言う。
「ワタシは普通じゃないけど、それでも、こんなワタシを……受け入れてくれますか?」
円卓の前に手を差し出す。
真剣な顔、震える手。きっと、誰にも掴まれることのなかった手なのだろう。
靭は、すぐさま、その手を取るために動く。
「へへ……」
靭だけでなく、全員がカルの手を包み込んでいたのだ。
「僕は、カル……ううん、琥珀ちゃんの味方だよ」
「そうよ。心が綺麗な子ってことには変わりないわよ」
「琥珀ちゃん、大丈夫。一人じゃない」
「自分たちは、仲間ですからね。置いて行ったりしませんよ」
守大、響、凛、そして吟時も声をかける。
「琥珀は、琥珀だ。お前がお前らしく生きて、何が悪い。好き勝手に生きろ。吟時の言うとおり、俺たちが琥珀を見捨てることはないさ」
「ふふん、もう大丈夫! ありがとう!! みんなの手、あったかくて好きだああああああ!!」
ブンブンと全員の腕を振り回す。
その笑顔は、今まで見せた笑顔の中で、一番輝いていた。
琥珀を祝福するようなムードの後、次は守大が手を挙げる。
「琥珀ちゃんが先陣切ってくれたので、次は僕が」
守大が穏やかな顔で告げる。きっと、何を言っても大丈夫だという安心感があったのだろう。それと、本人にすでに変化があるからそう感じたのかもしれないと、靭は思った。
「大丈夫だぞ、マモタ! ワタシはお前を受け入れる!!」
すでに受け入れ態勢を見せる琥珀は、トンと胸を叩く。
「はは、ありがとう、琥珀ちゃん。でも、話を聞いて欲しいんだ」
「うん、分かった!!」
カルはすぐに大人しくなる。
守大は、好きな人に向ける笑みを琥珀に向けてから、全員を見渡して口を開けた。
「僕は、大切な人を守れなかった。彼女は、僕を守るために、怒り狂った男が振りかざした酒瓶に、頭を直撃しました。僕は、僕よりも、非力な彼女に守られてしまった。それだけで終われば、悲劇で終わったのかもしれない。でも、僕は、大切な人に暴力を振るった人を殴って壊した。周りにそれを見られて、化け物扱いされて。大切な人は目を覚まさないまま、逃げ出しました」
守大は、グッと拳を握りしめる。
「人間は脆い。そして、すぐに意見を変える。僕は、自分が嫌いで、人が怖かったです。化け物扱いされてるのはいい気分ではなかったけど、自分でもそう思ってしまったのも事実です。人に怖がられないように、なるべく背中を丸めて、威圧感がでないように小さい声を出してました」
自虐的に、苦い顔をしながら笑う守大は、琥珀を見る。
「琥珀ちゃんと、同じと言っていいか分かりませんが……僕もまた、自分自身を偽ってここで生きていました。でも、それじゃダメだって気付いたんです。影纏がないと、これからは他の人を守れないから……本当の自分と向き合うことに決めたんです」
守大は背筋を伸ばして、全員を見た。
「そうですね……ほとんど犯罪者みたいな僕ですけど……今度は、皆さんを守るためにこの力を使います……それだけを伝えたかったんです。決意表明みたいな感じですかね。えっと、話は終わりです」
頭を下げる守大。
ドン――その背中を強く叩いたのは、琥珀だ。
「ワタシは、どんな守大でも受け入れる!! それに、大切な人を傷つけられて、怒らないのは男じゃない!! よくやった、守大!! お前は、凄い奴だ!!」
「琥珀ちゃん」
琥珀がうんうんと頷くと、それに続いて次々と守大に声がかかる。
「自分は三峰さんと同意見です。いいじゃないですか、理由なく先に手を上げる人間なんて、生きてる意味ないですから」
「それでも、黄土君は傷ついてるんだからそんな言い方しちゃだめよ。まあ、でも、私もそう思うけど」
「もう、ここに法はない。ここは暴力でしか守る術がない。なら、今度はその力を正しく使えばいい」
吟時、響、凛がそれぞれ感じたことを言葉にして伝える。
「もう、言葉はいらないだろ。頼りにしてるぞ、守大」
「ありがとうございます、靭さん。ありがとうございます、皆さん」
守大は柔らかな笑みを見せる。守大はほとんど笑うことが無かったため、彼なりにもうすでに乗り越えているのだろうと、靭は感じた。
今度は、吟時が手を挙げる。
「じゃあ、次は自分が。と言っても、なんてことはないです」
吟時は本当に何とも思ってない顔で告げる。
「自分は弱い。だから、これからはもっと強くなりたい、それだけです」
次の言葉はない。守大のように、決意表明ということなのかもしれない。
「本当に、それだけなの?」
響が真剣な表情で問う。
吟時は、寂しそうな瞳を見せながら絞り出すように話し出す。
「ええ、本当にそれだけです。弱いから、兄二人を失った。弱いから、兄二人と母を侮辱した父親の顔すら殴れなかった。弱いから影纏になることもできない。弱いから、あの人から一本も取ることができない」
唇を噛んで血を流す吟時。何が『なんてことない』だ、と靭は思ったが、そうでも言わないと言えないプライドが邪魔をしたのかもしれないとも同時に思った。
「自分の中で、弱さは罪です。何もできない自分が許せないという話です……自分は、この中にいる誰よりも強くなります。なってみせます……必ず」
深くは言わない。けれど、本心からの言葉だろう。表情も作り笑いではなく、本気で悔しそうで、本気でそうなりたいという思いが伝わる。
その言葉を前に、茶化す人はいない。
「いい顔するようになったじゃない」
響は吟時を嫌悪する感情はなく、姉のような態度で雑に吟時の頭を撫でる。
「ちょ、なにするんですか……」
吟時は嫌そうにするも、その手を跳ね除けることはしなかった。今まで散々、響に冷たい態度や言葉を掛けてきたから反省しているのかもしれないと、靭は思った。
「ワタシも、もっと強くなるよ!」
「そうだね。守るのは、僕の役目でもある」
「あ、ちょっと、みなさん、いて、イテテ!」
全員が席を立ち、わざわざ吟時の元へと向かい、頭を撫でる。傷が痛いと言ってもお構いなしに。吟時は、痛みもあるというのに、そんな顔せず困ったように笑う。その顔は、昔、誰かに同じようにされたような、懐かしい笑みだ。
「傷ついたら、わたしが回復する。だから、存分に戦っていい」
「……痛くない……ありがとうございます、木花さん」
どうやら、凛が回復させてあげたようだ。吟時は嬉しそうに微笑んだ。
「ん、黄土さんも」
「ありがとうございます、木花さん」
守大に対しても、傷を癒す。
靭は、凛が守大の傷を癒している時、吟時に声を掛けた。
「まあ、吟時が一番若いしな。若人に期待というやつだ」
最後に靭が、吟時の頭を雑に撫でる。
「そこまで年齢変わらないでしょに……まあ、でもそうですね」
吟時は顔を上げて、全員を見る。
「期待には、必ず応えてみせますよ」
真剣な表情で、そう告げたのであった。
「じゃあ、順番的に、次は私かなー……」
ふうーと吐息を整える響は、懐からタバコを取り出した。余程余裕がないのだろう。普段は人前でタバコを吸わなかった響が、それに頼ったのだから。
なにせタバコを取り出したその手は震えており、火を点けるライターが揺れているのだから。
「ごめんなさいね……大人になると、こういうの気恥ずかしいし、勇気が必要なのよ」
「良い匂いだし、気にしないよ! いやー、それにしても、響ちゃんがタバコを吸うと絵になるね!!」
「琥珀ちゃんの言うとおり、色気もある……羨ましい」
「分かるよー、凛ちゃん!!」
女子二人が盛り上がる。どうやら、臭くなければいいのと、絵になるかどうかが重要らしい。不思議な女子トークである。
「男の影響ですか?」
「耳元で叫んであげようか?」
「ごめんなさい」
とんでもない吟時の発言だが、どうやら今ので緊張がほぐれたようにも見えた。さすがに、一緒にいる時間が長いだけあってか、吟時も割とそういう気遣いができるようだ。
「まあ、今は気分がいいから許してあげる……ちょっと、待ってね……」
分かってはいるが、体が言うことを聞かないのだろう。タバコを吸って、心を落ち着かせているようだ。
そして、準備が出来たのか、灰皿にタバコを押し付けた。
「あ、ああー……どう、かな……この声」
ハハハと、響は右手で左腕を掴んで、誰の顔も見ずに呟いた。
響が出した声は、靭が以前聞いたドスの効いたハスキーな低音ボイスだ。本人は『酷い酒焼けのような声』と自嘲した素の声をさらけ出した。
「ちゅき」
「え?」
カルの方を見れば、完全に目がハートになっている。響は口を開けて、信じられない様なものを見る目で呆けながら琥珀を見ていた。
「それ、本気?」
「ワタシさ……女性のカッコいい声、だーいすき!!」
そういうと、琥珀は自分の耳に手をあてて、響の方に耳を向けた。どうやら、まだまだ聞き足りないようだ。
「琥珀ちゃんの言うとおり、いい声。全然気にならない」
「そうだね。全然気にならないよ」
凛と守大が琥珀に続けて、声を上げた。
「そうですね。別に、気になりませんよ。というか、なんとなくそんな気がしてましたし。まあ、多少違和感はありますが。ずっと高い声でしたから」
「最低」
「ちょうーさいてい! 空気読めないって、こういうことだね!」
「……すみません」
正直に答えたのか、はたまた揶揄って言ったのか不明な吟時に、女性陣が猛バッシング。さすがの吟時も頭を下げて謝罪した。冷や汗を流す吟時を見て、靭は呆れるように苦笑する。
その後で、靭は響を見て微笑みながら伝える。
「ほらな。紫苑が思ってるほど、みんな気にしてないよ」
「そう……みたいね」
「少しは心が軽くなったか?」
「ええ……まあね」
本音を曝け出したというのに、顔が曇ったままの響に、靭は違和感を抱いた。
「なんだ、はっきりしないな」
「本音を言われてるのも分かるんだけど……影纏になれるかと言われたら、ね」
「まあ、やってみないと分からんだろ」
「私が!」
突然声を張り上げた響に、靭だけでなく、全員が響の方を向いた。響は、全員の視線にたじろぐも、弱弱しい声で呟く。
「私が影纏できないと、みんな死ぬかもしれないって言われても?」
「なら、できるようになれよ」
「は?」
靭の身勝手な発言に、響は今までにない怒りの視線を靭にぶつけた。靭は一切目を逸らさずに言う。
「『それができるなら苦労しない』って顔だな。だが、そうだとしても、やってもらわないと困る。みんなが死ぬって言うなら、死ぬ気でやれ。死ぬのが怖いなら、その恐怖をねじ伏せる気概で挑め。生き残る道がそれしかないって言うならな」
「……」
響の視線が落ちる。靭は、響が何を視てきたか知らない。ただ、未来が視える如月がパートナーであることは聞いていた。それでも靭は厳しい言葉を投げかける。優しい言葉など、響には届かない。
今の響に届くのは、本心だけだから。
響の答えを待つように、靭が響を見ていると。
「はい、靭隊長!!」
「どうした、琥珀」
琥珀が手を挙げて、にっこりと笑う。
「響ちゃんが影纏できないなら、ワタシができるようになって、みんなを守ってあげる!!」
「こはく、ちゃん」
響が琥珀の言葉に固まっていると、凛が響の手を握る。
「一人で背負い込まない。あとは、やるだけ」
「そうですね。一人で背負わせたりしません」
「凛ちゃん……黄土くんまで」
「響さんのことなんて関係なく、自分は意地でも影纏になってみせますよ。自分は、弱い自分が大嫌いですからね。ついでに皆さんのことを守ってあげますよ」
「生意気」
「こういうの、一言余計って言うんだよね! 琥珀知ってる!」
「……あ、謝りませんからね!」
無駄に意地を張る吟時に、女性陣がブーイングをする。
それを見て、聞いていた響は、肩を揺らしながら顔を上げた。
「……ふふ、そこは謝りなさいよ」
全員からの温かい言葉に、響は少しだけ泣いてはいるものの、笑みを取り戻す。
「未来はまだ変えられる。お前はそのために、本音を隠した時の未来を視に行ったんだろ?」
「知ってたの?」
「赤髪短髪の火山豪から軽くな」
靭は、響の肩に手を置いて、目を見て伝える。
「未来はもう、変わってるんだ。あとは、お前次第だ……紫苑」
それは、どれほど残酷な未来だったとしても、まだ諦めるには早いという、靭なりの発破だった。
「ワタシたちもいるからね!」
「大丈夫、一人じゃない」
「みんなで、頑張りましょう」
靭の言葉の後に、琥珀、凛、守大が続く。
「死ぬなら、全員で潔く死にましょう」
「変なこと言わないと、死ぬ病気なの?」
「子供だね、吟時君!」
「……死ぬ気で頑張りましょう、紫苑さん」
吟時がまた余計なことを言って、凛と琥珀が突っ込むと、すぐに言葉を変えた。吟時なりの場の和まし方だとしたら、本当にへたくそだなと、靭は笑みを浮かべる。
それにつられて、皆が笑みを浮かべる。
「ありがとう、みんな……私、まだ頑張れそうだわ」
笑顔を見せた響に、皆が満足そうに頷いた。
そうして、和やかな空気が流れ、次に手を挙げたのは……。
「……じゃあ、次は、わたしが」
ビーッ、ビーッ、ビーッ――
凛が言葉を告げた瞬間に、警報が鳴り響く。
いつものデスゲームの始まりを告げるアナウンスではない。それは間違いなく、予測不能の緊急事態を告げる不快なアラートだ。
なにせ、デスゲームは、すでにクリアしているのだから。
先ほどまでの和やかな空気は一瞬にして凍りつき、全員に緊張が走る。




