第34話 対するは、己
靭が豪と、部屋を出ていったあと。
大量の水でたたき起こされた深海隊は、それぞれが十善寺隊と相対していた。
◆◆◆◆赤月カル◆◆◆◆
「アーシ、豹藤爪愛っつうのー。爪に愛でネイルだよー!」
「アタシは、赤月カル! 本物のギャルに会うのは初めて! 可愛いね、ネイルちゃん!!」
ゴリゴリメイクのギャルと、びしょ濡れのカルが挨拶をする。
「ふふ、ありがと。カルちゃんは、なんだかVstarみたいな名前だねん」
「Vstarしってるの!?」
「うん、アーシのダチが好きだったからねん」
「そうなんだ! アタシもVstarだーいすきなんだ!」
カルはご機嫌に歯を見せて笑う。しかし、豹藤はギャルメイクされた大きな目でカルを真顔で見つめている。
「カルちゃんの名前って、アーシの知ってるVstarとまるで一緒なんだよねー」
「そうなの?」
「うん、性格も、話し方も、見た目も、現実にいたらこんな感じだよねーって、イメージまんま」
「そー……なんだ」
カルから笑顔が消える。じっと何かを考え込む姿を見せ、何かを思い出しているようにも見えた。それを見た豹藤が、『あー』と声を出す。
「なるほどねー、記憶が混濁してるタイプってわけだ」
「?」
急な真面目トーンに、カルは首を傾げる。
「それじゃあ、影を発現できないんよね~。うーん、そうだなー、アーシは女の子を傷つけたくないしー。つーかー、この子はそれじゃダメかぁー」
「??」
ぶつぶつと独り言を呟いている。少し悩んだ様子だったが、すぐに顔を上げた。
「まあ、いいやー。カルちゃんさぁ、今はどれくらい影ちゃんを呼び出せるん?」
「うーん、ちょっと待ってね!」
カルはムムムと力みながら、声を出す。ゆっくりとではあるが、影が軍服に纏っていく。そして、体を覆うと、ふさふさの尻尾が生えた。
「え、なに、その尻尾。マジサイコーにキュートなんですけど!?」
「ふふん、でしょ!」
豹藤は、カルの尻尾を触りに来る。カルはドヤって腰に手を当てた。
「これが限界だよー! でもね、本当は口元にもできたんだけど、体に纏わせないとダメって靭隊長が言ってたから、これが限界! さっきよりはできるようになった! 靭隊長の変身見たからかな!」
「ほえー、まじきゃわいい……ちゅき」
「ギャルが……デレてる!! なんか、えっちだ!」
カルはドキドキしながら、豹藤を見つめている。豹藤は、カルのふさふさの尻尾に魅了されてしまったように動けない。
「ああ、ごるちゃんを思い出すー……うう、ごるちゃん」
「ごるちゃん?」
「ゴールデンレトリバーのごるちゃん。実家で飼ってたわんちゃん」
「……ごーるでん……れとりばー」
ズキ――頭に痛みが走る。今まで感じた事のない痛みに、カルは頭を抑える。
「かるちゃん??」
「あ、うん……大丈夫」
「そっか」
豹藤は尻尾に満足したのか、ゆっくりと立ち上がる。
「じゃあ、次はアーシの変身見せたげる。お礼にねん」
「それは……見たい!!」
暗かった表情が弾けた笑顔に変わる。切り替えの早さに、豹藤は一瞬面食らうも、すぐに笑みを浮かべた。
「じゃあ、いっくよーん……影纏」
豹藤の心臓近くから影が飛び出して、一瞬にして影が纏まり、豹藤の姿を変えていく。
「おおおおお!」
「がおー。どう、可愛いっしょ?」
「可愛い!!!!」
体には豹特有の斑点模様。頭には、豹の顔を模した被り物。長い牙や、鋭い爪、尻尾が生えている。黒豹の獣人と言ってもいいかもしれない。
「これが、アーシの影纏。ほら、尻尾触ってみ」
「うわああ……これはこれで、いい」
「でしょー。かるちゃんも、色々と思い出したら、こんな感じの姿になれるよー」
「思い出す?」
突然の発現に、カルはまたしても首を傾げた。
「ゴールデンレトリバー、Vstar。さっき、かるちゃんが反応した言葉だよん」
ズキズキと、カルの頭が痛みだす。
「……え、えっと」
不安な顔を見せて、顔色が悪くなるカルに、豹藤はギュッと抱き着く。
「だいじょーぶ、アーシが一緒にいてあげるから」
「ネイ、ルちゃん」
香水の甘い匂いに、カルの心が落ち着きを取り戻す。
カルは、目を瞑り、深呼吸をする。
脳裏に浮かんできた単語を口に出す。
「コタロウ……アタシも、犬飼ってて……それで……Vstarは」
ドカアアアン――突如として、巨大な音が鳴り響いた。カルがびくりとして辺りを見渡すと、別の場所で戦闘が始まっていた。
「あれ、みんな」
「あーあー、邪魔されちった」
はぁ、とため息を落としてから、豹藤は優しい目でカルを見つめる。
「ここはうるさいよねん。アーシの部屋いこっか」
「え、でも」
「だいじょーぶ。かるちゃんは、戦うことより思い出すことが大事だからねん」
カルは豹藤を涙目で見つめた。
「思い出す……」
「本当の自分、思いだそ?」
「……うん」
カルは小さく頷いた。
豹藤は影纏を解除して、カルの手を握って歩き出す。
自分自身の記憶を疑いながら、カルは豹藤に付き添われながら、訓練室を出た。
◆◆◆◆黄土守大◆◆◆◆
「俺は、岩倉巌だ」
「は、初めまして……黄土守大です」
岩倉は、鋭い眼光で守大を眺めている。守大は委縮して、身を縮こませてしまう。守大も体は大きいが、岩倉は守大よりも大きく、ガタイもいい。とてもではないが、一般人には見えないし、軍人というより闇稼業の人間を彷彿とさせる。
「貴殿は、何に怯えている」
「え」
突然の問いに、守大の体がビクッと揺れた。
「なぜ、背中を丸めているのか。何をそんなに怯えているのだ。貴殿はまだ弱いが、そこまで怯えるほど弱くないはずだ」
「ぼ、僕は……」
分からなかった。守大は、自分が何に怯えているのか分かっていない。ただ、こういう性格だからと答えようとしたのに、言葉に詰まる。
「貴殿の戦いを見た」
「え」
岩倉の言葉に、守大は怯えた視線のまま顔を上げた。
「影纏は鎧だろう。身を守る術を手に入れたというのに、何に怯えている。赤月を守れなかったとき、なぜ、我を忘れるほど怒りに飲まれた。貴殿の真実の姿は、なんだ」
「真実の姿……」
考えても思い出せない。思い出そうとすると、するりと場面が切り替わる。壊れたビデオテープのように、映像がそこで止まり、動いたと思えば一部の映像だけが抜け落ちてる、そんな気持ちの悪い感情になった。
「言葉は……意味がないか」
「へ」
ドカアアアン――気付けば守大は壁に激突していた。
「ごっほごほ……なにが」
「立て、そのままでは貴殿だけでなく、仲間が死ぬ」
「仲間が……」
岩倉の言葉を反芻すると、守大の脳裏に静止画が次々と流れ込んできた。自分の前に現れた金髪の女性が、酒瓶で殴られている一枚絵。地面に倒れ、血を流して動けない女性の写真。血まみれで、顔の形状がおかしくなってしまった男性の姿。病院のベッドで酸素マスクを付け、包帯を巻かれている女性。
「ダメ……だ」
守大は震える声で言葉を吐いた。体は今の一撃でボロボロだったが、痛みを無視するように這い上がる。
「それだけは……ダメ、なんだ……」
「ふむ」
守大の心臓から影が滲み出るように現れ、白い軍服を黒く染めていく。
「例え……化け物だって……言われても……」
不思議と出た言葉だった。この場所で、カルや靭たちから化け物と言われたことも、怯えた表情をされたこともない。だというのに、守大は仲間にそう思われないよう自然と縮こまって立ち振る舞っていたことに気づいた。
「僕が……今度こそ、守るんだ」
記憶はまだ、ぽっかりと抜けている。それでも、守りたいという想いに反応して、影が姿を変えていく。
白い軍服が黒い鎧へと変化する。それは、守大が暴走した鎧と同じ姿。けれど、頭にまでは影の鎧がついていない。完全に未完成だ。
だが、それを見ていた岩倉が、ニヤリと笑った。
「そうか。誰かを守れなかったか」
ドン――岩倉が、心臓を大きく叩いた。すると、心臓から影が一気に溢れだす。待っていたぞ、遅かったなと告げているように、ぐんぐんと影が岩倉を覆う。
姿を見せた時には、岩倉の体は黒いロボットスーツのような姿に変わっていた。
「貴殿の覚悟、本物か見せてもらうぞ」
「……お願いします」
圧倒的な力を前にしても、守大は怯えず、背筋を伸ばした体で静かに構えを取る。
「僕は……絶対に守ってみせる……今度こそ」
ドン――力強い一歩で前に出る。
覇気のない雰囲気が一変して、大切な人を守るための騎士の表情へと変わっていた。
◆◆◆◆黒曜吟時◆◆◆◆
「まったく……気を失ってる人間に、水を掛けるなんて」
「怒っているのかい?」
表情を変えずに、つまらなそうに吟時を見ているのは、天音静流だ。びしょ濡れの吟時は、上着を脱いで水を絞っている。
「まあ、そうですね。常識がなってないなと思いまして」
「おや、ここに常識があると思っているなんてね。くふふ、君は可愛いな」
天音は吟時を煽る。完全に嘗め切っている態度と顔に、吟時の顔が真顔になっていく。
「小さいし、かっこいい女の子みたいな顔だよね。中性的だ。自分と一緒だね、吟時後輩」
嬉しいのか嬉しくないのか、天音は揶揄うような笑顔で吟時を眺めている。吟時は水を絞った軍服を羽織ると、天音を睨んだ。
「気安く名前を呼ばないで頂けますかね。虫唾が走る」
「はは、余裕がないねー。やっぱりかわいいよ、おちび後輩」
「……本当に腹が立ちますね」
吟時は天音を見上げる。元の身長も高いのだろうが、ヒールを履いているせいで、さらに目線が高い。
「うーん、おちびはダメかぁ。じゃあ、あれかな、弱い後輩君の方がイラつくかい?」
わざわざ言葉にして、笑っていないであろう目でにんまりと口角を上げて笑う。
「……人を揶揄うのもいい加減やめていただけますかね。不快です」
「おお、当たりだねー。そうか、君は事実を言われるとダメなタイプなんだなー」
天音は人を煽るような笑みを浮かべて、タバコを懐から取り出す。タバコに火を点けて、ふうーっと煙を吐いた。
「事実、ですか」
静流が吐いた煙が顔にかかった。煙草の独特の臭いと、水に濡れた衣服の臭いが混じり、吟時の顔をしかめさせる。
「そうだよ。結晶頭の化け物すら殺せないんだから。良かったね、優しい仲間に恵まれて。弱い君を介抱するのは大変だったろうに。深海後輩と紫苑後輩は偉いよ。しっかりと子供の面倒が見れてさ。自分なら絶対に見捨てるね」
アハハと面白くもないであろうに、乾いた笑みを浮かべている天音は笑って、言葉を吐き続ける。
「弱いくせに自分勝手で、欲すら我慢できずに人を傷つけて、偽物の笑顔だけ張り付けてご機嫌取りして。ああ、自分にはしてなかったか。まあ、してほしくなくてこうしていじめてるわけだけど」
ふうーっとたばこの煙を吐いて、張り付けた笑みのまま首を傾げた。
「気分はどうだい。よわいよわーい吟時後輩?」
「……もう、いいでしょう。いい加減、飽き飽きしてきました」
吟時は、影で作られた刀を腰に身に着けていた。体にも影が纏わりつき、白い軍服が黒く染まっていく。
「はは、言葉で言い返せないと、武力行使か。まあ、嫌いじゃないよ。この世界では、暴力が全てだしね」
だが、吟時が影を出しても、天音はタバコを吸うだけだ。
「影を出してください」
「え、なんでかな。自分は、吟時後輩と違って、弱い者いじめはしない主義でね」
「……散々煽っておいて、影も出さないとは……何をしたいのですか、あなたは」
「何って、あー、まぁ、そうだね……≪弱い者いじめ≫かな」
ふうーっと煙を吐いた天音は、突然肩を揺らして笑いだす。
「ふふふ、そもそも、君がそれを言うのかい。仲間に対して散々煽っていた君が? 影を出したと思ったら仲間を襲った君が? ……いやー、これは傑作だよ」
「……」
それだけは言い返せなかった。それは真実だからだ。その記憶も、吟時にはしっかりと残っていた。
「まあ、いいや。ほら、どうしたの。早く来なよ」
「……取り返しのつかない怪我をしても、知りませんからね」
「いいよー、その時は木花後輩に治してもらうから。まあ、その必要もないだろうけどね」
地面にタバコを捨てて、火を消すために足で踏みにじる。
影を発現させるのかと思いきや、天音はもう一本新しいタバコを取り出し、火を点けた
そして、感情が一切入っていない瞳で、吟時を見て吐き捨てる。
「君、弱いし」
ドン――吟時は地面を蹴り上げて、天音に接敵する。
「ふっ!」
そして、一寸の迷いもなく、剣を振り抜いた。
「おっそ」
「があ!」
吟時が振り抜いた剣を軽々と避けて、がら空きの胴体に蹴り放った。吟時は、勢いよく地面に叩きつけられて、転がる。しかし、態勢をすぐに立て直して、立ち上がった。視界に天音の姿は見当たらない。
「こっち」
「ぐ!」
どこからか声が聞こえたと思ったら、気付けば吟時は顔面を蹴り飛ばされ、地面に倒れていた。
「ダメじゃないか。コンマでも敵から目を離すなんて」
「なぜ……」
天音は吟時を見下しながら、声を掛ける。
「吟時後輩が遅いだけだろ」
「そんな、わけ」
「遅いだろ。現に自分は、君よりも早いだろ。弱いことを認めて、対策を考えないと。君の目、無駄遣いだよ」
「……クソ」
影の刀を杖代わりに、震える足で立つ。
そんな吟時を見て、天音は満足そうに頷いた。
「その根性だけは、素晴らしいね」
ふぅーっと煙を吐いてから、タバコを捨てた。
「さあ、頑張って。時間がないからね。影纏くらいは習得してもらわないと」
「言われ、なくても!」
吟時は影の刀を振り抜く。天音は、ギリギリでそれを避ける。
「はあ!」
吟時の影が、姿を変えていく。
「うんうん、若いっていいよね。愚かで、美しい」
吟時の戦いは、まだ始まったばかりだ。
◆◆◆◆紫苑響◆◆◆◆
「あ、あ、あの……大丈夫、で、ですか?」
「ええ、そうね。あまり大丈夫ではないわ」
響は、濡れた髪を掻き上げて、後ろに流す。
「そそ、そうですか。わ、わたしは、き、如月、みみ、未来です、はい」
「よろしくね、如月さん」
明らかに怯えて、顔色の悪い彼女を見て、響はなるべく愛想良く見える顔で挨拶をする。
「は、はは、はい。お願いいたします」
しかし、全く意味がないらしく、如月は目を見ずに答えた。
「……それで、あなたは私に、何を教えてくれるのかしら」
響は若干苛立ちながら、目の前にいる如月に問う。如月は一瞬肩を揺らして、視線をあちこちに動かしながら言葉を伝える。
「しゃ、影纏を、で、できるように、しないとなので、はい」
「じゃあ、教えてくれるかしら……どうすればいいかを」
『ひっ』と小さく悲鳴を上げて、如月は一歩下がる。響は呆れて溜息が出そうになったが堪えた。人間相手に怯えてしまう彼女に、そういう苛立った態度を見せるのは逆効果だからだ。
「そ、そそ、それは、紫苑さんが、い、一番分かってると思います、が」
「……どういう意味かしら?」
如月は、手をもじもじとさせながら、小さな声で呟くように言う。
「だだ、だから……ほ、本当の、あな、あなたを……みみ、見せればいい、だけです」
ただ、如月から出てきた言葉は予想外に、響の核心を突く言葉だった。
「初対面の子に、そんなこと言われるなんてね」
耳が痛いとはこのことだと、響は思った。先ほど、靭にも言われたことだ。それを見せない限り、どうすることもできないと。分かっていても出来ないことはある。頭では理解していても、実際にやってみろと言われると、どうしても声が出ない。
「で、できない、ですか……」
「そうね……残念だけど」
響は如月から床へ視線をずらした。情けないが、できない。それが響の答えだった。だから、嘘偽りなく伝える。すでにバレているのだから、隠す必要はない。響が怖いのはバレることではなく、その醜い素の声を聞かれるのがどうしても嫌なだけだからだ。
体が拒否してしまうほどに。
「わわ、分かっていました……だ、だから、わ、私が、ココ、ここに、呼ばれましたです、はい」
「へえ、あなたが、ね」
怯えてるだけの少女に、一体何ができるのか、響は不思議だった。現に、他の十善寺隊は、すでに行動を起こしている。だが、如月は、深呼吸してから響の顔を見て、また深呼吸をしてから響の顔を見ると、行動をループしていた。
ようやく出した言葉が、濡れた響を案じる言葉だったというわけだ。
「ふ、ふぅ……わわ、私は、み、未来が、視え、ます……その戦闘、力は、皆無……ですが」
「あら、そうなの。下の名前と同じ能力というわけね。戦闘力が皆無ってのも、意外ね」
「そ、そそ、そうですね。ぐ、ぐ、偶然です。ち、力に、関しては……な、情けないです。でも、花火ちゃんは、あ、頭をなで、撫でてくれるので、いい、んだと、思います、はい」
「そっか」
突然見せた少女の無垢な笑みに、響は妹を思い出して自然と優しい声がでていた。
「あ、はい……えっと、すこ、少し、時間を、くだ、ください……あの、集中して、おお、お、落ち着きます、の、ので」
「ええ、もちろん」
ふう、ふうと、呼吸を整え始める。
響は、諦めて待つことにした。焦って問いただしても意味がないと悟り、地面に足を広げて、腕に体重をかけて座る。辺りから聞こえる戦闘音と会話に集中した。
「吟時君が圧倒されてるとか、よっぽどねー」
吟時が明らかに苦戦している姿を見て、口ずさむ。明らかに相手に遊ばれている。相手は、そこまで強そうに見えないが、実力はかなりのものだ。ただ、響は戦いよりも、天音が口に咥えていたタバコを眺めている。
「アタシも、持ってくればよかったなぁー……って、そんな暇なかったか」
目が覚めて、部屋から出たら全員が集まってて、すぐに説明されて訓練。余程時間がないんだなーと思わざるを得ない対応だ。
「まあ、だからこうなってるわけよねー」
響の担当者は、未だに呼吸を整えてる。まだ、時間がかかりそうだ。
響は、目を瞑って、意識を耳に集中する。
「……みんな、似たような音ね」
響に聞こえるのは、戦闘音と会話と……心音だ。さすがに、戦闘音が邪魔で、意識しないと聞こえないが、確かに聞こえる。
自分たちの心音と、影の心音が、ほとんど重なってはいるが僅かながらにズレている。深海隊のメンバーはズレが大きい。対して、十善寺隊のメンバーは深海隊よりもズレが少ない。だが、ズレはあった。
そこで響が思い出すのは、靭の心音だ。
「深海の心音、完全に一つだったわねぇー」
僅かなブレも感じない、全く同じ鼓動。試験をクリアして、靭と会ってから気付いていた。本人に自覚はない。それでも、そうすることが影纏を出すのに必要なのだろうと。
最低でも、十善寺隊のような、心音になるまで。
「まあ、そのやり方が、声って言うから困ってるんですけどねー」
はぁ、と溜息を吐く。ここにきて、何度吐いたか覚えていないほどの溜息を出しながら、目の前に座って、まだ息を整えている如月を見た。
「彼女の心音も、深海と同じかー」
コンマのズレすらない心音。靭と同じ高みにいるということだ。こんなに怯えていて頼りないのに、心音だけで判断するなら、この中で一番頼りがいがある。
「お、お待たせしました……す、すみません、時間が、かかって」
先ほどよりも、会話のつっかえが減っている。
「いえ、大丈夫よ。それで、私はどうすればいい?」
「……私の、正面に座って、くれれば、よい、です」
「分かったわ」
響は言われた通りに座ると、如月の心音がバクバクと強くなる。このままでは、心臓が破裂してしまうのではないかというくらいの、激しい音だ。
「ね、ねえ」
「大丈夫です……そのままで、お願いします」
「わ、分かった」
突然人が変わったような気配を感じて、響は背筋を伸ばした。
「これから、あなたが周りに本音を話さなかったときの、未来を見せます」
「……他の人間も共有できるのね」
「ええ、一人一回までですが、それでも使える力ですので」
「そうね。お願いするわ」
「かなり辛い場面が流れますので、覚悟してください」
真剣な表情で響の目を見る如月に、響は目を合わせたまま頷いた。
「分かったわ」
響は動じずに答える。如月は、少しだけ戸惑ったが、すぐに表情を変えて目を瞑った。
「……影纏」
如月が小さく呟くと、心臓か影が飛び出して、如月を覆っていく。
影を纏った如月の姿は、端的に言えばシスターだ。ただし、おでこには虹色に輝く大きな瞳が開いている。息を飲むほど恐ろしくも、美しい。ところどころ、ひび割れたステンドグラスの欠片が修道服に装飾されている。右手には、何重にも枝分かれした杖を持っていた。
「彼女に視せて、目枝……先に立つ後悔」
「ぐっ」
響は一人、未来を見た。
自分が、本心を打ち明けない場合の未来。
泣き叫ぶ仲間の姿と、咆哮する化け物たちが視える。
仲間の悲鳴と怒号、化け物たちの咆哮が入り混じる阿鼻叫喚の地獄。
だが最も響の心に残ったのは……徐々に小さくなっていく、心音の静けさだった。
「いや……いやあああああああ!」
目を閉じても、耳を塞いでも、脳裏に焼きつかせに来る。
響は、自身が愚かな選択をした道筋を、延々と見て、聞き続けた。
◆◆◆◆木花凛◆◆◆◆
「初めまして~、木花ちゃんね~」
「そう」
「日葵優子でーす。よろしくね~」
「よろしく」
凛は、不機嫌をいっさい隠さずに日葵に挨拶をして、また黙った。日葵はそれを気にする様子はなく、凛に遠慮なく近づいて頭を撫でる。
「……なに」
「ふふ、わたくしの妹を見てるみたいで~、ついね~」
「やめて」
「お姉さんに不機嫌な理由を教えてくれたらやめてあげる~」
凛は頭をずらしたり、日葵の手をどかそうとするが、力が全く足りない。しばらく格闘していたが、無理だと諦めて大人しく座った。
「ふふ、可愛いわね~」
「……」
理由を言うまで、絶対に手を頭から離さない圧を感じる。不要な圧だが、撫でられ続けるのもいい気がしないので、仕方なく理由を話す。
「水を掛けられたら、不機嫌にもなる」
「うーん、それも一つだろうけど、本音は違うわよね?」
「……」
凛は口を一文字に閉ざす。視界が揺れて、膝を抱えて頭を隠すように俯いた。喉から何かが込み上げてきて、瞳に涙が溜まる。
「だって……」
その声はとても小さく、いじけている子供のようだ。
「靭が、暴力振るったから」
「隊長さんよね~。それと、あなたのパートナーね~」
本音を話したからか、日葵は凛の頭から手を離した。
「よいしょ」
凛が膝を抱えていると、日葵が凛の隣に座る。似たような光景を、凛は思い出していた。立場は逆転しているが、靭が目を瞑ってるところに、凛が無遠慮に座った時のことだ。
日葵が隣に座って面倒くさいなと思った時、靭もそう思っていたのだろうなと想像してしまう。目が合って、あからさまに目を瞑ったのだから、そんなことくらい分かる。
「深海隊長も、やりたくてやったわけではないと思うのよ~」
「それは……分かってるけど」
靭が好きで暴力を振るう人間とは思ってない。カルを攻撃しようとしたときも、守大が来ていると分かっての行動だった。仲間意識もあるし、女性には優しいから、デコピンで済ませたのだろうことも。
「他に理由があるのね~、木花ちゃん」
「……わたしを見る目が、いつもと違ってた……影を発現してから、ずっと」
「あら」
目覚めた時から、実戦形式の時まで。凛は、靭が違う誰かを遠くに見ているような、そんな感覚がした。気のせいではない。
凛を見る目は優しいし、『好き』という感情はもとからそこまで感じていないとしても、優しさはあった。それに、靭は凛だけを見てくれていたのだという自負もあったのだ。
今までは。
『わたしを見てくれていたはずだったのに』と、凛の心が折れそうになる。
「……疲れちゃった」
「大好きなのね~、深海隊長のこと」
「大好きなんてものじゃなかった……何をされてもよかったのに……」
「あら」
ゆっくりと、影が凛を覆う。どこまでも暗い闇の黒、覆い被さるのではなく浸食するように、凛を飲み込もうとする。
「わたしを見てくれるなら、好きでなくてもよかったのに……」
凛の体からだけでなく、訓練場の床にも影が溢れ出す。壊れた蛇口のように、止めどなく溢れ出す。止める術など本人が知る由もない。感情のままに全てを吐き出そうとすればするほど、影の浸食が広がっていく。
凛の心を表すように、影から茨がうねうねと生まれだす。凛を守るように囲う茨と、柵のように外側に作られる茨が出来ていく。人を傷つけることはないが、いつ暴走してもおかしくない状況だ。
「あらあら~、困りましたね~」
その様子を、日葵は焦らず微笑んで見ている。足元に凛の影が流れ込んでも気にする様子はないし、茨が日葵に触れてもお構いなしだ。茨で日葵が傷つく前に、日葵の影が日葵を守るために纏っているから。
「どうして、深海隊長は木花ちゃんを見てくれなくなったんでしょうね~」
のほほんとした声で、凛に問う。凛は、『そんなの、わたしが知りたい』と思った。だが、答えてくれる人はいない。本人に問うのも怖いから、こうして一人で考えて傷ついてる。負のループ状態だ。
「わたくし、思うんですけど~。木花ちゃんは、歪ですよね~」
「……どういうこと」
凛は、日葵の言葉に顔を上げる。泣き腫らした目で冷たく日葵を睨み、苛立ちを隠さない冷たい声で問いかける。しかし、日葵は気にしない。むしろ、やっと顔を合わせてくれましたねと言うように、手を合わせて凛を見つめている。
「いえね、これだけ影を発現できるのに、影纏が出来ないのは変だなーって~」
「……わたしだって、知らない」
「ん~、感情と影の出現量は、比例しているんですよ~。ほら、今しごかれてる深海隊の男の子たち、いい感じに感情が剝き出しで、影纏ができるのに……木花ちゃんは違いますよね~。影纏になってません」
「だからなに……何が言いたいの」
今の凛には、場違いなほど穏やかな日葵の口調が、どうにも癪に障った。突然現れて、偉そうに求めてない助言をしてくる。今の凛には、日葵は疎ましくて仕方がない。
「木花ちゃん、あなた……」
空気が変わる。
凛は、これから日葵の口にするであろう言葉に体が固まった。日葵の空気が変わったわけではない。それ以上は言うなと、凛の感情が苛立ちから焦りへと変わったのだ。
日葵は、凛の空気が変わったことで、核心を突いた笑みに変わる。
「やっぱり、自分自身すら騙してしまうほどの嘘をついてるんですね」
「……はぁ……はぁ……はぁ……なに、言って」
心臓の鼓動のリズムが不規則に変わり、胸が苦しくなり、喉が詰まり、血の気が引いていく感覚に襲われる。やっとのことで吐いた言葉も、苦し紛れの言い訳にすら聞こえた。
「ああ、やはり、そうなのですね~。初めて影纏をすると、暴走状態になるんですけどね。その時に、もっとも見たくない過去の出来事が、夢として出てくるんですよ~」
「ゆ、め……かこ……の」
日葵の言葉を反芻する。
凛の脳裏に、壊れたテレビで流れたビデオのように、砂嵐のかかった映像が流れる。
「木花ちゃん、本当の自分を見つけましょう」
「……」
凛は答えない。
答える余裕がなかった。もう、凛の意識は、この場にない。
「あら……ダメな子ですね、影さん。凛さんのためを思うなら、抵抗せずに」
茨が日葵を遠ざけるために凛をさらに囲おうと動くが、日葵がそれを軽々と払いのける。
「さすがに、少し鬱陶しいですね~……影纏」
日葵の心臓から、影が出現する。
日葵の体に纏い、一瞬にして変化した姿を見せた。
白い軍服が、白い長袖のシャツと大きめのパンツに変化する。白い麦わら帽子と、植物で出来た白いサンダル。体には黒い蔦や花、蕾が巻き付いている。
モノトーンの日葵が、姿を見せる。
「ダメですよ。貴方は、貴方ですから。わたくし、貴方が本当の貴方を思い出すまで……ずっと傍にいますからね?」
日葵が茨に触れれば、白い花と蔦の植物が茨の動きを完全に停止させた。
凛は何も答えず、ただ虚ろな目で日葵を眺めているだけ。
日葵は、そんな凛を包み込むように優しく抱きしめる。
「しばらく、二人きりでいましょうか」
日葵は凛が溢れさせた影を美しい白黒の花々が咲く草原に変え、凛を囲う茨の球体を花と蔦のドームに変えた。
「男子禁制の……乙女の花園に」
二人は植物で出来た繭へと身を隠す。
お読みいただきありがとうございます。
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