第33話 戦場
「よお、やってるみたいだな」
前回会った時とは違い、とてもフレンドリーな笑顔を向けてきた。とはいえ、何故だかニヒルな笑みではあるが。
「どうも……えっと」
「ああ、すまない。名を告げてなかったな」
そういうと、後ろの五人が前に出る。
「俺は火山豪だ。よろしくな」
「深海靭です。よろしくお願いします、火山さん」
火山豪。赤髪赤目の短髪軍人。どすの利いた声の火山は、靭に手を差し出す。靭はその手を取り握手を済ませる。力強く手を握りしめられたので、靭も手を強く握った。
「いい力だ。さすがに、隊長を任されるだけはあるな」
「はは、どうも」
この軍には、握手で人の強さを測る習慣でもあるのであろうか。靭は思わず、面倒だなーという苦笑いを浮かべた。
「わたくしは、日葵優子でーす。よろしくお願いしますねー、深海隊長」
「えっと、よろしくお願いします。日葵さん」
日葵優子。オレンジ色グラデーションの長髪、眠くなりそうな緩い声と話し方で、ふんわりと笑顔を浮かべた。軍人とは思えない緩さに、靭は頬を掻き、戸惑いながら握手に応じる。
「天音静流です。どうぞよろしく、深海後輩」
「は、はぁ、お願いします、天音さん」
「天音先輩と呼んでもらってもいいかい?」
「あ、はい、天音先輩」
「うん、いいね」
天音静流。アシンメトリーの黒髪、黒目。中性的な顔つきで、男とも女ともとれる顔だ。声までも中性なため、どう接するか迷う。今わかることは、タバコの差し入れと、後輩呼びと、先輩呼びさせる、ちょっとおもしろい人間ということだけ。
「岩倉巌だ。よろしく頼む」
「よろしくお願いします、岩倉さん」
岩倉巌。とにかくデカい。守大よりもデカい。二メートルはあるだろうか。茶髪の七三分けスタイルで、一重の無表情。握った手は、名の通り岩のようだ。
「やっほー、豹藤ねいるだよー! 爪に愛って書いて爪愛だよん。よろしくね、深ちゃん」
「は、はい。よろしくお願いします、豹藤さん」
「硬いぞー、深ちゃん。アーシは深ちゃんより位が低いんだから、もっと砕けてけ!あと、アーシは名前呼びが常だから。そこんとこ、シクヨロー」
「わ、わかった、爪愛さん」
「うんうん、いい子だね、深ちゃん」
豹藤爪愛。ギャルだ、まごうことなきギャル。褐色の肌に、濃いメイク、金髪の垂れ目。あっち系の漫画に登場するくらい濃いキャラだ。
「き、き、き、如月、み、み、み、未来ですーーー!!!お、お、お願いしますです、はい、深海隊長さん!!」
「よ、よろしくお願いします、如月さん」
如月未来。白い髪を目元まで隠しており、目が見えない。めちゃくちゃオドオドしてて、靭の方が申し訳ない気持ちになる。
「じゃあ、お前ら、あいつらの相手してやれ」
火山がそう指示すると、五人は気を失ってる凛たちの元へ向かった。
「えっと、これは」
「ああ、俺たちは十善寺隊の一員でな。深海隊の面倒を見るように言われてきたんだ」
そういわれて、靭は一瞬だけ目を開いた。
「そうなんですね。十善寺から、そういう話は出なかったので」
「まあ、花火はそういうのしないからな。許してやってくれ」
「いえ、怒ってるわけではないので」
バシャーン――大量の水が落とされる音が、靭の耳に届く。どうやら、誰かが気絶してる凛たちに水をぶっかけたようだ。ここに水場はないので、誰かの能力だろう。
「……十善寺隊って、容赦ないですね」
「はは、悪いな。静流は、男女平等主義なんだ」
「ああ、でも、特に気にしてないです。遅かれ早かれ、俺も似たようなことしたでしょうし」
「助かるってか。はは、確かに、お前さん少し変わってるな」
なぜ笑われたのだろうかと、疑問に思いながらも、特に突っ込むことはしない。
「ところで、火山さんはなぜここに?」
他の五人が、全員の相手をするのだろう。ただ、そうなると、火山がここに来た理由が、靭には思い浮かばなかった。
「ああ、そう、それな。お前さんは、地上で戦えって花火から来たぞ」
「それは、また……突然ですね」
育成と言いながら、すぐに別行動とは。あまり十善寺の言葉は信用しないほうがいいなと思った靭である。
「そうだよ。なに、簡単な雑魚退治だそうだ。実戦を経験していない隊長はどうなんだって、戦原さんがな」
「ああ、あのおっちゃんですね」
握力ゴリラの戦原凱導。あの人にはあまりいい思い出がないので、靭は十善寺が口走っていた呼称を悪用した。
「はっはっは、これは間違いなく隊長格だわ」
火山が靭の言葉を聞いて、膝を叩き、涙を流して大爆笑している。意外と表情が変わる人なんだなーと、靭は観察するだけだ。
「はー、笑った。ほんじゃあ、まあ、行きますか」
「あ、はい、お願いします」
「ため口でいいぜ、俺も25歳だしな。靭って呼んでも? 俺は豪でいい」
正直、同い年には見えなかった。イケメンだとは思っていたが、貫禄があるのだ。いくつもの戦場を乗り越えてきた空気がある。あとは正確に言えば、タメではないのだろう。靭の時間は数年間止まっていたが、豪の時間は進んでいたのだから。とはいえ、そこまで野暮なことは言わない。こういうのは、気分なのだ。
「もちろんだ。ならこちらも遠慮なく、豪と呼ばせてもらうよ」
「そうそう、それでいいんだよ。俺は先輩だけど、深海は俺の上官みたいなもんだし、お互い様だ」
「確かにそうだが、転職してきた偉ぶる後輩にはなりたくないな」
「はっはっは、いい例えだな。確かに、それはうざいか」
二人は旧友のように、訓練所から出た。
「それにしても、久しぶりだよ。こうやってタメのやつと、気軽に話せるのは」
「そうなのか。近い人間はいないのか?」
「あんまり見かけないな、前線張るタメは、みんな死んだしよ」
「そうか」
靭が目覚める前から、戦いは続いていた。そういうことがあっても不思議じゃない。
「まあでも、それでもタメは珍しい」
「同い年は、なぜかそういう気持ちになるよな」
「そうなんだよ。分かってくれるじゃねか、靭」
急に肩を組み始める豪に、靭はただ笑みを浮かべるだけだ。たしかに、こういう関係は稀だし、靭としても懐かしい気分になる。
「まあな。学生時代に戻った気分だよ」
「たしかに。まさか、世界がこんなことになるなんて思わなかったしよ。ま、頼りにしてるぜ、靭」
「精一杯、やらせてもらうさ」
「いいね。俺は好きだぜ、そういうの」
そうして親睦を深めながら向かったのは、靭が十善寺から説明を受けた作戦室だ。
「入るぞ、花火」
「どーぞー」
扉の奥から声が聞こえたので、豪と共に作戦室に入る。
「やっほー、深海隊長」
「ああ」
「じゃあー、さっそく始めようか」
ブオンとホログラムが展開された。
「いやー、困ったことにさ、結構大群で第一変異型が来ててね。奴さんも、とうとう本気でくるみたい。これは、その前兆だろうね。まあ、近接型だから、怖くないんだけどさ。数が多いのは面倒だろ? だから、ここにいるメンバーで一網打尽にしてやろうかなって!」
「おい、待て、花火。三人しかいないぞ?」
豪が鋭い目つきで十善寺を睨むが、十善寺は『え』と言いながら固まる。
「三人で十分でしょ?」
「……そうか。お前がそういうなら従う」
靭は苦労してるんだろうなーという視線で豪を見た。実際、ため息を吐いて壁に寄りかかっている。苦労人の姿だ。豪の貫禄は、戦闘だけではなく、十善寺の相手も含まれているのだろうなと、靭は思った。
「じゃあ、行こうか。ちょっと距離があるし、車で飛ばしていくよ。あ、運転手はいるから安心してね。さすがに、数少ない車を無駄にできないから」
「わかった」
「いいね、何も口を出さない感じ」
「やれることをやるだけだ」
「そっか、じゃあ、行こうか」
三人は、さっそく目的地の場所まで、向かう。
靭にとっては、初めての戦場で、外の世界だ。
「この車って……浮いてないか」
車は見たことある形だが、タイヤがなく浮いている。未来の車が、目の前にあった。
「すげーよな。XENOSから採れる結晶のエネルギーを使って浮いてるらしいぜ」
「そこまで高度は出せないけどね。目的地までいくにはちょうどいいのさ。前の車じゃ通れないほど、地形がグチャグチャだからねん」
「そうか……」
「お三方、行きますよ」
運転手に急かされたので、浮遊車に乗り込む。
浮遊車は風のように流れながら進む。
靭は、浮遊車から流れていく景色を見る。
荒廃した世界、という言葉がぴったりな光景だった。木々はなく、破壊された地面だけが残る悲惨な現状。辺りには、XENOSが死んだときに生成される、巨大な石のような見た目をしたXENOSの死骸である宇宙石も転がっている。
本当に戦争してるんだなと、他人事のように思った。
「海を越えるんだな」
「埼玉の半分と、東京、神奈川が海に沈んだらしいからね。拠点近くで戦うわけにもいかないしさ。さすがに、海は越えてこないみたいだし」
耳を塞ぎたくなる事実だが、靭は飲み込んだ。過去は変えられないし、今はやるべきことがあるからだ。
「……目指してる場所は?」
「たぶん、山梨だよ。海を直線で突っ切るから、すぐにつくよー」
「そうか」
海に沈んだ埼玉の一部と、東京、神奈川。とてもではないが、信じたくない事実だった。
「まあ、分かるよ。俺も聞いたときは信じられなかった」
豪が力なく笑う。
「だな」
靭はただただ、頷くことしかできない。
「さあて、目的地だ」
本当にあっという間だった。なにせ、普通に眠っていたからだ。移動時間しか寝れないと言われたので、おとなしく眠りについた。寝て起きれば、目的地。
「十善寺さん、わたしは一度戻ります」
「うん、気を付けてねー」
浮遊車が去っていく。ものすごいスピードだ。乗っていた時は気付かなかったが、かなりのスピードが出ていたらしい。
「じゃあ、手分けしようか。ボクは、あっちね。打ち上げ花火を上げるから、それが終わるまでは狩り続けてね。二人は向こうか、その向こうに行ってね。じゃあ、またねー!!」
言いたいことだけ言って、十善寺は二人のもとを去っていった。
「いつもこんな感じか?」
「雑魚相手ならな。さすがに、第三変異型の時は協力するさ」
「やっぱ強いのか、第三変異型は」
「そうだ。だから、俺たちはT3Vになった」
今まで戦ってきた豪がそういうのだから、間違いないだろう。
「といっても、第一変異型が弱いかと言われれば否定するがな。気を付けろよ」
拳を前に出してきた豪に合わせて、靭も拳を合わせた。
「お互いにな」
「おう」
豪は、真ん中の方を選んだため、靭は一番遠い所へと向かう。
ここはまだ、そこまで荒らされていないからか、木々が周りに残っているし、地面も荒れ果てていなかった。まあ、それも時間の問題だろうが。
XENOSと遭遇するのに、時間はかからなかった。
少し歩いただけで、すぐに見つけることができたのだ。
「ふむ……実物を見るのは初めてだな」
「……」
八面体の結晶を肩に二つ埋め込んでいるXENOSに遭遇した。全長は3mと言ったところ。体はもちろんデカい。筋肉の塊みたいな敵だ。顔は爬虫類で、全身に鱗を纏っている。腕は四本。巨大な拳をぶら下げて、うろついていた。八面体の結晶は、結晶頭の化け物で相手にしたが、それよりも強いことを靭は肌で感じる。
「影纏!!」
靭が叫ぶと、心臓から黒い液体、影が飛び出す。
「業讐!!」
『やるぞ……ジン!』
スーツ姿の靭が姿を見せ、ネメシスが決め台詞を放った。
「……ああ」
どうやらネメシスは、特撮ヒーローのような掛け声を響と吟時に冷めた目で見られたことを、密かに気にしていたらしい。なので、他には声が聞こえないからと、脳内で自分で言い始めたようだ。靭は響と吟時に割と本気で感謝した。
「BAAAAAAAAAA!!!」
『ふむ、一度攻撃を受けてくれ』
「ああ」
足は遅いが、体がデカいせいで速度があるように感じる。木々をなぎ倒しながら、靭の元へと迫ってきた。
「BAAAAAAAAAA!!!」
「BAAAAAAAAAA!!!」
「BAAAAAAAAAA!!!」
その少し後ろからも、三体の四本腕XENOSが続いている。
「なんか、多いな」
『だな。まあ、攻撃力次第だな』
「BAAAAAAAAAA!!!」
靭の元にたどり着いた先頭の四本腕XENOSが、信じられない速度で四本腕を巧みに操り、靭を殴ってくる。体の動きは遅いが、腕を振り回す速度は段違いだ。
「うおおおおお!」
四本腕の攻撃を受けながら、靭も四本腕XENOSに反撃を繰り返す。だが、靭が与えるダメージは微々たるもので、靭の体の方が傷ついていく。靭の拳は砕けて、腕の骨まで折れてしまう。胴体にも攻撃を受けて、内臓が潰れた音が聞こえた。
『もう、いいぞ』
ネメシスから声がかかると、靭は後ろに飛んで距離を取った。
ぺっ――靭が口から血の痰を吐き捨てる。
「手と腕の骨、内臓のどっかがやられたな」
『そうだな。弱くないが……』
「ああ。もう、敵じゃない」
自己治療で、体が回復するのを待つ。避けることだけに意識を向ければ、回避自体は容易い。回避しつつ、動きや、パターンを見極める。
『よし、いいぞ、ジン』
「じゃあ、やるか」
『ああ、反撃開始だ』
四本腕XENOSから距離を取り、膝を曲げて深く体を沈めながらも、視線は真っすぐ標的を睨んでいる。
ダッン――その場にいたはずの靭が、消える。
靭は、すでに四本腕XENOSの顔面の前にいた。あまりにも速い動きに、四本腕XENOSは身動きが取れずにいる。
靭に装備された骨のガントレットが赤黒く光り、ギギと音を立てる。まるで、拳が解き放たれるのを待っているかのように、筋肉が軋む音を立てていた。
「うらあ!」
「BAA――」
拳が頭に命中すると、四本腕XENOSの頭部が弾け飛んだ。途中まで靭の耳に届いていた耳障りな声が、くぐもった破裂音へと変わる。
『次だ』
「ああ」
ネメシスがそう告げると、靭は四本腕XENOSの体を蹴り上げて、次のXENOSを殺しに向かう。
圧倒的だった。
四本腕XENOSの初撃こそダメージを負ったが、今は速さで上回り一撃で葬っていく。
『どれ、最後は真正面から分からせてやるといい』
「ふ、嫌な奴だな、ネメシス」
『そうであろう。こんなやつより、我の方が強いと証明せねばならん』
「了解」
靭はあえて、四本腕XENOSの前に立つ。
「おら、来いよ」
「BAAAAAAAAAA!」
最初と同じく、力比べが始まる。
「BAAAAAAAAAA!」
「うおおおおおお!」
靭が拳を振るえば、四本腕XENOSの拳が、一つ、また一つと砕ける。先の戦いとは違い、今度は四本腕XENOSがダメージを負う。
『もういいぞ。我は満足だ』
「ああ、了解」
靭は、拳が砕け、腕をダラリとぶら下げる四本腕XENOSの懐に入り、跳んだ。
「じゃあな」
「BAA――」
パァンッ――四本腕XENOSの頭が弾けた。
『うむ、いいな。肉体が強化されていく。この調子で進めよう』
「……そうは言うけどさ」
すでに完治した拳と、修復された骨のガントレットを眺めて、靭はちょっとだけ愚痴をこぼす。
「痛いんだよなぁ……」
『強くなるために、我慢だな』
「……うっす」
容赦のない相棒の言葉に、弱弱しく声を出し、顔を上げて蠢く黒い空を見上げる。
その横顔には一滴の雫が流れていたが、靭の身を案じる者などいないのであった。




