第32話 実力差
第三章スタートです。
「ぬあああああ、できなああああい!」
訓練場で、真っ赤に染まったウルフヘアーのカルの叫び声が木霊する。駄々をこねる子供のように、その場でバタリと倒れて、体をばたつかせていた。本当に、20歳なんだろうかと心配してしまう。
「……体全部に影を纏うのは、難しいですね」
金髪で短髪のスリム化した守大もまた、影を出すのに苦戦していた。こちらは、全身に影を纏うことができていないようだ。
「影纏でしたっけ。一応、全身に影を纏うことはできますが……」
黒の長髪を一本に束ねている吟時は、全身に影を纏うも、一瞬で影が元の心臓部に戻ってしまう。
「あー……イライラするわ」
素の声ではなく、高い声でイラつきを隠さない。ヴァイオレット色の髪を靡かせるエルフのような姿をした響は、8割ほど体に影を纏っている。ただ、初めて影を発現した時と比べると、まだまだと言ったところ。
「疲れた」
緑をベースに四色が映える凛は、コテンとカルの横に倒れた。影を全身に纏ってはいるが、響と同様に前回の姿とは程遠い。影のドレスではなく、影が軍服に張り付いている状態というべきか。軍服が白から黒に変わるため、影纏にどれくらい変身できているのか、非常に分かりやすい。
「まあ、おおむね予想通りではあるが……どうしたもんかね」
深海の色の無造作ヘアーを掻いた靭は、顎髭に触りながら、途方に暮れていた。
時は、少しだけ遡る。
影発現者を見つける篩を掛けたデスゲームに、合格した数日後。
靭の部隊は訓練場に集結していた。靭が率いる部隊の隊員は、十善寺が伝えていた通り五名。
赤月カル、黄土守大、木花凛、黒曜吟時、紫苑響。
そして、隊長の深海靭。
これが、深海靭の部隊だ。
靭は、今までのデスゲームや、自分たちの体に共生する影を生むXENOや、これから戦う地球生命体XENOSについて一通り説明した。あとは、白の軍服も渡している。カルは大喜びだったが、それ以外のメンバーは微妙そうな顔。まあ、規定なので着るしかない。今も、各々のサイズに合った軍服を着て訓練中だ。
感動の再会もそこそこに、現在は影纏の変身を完全に習得するための修練に時間を割くと伝え、今に至る。
訓練所は、各部隊ごとに割り振られている。それだけこの宇宙船が広いということだ。
だが広いだけで、やることは影纏の習得以外にない。実戦は外に出ないとできないし、影纏に変身できなければ命に関わる。前回発現した影は暴走状態であり、あれでは実戦に使えないとのこと。使用者の意識は無いし、いつ暴走状態が切れるか分からないからだ。
部隊を率いたことがないとはいえ、さすがにそんな状態で戦場に出て、貴重な戦力を失うのは困るからと、こうして修練に励んでいる。
「仕方ないか……」
最初は、こうなるのが当たり前だと、十善寺花火から靭は聞いていた。その場合の対処法も、もちろん聞かされている。本当はやりたくないが、やらないと戦場では命に関わるため、やらざるを得ない。
「影纏!!」
靭が叫べば、ネメシスである影が心臓から飛び出してくる。一度習得した靭にとって、こうしてネメシス本体を出し入れすることは簡単だった。
「殺るぞ……業讐!!」
『ああ、さっさと終わらせよう、ジン』
お決まりの決め言葉で、影纏に変身した靭が姿を見せる。髪はオールバック、服装はネクタイ着用のスーツ、腕まくりされたスーツから見えるのは、ぐるぐる巻きにされた包帯と、骨の形をしたガントレット。
「……なあ、この言葉って」
『かっこいいな、ジン! これぞ、修羅だ』
修羅のイメージらしいが、どうにも修羅っぽさはない。特撮の変身シーンの様に、言葉を発するのが大変恥ずかしいのだ。
なぜって……。
「うわあああああ、いいなああああ!! 超カッコいい!!」
「お、男としては、少し憧れますね……その、ライダーみたいです」
「うん、カッコいい。スーツ姿、よく似合う。」
喜んでいるのは、絶対にこういう変身が好きであろうカルと、特撮が好きだったであろう守大、靭のことなら何でも肯定する凛。正直、尊敬の念のような物を感じるが、それすら気まずいし、恥ずかしい。
だというのに。
「姿が変わるのは許容しますが、自分は叫ぶのだけはちょっと嫌ですね」
「私もよ。あーあー、25歳になんて事させてんの」
現実を受け入れたくない大人2人組の言葉が、靭の胸に突き刺さる。
吟時は視線を逸らしてため息を吐いており、響は完全に呆れた視線だ。靭は、心で泣いていた。だが、今度はこういうことをするんだから、その時は思いっきりやり返してやろうとも心に決める。
「……まあ、感想はいいから。さて、この状態で、影を発現してくれ」
靭がもっとも懸念していた点。それは、精神年齢大人組が絶対に冷めた目をしてくると思ったことだ。それさえ乗り越えれば、あとはどうということはない。
(この状態で、凛たちにも影を発現させてやる)
すると……。
「おお、なんかできたよ!!」
「うん、さっきより楽」
「な、なるほど……そ、相乗効果があるんですね」
カル、凛、守大は、それぞれが白い軍服を黒に染めた様に影を発現させている。凛は少しだけ、暴走状態で見せたドレス姿になり始めていた。
「えー、凛ちゃん、この形の影かわいいね!!」
「ほんとだ。わたしは、スーツじゃないんだ」
「カルも、凛も、全員が全員、姿が違うぞ。カルは狼みたいだったし、凛は精霊、守大は騎士のような見た目だった。頭からつま先まで、影に覆われてたから真っ黒だったけどな」
靭の話を聞いたカルの影が、だんだんと形を変えていく。とても単純ですごくいいなと思ってしまった靭は、目を輝かせるカルを見て、思わず微笑んだ。
「みんな違うとか、ちょーいいじゃん! アタシもはやく変身したい!!
でも、真っ黒は嫌だ! 靭隊長みたいに、ちゃんとした姿で変身したいよ!!」
靭が隊長になったと嫌々告げたとき、カルは呼び方を即座に変えてきた。靭はまだ自分の『隊長』呼びに慣れていないらしく、顔を引きつらせている。
「お、おう、その意気だ」
「うん、頑張るぞー!!」
カルはもうノリノリだ。靭の影纏に影響されているからか、本人がやる気だからか、影の尻尾まで生えてきた。とはいえ、靭に引っ張られるだけでは駄目なのか、尻尾が生えただけでとどまってしまう。ただ、本人は『尻尾だ!』と喜んで触っており、凛もそれに触れている。大変微笑ましい光景だ。
一方で、冷めた視線を見せた大人組は。
「無理ですね」
「私も、何も変わらないわね」
「まあ、そうだよな」
影発現は、心の状態に起因する。つまり、影纏を見た状態で心が惹かれれば、影纏に引っ張られて他の隊員の影も発現しやすくなるということらしい。
つまり、カル、守大、凛には効果がある。吟時と響には意味がないということだ。
「とはいえ、このままだと連れていけないからな。響はそれでもいいだろうけど、吟時は嫌だろ?」
「当たり前です。自分は、お荷物ではありませんから」
一人称が変わったことについては触れない。言動には難ありだが、あの嘘臭い笑顔が消えたことだけはいい傾向だと、靭は思った。
「ちょっと、私だってお荷物は勘弁よ」
「なら、本当の自分を見せないとな」
靭はあえて口に出した。今、響が出している声は、靭に聞かせた掠れた低い声ではない。全員の前では、どうしてもまだ聞かせたくないらしい。本人も分かってはいるようだが、視線を逸らすだけだ。
「……それは、また考えるわよ」
「そうかよ」
響の影纏への変身には、まだまだ時間がかかりそうだなと、肩を落とす。時間も限られているため、なるべく本心は口に出していた方がいい。戦闘中に、声のことを気にしてる場合などきっとないから。
だが、今は訓練中だ。それに、心が壊れてしまっては、靭のように影すら発現できない状態になってしまう恐れもある。心の問題は、なかなかに厄介なのだ。
とはいえ、だからといって、何もしないわけにもいかない。
靭は、溜息を吐いてから、パンと一回だけ大きく音を立てた。
「うし、じゃあ、これから全員の相手を俺がするから、みんなはどうにか防いでくれ」
「ほう、いきなり実戦形式ですか」
「まあな。ぶっちゃけ、実戦形式の方が早いんだとさ。それに、俺は偉そうに指導できるタイプでもないしな。まあ、五人程度なら、相手にできるし」
靭は、あえて吟時の目を見て言い放った。吟時は、挑発されていることに気が付くと、好戦的な笑みを浮かべる。
「いいですね。そういう方が好きですよ、自分は」
「そうかい」
ひとまず、吟時はやる気になってくれたようだ。そのおかげか、影から刀が生まれている。戦うことが好きなのか、それとも弱い自分が嫌いなのか。今回は、暴走されても止められる力が靭にはある。どんとこいという気持ちだ。
「一対五は、危険だと思う。それに、靭は、わたしに手を出せる?」
「凛、悪いけど、俺は手を出すよ。さっきも言ったけど、この五人じゃ、俺に傷一つつけられないから、安心して自分の身を案じたほうがいいぞ」
「……そう。なら、私も本気で行く」
頬を膨らませて、凛は背中を向ける。靭が大好きな凛とはいえ、手を出すと明言されてしまえばムッとするようだ。そんな凛を、靭はただただ子を見るような視線で見送った。
「守大」
「あ、はい」
「凛だけじゃなくて、お前や、カルにも、それなりのことをする。守りたい人がいるなら、力を出し惜しみするなよ」
守大は、一瞬肩をビクつかせたが、すぐに頷いた。ただ、その目は本当にするのかという疑念の目ではあったが。
「は、はい……靭さん」
守大は、人に対してあまりにも優しいため発破をかける必要があった。
「靭隊長!」
「おう、カル」
「全力で行くから、靭隊長も全力でね!」
「ああ、もちろんだ。あとで、怒るなよ」
「怒らないよ! 全力には、全力で対処しないとね! じゃ、よろしくー!」
カルの言葉は軽いが、本人が問題ないというので、ある程度は力を出すつもりだ。ただ、靭が本気を出してしまうと、カルたちを殺してしまうため、もちろん手加減することになるのだが。
「ねえ、凛ちゃんにも手を出すって本気?」
「ああ、本気だ。嫌われてでも、体全身に影纏の変身をしてもらう。そうでもしないと、戦場に送り出されたら死ぬだけだ」
「……そう。分かったわ」
それだけ言うと、響は靭の元を去っていく。思うところがあるのだろうが、靭は深くは聞かない。影纏に変身するには、自分で考えて行動しないといけないからだ。
「うし、各々準備はいいか?」
全員が頷くのを確認した。
「じゃあ、本気で来い」
そう言うと、一気に駆け上がってきたのは吟時だ。少し、暴走してると言ってもいい。絶対に一人では勝てないのだから連携する必要があるのに、だ。とはいえ、これは予測していた。強さに固執する吟時が、特攻することなど目に見えていたからだ。
「はああああああ!」
影の刀を迷わず振り抜いた。影纏に変身する前の靭であれば、体を真っ二つにされてもおかしくない一撃。だが、今の靭は、他の隊員とは異なり、影纏状態だ。そのため、靭は特に避ける素振りも見せずに、手を前に出す。
「はは……早すぎる」
音もなく衝撃を吸収しながら影で作られた刀を掴んだ。先の行動が読めるといった吟時であったが、今の靭には通用しない。だから、簡単に刀を掴まれてしまう。
「なんだ、避けられもしないと思っていたのか。あまり嘗めてもらっては困るな」
靭が話している間も、吟時は刀をどうにか引き抜こうとするが、微動だにしない。
「ここが戦場なら、無駄死にだったぞ」
「っ!!」
靭は、吟時ですら目に見えない速度で拳を軽く振り抜いた。【く】の字に体が折れ曲がった吟時は、そのまま訓練室の壁まで一直線に吹き飛んだ。
『痺れる一撃だな、ジンよ』
「軽く振り抜いただけで、これか。まったく、自分の化け物加減には恐れ入るよ」
「おりゃあああああ!」
ギイイイイン――背後から近づいてきたカルが、靭に影の爪で攻撃するも、靭はカルの奇襲した切り裂きでさえも、容易に防ぐ。カルは驚きながらも、靭の体を蹴って、後ろに距離を取った。
いい動きではあるが、カルが距離を取った速度と、靭がカルに追いつく速度では、靭の速さが上回る。
「ありゃ、死んだ?」
「ふ、だな」
ゲームオーバーの言葉を吐いたカルに、靭は笑みをこぼす。そして靭は、吟時に出した以上の拳をカルに向かって振り抜いた。カルは恐怖のあまり微動だにできず、防御の形すら取れないまま固まってしまう。
「ぐ!」
「な、ナイス、マモタ!」
「さすがに、硬いな」
靭の拳とカルの間に、守大が割って入る。カルはその隙に靭から距離を取る。影を纏った守大の軍服が、鎧の形を成していた。カルを守るために影の力を強制的に引き上げているように見える。靭の攻撃をどうにか防いだ守大であったが、徐々に体が押されていく。
「及第点だな」
「ぐああああ!」
さらに力を入れた靭が、容易に守大の巨体を吹き飛ばした。地面に激突しながら転がっていく守大を見てから、視線の先を変える。
「残り、三人か」
少し離れた距離に、女性陣三人が固まっている。あまりの威圧感に、凛と響は身動きすら取れていない様子だ。カルは、靭の姿を捉えながら、守大と吟時の様子を窺っている。
「冗談キツイわよ、これ」
「そうだな、準備運動にもなってない」
少し距離が離れていた響が呟いた言葉に同意する。響は、目を大きく見開いた。さきほどまで50mは離れていたはずの靭が目の前に現れた感覚なのだろう。
「うそ」
「本当だよ」
靭が、ほとんど生身の響に向かってデコピンを放とうとした瞬間、体の動きが止まる。
「女の子に、暴力は駄目」
茨の影が、靭を抑えるように絡みついていた。痛みはないが、それなりの力をかけているのか、靭が動くたびに、ギチギチと千切れそうな音を立てている。
「ガブ!」
「へえ」
カルが瞬時に噛みつきに入った。すでにカルの影は軍服全てを覆い、口元まで影に纏われている。影によるカルの噛みつきは、窮地を救ってきたお墨付きの技だ。
靭の腕も、じんわりと血が滲み出ている。
「いい技だ。影纏に変身できれば、申し分ないな」
「ガブガブガブ!」
技が通ったことに喜びを感じているカルは、容赦なく靭に噛みついていく。
「ただ、あまりにも攻撃が通っていないようなら、一度引くべきだな」
ブチ――影の茨を引き千切った腕で、カルを掴んだ。
「ありゃ」
「じゃあな」
「キャン」
靭は目の前までカルを引き寄せてから、軽くデコピンを放つ。弱弱しい声を出して、カルは地面にコロコロと転がってやがて停止する。
「やりすぎ!!」
怒った凛が茨を大量に出して、靭へと猛攻する。鞭のようにしなり、茨の棘が威力を増して靭に襲い掛かってきた。しかし、靭はそれを容易くはじき返す。その手や、腕には傷一つない状態で。
「残念だが、その程度じゃ、痛くも痒くもないぞ」
「むう……負け」
「はは、潔いな」
「はう」
凛にもデコピンを放つと、カルの元まで一直線に転がっていく。カルの横で、ぱたりと動きを止めた。
「ちょっと、容赦ないんじゃない?」
「そうか? 随分優しい方だと思うぞ」
十善寺花火の話を聞いた靭は、まだマシな方だと思っている。十善寺が部下を育てるために、隊員の全員に危険な火傷を負わせたという情報を聞いていたせいだろう。それよりはマシなだけで、デコピンだけで人を気絶させる力があるのだから、響が文句を言いたくなるのも頷ける。
「ーーーーーーー!!」
響は、今までの鬱憤を晴らす様に、一人になった靭に向けて、耳をつんざくような甲高い声の絶叫を放つ。だが、靭は、特に動きを止める気配もないまま、瞬時に響の前に現れた。
「ちょっと」
「響、お前さんは0点だな。本気で来いと言ったろ」
「もう……さい、あく」
あえて響にだけチョップを落とすと、響はその場で倒れ込んだ。
「……」
靭は、周囲を見渡す。全員が倒れてピクリともしない。
「これさ、間に合うのかね」
『間に合わせないとだな。我の親は手強い。もちろん、その配下もな』
「だよな」
靭は、ゆっくりと歩いて全員を回収する。
「どうやって起こすかな」
十善寺には『水をぶっかけてやれ』と言われたが、さすがに気が引けるので、靭はひとまず待つことにした。
今の戦いで、影の発現が大きくなっていた者もいる。これなら、徐々に威力を上げていけばいいだろうと、割と容赦のないことを考えていた時のことだ。
「ん?」
訓練室の扉が開いた。そこから、ぞろぞろと入ってくる軍人たち。
「十善寺隊の者だが……はは、もう伸びてるのか」
そこに立っていたのは、以前に守大を回収した赤い髪の軍人であった。
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