表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
XNFA--ゼノファ--「ようこそ……地獄の最前線へ」  作者: アトラモア
第二章 XNFA--ゼノファ--

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

31/52

第30話 業讐の修羅


「っ!!」


 急に頭を引っ張られた感覚がしたと思ったら、突然元の場所に戻っていた。戻ってきたと同時に、荒い呼吸が漏れる。体が言うことを聞かず、その場に膝をついてしまった。ぼやけた視界で辺りを見渡して分かることは、黒と赤、それに少しの青の靄が存在している場所ということだ。靭は、ふらつきながら、どうにか立ち上がる。


「……戻ったん、だよな?」


 前にいた暗い空間ではないから、何とも言えない。ただ、少なくとも、現実でこのような靄が辺りにある場所に靭は行った記憶がないため、戻ってきたのだろうと思うことにした。


「……はぁ」


 冷や汗が至る所から流れ、手足が震え、心臓がドクドクと強く鼓動している。鮮明に思い出した記憶。フラッシュバックよりも強烈な記憶の追体験だった。


「凛……」


 【恋人の木花凛】の死体が、脳裏から消えてくれない。突然現れた化け物に殺された、靭の最愛の人。心の底から愛し、どんなことがあっても守ろうとしたかけがえのない人。苦しみながら死んでいった【木花凛】のことを思うだけで、火山が噴火し、大地にマグマが流れるようなドロドロとした感情が、今もなお、靭の体を巡っている。


「……」

「お前……」

「ああ、さきほどの影だ」


 そこに、一人と言っていいか分からない存在が、じっとこちらを眺めていた。恐らく、暗闇にいた仄かに光る影だろう。場所の空気感が変わったから、少しだけ人に近い形で存在している。


 靭は、自らを影と名乗った存在を睨んだ。


「お前が……凛を殺したのか?」


 考えられる一つを、靭は直球で答えた。化け物が実は生きていた場合だ。殺したと思ったが、殺せておらず、なんらかの要因で靭の中に入ってきたと考えた。


「違うと、否定させていただこう。まあ、目の前の怪しい存在を疑いたくなる気持ちは分かるがね」


 影と名乗った存在の声が、マイク越しで話す声ではなくなっている。ぶっきらぼうで声の低い女性の様な声で喋っている。目の前にいる人と、会話しているような距離感。その声で、靭の言葉を否定した。


「ほら、とりあえず、これを吸って落ち着くといい」


 影と名乗る存在は、靭にあるものを投げてきた。それを掴んだ靭は、すぐにその手元を見る。タバコだ。靭は苦笑しつつも、震える手とガタガタと揺れる口でタバコを咥えて火を点けた。残念ながら、その程度でごまかせる傷ではないが、吸わないよりはマシだった。


「……本当に、お前じゃないんだな」


 タバコを吸ったことで、少しだけ落ち着きを取り戻した靭は、影と名乗った存在にそう告げた。なんとなく分かったのだ。コイツが【木花凛】を殺した存在ではないということが。


「そうだ。直感で分かるはずだ。我ではないと。意識も記憶も共有しているからな、我らは」

「そういえば、そんな口ぶりだったな……ん?」


 吸っていたタバコに違和感を覚えた。少し焦げ臭い臭いと、メンソールの香り。ここ最近まで吸っていたタバコだと思っていたが、香りが違う。デスゲームが始まってから吸ったタバコは、花のような匂いがするからだ。


「これは……」


 箱を見ると、靭が吸っているのは会社員時代に愛用していたロングスリムのメンソールタバコだった。喉に流れるメンソールと煙の懐かしさに浸る。もう二度と、吸えなくなってしまったはずのタバコであった。


「懐かしいと思ったら、ここに来る前に吸ってたタバコか」

「言ったであろう。ここはお前さんの心の中で、我らは意識も記憶も共有している。今感じている怒りも、お前さんが愛用していたタバコも分かるのだよ」

「そうか」


 靭は、身を焦がしてしまいそうな怒りを誤魔化すためにタバコを吸う。徐々に冷静になってきた頭で、靭は影と名乗った存在に話しかけた。


「じゃあ、お前は何者なんだ」

「我は、そうだな。分かりやすく言えば、地球外生命体。要は、宇宙人だ」

「宇宙人ね……もう、本当に、何でもありだな」


 ハハと、乾いた笑みを浮かべる。靭が殺した化け物は、たしかに宇宙人と言われれば納得できた。今まで殺した化け物たちも、宇宙人と言われれば、宇宙人だ。


 宇宙人、二つの心臓、劇的な身体能力の変化、物語の様な能力。ここ最近、デスゲームを共に乗り越えた凛と名乗る女性と観た映画の内容と、ほぼ一致する。SFファンタジー、ローファンタジーの世界観そのものだ。


「お前さんは、いつから俺の中に?」

「あの這いずっていた黒い液体が、我だ」


 記憶を掘り返せば、靭は自分が意識を失う直前に黒い液体が這いずっていたことを思い出す。あの黒い液体が、目の前にいる影と名乗った存在の正体だ。靭は、もう一度質問した。その目は殺意に満ち溢れている。


「なぜ、そこにいた?」

「偶然としか言えない。我らは、その日、あの場所に落とされた。もう、それはそれは適当にな。地上に落とされた奴の形は二種類。化け物の姿をした奴と、我のように小さなスライム状の黒い液体で落とされた奴さ」

「落とされた?」

「そうだ。【木花凛】が殺されたあの日、宇宙に隠れていた宇宙船から全世界に向けて、二種類の宇宙人が落とされたのさ」

「……はぁ、嘘じゃないって分かるからこそ、混乱するな」


 靭は頭を掻きながら息を吐いた。これが作り話なら、とんだB級パニック映画だなと。でも、それは真実で、実際に起きたことだという。誰がそんなことを信じるのかと言われればそうなのだが、納得せざるを得ない。


 【木花凛】を殺した化け物の姿と、靭が最初に戦ってきた泥の化け物の姿は、類似していたから。


「話を続ける」

「ああ」


 靭は、新しくタバコを取り出して、火を点けた。それを見届けてから、宇宙人の彼は話し出す。


「ジンが最初に相手にしたのは、人間を殺すためだけに作られた化け物だ」

「……凛が殺されたのは」

「侵略に邪魔な人間を殺した。凛は、そのうちの一人だった……それだけだ」

「……そうか」


 言いたいことはある。でも、文句を言ったところで、何かが変わるわけではない。宇宙人と名乗った存在は、すでに地球に降りているのだから。ただ、靭にはどうしても気になることがあった。


「なあ、あの化け物は、本当に死んでいたか?」

「ああ、やつは死んでいたよ。我がこの目で確認している」

「そうか……なら、よかった」


 まだ生きていたとしたら、殺す気持ちだったが、あの日にしっかりと殺していたようだ。敵討ちが済んでいると分かると、靭は少しだけ、胸のつっかえが取れたような気分になった。


「それで、凛が死んだ日に、宇宙人が降りてきてたんだな。でも、その割には異常はなかった気がするぞ。交通機関も……そういえば、かなり遅延していたか」

「まあ、その日は静かに降りたからな。夜中から人間を殺すための毒を撒いていたのさ。ジンのように動ける人間はそれなりにいたみたいだが、かなりの人間がその時点で死んでいる」

「一日で、そんなことになっていたのか」


 靭は、あの日のことを思い出す。たしかに、人が少ない印象だった。こんな珍しい日もあるのかなんて思っていたが、そうではないようだ。


「そうだ。この程度の文明規模なら3日で侵略できると、我を生んだ親が話していた」

「……それは、また、とんでもない化け物だな。ああ、まあ、実際に化け物だったか」

 

 『こういうのは、ゆっくりと進めていくものではないんだな』という他人事の感想が浮かぶ。


「そんなゆっくり侵略なんてしないさ。蜂の巣を駆除するとき、ちまちまと一匹ずつ処理なんてしないだろ。一気にやるのさ、こういうのは。毒でもなんでも使って、素早く、気付かれぬうちに済ますもんさ。それで終わりだからね」

「……なるほど、呆れるほど合理的だ」


 なんとも呆気ないなと思う。ただ、宇宙から現れた存在だ。地球の文明よりも発達しているのは、火を見るよりも明らか。他の宇宙から来た文明なんだ、格が違うのだろう。


「まあ、そうはならなかったわけだがね」

「……ああ、そうか。たしかに、俺たちは生きてるのか」


 当たり前のこと過ぎて気付けなかったが、深海靭はこうしてここに存在している。そのほかにも、デスゲームで集まった人々や、それよりも前にいたであろう十善寺たち。彼らも生きて、ここで生活しているのだから。


「完全に侵略はできなかったのか」

「そういうことだ。人間というのは、意外としぶとい生き物のようだ。現状、生き残った人間たちが、地球を取り戻すために戦ってるって訳だ」

「……この力は、本来はお前たち宇宙人のものだったのか」

 

 そう言うと、影と名乗った存在は声を高らかにして告げた。


「そうだ。ジン、お前のその力、吸収と強化。それは、我の力だ。どうだ、中々の力であろう」

「そうだな。敵にいたら、厄介な力だ」

「そうであろう、そうであろう。 ジンなら分かってくれると思っていたよ」


 楽し気に、そして誇らしげに語る影と名乗った存在。しかし、すぐに空気が変わった。


「だというのに、我を生み出した親は、我を捨てた。吸収と強化はまだいいが、自己回復がないなら、欠落品だと言ってな。強化させるにも、コストがかかると抜かしていたな」


 空気がヒリつく。心底憎らしく、怒りを帯びている。靭もまた、その空気に飲み込まれるように、憎悪が増す。感情が、影と名乗った存在に引っ張られている。


「殺されたのか?」


 影と名乗った存在から、そういう空気を感じ取った靭が、眉をひそめて聞いた。


「いいや。地球侵略には役立つと、地上に投げ捨てられた。不完全体といっても、それなりの力はあるからな。それに、廃棄するにも、それなりの材料を使うから面倒なのだろう。宇宙船にも限りがあるからな、不法投棄というやつだ。地球を侵略する道具を不法投棄した。それだけだ」

「そうか」


 数奇なものだなと思った。本当は敵だった奴が、今では人類の味方となっているのだから。親に捨てられた。その怒りは、影と名乗った存在には屈辱だったらしい。


「作られた我らの本体は黒い液体だが、形を保つためには、何かしらの生物を乗っ取る必要があるのだ。そういうふうに作られたからな。とはいえ乗っ取るのは、死体では意味がない。生きてる生物で、それなりの大きさがないと駄目だ。地球に落ちてきたときは、脆弱だ。なんせ、宇宙から落とされたのだからな。頑丈といっても、限度がある。地上に着いただけで、死んだやつもいる。運よく生き延びても、踏まれたり、化学物質を撒かれただけでも即死だからな」


 宇宙から放り出されたのだ。たしかに、生きてる方がおかしいレベルだ。大気圏も通っているのならなおさらだろう。


「よく生き延びたな」

「近場に液体が溜まっていたのでな、上手く衝撃を殺せた。なにせ、液体だ。運が良かったのさ。我も、ジンもな」


 そう言われると、靭は肩を落とす。影と名乗った存在には、生き残れたのは運がいいことらしい。意識を共有しても、人間の心までは、完全に理解できないようだ。


「……俺は、その場で死んでいた方が、きっと幸せだったよ」

「それもそうだな。すまない」


 どうやら靭の感情を読み取ったのか、素直に謝る影と名乗った存在に、靭は思わず苦笑した。


「いや、いいんだ」


 合理的な判断をする宇宙人とは思えない謙虚さだったから。侵略する側の生物だ。傲慢な性格だと思っていたが、そうではない。なんというか、人間らしさを感じる。


「なぜ、苦笑する?」

「いや、地球を侵略してくるやつとは思えない発言だったからな。気に障ったなら謝る。悪かった」


 たしかにと、同意するような意識が感じ取れる。また、少し驚いて笑っているようだ。向こうも無意識に謝罪していたらしい。まったくもって、人間臭い生物であった。


「ある程度、我のことを分かってもらえて何よりだ。さて、ジンよ。そろそろ、本題に入らせてもらうがいいかな」

「手を貸してほしいんだろ」


 ジンがそう言えば、影と名乗った存在は肯定の意を示す。 

 

「我と手を組んでほしいのだ。共闘の提案だよ。我は復讐のために、お前さんは地球を取り戻すために」

「たしかに、話の流れだとそうなるか」

「そうだ。悪い取引ではないだろう」

「それは、そうだ。現に、お前さんの能力のお陰で、俺はここまでたどり着けたわけだしな」

「そういうことだ。話の分かる男で助かるよ。共に、我らと戦おうではないか」


 我らという言葉に対して、靭は反応する。


「我らってことは」

「そうだ。我と同じ存在が、このデスゲームを生き残ったというわけだ。影を発現させるレベルだからな。寄生した人間と相性が良かったのだろう。奴らもまた、我のように自我を持っている。上手く混ざり合えたんだろう」

「混ざり合えたね」


 普通の人間にはもう戻れないんだなと思えた。元からそう思っているが、真実を知ると、多少なりとも動揺するのが人間だ。まあ、もう元人間というべきかもしれないが。


「その通りだ。黒い液体には、我のような自我がある。意識を共有するということは、あまりにも相反する人格だとしたら拒否反応が起こる。体に寄生しても、能力が中途半端だったりするのだよ」

「それを確かめる試験だったってことか」

「ああ、実に合理的な試験だ。我らの生命体が考えそうなことだ。ああ、人間も似たようなことを考えていたな」


 デスゲームは人間の世界でも元からある題材だ。人間の場合は想像上の話でしかないが、影たちは実行する。命に関しての倫理観がないようだ。平和的解決をするわけでもなく、すぐに侵略するような存在。それと混じり合っているなら、納得できる話だった。


「まあ、それはいい。おそらく、我々の目的は一致しているはずだ。全員が、全員、親を殺したくてたまらないはずだ」


 親を殺したいという発言を聞いたとき、靭は夢のことを思い出した。コロセと呟かれたことも、思い出せと言われたことも、何もかもをだ。


「……だから、夢にまで出てきたのか」

「そうだ、夢の内容を思い出したか?」

「ああ、完全に」

「そうか」


 満足そうに笑みを浮かべているであろう影と名乗った存在が、靭の前に手を差し出した。不思議なことに、骨のような手がくっきりと見えた。

 

「我を使え、ジン。お前さんと、お前さんの仲間がいれば、我らは親を殺せる。そして、お前さんは、仲間と共に地球を取り戻す力を得るのだ」

「……」


 この手を取れば、後戻りはできない。これからさらに辛い戦いが待っていることが予測できる。元より、靭という男は心の弱い男であった。


 急に出てきた骨の手に驚いて、一瞬固まってしまうくらいには。


 それでも、靭は骨の手を取った。


 そうしないと生き残れないし、ここで死ぬわけにはいかなかったからだ。


「約束したからな……みんなと」


 震えた手でグッと手を握った。


「良い覚悟だ」


 そういうと、影と名乗った存在の骨の手が、塵のように散っていく。しかし、ただ散っているわけではなかった。靭の心臓へ、移動していく。手だけではない。靄だった体も、靭の心臓に向かう。


「外にはお前さんが相手にした化け物がうようよいる。地球は、侵略されている最中だからな。ここは隔離されて、今のところは安全だ。だが、そろそろ、親が来る」

「分かるのか」

「ああ、分かる。我は親の肉体の一部から作られたからな」

「また、面倒な話を聞いてしまった気がするよ」


 親の力が、子である影と名乗った存在にも引き継がれたのだろう。ということは、親の能力はかなり強力だとみて、間違いないようだ。


「話を戻すが、親が地上に君臨すれば安全な場所などないに等しい。命運が決まる戦いと言っていいな。人間もやるな、地上から親を追いつめているんだからな。我らが向かえば、この決戦も勝てる。我は親を殺し、ジンは地球を取り戻す。互いにメリットがある。素晴らしい話だ」


 塵になって移動しながら、とんでもないことを言い放った影と名乗った存在に、靭は何度吐いたか忘れてしまった溜息をまた吐き出した。


「出てすぐ、そんな重たい戦いが待っているのか……非常にやりたくない」

「おいおい、弱気だな、ジン。お前さんはそんな器ではないだろ」

「冗談だろ。俺はそういうやつだよ」


 もとより、靭という人間は、弱い人間なのだから。だが、靭の顔に恐怖の色はなかった。


「あー、そうか。キレたら怖いというやつだな。ガハハ、面倒な奴だな、ジン」

「うるせーぞ……あ」


 名前を呼ぼうとして、靭は固まった。共闘する奴の名前も知らないと。


「なあ」

「どうした?」

「いや、お前さんに名前はあるのかと思ってな。名前があったほうがいいだろ、こういうのは。なんせ、共闘するんだからさ」


 口が見えないはずなのに、靄はにっこりと笑った気がした。


「味気ないというやつだな。なら、我は、今後はこう名乗る」


 少しだけ、間を空けて、告げた。


「……ネメシス、我のことはそう呼べ。我の能力は、吸収と強化。受けた分の力を蓄積し、肉体を強化する。親はゴミ扱いしたが、死ななければ最強の能力だ。名前は主の記憶から取った。どうだ、イケてるだろ」

「そら、いい名前だ」


 言い終わると同時に、ネメシスは完全に靭の心臓へと吸い込まれた。


 靭は自らの胸に手を当てる。


「よろしくな、ネメシス」

「ああ、ジン、世話になる。共に、目的を果たそうではないか。だが、その前に、十善寺を喜ばせてやるとしよう」

「……それは、あまり気が進まないな」


 十善寺には今まで散々なことをされたのだ。突然協力しろと言われても、すぐに気持ちがついていくかと言われれば難しい。


「はっはっは、そういうな。これから、十善寺も味方になる。それに、地上では三時間をすでに超えている。生かしてもらっているのだから、感謝くらいはしないとな」

「……善処するよ」


 靭の意識が遠のく。

 

 目覚めるための、眠りについた。


------------






「……はぁ、長い夢の中だったな」


 起きてすぐ、靭は無機質なドームを眺めながら呟いた。


「あーもうー、やっと起きたねー!もう、3時間過ぎちゃったけど、起きるまで待ってあげたよ。特別措置ってやつさ。ボクって寛大だろ?」


 キンキンと高いアニメ声のする方を見れば、見たことのない人物が、腕を組んで立っていた。とはいえ、この声に聞き覚えがあった靭は、寝ぼけた頭を掻きながら、ゆっくりと体を起こして座る。


「管理人……十善寺花火か」

「やあ、姿を見せるのは初めてだね!」


 花火の名前が似合う赤とオレンジが混ざった髪を、二つのお団子に結んでいる。靭が座ったままでも目線が少ししか上がらない。かなり小柄なようだ。靭を見下ろす瞳には、赤とオレンジが花のように咲いている。顔もかなり若いというか、幼い顔つきだ。とてもじゃないが、あれほど残酷なことをした人間とは思えないほどに。彼女もまた、少女サイズの白い軍服を着ていた。


「子供じゃないか」

「一応、15歳ね! そろそろ16歳になるはずだけど! まあ、どっちでもいいか!」

「……そうか」


 あれほど毛嫌いしていた管理人だったが、彼女も軍服を着ているということは、自分たちと似たようなことをして生き延びたのだろうと考えてしまう。人材不足、侵略されている地球。靭は思わず、哀れだと感じてしまった。


「あれれ、嫌悪感がしないなー。少なくとも、ボクの姿を初めて見た人は嫌悪するんだけど」

「姿を見て、逆に落ち着いたよ。子供相手に、イラつくほど愚かじゃない」

「こ、困ったなぁ。これでも、ボク、結構偉い立場なんですけど!?」

「……そうか。今までよく頑張ったな」

「ちょ、コラアアア、そういうの本当にやめてね!!!」


 本気で動揺している。嫌われることをして当然という意識があるようだった。靭は、さきほど意識の中で思ったことを撤回する。彼女もまた、苦労してここにいるのだと。


「ふう、びっくりした。さて、仕切り直そうかな。はい、きりっつ!」

「よっこらせ」


 眠っていたせいか体が少し重いが、それだけだった。立ち上がってみると、体の調子が良くなっていることが分かる。今までで一番と言っていいほどに。


 今度は靭が、十善寺を見下ろした。身長は144cmくらいと言ったところ。かなり小さい。それなのに、油断できない空気を纏っていた。


「俺は、どのくらい眠ってた?」

「うーん、六時間と少しかな?」

「それまで待っててくれたのか」

「影が発現してたからね! さすがにすぐ処分は止めておこうってさ!」

「そうか。悪かったな。待たせて」

「全然いいーよ! 私も久しぶりに三時間も眠れたしね!」


 聞けば聞くほど不憫な言葉が出てくる。十善寺は相当苦労していることが窺えて、つい頭を撫でて褒めてやりたくなるが、我慢した。


「影を発現したからさ、本来は合格なんだけど……深海靭、君には試験があるよ」

「試験?」

「そ。特別措置はしたけど、合格ラインの基準が上がったんだよ」

「そうか」


 今の靭は、何が来ても問題ないと思えた。それくらいの自信が漲っている。恐らく、ネメシスと上手く混じり合った影響だろう。


「試験はね、ボクが繰り出す攻撃を受けて死なないことだよ!」

「それだけか?」

「うん、それだけ!」


 むふふん、と笑う少女だが、その纏う空気は修羅場をくぐった者のそれだった。(簡単じゃないからね)という、無言の警告だろう。


「分かった、やろう」

「さすが、深海靭だね!」


 目を細めて笑う十善寺は、靭の即答に満足そうだ。


「ちなみに、ほかの連中と同じく影を纏っただけじゃ、絶対に受け止め切れないよ」

「ああ、分かってるよ」


 合格ラインが上がったのだ。それくらいは、当然だろうと靭は思った。言い方を変えれば、十善寺花火によって、守られたとも言っていい。力を示すには、ちょうどいい機会だと。


「ふーん、じゃあ期待してるよ……深海靭」


 二人は、30mほど距離を取る。


「じゃあ、行くよ……影纏(シャドウ)


 そう呟くと、十善寺の心臓から赤い影が現れる。 


「力を貸して……神炎(カグツチ)!!!」


 軍服の上から、影が纏っていく。赤い影のせいか、炎を纏っているようにも見えた。いや、実際に、赤い影が炎に変わった場所もある。炎は羽衣のように、十善寺花火に纏っていた。


「綺麗だな」


 赤とオレンジが映える巫女服に、炎の羽衣。神と人間の橋渡しをする存在と言われても、しっくりとくる。それほどまでに、十善寺花火の姿は美しいのだ。


「この姿はね、影纏(シャドウ)っていう力だよ。君たちで言うところの【影】の力を100%発揮できるんだ。合格基準は、影の暴走化でもよかったんだけどね。今回は、ある程度の影纏をしないと生き残れないんだ」


 要要は、皆が暴走状態で影を発現させたのに対し、靭は十善寺のように自我を保った姿になる必要があるということだった。


「おっちゃんも、厳しいよね。待った意味、本当にあるのかよって感じだけどさ……規律だから、勘弁してね」


 少し申し訳なさそうに呟く十善寺に、靭は声をかける。


「十善寺、気にしなくていい」

「どういうことかな?」

「俺は問題なく、この試験をクリアできるということだ」


 靭は、当たり前のように言葉を放った。十善寺は目を見開いている。今まで影を発現してこなかったのに、その自信はどこから来るのかなといった顔だ。


「言葉だけじゃないってこと、信じてるよ……深海靭」


 その表情は、なんだか嬉しそうだ。


「じゃあ、殺すつもりで行くから……」


 十善寺は、右手を前に出す。


「白熱玉」


 白く輝く火の玉が、生まれる。

 

 そこにあるだけで、靭の服が焦げていく熱量だ。


「死なないでね、深海靭」


 その表情は、切に願う少女の顔つきだった。


「おう」


 靭は、ただ、一言だけ呟いた。


「制限時間は、3分。その間に、できる限りのことはしてね」


 十善寺がそう告げると、ゆっくりと移動する白熱玉。


 それを見ていると、心臓と心臓の下から熱を感じた。


「じゃあ、やるか」


 ドン――靭は、心臓を叩いた。




影纏(シャドウ)!」


 靭が言葉を叫ぶ。まるで、特撮のワンシーンの様に。


 靭の言葉に反応するように、靭の心臓から影が大きく出現した。


「殺るぞ、業讐(ネメシス)!!」


 その影は靭の体に纏っていく。全身が飲み込まれる。


 しかし、凛たちの時のように、影のままの姿ではない。


 特撮の変身シーンのように、靭の姿が一瞬にして変貌した。


「……」


 深海の様な深い青色のオールバック。瞳が、血に染まっているように赤い。首には、血が染みついた包帯が雑に巻かれている。包帯の隙間から、赤黒い結晶が見え隠れしていた。服装は、たるんだ黒いネクタイに赤シャツ、ヴィンテージ物のようにくすんだ黒ベスト。胸ポケットに黒薔薇の刺繍と、背中に欠けた十字架が刻まれた黒スーツの前を開けて着用している。


 黒スーツは腕まくりをしており、腕には首同様に、血が染み付いているように見える包帯が雑に巻かれ、腕にも結晶が見え隠れしていた。両手には、手の骨を装飾したような白いガントレット。手のひらには穴にも見える黒い結晶。腰には鉈にも見える包丁が装備されていた。黒パンツには赤い茨の刺繍。無駄に先端が尖った靴。


 凛たちとは違い、十善寺のような姿へと変身していた。


『素晴らしいぞ、ジン。我の期待通りの働きだ』


 そして、脳内に聞こえてくる、くたびれたおっさん声。ネメシスだ。


「……なあ、ネメシス」

『どうした、ジン』


 靭は、自分の口を手で押さえながら、こそこそと小さな声で呟く。


「おい、待て。なんだ今の恥ずかしい台詞は……口が勝手に。それに、この格好」


 厨二病は学生時代に卒業したはずだが、さきほど影纏(シャドウ)化する際に放ってしまったあの一言。靭の年齢は25歳。若手俳優がライダーに変身するならまだしも、靭はただの社畜である。


 そんなやつが、ヒーロー変身の掛け声と共に叫ぶのだ。


 普通の感情が蘇ってしまった靭には、顔から火が出るほど恥ずべき行為であった。


『ジンが好きだった特撮をイメージした。どうだ、我はなかなか気に入っているぞ!』

「いや、まあ……ぶっちゃけ……ちょっと、かっこよかった」


 男の夢を叶えたような気分もあるようだ。だが、15歳の前ではやりたくなかったというのが本音である。


 そして、なによりも服装だ。


「なんで……スーツなんだ」

『それはだな……』


 ネメシスが説明をしようとして、空気が変わる。


『その話はあとだな』

「それも……そうだな」


 徐々に迫ってくる白熱玉は、すでに目と鼻の先だ。とんでもない熱量は、周囲のドームを溶かしながら、靭の元に向かってきている。


『右手の結晶があるであろう』

「ああ」

『そいつを前に出せ。そうすれば、終わりだ』

「なら、さっさと終わらせよう」


 靭は、白熱玉を前にして、右手を出す。ジリジリと鈍い痛みが走るも、今までの痛みに比べれば、なんでもないような痛みだ。


『さあ、ジンよ。技名を』

 

 靭は、思った。


 え、マジ、と。


 しかし、右手がそろそろ焦げて使い物にならなくなるため、靭は本当に小さな声で呟いた。


「……業奪」


 すると、黒い結晶が、白熱玉を吸い込んだ。吸い込む際に、さらに右手に火傷を負うが、我慢できる痛み。技を喰らうときも、痛みが発生するのかと、ため息を飲み込む。どうせ、いつかは慣れるだろうと。 


 右手を見れば、一部が炭と化していた。けれど、それが徐々に回復しつつある。


『凛の嬢ほどじゃないが、自己回復もできる』

「なるほどな、治療も技のうちってことか」

『他者の力を、己の物とする。実にいい力だ』

「そうだな」


 すでに半分ほど治療が済んでいる。かなりの治療速度ではあるが、(痛覚無効も欲しかったな)と靭は思わざるを得なかった。痛いのが好きなわけではないからだ。


「凄いよ、深海靭! 割と本気で殺す攻撃だったのに、受け止めるなんて!」


 元の軍服姿に戻った十善寺花火が、興奮気味で靭に近づいている。15歳くらいらしいので、中学三年か、高校生。思春期の最中とは思えない喜びの表現だ。


「いや、十分熱かった。おかげで、右手が大やけどだ」

「え、ほとんど無傷じゃん!」

「自己治療があるみたいだ」

「わお……第三世代はチート級だ!」

「第三世代?」

「それは、これから話すよ!」


 どうやら、後で詳しく説明してくれるようだ。


「あ、そうだ!」

「ん?」

「合格おめでとう、深海靭」

「……ああ」


 どうやら、試験には無事通ったようだ。


「この服装、変わってるね! どういうモチーフなんだろう」

「モチーフね……何かあるのか?」

『ふふ、修羅をイメージしたよ』

「修羅? なんで、スーツなんだよ」

『スーツは男の戦闘服なのだから、当然であろう』


 ネメシスがそう答えたが、十善寺には聞こえていないようだ。どうやら、靭とネメシスだけに聞こえる言葉らしい。それにしても、なにか偏った知識である。


「スーツは、男の戦闘服だから、らしいぞ」

「あはは、変わった影君だね!」

『……かっこいいだろう』


 ネメシスの言葉は、靭の耳に入るも、靭は苦笑いだ。


 なにせ靭は、私服出勤だったため、そこまでスーツに馴染みがないのだから。


 とはいえ、多少は同意できる靭であった。


本作は、この変身を書きたくて、始まった物語です。

変身は浪漫。


本作は【毎日18時】に最新話を更新しています。

少しでも楽しんでいただけましたら、ブックマークと下記の星評価での応援をよろしくお願いいたします。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ