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XNFA--ゼノファ--「ようこそ……地獄の最前線へ」  作者: アトラモア
第二章 XNFA--ゼノファ--

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第29話 【木花凛】


 とあるカフェで、二人はお茶を楽しんでいた。疲れ切った顔で珈琲を啜る靭と、ニコニコした顔でミルクティーを飲んでいる凛。真反対の表情ではあるが、靭も内心では十分に楽しんでいる。たまの休み、彼女とのデートが靭の生きがいであった。


「凛、これからどこ行く?」

「たまには靭くんの行きたいところに行こうよ! いつもわたしが行きたいところだしさ。ほら、たまには好きなことしないとね!」


 凛は靭を思いやるような提案をする。靭は正直に言って、凛といるだけで満足していた。専門学校を卒業してすぐに働き始めて、社畜街道まっしぐら。それでも頑張れているのは、目の前にいる彼女、『木花凛』のおかげだからだ。


 しかし、凛の提案とあっては考えざるを得ない。ここ最近、残業が続いていたせいで家デートが増えていた。ようやく仕事が落ち着いたので、休みの日くらいは出かけようと提案したのも靭だ。出かけるのが好きな彼女のためなら、引きこもり体質の靭も外へ出る。


 とはいえ、引きこもり体質の靭に行きたい場所なんてない。なんとなーく考えてはみるが、浮かばない。自分のことに興味がない靭は、趣味と呼べるものすらないからだ。


 けれど、特技はあった。凛が行きたいところを覚えているという特技が。社会では役に立たない特技ではあるが、恋人には必要不可欠なスキル。靭は、過去の記憶を掘り出して、口に出す。


「そうだな……ガチャガチャ専門店にでも行こうか」

「いいね、行こう行こう! わたし、すっごい気になってるんだよねー! ……あれ、そこって、わたしが行きたいところでは?」


 凛はおやっと呟きながら、眉をひそめて顎に手を置き考えている。本当にそこでいいのかという顔だ。【木花凛】と、付き合ってからというもの、付き合う前より感情が分かりやすくなった。


「俺も行きたいからいいんだよ。ガチャガチャは楽しいし」

「靭くんが行きたいなら、いいんだよ!」

「凛も、お目当てのものがあるといいな」

「へへへ、いっしょに探そうね。立体棒人間ミニフィギュア!」


 よく分からない物好きの凛ではあるが、彼女が楽しければそれでいい靭は、静かに笑う。


「ふ、そうだな」

「そうと決まれば、早速行こう! あ、まだ飲み終わってなかった」

「ゆっくりでいいぞ。俺もまだ、飲み終わってないし」

「うん!」


 靭は美味しそうにミルクティーを飲む凛を眺めながら、いつものように、『自分にはもったいない恋人だな』と考える。顔が良いわけでもなければ、取り柄らしい取り柄もない自分。そんな彼女が、今の恋人だ。


 クソみたいな人生だとは思ったが、今では悪くないと考えている。


「ねぇねぇ、四日後の旅行、楽しみだよね!」


 目を輝かせて、口角をこれでもかと上げて満面の笑みを見せた。


「ん、そうだな。旅行は去年の春以来だもんな」


 今年は、凛が就活のため、夏の旅行計画を控えていた。凛は優秀だが、もしものことを考えてのこと。まあ、夏にはすでに決まっていたが、今度は靭の有休が取れなかったのだ。そのため、旅行に行くのに、一年以上も時間が経ってしまったようだ。


「そうだよ! あーあー、はやく四日後にならないかぁ」


 春の旅行計画は二泊三日。久しぶりの旅行に、すでに凛の頭はそのことで埋め尽くされていそうだ。彼女はすでに旅行の準備を終えている。荷物はすべて靭の家だ。今日は、旅行に必要そうなものを買いつつの外出デートだった。


「なあ、今日から本当に俺の家に泊まるのか?」

「うん!三日間、家事は任せてよ! 仕事で疲れ果てた靭くんを癒しちゃうよ! 元気なまま、旅行行きたいもん!」

「そうだな。にしても、助かるよ、家事までしてくれるなんてさ。料理が楽しみだ」

「そ、掃除とかは任せてよ! マッサージもするよ!」


 凛はあからさまに料理の話を逸らす。家事は任せてよという言葉はどこへやら。動揺している凛に、靭は微笑むだけ。


「はは、本当に料理が苦手だな」

「あ、あははは……本当にどうしてでしょうね」

「いや、まあ、他の家事してくれるのは本当に助かるよ。ありがとうな、凛」

「ふふん、いいのいいの。わたしが、してあげたいから!」


 【木花凛】は、いつも楽しそうだった。何もないと思い込んでいる靭に差した、一筋の光。それが彼女だった。


 自分を好いてくれた彼女。今では靭の方が彼女に夢中だ。自覚があるからこそ、靭は凛のためになんでもした。とはいえ常識の範囲内だし、束縛するようなこともしていない。思うがままに生きる彼女を見ていることが、靭の幸せだったからだ。 



 靭の幸せの最高潮は、ここまで。



 三日後、旅行の前日。



 そこで、地獄が待っていた。


 そんなことになっているとは、露知らず。三日後、仕事を終えた靭は、凛が待っている家に駆け足で帰っていた。今日は、職場の人間がほとんどが休みで、仕事にすらならないとのことで、定時で帰れたのだ。まあ、それでも、定時ではあるが。


 朝の満員電車も、夜の帰宅ラッシュも珍しく人がおらず、座れるくらい空いていた。ただ、その日は遅延がとんでもないことになっていたのだ。その割には、人が少なくてラッキーだと。


 通勤帰宅も運良く座れて、仕事も定時上がり、明日からは【木花凛】と旅行。


 すでに休日気分の靭は、心と体が浮足立った状態で帰宅した。


「ただいまー」


 部屋の電気がついていて、ここですぐに凛が笑顔で出迎えてくれるはずだ。「今日は早いんだね」なんて言葉をくれるかもしれない、と期待していた。


「って、なんだこの臭い……?」


 しかし、返事はない。なにより、部屋が嗅いだことのない異臭を発していた。キッチンに食べ物が置かれている気配もない。料理は、靭が担当で、今日はパスタを作る予定だった。


「凛、いないのか!?」


 心臓が強く鼓動して、冷や汗が背中にどっと流れる。なにかあったことは、明白だ。けれど、なにが起きたか分からない。靭はリュックを背負ったままキッチンにあった包丁を手に取り、震える手でそれを力強く握りしめ、奥の部屋へと足を踏み入れた。


「は?」


 靭が見た光景は、異様としか表現できない。


 目の前には、泥を全身に被り、黒色の結晶を泥に付着させた人の形をぎりぎりで保っているような化け物。関節がいくつもあり、異常に伸びた右腕の先には鎌の様な刃。左腕にはうねうねと動くギザギザした口が、うようよと動いている。

 

 ゾンビゲームや、映画でしか見ないようなCGで作られた化け物が、目の前にいた。


「なんだよ……コイツ……」


 靭の言葉に反応せず、化け物は動かずに一点を凝視している。


 靭の視界が、ゆっくりと化け物の視線を追った。


「り……ん……?」


 そこには、凛がいた。左顎、肩、心臓を食いちぎられた姿で倒れている。


 靭の脳内が、真っ白に染まり、停止した。


 そして。


「ハハ……アハハハハハ、ギャハハハハハハ!!!!」


 完全に壊れた。


 泣きながら笑い、怒る。


「……」


 靭の狂った笑い声に気付いた化け物が、靭を襲う。


「ウ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛!!!!」


 気づけば、体は迅速に動いていた。


 リミッターが壊れたような、人間ではできない動き。化け物の攻撃を避けて近づくだけで、靭の足は砕けた。それほどまでに、床を強く蹴ったのだ。


 一瞬で化け物の目の前に立った靭は、持っていた包丁で突き刺し、凛から遠ざけるように押し倒した。


 そして、化け物に刺さっていた包丁を引き抜いて、もう一度刺す。


 何度も

 何度も

 何度も

 何度も

 ナンドモ

 なんども

 何度でも。

 

 執拗に刺し続けた。


 包丁が壊れれば、目の前の化け物を拳で殴り続けた。


 殴って

 殴って

 殴って

 殴って

 殴って

 ナグッテ

 なぐって

 ナぐリ続けた。


「……」


 やがて、化け物は動かなくなった。


 どれほどの時間そうしていたのか、靭には分からない。拳を見れば骨が見えて、削れていた。


 化け物が相当硬かったようだと、他人事のように思う。


「あ」


 視界の端に、人影が映る。


「凛?」


 化け物が死んだことと、隣で凛が死んでいることだけが、靭の頭にはあった。


「凛……りん……リン……」

 

 砕けた足では力が入らず、そのまま倒れ込む。靭は、壁に寄りかかるように死んでいる凛の元まで這って向かう。足はひしゃげているが、激痛など無視して彼女の隣に座った。


「りん」


 凛の顔は、いつもの表情豊かな笑みではない。血塗れで、苦しむような表情。目から鼻、口、様々な液体を垂らして死んでいた。必死に逃げ回ったのだろう。部屋は、凛の血が至る所に付着していた。


「りん……」


 理不尽に、唐突に奪われた。


 突然、何の前触れもなく、恋人は死んだ。


 靭の唯一の光。


 そんな彼女が、むごたらしく殺されている。


 もう、駄目だった。


「あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛」


 靭は、壊れた機械が異常音を発するように、泣き叫び続ける。


 1Kの狭い空間と、割れた窓ガラスから、靭の狂った絶叫が響いた。




 

 泣き叫びながらも、彼女との思い出が、走馬灯のように蘇る。


 付き合った期間は、二年と半月。

 付き合うまでの期間を合わせれば、七年。


 出会いは、靭が高校三年生、【木花凛】が高校一年生の夏休み。


 専門学校へと進路を決めた靭は、時間もあったので夏休みにアルバイトをしていた。そんなとき、新しく入ってきたのが【木花凛】だ。


 一番初めは特に絡みがあったわけじゃない。キッチンとホールで、やることも違っていたからだ。話し始めたのは、それから数日が経ってからのこと。同じ高校だからと、事務所で休憩を取る時間を同じにされたのだ。その日に限って、高校生は靭と【木花凛】しかいなかったから。


 一人が良かったなと思いながら、靭は二人分の賄いを作った。料理を事務所に運んで、先に食べていると、後から【木花凛】が事務所に入ってくる。


「お疲れ様です、深海先輩」

「ああ、お疲れ様。木花さん」


 会話はこれだけで終わるだろうと思ったが、さすがに気まずいので一言入れる。


「気まずいよね。うちの店長いい人なんだけど、変なところで気を遣うから」

「いえ、全然気まずくないですよ! 一人でご飯を食べるのは寂しいので、嬉しいです!」


 そんな場違いな回答と、笑顔が返ってきた。正直、自分とは世界が違うなと思いながらも、一人が寂しいということだったので靭は会話を続けることにした。といっても、ほとんど聞き専となって頷くだけであったが。


 高校生同士、息が合う。なんてことはなく、洗い場に入れば、それなりに聞き役に徹して、休憩が被れば聞き役に徹する。本当に、それだけの関係。


 料理担当の面々には、懐かれている、いっそのことやっちまえなど、揶揄われることが増えたが、軽く受け流していた。真面目だ、さすが童貞と揶揄われても、態度を変えない。


 靭にとって【木花凛】は理想が高すぎるし、誰にでも愛想がいいと思っていた。なにせ彼女は律儀に、バレンタインの日だからと社員を含めた従業員全員にお菓子を配っていたからだ。だから彼らの言葉に耳を貸さなかっただけだ。


 学校に行って、バイトして。気付けば、卒業。


 卒業式が終わった頃には、挨拶をしてもらえる程度には関係が築けていた。それからもずっと、変わらないものだと思っていたのに。


 靭が19歳の誕生日を迎え、いつも通りバイトに入っている時だ。土曜にバイト終わりの時間が被っていたので、駅まで一緒に帰ることになる。寄り道がしたいという彼女に、靭は付き添うことにした。内緒話だと言うので、話をするには、ちょうどいい公園が近くにあったので、そこに向かう。


(またか)


 靭は内心でそう呟く。よくあることだった。靭が仲良くしている友人は、なぜか人気者が多い。頭が良かったり、イケメンだったり、クラスで三番目くらいには人気のある男だったり。学校でもバイト先でも、それは同じだった。だから、そういう恋愛相談かと思っていたのだ。


 夜が冷える時期だったので、温かい飲み物を買う。一人で買うのは気が引けたので、【木花凛】の分も。彼女はペットボトルのミルクティーを受け取ると、顔を赤らめて嬉しそうに笑った。頬が赤いのは、寒いからだろうなと適当な理由を考えながら。


 ベンチに座って、話を切り出すのを待つ。いつものことだ。最初のうちは、盛大な勘違いをした事もある。大事な話、内緒話。少し期待するのが、高校生というものだろう。


 でも、結果は違った。いつも人の話だ。だから、靭は期待しない。期待するだけ無駄だと知っているから。部活に入りたいと言ったが、金がないから働けと言われる。本気で全国を目指すほどなのかと言われれば、そうでないから諦めるのは簡単だった。受験シーズン、大学に入りたいと言って勉強をしていると、そんなに頑張っても無理なものは無理と突き放されてしまう。夏には勉強をやめて、ある程度実績のある専門学校への入学を決めた。


 靭が高校生活で得たものは、全人類に期待しないという達観した感性だけ。なら、もう、深くかかわらない。そうすれば、変に心が傷つくことはないから。自分を守るための術を手に入れた夏に、深海靭という男が生まれた。


 だから、バイト先の華と言われる人気者の【木花凛】から内緒話をしたいと言われても、飲み物を渡した彼女の手が震えていたとしても、心では期待しないよう強がっている。


 無理に感情を殺そうとして、感情に弄ばれている男、深海靭。


「あ、あの!」

「うん」


 でもそれは、この日のために裏切られたのかもしれないと、大人になってから思えるようになった。


「好きです! 靭さん、私と付き合ってください!」

「は?」


 みんなの高嶺の花、木花凛から告白されて、数年後には付き合っているのだから。 


「えっと……いや、俺と付き合うのは、止めといたほうがいいと思うよ」


 そう、彼はまだ19歳の深海靭だ。高校生と、専門学生。未来のない自分と、未来のある彼女。つり合いが合わないと考えてしまったのだ。誰にも期待しないことで誰も信用しなくなっていたのが、19歳の深海靭だった。


 靭は、震えながら【17歳の木花凛】に説明する。君ならもっといい人がいる、もう少し周りを見てから、高校生なんだから、高校生活を楽しまないと。とにかく自分には不釣り合いだからと、意味のない言葉を発し続けた。


「見込みはゼロですか!?」


 距離感を間違えない彼女が、一気に靭に詰め寄った時は、「え、本気なのか」とも思えた。けど、吐いた言葉は消えない。なら、どうすべきか。


「あー……大人になったらいいんじゃないか?」


 何とも見苦しい言い訳だ。それでも、彼女は前のめりに聞いた。


「つまり18歳ですか!?」

「あ、いや……20歳、とか?」

「なるほど、分かりました! では、そのときに、また告白したいと思います! じゃあ、帰りましょう!」

「あ、うん」

 

 振られた人間とは思えないほど元気な【木花凛】と、振ったとは思えないほど暗い深海靭。


 それからというものの、【木花凛】はとても積極的になった。といっても、表にはバレないように。靭が揶揄われることを【木花凛】も知っていたらしい。だから、内緒話で、内緒の関係を続けたいと。よく周りが見えている子だなと思えた。揶揄いのネタ扱いしている人に、よく笑顔を向けられるなとも。


 自分よりも大人な【木花凛】に深海靭はただただ感心し、そして当たり前のように惹かれていく。連絡は毎日取っていた。靭は相槌を打つだけになっていたが。たまに遊ぶ日もあった。完全にデートではあったが、『後輩と買い物するだけ』という言い訳を一人で考えていた。

 

 靭が就活、【木花凛】が受験シーズンの時は、さすがに連絡の頻度が減る。お互いに余裕がないからだ。さらに靭は、バイトも辞めていた。専門学校は特殊で、内定を貰った企業にアルバイトに行けたから。


 さすがに、これで終わりかなと思えた。受験が終わって、大学に入れば、彼女の気持ちも変わるだろうと。


 そして、そのまま月日は流れ。


 靭の思っていた通り、受験シーズンを機に連絡はほとんど取らなくなっていた。大学一年生と、就職一年目。新たな生活が始まったから余計だろう。まあ、靭が仕事に忙殺され、連絡どころではなかっただけだが。


 そのまま、時が過ぎた。


 靭は、【木花凛】が自分を諦めたのだと思っていた。『やっぱ、勿体なかったよな』とも思えてしまったが、これでもいいとも思っている。いや、思ってないから、思い出すのだろうとも思っていた。


 そんなある日、【木花凛】から会おうと連絡が来る。少しドキッとしたが、ちょうどいい機会だし、こっちから振られてしまおうと思えた。過去に好かれていた女性から振られる。滑稽だが、罰としてはちょうどいい。自分も多少なりとも、彼女の心を弄んだようなものだからだ。


 【木花凛】は、20歳になると可愛い子というよりは、綺麗な女性へと変貌していた。靭は、新品の服で来てよかったと、心の底から安堵する。ヨレヨレの格好で、会うような人ではないと。


「行きましょう、深海先輩」

「うん」


 それから靭は、思い出を残す様に久しぶりに遊びを楽しんだ。楽しかったと、靭は心の底から思えた。日々の鬱憤が晴れたのだろう。男が多い会社だったから、余計に。


 最後に二人は、【17歳の木花凛】が19歳の深海靭に告白した場所へとやってきた。今日も、夜は肌寒い日だった。靭は、温かい飲み物を買い、【20歳の木花凛】にもペットボトルの温かいミルクティーを買う。


 彼女は、頬を赤らめて受け取った。


 二人は、ベンチに座る。誰もいない、静かな公園。


 靭は覚悟を決めた。もはや、盛大に振られても構うもんかと。思い出話にはちょうどいいだろうと割り切った。


 22歳の深海靭は、気付いたことがある。誰にも期待なんてしない人生は平穏ではあったが、ひどくつまらないものだったからだ。


 最後に、人生を変える気持ちで、【20歳の木花凛】に告げた。


「木花さん、好きです。付き合ってもらえますか?」

「はい、深海先輩。わたしは、今でもあなたが大好きなので、もちろんです」


 優しすぎる前回の仕返しとも取れる告白をして、泣き笑いする【20歳の木花凛】を見て、思わず笑ってしまった。


 彼女は、意外と頑固者なんだと思いながら。


「ちょっと、笑うなんてひどいですよ!!」

「いや、ごめん。本当に。なんか、嬉しいのに、おかしくて、分けわからんくてさ」

「もう、仕方ないですねー。今回だけですよ」


 そう言って、許してくれる彼女を、靭は迷わず抱きしめた。


 何があっても、この人を守ろう。

 

 絶対に大切にしよう。


 幸せにしよう。



 そう誓ったはずの夜。


 けれど、それはもう叶わない。


「っ!!!!」


 【24歳の深海靭】は、【23歳になれなかった木花凛】の死体を抱きしめているから。


 意識が戻った靭は、これが現実か確かめるように化け物を見た。【木花凛】を殺したのは普通の人間ではない。靭は最初、凛を殺した犯人の人間がショックでそういう姿に見えていただけかと思った。


 でも、そうではない。化け物は確かにそこにいて、死んで倒れている。


 靭は、その死体を見たあと、もう一度、【木花凛】を見つめた。目を開けたまま、涙を流して苦しんでいる彼女の顔に触れ、目を瞑らせる。そして、辺りを見渡す。近くには、化け物から落ちた鋭く尖った結晶。


「待ってろよ……今行くから」


 ギザギザに尖った骨が丸出しになった手で、血が出るほど結晶を強く握りしめ、何度も自分の首を刺した。刺しては抜いて、刺しては抜いてを繰り返す。


 心が壊れてしまった靭にとって、激痛なんてどうってことはない。化け物に殺された凛の痛みと、この心の痛みに比べれば。全てが些細なことだった。


「ごべん゛、ごべん゛な゛……り、ん」


 1人にして……ごめんな。


 すぐに、そっちに行くから。


「……」


 掠れゆく視界の中で、最後に靭が見た光景は、黒い液体の様な何かが這いずっているところだ。

 

 先ほどまでは、無かったはずの場所に黒い液体。ただ、死にかけの靭に、それを気にかける余裕はない。


 靭は、そのまま、意識を失った。



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