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XNFA--ゼノファ--「ようこそ……地獄の最前線へ」  作者: アトラモア
第二章 XNFA--ゼノファ--

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第25話 闇精霊


『二人の回収、お願いしまーす!』


 回収ということは、誰かが来るということだ。靭は、どこから回収班が来るのか確認する。すると、結晶頭の化け物が出てきた巨大な扉からではなく、壁と一体になっていた小さな扉から現れた。


 出てきたのは、二人。首元まで隠れる白い軍服と、つば付きの四角い白い軍帽を着用した人間。


「なあ、あの人たちって」

「私たちと一緒ね。心音が二つ」

「ああ、そう」

「やっぱり当たりね。ここは、何かを育てるための施設ってわけ」

 

 響と靭が過去に推測した通り、ここは何かを育てるための軍事施設。黒幕が軍の人間だったということだ。当たってほしくない予感ばかりが的中して、靭はうんざりした表情を見せる。


「影の発現者は、コイツらか?」

 

 近づいてきた軍服の二人。一人は男で、その声には聞き覚えがあった。髪と目が燃えるように赤い。もう一人は女性だ。髪は長く、こちらはオレンジ色の髪。ふんわりと柔らかい笑みを浮かべている。この環境で、笑みを浮かべているほうが怪しく思えた。ひとまず、男の方の言葉に靭が答える。


「そうですよ」

「そうか、協力感謝する」


 軍人らしい言葉遣いで、守大を片手で背負った。重くないのだろうか、と靭は思うが言葉には出さない。女性の方は、カルをお姫様抱っこで運ぶ。二人は小さく頭を下げると、カルと守大を連れて去っていった。


 男の方は、まだ動かない。それどころか、靭たちをじっと眺めている。そして、一通り集まっていたメンバーを見たところで、靭と目が合う。


「お前さん、名前は?」

「……深海靭です」


 靭は素直に答えた。ここで素直に応じないと面倒なことが起こることは目に見えていた。


「そうか。お前さんが……」

「?」

「いや、すまなかった。気にしないでくれ、それではまた会おう」


 男はそういって、軽く頭を下げてから立ち去った。男の背中をじっと見送っていると、隣から気配を感じる。というか、全員が靭を見ていた。靭は何を聞きたがっているのか悟った。


「俺だって知りたいね。また会おうなんてさ」

「絶対に、このゲームをクリアする言い方だったわよ」

「靭ならできる」

「なぜあの人は、俺に声をかけなかったのでしょう。俺はかなりやれる方だと思いますけど」


 それぞれの言葉に、靭は苦笑する。軍人の男が面倒な爆弾発言を残していったことに、少しだけ恨み言を言いたい気分になった。


「とりあえず、守大たちのように影を発現させればいいみたいだな」

「そんなこと簡単に言われてもねー」

「そうだな」


 周りはまだ、結晶頭の化け物と戦っている。二人が回収されても管理人がとやかく言うことはないため、靭はとりあえずの意見をまとめた。


「なんとなく分かったことだが、やはり感情が起因していそうだな……」

「でも、カルちゃんは気絶してた」

「なら、二通り考えられるな」


 とはいえ、感情による影の発現が一番の近道だろうとは思う。守大の怒号を思い返す。あれは、人間が出せる声量を遥かに超えていた。どれだけ頑張ろうとも、あれほどの声は出せないだろうと。靭は、カルの影の発現方法がイレギュラーだと割り切った。これ以上は、考えても意味がないと。


 感情で影が発現されることを考えれば、自ずとやることも見えてくるから。靭は、迷いのある瞳で、凛を見つめる。


「この話は終わりですかね。俺は、結晶頭と戦いたいのですが」

「ああ、いいぞ。死にそうになったら、戻って来い」

「分かりました」


 吟時は引き止められなかったことに満足そうな笑みで頷きながら、残りの結晶頭に挑みに行った。


「いいの、あんなに勝手にさせて」

「いいんじゃないか。ひとまず、俺は少し休憩したいし。もしかしたら、他に分かることがあるかもしれないだろ」

「まあ、そうね。情報は大切よ」

「治療もね」

「あ、はい。すみません」


 凛に睨まれた靭は、おとなしく口を閉じて回復に務めようとする。しばらく呆然とドームの戦いを眺めているが、守大達以外から影が発現することはなかった。


「終わったよ」

「ああ、ありがとうな」

「うん」


 随分と凛が大人しいことに疑問を感じる靭だが、あえて聞かないことにした。凛にも何か思うところがあるのかもしれない。とりあえず、今後のことを二人に相談しようとした時だ。


『さぁ、第二ラウンド開始だー!!』


 靭たちの回復を待っていたかのように、十善寺の声がドームに響き渡った。それと同時に、最初に結晶頭の化け物が出てきた場所から、またしても一体の結晶頭の化け物が現れる。お代わりということだろう。


「ねえ、これどうするの?」

「ああ……戦力不足だよな、どうみても」


 吟時は、全滅しかけていた人たちから、結晶頭の化け物を奪って一人で相手にしていた。所々、血を流してはいるが、本人は至って元気そうだ。分かることと言えば、こちらに戻ってくることがないということだけ。


「放し飼いは危険だな」

「あなたがそれを言うのね」


 呆れたような声で呟いたのは、響だ。まさか続けてあの化け物を相手にしないといけないとは完全に想定外だったため、靭はただ愛想笑いしかできない。


「まあ、なんかあったら、戻ってくるだろ」

「それまでは?」

「頑張ろう」


 響は、引きつった笑みを浮かべ、額に青筋を立てている。相当にキレているようだ。


「……まじ?」

「おおマジだよ」


 靭は気にせず、二人の前に立つ。頼りになる守大とカルが抜けたのだ。戦力的にも痛いし、空気も重い。カルの明るさが、どれほどこの場の空気を和ませていたのか痛感する。


「……」


 結晶頭の化け物は、ゆっくりと靭たちに迫ってくる。まだ門から出てこないが、それも時間の問題だった。靭は、一人、凛と響の前に立つ。


「とりあえず、やるか。ふたりとも、俺が死んでも、影を発現させてくれよ」

「じん、それって、どういう」


 凛が靭の方を呆然と見上げた。まさかの言葉に、固まってしまったようだ。靭はただ、優しく笑みを浮かべるだけだ。


「凛、悪いけど、約束が守れるか怪しい」


 笑顔とは裏腹に、現実味を帯びた言葉を凛にぶつけた。


「じん」


 凛はすでに泣きそうだ。目のハイライトも消えている。どうしてそんなこと言うの、わたしのこと嫌いになったの、一人にしないで、置いていかないで。凛にそう言われてる訳ではないが、目がそう訴えてきた。


「嘘言ってもよかったんだけどな……まあ、アイツ恐ろしく強いしな。さすがに、覚悟決めないと」

「な、なら、逃げ回ってれば」


 顔を青ざめさせた凛は、どうにか靭を戦場に立たせまいと誘導するような言葉を投げかける。凛にとって、靭がいなくなることは、精神的支えを失うということだ。そうなれば、凛自身がどうなるか分からない。靭はそれでも、凛の提案を否定した。


「逃げてるだけじゃ駄目なのは、分かるよな」

「なら、一緒に」

「死ぬのか?」


 凛の言葉を遮って、靭は真顔で言う。


「それ……は……」


 凛が言葉に詰まる。何をどう伝えるべきか迷っている。今まで凛に優しくしてきた靭にしては、豹変したように厳しい態度だ。凛は胸に手を置いて、視線をあちこちに飛ばし続ける。靭は、凛の目を見て優しく笑うだけだ。


「正直さ、俺はまだ死にたくないよ。凛にも死んでほしくないし、紫苑さんにもな。まあ、最初は、凛だけ守れればよかったけど」

「……」


 凛は何も言わない。ただ、床を見つめているだけ。響も、口を挟んでこない。最初は凛以外どうでもよかった、という発言を気にしていないようだ


「でも、これだけ関わったからな、誰にも死んでほしくない」

「わ、わたし、だって」


 凛の発言に、靭は響を見た。響はただ頷く。本心ということだろう。


「凛、お前を守るには、これくらい無茶しないといけないってことだ」

「で、でも……」

「お前を死なせないために、俺は最後まで足掻く。例え、お前に嫌われてもな」

「き、嫌いになんて!」


 凛はバッと顔をあげる。自分でも卑怯な言葉を使ったなと思いながらも、靭に反省の色はない。


 ジャラジャラ――都合よく、結晶頭の化け物が姿を現した。もう本当に、時間がない。靭はこれ以上の会話は不要として、最後に凛を見て笑う。


「おっと、時間切れだ……じゃあ、行ってくるわ」

「じ、じん!」


 靭はあえて、残酷な真実を話し続けた。感情の乱れは、影を発現させるために必要なことだと信じて。あとは、ハッキリ言って、普通に死ぬことにもなりそうだから、本心を告げたともいえる。


 本心を告げてから、最後に凛を見る。凛は時が止まったように、電池の切れたロボットのように動かない。

その隣で、響が凛を守るように立ち、靭を睨んでいる。


「死んだら、地獄で殺してあげる」

 

 背後からそう声が飛んできた。どうやら、死んでもまた死ぬ羽目になるらしい。


 響の発破に、靭は思わず微笑んだ。


「手厳しいねー」


 靭は、結晶頭の化け物の前に立つ。


「とりあえず、やるだけやってみるかー」


 一人になったほうが、逆にやりやすいのか。靭に、さきほどまでの緊張感はない。絶対に一人では倒せないであろう敵と、どうにでもなれという状況が、靭の感情を抑え込む。


「……」

「おっと!」


 結晶頭の化け物が次々と鎖を靭に向かってぶつける。靭は、思いのほか簡単に鎖を弾いていく。一度受けた攻撃を、自分の力に変える。靭が受けた一撃は、カルを庇うために受けた攻撃のみ。しかし、その攻撃は、強化された肉体に風穴が空くほどの威力だった。


「うわ……これは、まずいねー」


 ということは、つまり、鎖の攻撃なんて痛くもかゆくもない威力に変わっている。それは、つまり、死ににくくなっているということだ。


 靭の目標は、凛を先に覚醒させて次のステージへと見送ること。なので、できる限り体にダメージを受けて死にかけることが必要だった。あえて、きつい言葉を凛に残してきたというのに、これでは意味がない。


「さて、どうするかね……」


 靭は、とにかく考え続ける。思いのほか丈夫になってしまった体で、どうやれば凛の感情を爆発させることができるのか、と。


 ひとまず、靭は、結晶頭の化け物の鎖を壊すまでの間に、感情を爆発させる以外にも何かいい方法がないか考える。鎖の攻撃は、今の靭にはノーダメージだ。なら、考えるしかなかった。感情以外に、影を発現させる方法を。


 鎖を弾いては、影の発現について思考を巡らせる。


 守大は激怒していた。カルが殺されたと勘違いして、周りが見えないほどの怒りに飲まれていたはずだ。なら、人は激怒するとき、どうなっているか。自分が怒っていた時のことを思い返す。


 そして、もう一つの要因に辿り着く。


 「ああ……心拍数を異常なまでに引き上げるってのも手なのかもな」


 響の言葉を思い出す。普通の人間にはない心臓のような臓器があること、それが心臓近くにあること。感情が高ぶってるとき、基本的には心拍数が上がってるはずだ。それも大事かもしれないと。


 カルも、壁にぶつかるまでの間、実は意識があったのかもしれない。あの時のカルは、能力が強化されて激しく動き回っていた。それに、大声も出しながら。激しい運動をしていても、心拍数はあがる。なにより、カウンターを喰らったあのとき、カルの心は、間違いなく「まずい」と強く思ったはずだ。人間は取り返しのつかない失敗をしたとき、心拍数が上がっている。


 とはいえ、気絶していたし、本当に合っているかは疑問だった。


「まあ、実際に試すのがいいよな」


 考えがまとまったのか、靭は行動に出る。


「……」


 ジャラジャラ――靭に鎖が迫る。


 ガッ――鎖を弾かず、受け止めた。そして、鎖で綱引きを始めると、鎖がギチギチと音を立てる。大きな鎖は頑丈だが、錆びだらけだ。強い力同士で引っ張り合えば、どうなるか。


 バリーン――もちろん、鎖は壊れる。


「……」


 壊れた鎖を見て、結晶頭の化け物は、鎖を捨てた。そして、靭を凝視し、ゆっくりと動き出す。


「さて、賭けてみますかね……命ってやつをさ」


 もう、考えるフェーズは終了した。後は実践で試してみるほかない。今気になることと言えば、響がこちらをずっと睨んでいるということ。独り言で呟いた言葉を聞かれたようだ。鬼の形相である。靭は、笑うしかない。


「ちゃんと、やりますよっと!」


 といいながら、靭は無謀に突っ込んでいくだけ。そして、自分が今出せる全力で、結晶頭の化け物の左腕をぶん殴る。


「うらああああ!」


 気合の入った一撃。その一撃は、見事に結晶頭の化け物の左腕を抉った。靭は一度、引いて己の拳を見る。多少の傷はあれど、損傷はほとんどない。靭は、冷や汗を掻いた。


「や、やべー」


 思っていた以上に、自身の能力が馬鹿げた力を持っていることに。靭の作戦では、苦戦しつつも最終的には、死にかけるところまで持っていくつもりだった。というか、実際にそうなると思っていたのだ。


 でも、現実はおかしなことに、そうではなくなってしまった。


 明らかに肉体強化のスピードが上がっている。初回の化け物退治は、何度も攻撃を受けてようやく自分の力に変えていたのに対して、今回は一度重い攻撃を受けただけだ。とはいえ、腹に風穴が空いて本当に死にかけたが。


「え……もしかして、無理?」


 非常にまずい展開だった。


「いや、やるしかない」


 それでも、靭は、可能性を探り出す。やつの右腕。あの攻撃を受けたら、死にかけることができるはずだと。


「うらああああ!」


 靭は、突っ込んだ。結晶頭の化け物には分かりやすく、響にはバレないようにしながら。何度も、何度も、移動して、結晶頭の化け物と響の目を翻弄させていく。


 結晶頭の化け物は、結晶で靭を凝視し続ける。そして、右腕を構えた。


「!!」


 靭は、歯を食いしばって飛び込んだ。これから来る痛みに備えて、気を失わないように。前回と違い、ガードはしない。カウンターをもろに食らうつもりで。


「……」


 ビュン――風を切る音が、再び靭の鼓膜に到達する。


 ゴキャ――鈍い音だ。前回と違い、右腕は完全に残ったまま。とはいえ、さすがに右腕から肩まで機能しないほどにダラリとぶら下がっている。だが、弾け飛ぶことはなかった。


「ぐぅ……」


 これはこれでめちゃくちゃ痛いと、靭は涙目で右肩を抑えた。右腕は、とんでもないことになっている。真っ青を通り越して、どす黒い。人間が出していい色をしていない。対して、結晶頭の化け物の腕はほぼ無傷。やつは左腕が機能していないので、ほとんど同じ状況と言っていい。


「……さすがに、これぶら下げるのは嫌だな」


 ギチギチ、ミチミチ、ブチッ――靭は自らの右腕を引き千切った。痛みはあるが、経験した痛みだ。頭のおかしい世界にいるせいで、もはや痛みすら、靭の中では日常だ。


「やべ、出血のこと、何も考えてなかった」


 前回は、凛に回復してもらっていたが、今回はそうしてもらう余裕がない演出をしている。右肩から血がドバドバ流れていく。貧血で頭がクラクラする。靭は、ニヤリと笑った。その顔は意地悪な笑みを通り越して、悪魔のような笑みを浮かべている。


「靭、戻ってきて!!」


 どうやら、凛が復活した様だ。響の能力で、声を届けているのだろう。死にかけの状態の靭を、凛が放っておけるはずがない。


「悪いが……それはできねぇ!!!」


 靭は、もう一度、結晶頭の化け物に飛び込んだ。左腕だけでは、絶対に勝てない相手。けど、それが正解だ。凛のことを考える。今の凛の心境は、気が気じゃないだろう。愛する人が右腕から血を流し続けながら、死地へと向かう状況を見せられているのだから。心拍数が嫌でも上がっているはずだ。


 そして、こうも考えている。


 靭が、本当に死んでしまう。


 それでいい。今は、それしかないと、靭はほくそ笑む。


「っ!!!」


 ダン――力強くはあるが、靭は先ほどよりも遅いスピードで跳ねた。


「……」


 構えた右腕の手の形が違う。靭も、それに気付いた。


「ハハ」


 マジかよ。拳を握る動作ではなく、手刀の構え。先と同じような威力で拳ではなく手刀を出されたらどうなるか。靭には見当もつかない。


 しかし、後悔しても、もう遅い。靭は、咄嗟に、攻撃から防御の構えを取った。


 シュン――先ほどよりも早い速度で、風を切る音がした。


 スパン――とてつもない切れ味。左腕が綺麗に切断される。靭は、無理やり着地して、どうにか攻撃範囲外まで体を動かした。


 「ま……じか……」


(左腕は、まだ問題なかった。問題なのは……)


 首が半分切断されていることだ。信じられない量の血が、右肩、左腕、首から噴出している。


「じいいいいいいいいん!!!!」


 凛の悲鳴が聞こえた。


「まあ、でも……」


 成功だ。


 靭は、心の中で呟くと、そのまま意識を失った。







  



 

「じいいいいいいいいん!!!!」 


 遠くの方で、靭が夥しい量の血を流して倒れている。最初から靭の戦いを見ていた凛は、慎重に戦う靭の姿を見てホッと息を吐いていた。靭が強くなっている、このままいけば勝てるはずだ、と。しかし、気が付けば次第に靭は押されていき、右腕を失ってからは、それがより顕著に現れた。


「止めるわ!!」


 響が前に出て、結晶頭の化け物に足止めを行っている。長くはもたない。


「影!!」


 影は傷ついた靭の止血を始めながら、凛の元まで連れてくる。靭の顔色は、すでに真っ白だ。死んでいると言われても不思議ではないほどに。凛は靭の胸に耳を当てる。微かだが、心音が聞こえた。靭がまだ生きていると信じて、凛は必死に彼の治療に励む。


「靭……ジン……じん……」


 回復量がなぜか追いつかない。腹に風穴が空いても治療できたし、他のメンバーだって癒せた。なのに、靭を癒せない、治せない。


 血が……止まらない。


「いや、どうして……どうして」


 大粒の涙がポロポロと流れ落ちる。影はできる限りの治療を行っているが、間に合っていない。それでも、懸命に靭の欠損した一部に成り代わろうと必死に抗っている。


「じん……置いていかないで」


 今にも死にそうな靭に声をかける。それでも、靭は黙ったままだ。


「嘘だって……言ってよ……ねえ、じん」


 震えたか細い声で、何度も靭を呼ぶ。


 それでも、靭は反応しない。


 呼吸が止まっている。

 

 唇が、徐々に変色していく。


 靭が、死ぬ。


 それを自覚したとき、凛の目が灰色に濁った。

 

「ぃゃ……嫌だイヤダいやだ嫌ダいやダ!!!!!」


 狂ったように嫌がる凛の声が、ドームに響いていく。


「いやあああ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛」


 頭を抱えて、嗚咽し、枯れた声のまま絶叫した。


「A゛A゛A゛A゛A゛A゛A゛A゛A゛A゛A゛A゛A゛」


 影の茨が、凛を囲うように生えてくる。ゆらゆらと揺れながら、先ほどまでとは比べ物にならないほどの影の量だ。凛の全身に影の茨が巻きつけられていく。茨は、凛を一瞬にして飲み込んだ。そしてその影の茨は、靭の損傷した場所へと集まっていく。


 凛の意識もまた、影に飲み込まれていく。








「凛ちゃん!!」


 足止めをしていたはずの響が戻ってきた。結晶頭の化け物が、怯えるように後ずさったからだ。前回と同じ現象が起きたことで、響は靭が本当に死んでいるのかを確認する。


「え」


 響が戻るころには、靭の体はすでに元の姿に戻っており、血色も正常だった。響が足止めしていたのは、ほんの数分だ。その数分で何が起きたのか。あれほど大量の血を流していた人間には思えなかった。腹に風穴が空いた時ですら、凛が回復してもまだ辛そうだったというのに。


「異常な心拍数……どれだけの血が巡っているというの」


 守大とカルの時は、分からなかった。とてもではないが咄嗟のことすぎて、音に意識を集中できる状態ではなかったから。あの叫び声は、響の耳をおかしくしてしまうくらいの声量だった。耳がおかしくなっていないだけ、感謝したいほどに。


「感情を爆発させることよりも、心拍数の異常によって、影は発現する。あなたの考えは、正しかったみたいね」


 靭が凛に本心を告白したとき、響は怒っていた。わざわざそんなことを言わなくても、と。軽蔑するように靭を睨みつけていると、靭の感情や、心の声までもが聞こえてきたのだ。もちろん、意識を集中させなければ気付けないほどの音ではあったが。


 靭の企みを知ったからには、その命懸けのバカげた作戦が本当に影を発現させるのか、見届けるしかなかった。響は靭と凛、両方の心拍数と心の声に耳を澄ませていた。凛の感情を乱すための芝居も、わざと攻撃を喰らったこともお見通しだ。そして、本気でやらかして死にかけていることも。


 怒りを通り越して、呆れてしまうほどの無鉄砲さにため息が出る。


「あとで、絶対に嫌味をたっぷりと聞かせないと」


 靭の脈は安定し、呼吸も正常。死ぬことはないと分かり、一安心し、そう口に出した直後のことだった。


「あ」


 凛に絡みついている茨が変化を始めた。


 影になり替わったように黒く染まった凛が、徐々に姿を現す。頭には様々な花で作られているであろう黒い花冠。露わになった上半身には蔦や茨のような植物が巻きついており、背中には黒い翼が生え始めた。下半身にはドレスのようなスカートが現れる。右手には、凛と同じ背丈の杖のような形をした影が握られていた。


 全身に影を纏っているため分からないが、今の見た目は【闇精霊】のような姿だ。


「すごい」


 響はただ、そう呟くしかなかった。


「わたしの だいじなひとを ころしかけた そこのおまえ」


 影に覆われた凛は、幼子のような声と、声の低い女性と、優しい声色の女性が混じったような声で、結晶頭の化け物に語り掛けた。まるで、三人が同時に喋っているかのように響き渡る。


「……」


 結晶頭の化け物は、言葉を発することはない。ただ、足が一歩も前に出ていないようだ。カルや守大の時のように殺しには来ないのかと、響は凝視する。すると、結晶頭の化け物の足元に、黒い茨が絡みついていた。


 動かないのではなく、動けないのだ。


「そのつみ ばんしにあたいする」


 ポーンポーン――大杖を床に叩くと、木琴のような音色が響いた。


「しね」


 結晶頭の化け物に絡みついていた影の茨が分裂し、巨体を容赦なく絞め上げている。メキメキ、バキバキと音を立て、化け物の体はバラバラになって落ちていった。


 結晶頭の化け物が死ぬと、役目を終えたように影が凛の中へ戻っていく。


「凛!」

「え」


 いつの間にか目を覚ましていた靭が、凛を抱きしめた。凛の動向に集中していた響は、靭が目覚めていることに気づかなかった。響は『起きてたなら言いなさいよ』という言葉を飲み込んだ。


 あとで、たっぷりと説教してやろうと思いながら。


「……じ、ん……あとで、覚えておいてね」


 どうやら、凛と響の考えは同じようだ。靭は、いつもの笑顔を見せたまま、頷いている。


「ああ、もちろんさ」

「だから……はやく……来てね」

「善処するよ」


 靭の言葉を聞いた凛は、幸せそうな表情で、気を失った。




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