第24話 黒騎士と黒狼
第24話 騎士と獣
「ヒャハハハハ!」
狂ったように笑うカル。
「……」
静かに、カルを追う結晶頭の化け物。
ドン――結晶頭の化け物は、後ろに大きく跳ねた。
「ニガサナイ!」
カルは、最短距離で追いつこうと、一直線に駆け抜けた。
「避けてええええええええええええええ!」
この場で最も遠くまで声を届けられる響が絶叫する。吟時の呟きを拾い、いち早く最悪の事態を察知したのだ。
でも、僅かに遅かった。
「あ」
カルの顔に、大きな拳が直撃した。
直後。
ドーーーーン――壁に何かが衝突した大きな音が響く。そこへ視線をやると、ぐったりと倒れて地面に伏したカルの姿。
彼女はピクリとも動かない。
「カル……ちゃん?」
守大が呟いた。何が起きたのか分かっていない表情で。けれど、その顔が徐々に崩れていく。大粒の涙を浮かべながら、次第に表情筋が引き締まっていく。
「ああ……あああ」
守大が顔に両手を当てながら、嗚咽を漏らす。
「ぁぁあぁあああぁあぁ」
徐々に、音量が上がっていく。悲しみから、怒りへと感情が移り変わるように。
「あああ……あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛」
体をのけぞらせながら、大きく叫んだ。まるで獣の咆哮だ。響の出す声などとは比べものにならない。守大の叫び声で、空気全体が揺れているような錯覚が起きるほどの怒号だった。
「り、凛!」
「カルちゃん!!!」
カルの治療は終わったのか、体が動く。靭の治療を終えたであろう凛は、靭には何も言わずに、すぐにカルの元へと駆けていく。同年代が嫌いと言った凛が見せた涙は、靭の心を抉る。
「守大!!」
それでも、靭は、守大に声を掛ける方を優先した。守大の力なくしては、この化け物を殺せないと直感したからだ。凛を生かすためなら何でもする、靭の冷徹な姿が顔を見せる。
「おい!」
靭が声を出すが、守大には届いていない。守大自身の出す怒号で、周囲の音がまったく届かないのだ。長時間ここにいれば、音が聞こえなくなる、そうは思ったが、靭は守大の傍を離れず、彼が意識を取り戻すように顔を叩く。
「かっ!」
守大の顔を叩いた靭が声を上げる。人間の硬さではない。顔の筋肉が金属のような硬さで、靭の手を弾いたのだ。
「くそ、アイツが……こない?」
結晶頭の化け物が追撃してくると思っていた靭だったが、敵はジッと守大を見て後ずさっていた。怯えている。化け物にその感情があるかは分からないが、間違いなくなにかを感じ取っていた。遠くで戦っている結晶頭の化け物も、そのほかの人間も、守大を凝視していた。
(何が起きてる)
靭は守大を観察する。彼の目には瞳がない。言葉の通り瞳がなく、白目が黒く染まりつつあった。これはヤバい、と思った靭は、守大から距離を取る。少し離れた距離から、守大を見れば、足から影が這い上がって来るのが見えた。
「……影が」
先ほどとは比べ物にならないような、夥しい量の影が、守大の体を覆っていく。影は守大の全身を飲み込んでしまう。守大を飲み込んだ影は、ゆっくりと形を形成していった。全身を覆った影が、守大の体よりも大きく成長する。そしてある程度の大きさになると、今度は何かを形作るように蠢いた。液体のように動いていた影が、徐々にその姿を現す。
シュウウゥゥゥゥ――蒸気を放つような音と同時に、影の動きが止まる。
「騎士?」
誰が言ったか。たしかに、それは騎士だった。
真っ黒な鎧。フルプレートアーマーのような見た目だ。ただし武器はなく、守大が鎧を装着しただけの姿。
まさに【黒騎士】という言葉が似あう姿へと変化していた。
「Uooooooooooo!!!!!」
騎士守大から声が響いた。獣ではなく、それはまるで、今まで退治してきた化け物のような、深く濁り歪んだ声だ。
暴走状態の守大が、一歩、また一歩と足を前に踏み出す。結晶頭の化け物もそれにあわせて前へ進む。腕を伸ばせば届く距離まで近づくと同時に、それらは互いの腕を掴んだ。
「……」
「GuooooooOOOOOOO!!!!」
守大が絶叫すると、結晶頭の化け物の腕から、結晶が落ちていく。結晶が落ちていくのは右腕だ。守大が左腕だけで、結晶頭の化け物の腕を引き千切ろうとしていた。
「GUAAAAAAAAAAAAAA!!!」
守大が力いっぱいに叫ぶと同時に、結晶頭の化け物の腕がブチィッと引き千切られた。
守大は引き千切った化け物の腕を、とある場所へと放り投げる。
「おい、そっちは!!」
その方向は、凛がカルを治療している場所であった。
「カルちゃん!!!」
凛は涙ながらに、カルの前へとたどり着いた。靭以外のことで、自分がこんなにも取り乱すとは思っていなかった凛だが、今はそれどころではないと息を整える。カルはピクリとも動かないが、そっと手を当てれば、まだ生きていることが影を伝って感じ取れた。
「ふうう……」
ただ、カルの顔を見ようとして凛の手が止まった。靭のボロボロの姿を見てきたのは、何度もある。だが、顔がグチャグチャになった状態は見たことがなかった。加えて、相手は同年代の女子だ。直視するには精神的な覚悟が必要だった。
凛は覚悟を決めて、回復するためにカルの顔を覗いた。
「え」
鼻から血は流れているものの、その顔は綺麗な状態だ。さきほど、結晶頭の化け物の拳が当たったとは思えないほど綺麗な寝顔。守大ですらダメージを負うほどの威力。骨は砕け、内臓まで深刻な損傷を受けていた。
「影」
影がカルを守ったとしか、考えられない。口元に形成されていたマスクのような影。瞬時に形を変えて、カルの顔を守ったのだろう。守大は、全身に影を薄く纏っていた。カルの場合は、全ての影を顔に集めることでダメージを軽減したようだ。とはいえ、鼻血が出るほどの威力だったことには違いない。最もダメージを負った場所は、壁に激突した背中だ。服はボロボロで、素肌と下着が見えてしまっている。
「影、下着と服も作ってあげて」
凛がそう命じれば、影は自ずと動く。全てが回復するまで、時間はそれほどかからないだろう。
「ん?」
カルの体に移動した影に違和感を覚えた。
「これは」
違和感のする方へ視線を向けると、そこには影が這いずっている。小さかった影が、徐々にカルの体を覆うように大きくなっていく。カル自身に変化はない。寝息を立てて眠ったままだ。凛が、目を覚まさないカルにではなく、その影の方に触れようとした時だった。
「あああ……あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛」
守大の発狂する声が、凛に届く。距離が離れているというのに、凛の鼓膜がビリビリと音を立てている。
「黄土さん?」
発狂している守大が、影に覆われていく。物凄い量の影だ。これまでの比ではないし、凛が操る影よりも夥しい量だった。それは完全に守大を覆った後、ある姿へと形作られていく。
「どうなって、きゃ」
カルに触れていた凛の手に熱い液体がかかり、思わず手を引っ込めた。火傷はしていないが、かなりの熱さに感じた。熱を感じた方を見れば、凛が作り出した癒しの影を飲み込む勢いで、カルの影が浸食している。凛は思わず、自らの影を元に戻した。
「カルちゃん!」
凛は叫んだ。あまりの熱さに手を引っ込めてしまったほどの熱量を出す影。それが、カルを飲み込んでいる。火傷は負わなかったものの、全身で長い間この熱を発する影に触れ続けたらどうなるか。想像するのは容易だった。
「起きて、カルちゃん!!」
凛の瞳に、また涙が浮かぶ。もはや、パニック状態だ。得体の知れない結晶頭、靭の腹部に風穴を空け瀕死にさせ、頑丈な守大ですらダメージを負うほどの威力を持ち、カルの速さに対応する化け物。
かと思えば、守大とカルが影に覆われている。守大の方はどうか分からないが、カルの影はとてつもなく熱い。このままでは、火傷では済まされないほどの熱。
これ以上、おかしなことが起きてしまえば、凛の許容範囲を超えてしまう。冷静になれと、心を鎮めても、状況がそれを許してくれない。
「Uooooooooooo!!!!!」
すでにパンクしかけている凛の耳に、化け物のような野太い絶叫が届いた。バッと勢いよく振り向けば、そこには黒いフルアーマーを装着した誰か。いや、間違いなく守大だ。同じ場所にいたのだから、そうに違いないと結論付ける。
黒い鎧を身に纏った守大が、結晶頭の化け物の場所へ移動する。結晶頭の化け物もまた、ゆっくりと守大の方へ向かい、互いに対峙し始めた。ここ最近、靭と観ていた怪獣映画そのものだ。
戦いは、均衡しているかに思えた。だが、よく見れば守大の方が押しているように思える。そのまま倒して、と祈るように見つめる凛だが、またしても違和感を覚えた。視界の端が少しだけ暗くなったのだ。何事かと思い、顔をカルの方へ向ける。
「カル……ちゃん?」
「……」
先程までピクリともしなかったカルが、突然立ち上がっていたのだ。いや、正確には、カルの姿をした影が立ち上がったというべきか。全身が影に覆われたカルが、じっと守大の方を見ている。
カルの視線の先では、黒い鎧を身に纏った守大が結晶頭の化け物の右腕を引っ張っていた。徐々に引き延ばされていく結晶頭の右腕。
「GUAAAAAAAAAAAAAA!!!」
守大の絶叫と共に、結晶頭の右腕が引き千切れた。
守大は、結晶頭の腕を、凛たちがいる方へと投げ込んだ。
「……!」
凛たちの方へ、正確に吸い込まれるように、大きな右腕が迫ってくる。
「GAAA!」
「カルちゃん!?」
カルは、向かってくる腕に向かって吠えた。そして、両手を前に突き出してパンッと手を合わせる。
その音と共に巨大な腕が圧縮され、一瞬にしてガムのように薄っぺらく変形した。凛は大きく目を見開く。もはや、目の前で何が起きているのか分かっていない様子だ。
「GAAA!!」
カルは瞬時に飛び出し、大きく口を開けて圧縮された腕を飲み込む。
「うまああああい!」
いつものカルの声が戻ってきた。元気よく叫んだカルは、突如として両手を地面につけて、虎や狼が獲物を狙うような低い姿勢をとった。
「AOOOOOOOOOOOOOON!」
そして、その場で顔を上げて、高々と遠吠え。遠吠えに反応するように、影が変形していく。頭上にはピンとした狼のような耳、体には柔らかい毛並みの毛皮、両手両足は爪が伸び、最後には尻尾が伸びる。
「……」
その姿は、まさしく【黒狼】。
黒狼化したカルは、グッと両手両足に力をため込む。筋肉か、それとも手足の形をした影が、ギチギチと音を立てながら圧縮されていく。
「GAAAAAAAAAAAA!」
バネを弾いたように、目にもとまらぬ速さで加速して結晶頭の化け物の元へ飛んだ。
「凄い」
凛は、それをただ眺めることしかできなかった。
「AOOOOOOOOOOOOOON!」
カルが影の狼のような姿へと変わってから、靭はただその光景を眺め続けていた。
「GAAAAAAAAAAAA!」
バネを弾いたように、目にもとまらぬ速さで加速して結晶頭の化け物の元へ飛んだ。先ほどと同じような光景だが、もう不安要素はない。
守大の圧倒的な力を間近で見ていたからだろう。靭の頭の中には、ああ、もう大丈夫だなという安心感だけが残されていた。
「……」
結晶頭の化け物は、またしてもカウンターを狙い左の腕を放つ。威力は右手には劣るものの、カウンターであれば、威力は絶大。カルの弾丸の速度も相まって、当たってしまえば、今度こそただではすまないだろう。
そう、当たればの話である。
「GAHAHAHAHAHA!!」
カルと獣の声が混じったような嘲笑う笑い声だ。
カルは空中で体を操り、左腕のカウンターをするりと躱す。反対側に着地したと同時に、またしても結晶頭の化け物の方へ向かう。化け物もどうにかカウンターを合わせようとするも、またしてもぬるりと躱される。風に煽られた炎のように、いともたやすく避けていく。それを何度も、何度も執拗に繰り返した後。
「GABU!」
気が付けば、結晶頭の化け物の左腕が消えていた。
「UOOOOOOOOOOOOOOOO!」
カルの攻撃が終わるのを待っていたのだろう。今度は影の鎧を身に纏った守大が、結晶頭の結晶を両手で鷲掴みにした。バリバリと音を立てて、結晶がひび割れていく。結晶頭の化け物は、必死に足で抵抗するも、守大にダメージは入らない。
「UOOOOOOOOOOO!!」
守大は、結晶頭の化け物を頭ごと持ち上げて、ぐるぐると振り回す。
「UAAAAAAAAAAA!!」
そして勢いをつけて、カルの方へとその巨体を投げ飛ばした。カルもそれに反応して、飛んでくる結晶頭の化け物へと跳躍する。
「GABU」
カルは飛んでくる結晶頭の化け物とすれ違いざまに、その顔の結晶を喰らった。空中で結晶をバリバリと音を立てて噛み砕き、飲み込む。
頭を奪われた結晶頭の化け物はもう動かない。それを見たカルはおもむろに立ち上がり、両手を前に出してパンッと手を合わせた。
パン――結晶頭の体が圧縮されて、小さな飴玉のような姿に変わる。真っ黒に輝く飴玉をカルは勢いよく吸い込んだ。
「GOCHISOUSAMA」
そういうと、カルは膝から崩れ落ちていく。
「……OU」
カルが地面に倒れ込む直前、守大が彼女を受け止めた。守大の太い腕にすっぽりと収まると、カルの姿が元の少女へと戻っていく。
「……UOOooぉぉおお」
カルが無事であることを確認してから、守大もまた人間の姿に戻り、彼女を庇うように倒れ込んだ。
「……っ、守大、カル!」
全てを見ていた靭は、ようやく我を取り戻し、守大とカルの元へ走っていく。
「……んあー、おなかいっぱい」
「うう……カルちゃん」
二人とも、ただただ眠っているようで、体に傷一つない。戦場の中、何とも場違いな姿で幸せそうに眠っているカルの表情を見て、思わず力が抜ける。
「靭さん」
「ああ、大丈夫だ。寝てるだけみたいだし」
「そのようですね」
どうやら、吟時もまた安心しているようだ。いや、少し呆れているようにも見えた。まあ、あんなことになったというのに、本人たちは眠っているだけなのだから仕方がないと言えば仕方がない。
「靭」
「おう、凛。凄かったな、二人とも」
「うん。あ、そうだ、靭」
「どうした?」
「まだ、傷治ってないから、座って」
「……あ、はい」
そう言われてしまうと、なぜだか横っ腹に酷く痛みを感じた。完治しているものだと思っていたが、どうやら違ったらしい。治りかけの靭よりも、重傷だったはずのカルの治療を凛は優先したようだ。
(いい傾向じゃないか)
靭は、自分への凛の執着のような好意が、少しずつ薄まっていくのかもしれないと思った。関係値を増やしたことが大きな要因だろう。普通になれとは言えないが、靭は、凛がこうして友達想いになってほしいと願っている。
靭の能力は、常に生と死のチキンレースを強制させるような能力だ。上手く使えば強化できるし、上手く使えなければ死ぬ。もし仮に、自分が死んだ場合、凛を支えてくれる人が必要だと本気で思っていた。
「でもまあ、それだけじゃ駄目だよなぁ」
「喋らないで」
「あ、はい。すみません」
凛に怒られながらも、靭は管理人の十善寺が放ったクリア条件とやらを思い浮かべていた。
パンパカパーン、ピンポンピンポンピンポーン――他はまだ戦闘中だというのに、ふざけたBGMがドームに響く。とはいえ、それを気にしているのは、一時的に戦闘を終えた靭たちのみだ。
『カルちゃん、守大君、見事クリア!』
十善寺花火が、嬉しそうに言い放った。
影の発現と、クリア。
つまり、クリア条件とは、カルと守大のようになること。
それが、最終ゲームのクリア条件ということだ。




