第19話 喜べないプレゼント
「じん!!」
血まみれの靭に、凛が駆け込んでくる。靭の両腕はなく、切断された腕から血が噴き出していた。胴体は爪の形でぱっくりと裂けており、ほとんど中身が見えている。
とてもではないが生きているとは思えない惨状。
「……ぃだぃ」
けれど、靭は涙を零しながらも、笑いながら小さな声で呟く。
「喋るな!」
零れた涙を拭かないまま、凛は影を集めながら、靭に声を荒げた。死ななければいいとはいったが、まさかこんな無茶をするなんて、誰が思うだろうか。
「影!」
凛が叫ぶと、凛の手のひらから影がゆっくりと動いて、靭の元へ向かう。靭は今にも死にそうだというのに、影の動く速さが遅すぎて、凛は苛立ちを見せた。
「急げ!!」
影に向かって叫ぶ。影は黒い液体で、響に生き物だと言われたからかもしれない。ズズっと低い音がすると、凛の体を覆うように影が発現していく。完全に凛の体を包み込むと、凛の腕から影が凄まじい勢いで伸びていった。
そして、影は凛に従うように、瞬時に靭を包み込んで仄かに光る。
「あああ、これは……効くなぁ」
「いや、ちょっと、怖いわよ」
「はは、だよなー」
靭は間の抜けた声で、響の言葉に同意した。両腕も吹き飛んで、内臓が丸見えの男が、顔を青白くしながら変なことを呟くのだ。誰だって引くに決まっている。凛も何か言いたげな目ではあるが、治療に専念するためか無言のまま、靭を覆う影を見つめていた。
「しんかいさあああああああああん!!!」
カルが涙を流しながら、靭の前に現れた。先の戦いで守って貰ったからだろう。カルの顔も真っ青である。
「おう、カル……ぶじだったか」
「い、生きてる!! それに体が黒い!! というか、なんという生命力!! まあ、生きてるなら、良かった!!」
どう見ても良くはない状態なのだが、生きていれば安心できるらしい。
「し、深海さん、大丈夫ですか?」
「おーう、黄土君、どうにかなー。吟時はどうなった?」
「く、熊の化け物を一撃で倒してました。気を失ったので、連れてきました」
「そうかー、よかったよかったー」
倒せるとは思っていなかった靭であるが、吟時が倒したと聞いて安堵の笑みを浮かべる。
「黄土さん、そこに彼を置いて。その子も治療するわ」
「ひ、ヒーラー! かっこいいよ、凛ちゃん!」
「ありがと、カルちゃん。影、やって」
凛は、吟時も回復させるらしく、ずずっと影を出して、二人分の治療を始めた。
「にしても、大分無茶したわね」
「一発は、耐えられると思ったんだけどなー……腕吹き飛んだし、内臓もいかれたし。
本当に良く生きてるよなー、あはは」
か細く笑う靭に向かって、凛が鋭い視線を向けた。
「笑いごとじゃ、ない!!」
「はい、すみません」
ひとまず謝罪してから、響に視線を向けた。
「んで、今の状況は?」
「あなた……凄いわね」
「そういうのいいから」
ここはまだ戦場だ。靭たちは、どうにか熊の化け物を倒せたが、まだ他が残っている。戦闘音と叫び声が聞こえるから、まだ終わっていないことは明白であった。
「どうにか耐えてるけど、いつ均衡が崩れてもおかしくないわ」
「ああ、そう……まあ、おかしいくらい強いしなー」
熊の化け物は、何もかもが他の化け物に比べて上位互換であった。むしろ、先の状況で倒せたのが奇跡というのが、靭の見解らしい。
「これってさー、全部倒せないと終わらないのかな??」
カルが、死んだ化け物を食らいながら呟く。相当に腹が減っているのかもしれない。彼女はいつの間にか、結晶付きの骨肉をゴリゴリバリバリと音を立てながら食らっていた。
「まあ、そうだろうな」
「ふーん……じゃあ、終わらせちゃおうかな!!」
カルはそう呟くと、元気に立ち上がって準備運動を始める。
「なんだ、終わらせられるのか?」
カルの発言に、靭は思わず突っ込む。先ほどまで、熊の化け物に苦戦していたとは思えない発言だから。
「うーん、たぶんね!死んだ熊の化け物を食えば倒せそうなんだよね!」
そういうと、カルは、自分たちが倒した熊の死骸をじっと見つめる。
「胴体と頭、貰っていいかな??」
「え、あ、うん。どうぞお好きに」
「ありがと!!」
そう言って、カルは熊の化け物に体を向ける。体を向けただけで動こうとしないカルに、靭たちはどうしたのかとカルを見つめた。
「影!」
吟時、凛がそう言っていたから真似したのかもしれない。カルは影のことを知らないので、恐らくそうであろうと靭は思う。カルの言葉に反応するように、カルの全身に影が纏っていく。
「おお、かっこいい!!」
自身の姿を堪能してから、カルはもう一度熊の方を見る。
どうやら、やってみたかっただけらしい。
「じゃあ、いただきまーーす」
そのまま、カルは大きく口を開く。すると、またしてもカルの動きに連動するように、影が大きな口のような形を作る。
「がぶ!!」
それだけ言うと、熊の胴体と頭が消失する。カルにとっては先ほどから使っている能力であるが、それを初めて見た守大以外の人物が驚きの声を上げた。
「ごっくん! うん、やっぱりやれそう!!」
「な、え、は?」
「噓でしょ」
「カルちゃん、凄いね」
「す、凄いですよね、カルちゃん。お、恐らくですけど、食べたんですよ。そ、その、影ってやつを使って」
「えへへ、照れちゃうね」
カルは、全員から褒めてもらっていると受け取ったのか、とても嬉しそうに笑って頬を掻いている。
「まじかよ」
守大の言葉に、靭はそういうしかなかった。
「カル」
「ん、なに?」
「その、やれそうってのは、どういう」
カルは、熊の化け物を食べたあと、やれそうと呟いたのを靭は聞き逃さなかった。
「ああ、もう疲れたからさ、終わらせようと思って!」
「終わらせる??」
「うん、見てて!!」
カルはそう言うと、他の人々と争っている熊の化け物を注視する。
「がぶ!」
カルがそう呟くと、影が熊の前まで伸びていき、標的にした熊の頭が消失した。
一体目が終われば、次の熊を見てもう一度同じ言葉を呟く。
「がぶ!」
一体、さらにもう一体、続けてもう一体。がぶ、がぶっと呟けば、熊の頭が消失していく。規格外の力に、守大、響、凛、靭でさえも言葉を失う。カルの口はもぐもぐと動いて、骨を砕くゴリゴリという音が響いている。
「ふう、ちょっとさすがにお腹いっぱいだ。
お腹の肉食べなきゃよかったかも。まあ、でも、残り一体だけならすぐに終わるよね!」
満足したのか、カルは影を解いて床に座り、お腹をさすった。カルのお腹はぽっこりと膨れてはおらず、とてもあれほどの巨体を食べたようには見えないが、本人の感覚としては腹が膨れているらしい。
「もう、凄いとしかいいようがないな」
「へへ、熊も食べ物だからね!」
どういう意味なのか分からない事をいいながら、カルは満足そうに笑うのであった。
「みんな、困惑してるわね」
カルが熊の化け物を食らったことで、状況が一気に打開された。とはいえ、まだ一体だけ残っている。響は、選ばれなかった人々と化け物の戦いを見ながら、続けて呟く。
「今のところ、影を発現させてないのは、私と深海さんだけね」
「そうだな。といっても、そんな簡単に発現させられそうにないけどな」
靭は体が回復してきたのか、顔の血色も、話し方もいつもの靭に戻っていた。
「なんとなくは分かるの?」
「ああ。俺の拳が完全に骨まで見えてたとき、凛の足元で何かが揺らいで見えたんだが、それは恐らく影だったんだろう。凛は、あのとき何を考えてた?」
「治療しなきゃって思ったよ。すごく痛そうで辛そうで、見てられなくて、心がぐちゃぐちゃになった」
冷静に見えていた凛だが、想像以上に心が乱れていたらしい。
「でも……あ、できるって思ったの」
「治療を?」
「うん。頭の中で、どうすればいいか見えたの。
気が付いたら言葉が口に出てたし、勝手に体が動いた」
そう言い終えると、吟時に出していた影を自分の体に戻す。
「拳くらいなら治せるし、少しだけ影も操れた。
でも、今ほどじゃない。今は死にかけの靭を見たら、また心が大きく乱れたのに、影の使い方が手に取るように分かった」
凛の言葉に、靭は「うん」と一人で納得する。
「感情なのかもな。カルと黄土君は、どうだった?」
二人も影を発現している貴重な人材だ。守大は、視線を左右に動かしながら、影について話す。
「ぼ、僕は、カルちゃんが傷ついて、頭がカッとなって、気が付いたら影が出てたんだと思います。
さ、最初は気付かなかったけど、カルちゃんにも影が出て。その時、自分にも影が出てるって気付きました」
「なるほどな。操れはするのか?」
「そう、ですね。今はできます」
守大もすぐに影を纏う。黒い鎧のような形で、とても頑丈そうだ。守大は鎧の形をした影を、すぐに解除する。額から汗がじんわりと浮かんでいるため、使用はかなり消耗するらしい。
「意識すれば、使いこなせそうです。二回目だからでしょうか?」
「たぶんな。二回発現させれば、もう自分のものってことだ」
大体の意見が揃ったが、最後にカルの意見も聞く。
「んで、カルは?」
カルはあたふたすると、人差し指同士をちょんちょんと触って下を向く。
「うーん……戦ってて覚えてない……。
で、でも、あのとき凄い感情がグワーッてなって、すんごい力が湧いてきたかな??
それで、なんかこう、アタシ最強!! って気分だったかも??
あとは、めちゃくちゃお腹空いてて、イライラしてた気もする!」
なんとも雑な説明ではあるが、靭には十分なようだ。
「やっぱり感情が爆発すると発現しやすいのかもな。
ああ、二人にも伝えておくけど、それ生きてるらしいぞ」
「え」
「わあお! 生きてるんだ、影って!! なんか、すんごいね!」
どうやら、気持ち悪いという感想には至らないらしい。なんというか、純粋で素直すぎるところがある。環境に慣れるというか、非現実的なことも簡単に受け入れてしまう。だからこそ、守大や吟時、凛が見せた様に、影を体全体に纏うことができたのかもしれない。
靭も靭で、すぐに環境を受け入れる。だが、カルほどすぐには受け入れられないし、どこか冷めていた。似ているようで、正反対の二人。カルに影が発現して、靭には影が発現しない理由が、なんとなく分かる。
靭は最後に、影の性質について結論づけた。
「感情の高まりで、なんつうかこうシナジー的な何かが起きたんだろ」
「たしかに、吟時君も初めて叫んでたし、あるのかもね」
「つまり、このままだと俺たちには影が発現しない可能性がある」
「……どういうことかしら?」
響はじっと靭を睨む。しかし、それで怯む靭ではない。
靭はただ、事実を淡々と述べる。
「感情が動かない限りは、影が発現しない。なら、俺と紫苑さんは、なかなかピンチってわけだ。これから先、どんな化け物が出るかもわからないし、影を発現させないと最悪の場合は」
「篩に落とされる」
「ご名答。生き残りたいなら、まずは感情を爆発させるところからだな
「……」
響は、何も言わずに、靭から視線を逸らした。何かわけがあるのだろうと勘ぐる靭ではあるが、深くは聞かない。聞いたところで、本人の問題だからと線引きする。
会話が途切れ、気まずい空気が流れようとした、その時。
パンカパカパーン――なんだか久しぶりに聞いた気がする、ふざけた効果音が辺りに響く。
『はい、おわりー!
今回はここまで! 各自、部屋でゆっくり休んでね!』
プツリ――音が消える。女の管理人にしては珍しく簡潔だった。
「なんとか生き残れたな」
靭が周りを見渡せば、死体がそこらに転がってる。化け物の死骸もそうだが、人間の死体もたくさん。体に穴が空いてる人、首から上がない人、見るも無残な人。
とにかく、大勢。
人が多く亡くなったというのに、靭の心は穏やかだ。それに、周りも同じ。周りに死体が転がってるのに、取り乱している人はいない。
(結構死んだな。俺たち6人が生き残れたのは、奇跡的だ)
凛たちの顔を見てから、自身の肉体を眺める。体はすでにほとんど回復していて、重傷だった姿が嘘のようだった。
『あ、部屋に帰ったら、プレゼントがあるよん! 絶対に使ってちょーだいと! ほんじゃね!』
再度消えた声と、いつもの扉。また、おかしな日常が帰ってきた。
それがいいことなのか、よくないことなのか。
もう、誰にも分からない。
「終わったよ」
「ああ、助かった」
影の拘束が解けて、自分の体を見る。肉体は元に戻り痛みもないが、黒い結晶が至る所に散りばめられていた。
「結晶が体にね。私たちもいずれ、あの化け物と同じ姿になるのかしら?」
靭の体を見た響が、漠然と答える。
「どうだろうな」
靭は答えることができない。体は動くし、熱もある。けれど、妙な感覚だ。
感覚もあるのに、自分の体ではない気がした。
(まあ、いくら考えても無駄か)
そうして思考を止める。
「生きるなら、それでいい」
靭の迷いを感じ取ったであろう凛が、そう呟く。ぎゅっと靭の腕に絡みついて、靭を感じているようだ。
「そうだね! それにめっちゃ綺麗だしさ!
アタシも、腕吹き飛んだらそうなるんだって思うと、悪くないなって思うよ!」
ぶっ飛んだ発想だが、逆にそれがカルらしい。カルは笑顔だった。純粋な笑顔でそう呟くものだから、重たい空気が少しだけ和らいだ。
「まあ、そうだな」
そういって、靭は凛の頭を撫でる。
「じゃあ、帰るか」
そうして、靭たちは自分たちの部屋に戻っていく。
部屋に戻ると、そこには見覚えのある注射器が置かれていた。ひとまず二人は、ボロボロで血まみれの服装から着替える。
(先に風呂。と言いたいところだが……)
でも、まずは、目の前にある試練をクリアしなければならない。
「刺してから、休むか」
「うん。よろしく」
凛は自分の腕を見せる。靭はすぐに名前入りの注射器を手に取って、凛の腕に差し込む。
「……」
「おっと」
注射器を入れた凛が、ゆっくりと倒れ込むのを支える。
「なんだ、睡眠薬でも入ってるのか?」
凛を抱えて、ソファで休ませる。凛が眠っている横で、どかりと座って腕を前に出す。
「俺も、寝るか」
そう呟いて、靭は自らに注射器を刺した。
刺した直後、抗えない眠気が靭を襲い、そのまま瞳を閉じる。
部屋には、二人の寝息だけが静かに響くのであった。
----------------------------------------
「マダ、オモイダセナイカ」
靭の目の前で、ところどころぼやけた人型の何かが呟く。頭部がほんのりと明るく照らされているのに、全体に靄がかかったような見た目だ。ただ、はっきりと見える場所もある。両腕と腹部だ。それ以外がぼやけている。両腕と腹部は人間のものだが、明らかに人ではない。人の姿を模した『何か』だろうと、靭は直感した。
ソレの呟きに、靭はソレを睨みつけながら、答える。
「思い出せないって、何を?」
靭の回答に対して、ソレは深いため息を吐いた。呆れたような溜息と、両腕を上げる。態度まで呆れているようだ。
「ナニヲ? オカシナコトヲイウナ」
「おかしいって、なにが」
真相をぼかすソレに、靭は苛立ちを隠せない。普段は変に冷静だというのに、ここではそれが発揮されないようだ。
「コマッタナ……コノママデハ、ショブンサレルゾ」
「処分だと?」
記憶と処分。関係のない単語を次々と言われて、靭はさらに不快そうな顔つきになる。
「オモイダセ、スベテヲ」
「思い出すもなにも、俺は」
「ソウスレバ、オレヲツカイコナセル」
「あ、おい!?」
言いたいことだけ言うと、ソレは姿を消した。靭が手を伸ばす。けれど、伸ばしたはずの手が見当たらない。
「おい、なんだよ、これ」
手の感覚はあるのに、そこにはない。もう一度、ソレがいた場所に目を向ける。目の前には、闇よりも暗い黒の世界が広がるだけ。靭は伸ばした手をひっこめて、手があるはずである場所を見つめる。
「なんなんだよ……」
その呟きは暗闇に吸収されたように、消失する。
靭は、目覚めるまで、暗闇の中で呆然と立ち尽くすのであった。
お読みいただきありがとうございます。
本作は【毎日18時】に最新話を更新しています。
少しでも楽しんでいただけましたら、ブックマークと下記の星評価での応援をよろしくお願いいたします。




