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XNFA--ゼノファ--「ようこそ……地獄の最前線へ」  作者: アトラモア
第一章 デスゲーム

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第2話 デスゲームと知らない自分

「ガチのデスゲーム!?」

「うるさいぞ、モブ」


 まさかの出来事に、一人の青年の声がドームに響く。それを制するように突っ込む青年と、突っ込まれてさらに大きなリアクションをとる青年。


「ひでぇ!」

「たく、何の撮影だよ、これ……」


 ただ、靭とは違い、彼らはまだ撮影だと思い込んでいるようだ。


「……」


 学生であろうグループを見つめる凛。


「ああいうのが先に死ぬんだよ」

「……手厳しいな」


 同世代の男が嫌いな――というより若い男が嫌いな凛は、綺麗なまでに毒を吐いた。その言葉に、靭は慣れ親しんだ愛想笑いで返す。


『デスゲームかー。たしかに、それっぽいよねー! まあ、じゃあ、そんな感じで進めようかな!

今から、皆さんにはゲームをしてもらいます!』


 こちらの声が聞こえているのか、マイク越しの女もデスゲームの主催者気取りで笑いかけてきた。


「ふざけてるのか?」

「なにがなんだか」


 突然の出来事が続いたせいか、そこら中でひそひそとした声が響き始めた。これだけの人数がいるせいか、小さな声にも関わらず、音となってひしめき合っていた。


『これはものすごく簡単だから、たくさんの人がクリアできると思うよ!』


(これは、ね……。どうやら、これで終わるつもりはないらしい)


 これからの展開を予想してか、靭は深いため息を吐いた。すでに嫌な予感をひしひしと感じていた。


『ルールはたったの3つ! これさえ守れれば、生き残れるから頑張って! じゃあ、行くよ!』


 軽薄な言葉を並べ立てる主犯格であろう存在は、少しだけ間を置いてから告げた。


『……騒ぐな、暴れるな、気を保て』


 あれだけふざけていた声の雰囲気が、がらりと変わる。有無を言わさぬ重苦しい口調に、会場の空気が一変した。


『ふふ、よーいどん!』


 今度は楽し気に笑い、開始の合図をした。空気が静まり返る中、靭は凛の前に中腰で座った。


「……凛さん」

「……」


 靭が名前を呼ぶも、凛はまったく気が付かない。靭は彼女の肩をガッと掴み、その目を真っすぐに見つめた。


「凛さん!」

「あ、え、なに?」


 そこまでして、ようやく凛は正気を取り戻した。


「俺の後ろに……早く!!」

「う、うん」


 靭の空気が変わったことで、凛は思わずたじろぐも、言うとおりに靭の背中に隠れた。


「ふざけんじゃねえぞ!」

「そうだそうだ!」

「さっさとここから出しなさいよ!」


 静まり返った空気の中、ついに耐えきれなくなった人々が上を見上げて声を荒げ始めた。


「さっさとここから出さんかああああ!」


(……クソ上司)


 暴動を起こしそうな集団の中に、甲高い声で発狂する男――靭の上司の姿もあった。騒ぎが徐々に大きくなるにつれて、一人、また一人と声を荒げ始める。


『はい、さよなら』


 マイク越しでも伝わってくる。無能な人間に対して向けるような、冷酷な声。


 その瞬間だった。


「はやくここか」


 パァンッ、グチャグチャグチャ――男の体が弾け飛んだ。


「……マジかよ」


 頭と体が爆散する姿は、あまりに荒唐無稽で、残虐だった。服が白いせいで、その血みどろの有様が嫌でも視界に焼き付く。まるで、この結末を分からせるために白い服を着せていたかのようだった。


「きゃ、きゃあ」


 パァンッ、グチャグチャグチャ――また、一人。

 近くで暴言を吐いていた女が、叫ぼうとした途端に弾け飛んだ。


「う、うあああ」


 パァンッ、グチャグチャグチャ――また、一人。


「ふ、ふざけるなああああ」


 パァンッ、グチャグチャグチャ――さらに、一人。

 近くで罵声を飛ばしていた人々が、連鎖するように弾け飛んだ。


「わたしは、わたs」


(クソ上司……)

 

 青ざめ、脂汗を浮かべた上司が、後ずさる。

 

 パァンッ、グチャグチャグチャ――靭の上司もまた、当たり前のように弾け飛んだ。


(はは……マジかよ)


 まるで靭の願いを叶えるかのように、彼は人一倍大きな音を立てて爆散した。体が大きかったせいかもしれない。そのせいで、周囲への被害も拡大しているようだが。


『さてと、見せしめ完了と言いたいけど……ルールを破った人は、さよならです』


 パァンッ

 グチャグチャグチャ

 パァンッ

 グチャグチャグチャ

 パァンッ

 グチャグチャグチャ


 次から次へと、人がポップコーンのように弾けていく。怒号を飛ばしていた者も、人が弾け飛ぶ姿を見て泣き叫んだ者も関係なく、次々と全身が破裂していく。


「あ、ああ……」


 パァンッ、グチャグチャグチャ――こんな光景を見せられては、気を失う者がいて当然だ。しかし、『気を保て』というルールに反したためか、気を失った彼らもまた、容赦なく弾けて死んでいった。


 一人、一人。

 また、一人と弾けて死んでいく。


 濃厚な血と臓物の臭いが、一瞬にして広い空間に充満した。その光景と悪臭に耐えきれない者が嘔吐し、失禁し、さらに臭気が強烈になっていく。


 ルールに従えない者が死んでいってる。


 先ほど女が告げた3つのルール。『騒ぐな、暴れるな、気を保て』。これを守れなかったというだけで、人が死んでいく。その事実に誰もが恐怖し、暴れ、泣き叫び、吐き、正気を失っていく。


 そんな地獄の中で。


(――なぜ俺は、こんなにも冷静なんだ?)


 靭は、驚くほど冷静だった。


(俺はこういうとき、間違いなく取り乱すタイプのはずだ)


 目の前で、面白いくらい人が死んでいく。それこそ、「新しいVRゲームの体験版です」と言われた方がしっくりくるくらいに。


(どうなってる?)


 自問自答しようとした、その時。


「だず……っ」


 涙と鼻水でぐちゃぐちゃになった顔の男が、靭に助けを求めて迫ってきた。


「っち!」


 靭は咄嗟に腕で顔を覆い、目、鼻、口を隠した。


「げt」


 パァンッ、グチャグチャグチャ――靭に助けを求めた男が、目の前で破裂した。血を全身に被り、臓器や肉片が服に張り付く。とっさに顔を隠していなければ、肉片や骨の欠片が目に入り込んでいたかもしれない。


(危なかった……とっさに顔を庇わなければ、何もできなくなるところだった)


 頭から流れる他人の血を拭き取り、体についた肉片を手で払い落としていく。嫌悪感を隠そうともせずに。


「……俺は、なにを」


 自身のおかしな行動に気付いた靭は、真っ赤に染まった自分の両手を見つめた。


(手が震えていない。頭もクリアだ。やはりおかしい。俺は人前に出るだけでも顔が赤くなって、手が震えるタイプだぞ……)


 地獄は、今も続いている。これだけ大勢の人間が死ねば、誰だって取り乱すに決まっている。だというのに、人前に立つだけで震えるはずの靭は、恐怖で震えるどころか、ひどく達観していた。


(人の死を見て、なぜ俺はこんなにも冷静なんだ)


 二度目の疑問が頭をよぎる。もはや、自分自身の異常さに疑問だらけだった。


「うぇ」

「!!」


 背後から何かを吐き出す音がした。靭はとっさに振り返る。青白い顔をした凛が、両手を靭の背中についたまま、胃液を吐き出していた。


(そうだ、普通はこうなるだろ。いや、今はそんなことより)


 自身の異常性を感じながらも、いったんその疑問は隅に置く。靭は、震えて泣いている凛の視界を遮るように、自身の体で彼女を覆い隠した。


「泣いても、吐いてもいい。口で呼吸して、気を失うな」

「う……ひ」


 吐いているのを見られたくないのか、凛は思わず顔を横に向けた。つられて靭も視線を向けると、そこには目より上だけが残った頭部が転がっていた。


「見るな!」

「うっ、う……」

 

 泣きながら嘔吐を繰り返す凛を、靭は血の汚れも気にせず、力強く抱きしめ続けた。





 どれくらいの時間が経っただろうか。破裂音が消え、ドーム内が静まり返る頃には、あちこちから小さく啜り泣く声が聞こえ始めていた。


『はい、しゅうりょう~』


 ぱふぱふ、ぴんぴん、ガチャガチャ――ネット動画に流れてくるような効果音が、歪で残虐な世界に土足のまま入り込む。


『さてさて、どのくらい残ったかな~』


 もはや誰も、食って掛かることはない。当然だろう。首謀者であろう人間に歯向かう者など、もうどこにもいないのだから。


『まあ、300人くらいかな?

今回は意外と残ったね。もっと死ぬかと思ったけど、ハハ』


 おちゃらけて呟く言葉はあまりに不謹慎だ。


『おっといけない。

はーい、ぐちゃぐちゃなところ申し訳ないけど、男女でペア決めしてもらっていい?

時間は10秒ね!守れなかった人は即退場!』


(まだ終わりじゃないのか)


 靭はそう思わざるを得なかった。いや、彼だけでなく、生き残った誰もがそう思ったに違いない。

 

『じゃあ、行くよー! じゅうーーーーーーーう』


 十秒という宣言の割には、かなりゆっくりと数え始める首謀者。


(三十秒くらいは猶予がありそうだな)


 きっかり十秒ではなく、数字を習いたての子供が数えるような、間延びした十秒だった。


「凛、話せるか?」

「ん」


 言葉が出ないようだと悟り、靭は質問を切り替える。


「俺とでいいか?」

「ん」


 それを肯定と受け取った靭は、凛と二人、じっとその場で時が過ぎるのを待った。


『あ、忘れてた!

ペアが決まったら、手を握って前に出してね!

はあああああああああああち!』


 事前説明もあったもんじゃない。その場の思いつきでルールを足す首謀者に、靭は密かに舌打ちをした。


(なんともまあ、適当な奴だな)


 靭は力の入らない凛の体を支えながら、空いた手で彼女の手を握り、前に出した。


「ぁ」

「ん?」


 小さな声で凛が呟き、片方の手で下半身を隠す仕草をした。視線を誘導されるように見てしまうと、彼女の衣服の一部が黄色く染まっていることに気が付き、靭は咄嗟に目を逸らした。


「ごめんなさい……色々つけちゃって」


 消え入りそうな声で、凛は靭に謝罪した。本当は口にしたくなかったであろう言葉に対して、靭は静かに首を横に振る。


「気にするな。その反応は当たり前だ。俺の方こそ、血を付けてしまってすまない」

「……うん」


 それきり、二人の間に会話はなかった。凛は靭に体重を預け、靭はそれを静かに支えている。


 今の二人には、ただそれだけで十分だった。


『はい、終了ー。余り物は……ここでさよなら。ちゅ』


 ふざけたリップ音が響く。余ってしまった者たちは、顔を青ざめさせて辺りを見渡した。


「いやだ……いやだああああ!」

「うあああああああ!」


 パァンッ――いくつもの真っ赤な花火が、地上で飛び散る。


『男女で組むとこうなるよねー』


 他人事のように笑うマイク越しの女。すべてが狂った世界で、靭もまた他人事のように、それを静かに眺めているだけだ。


『んっと、残りは……130組くらいだね。

よし、じゃあ、組んだペアの部屋を用意してあるから、少し待ってねー』


(部屋? それに、なんだ。この浮遊感は)


 辺りを見渡すと、背後の壁がスライドし、上からドアが降りてくる。ただの壁だった場所に、いくつもの扉が等間隔で現れた。


「このドーム自体が、巨大なエレベーターってわけか」


 その問いに、答える者はいない。凛はすでに意気消沈しており、顔は青ざめていて、返事をする気力もないからだ。


『よし、じゃあ、あとは各々好きにやってね。

時が来たら、アナウンスするからさー。バイビー、ちゅ!』


 プツン――マイクが切れた音が響くと、誰もが困惑した表情を見せる。その中で、即座に動く人々もいた。すでにこの状況に慣れているかのように。


「あー、お腹すいたー」

「まって、かるちゃん!」

「行きますよ」

「ちょっと、待ちなさいよ!」


 両隣にいた二組の男女が、それぞれ扉の方へ向かっていく。それを見た靭もまた、部屋に入るために立ち上がろうとしたが、動きを止めた。


「凛さん?」

「腰が……抜けてる」

「まあ、そうなるよな」


 靭は握っていた凛の手を離し、彼女の脇と膝裏に腕を差し込んだ。ピクリと反応した凛だが、大人しく靭の首に腕を回し、それを受け入れた。


(軽いな……つうか、俺ってこんなに力あったか?)


 とはいえ、今はそれを気にしている余裕はない。すでに凛の限界が近いからだ。顔や服にほとんど血はついていないが、吐瀉物など、それ以外の物が付着している。なにより、精神がすり減っていくこの空間に、彼女を一秒でも留めておきたくない。靭は急いで扉に触れた。

 

 ガチャガチャ――用意された扉が開かない。


「またか」


 ドアノブにぐっと力を込めると、静電気のような痛みが手のひらに走る。最初と同じ現象が起きても、来ると分かれば、それほどの痛みではない。


 ガチャガチャ――それでも扉は開かない。


「痛い! もう、なんで二人して痛い思いして開けないといけないの!」


 大声で隣の女性が叫ぶ。それを聞いた靭は、即座に凛の方を見て、声をかける。


「すまないが、ドアノブを掴んでもらっていいか?」

「……」


 言葉には出さず、凛はコクリと小さく頷いて、ドアノブを精一杯の力で握った。ピクリと小さく体が跳ね、『っ』とくぐもった声が漏れる。そのあと、靭の胸に顔を埋めるようにして体重を預けてきた。


「ありがとう」


 靭は凛をお姫様抱っこから、片手だけで抱っこする。凛は当然のようにそれを受け入れて、ぎゅっと力強く靭に抱き着いた。身長差があるとはいえ、見た目からは想像できない力を発揮する靭だが、彼の視線はすでにドアノブに向いている。


 ガチャリと扉を開けて、部屋に入ろうとした直後。扉の下から、いや、壁下の隙間から大量の水がドーム内へ流れ込んできた。


「水……ああ、だから斜めに作られてたのか」


 散らばった肉片や血が、水に流されてドームの中央に向かって集まっていく。清掃のためにこの状況を見込んで作られたであろう設備を見ても、靭の顔が曇ることはなかった。


 彼は何も気にせず、部屋に入っていった。中は暗い。電気のスイッチを探しても見当たらないが、水が入ってこないように扉をすぐに閉める。


「お、ついた」


 扉を閉めると自動で電気が点く仕組みだったらしい。靭は、玄関から続くやけに長い廊下を見て警戒しながらも、靴を脱ぐ。靴の中は汚れていなかったため、そのまま進もうとしたが、ぴたりと動きを止めた。


(凛さんの靴もか)


 片腕を交互に変えつつ、凛の靴も脱がせてやる。視線の先には、小さく見える扉が一つ。やけに長い廊下を警戒しながら、おそらくあるであろう部屋に向かう。


 扉を開けて部屋に入る直前、壁に小さなダストシュートのようなものが設置されているのに気がついた。


「『ゴミや汚れた服や靴、シーツ等はこちらへ』、か」


 わざわざ説明書きが記載されている辺りは良心的だが、こんな地獄で良心的もクソもないだろうと、靭はため息を吐いた。

 

 ダストシュートがあるならと、凛を見る。凛を着替えさせたいが、着替えもなしに、こんなところで裸にするわけにもいかない。ここに着替えはないのだから。


(ということは……まあ、この中だよな)


 ため息を吐きつつ、目の前のドアノブに手をかける。今度のドアノブは、何の痛みもなく開けられた。そのまま中へ入り、今度は壁に電気のスイッチを見つけたので、それを押す。


 今度は電気のボタンを見つけたので、それを押す。


「おお……白くないし、広い」


 視界に入り込んでくるのは、広々とした対面キッチンにリビング。家具家電もしっかり備わっており、机やテーブル、ソファも置かれている。二人で住むには少し贅沢すぎる家といってもいい。


「俺の部屋より広いな」


 凛を抱えたままゆっくりと歩き、辺りを見渡す。誰もが一度は住んでみたいと思うような、高級マンションの一室といった趣だった。


「結構広いなー」


 右にキッチン。左奥にも何かがありそうだったので、見える場所まで移動する。全体が見える場所に立ち、普通の家にあるはずの物がないことに肩を落とす。


(窓がないな、この部屋にも。外の空気でも吸いたい気分だが、無理そうか。時計がないのも、おかしな話だな。時間の感覚が狂いそうだけど仕方ない)


 けれど、靭は文句を言わない。あの何もない白い部屋で囚人のような生活を送るよりは、人間の気配を感じる生活感があって落ち着くからだ。


 靭は気を取り直して、さらに部屋をチェックする。


 視界の先にあったのは、ソファとローテーブル。壁際には大きな収納棚と、普通の壁。さらにその奥には大きなベッドが一つ置かれていて、その隣には曇りガラスで区切られた空間がある。


「ベッドは一つか。それでこっちは」


 曇りガラスのさらに奥の隙間。小さな隙間の奥の扉を開けて覗き込むと、広々としたトイレ。


(広いな……もう少し狭い方が落ち着くんだが……)


 『ふう』と、息を吐く。最後に残った曇りガラスの部屋を見る。


(曇りガラス。そして、このワンルームですべてが完結している間取り……。ああ、嫌な予感しかしない)


 ガラス扉を開けて中のスペースを覗き込み、靭は固まった。洗面台まではまだいい。そのさらに奥が問題だった。広々としたジャグジー付きの浴槽が、デンと鎮座している。


「あー……やっぱり風呂か」


 そう、風呂だった。男女二人があてがわれた部屋に、なぜか曇りガラス張りの風呂場。


 靭は心の中で叫んだ。


(ここはラブホか!!!!)


 ここにきて、初めて靭の心が乱れた瞬間だった。



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