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XNFA--ゼノファ--「ようこそ……地獄の最前線へ」  作者: アトラモア
第一章 デスゲーム

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第1話 覚えのない場所と人々

新作長編です。

これから毎日投稿します。

よろしくお願いいたします!


本日三話投稿。


「……どこだ、ここ」


 目を覚ました男――深海靭(しんかいじん)は、寝起きの掠れた声で呟く。

 寝不足の日々を送っていたのか、目の下には遠目でも分かるほど濃い隈が張り付いている。

 癖のある髪をガシガシと掻いて、少し伸びた顎髭を触り、周囲を観察する。


(病院にしては、簡素すぎるか)


 真っ白で窓すらない部屋。置かれている家具はベッドのみ。それ以外は何もない監獄のような空間だ。

 

「うお」


 服を見れば、長袖、長ズボンに、靴下まで真っ白だ。


 不気味なほど白に染まった空間は、なんだか落ち着かない。


「監禁されたのか?

なんのために社畜の俺を監禁するかね」


 うーんと大げさに、けれど騒ぐことなく悩む。


(仕事、なんて言ってる場合じゃないか)


 目覚めた場所は、普段の汚れた自分の家ではない。部屋の角のラックにかけてあるスーツもリュックも。リュックに入っているパソコンも財布も。机に置いてある腕時計もタバコとライターも。

 

 ベッドの上で充電されたスマホも。何もかもがないのだから。誘拐されてまで、仕事のことを考えてしまう彼には、社畜精神が根付いている。


「眼鏡も……ん?」


 じっと奥にある扉を見る。数メートル離れた扉のドアノブが、面白いくらい鮮明に見える。


(やけにくっきり見えるな……まさか、いきなり老眼)


 突然の異常事態に、脳内が騒がしい。まあ、見えるならいいかと、彼は眼鏡の存在はいったん脇に置いておくことにして、今の状況を考え始めた。


(困ったな。俺も親も大して金は持ってないしな。金目当てではないって感じなのか? 服と部屋の状況から見て、人体実験でもされそうな雰囲気だが……そういうのは映画だけにしてほしいな)


 数分だけ悩むも、目の前の扉から誰も入ってくる様子はない。動きがないのであれば、自ら動かなければと部屋を探索する。


(実験動物の気分だな。あとは、映画でよく見るデスゲームだけど……それらしいものもない)


 監視カメラもないので、その線は薄い気がすると考えながら部屋の中を見る。


 といっても、窓すらないとなると、彼の視線の先にあるのは白い扉のみ。「はあ」と諦めた息を吐いて、彼はゆっくりと扉に近づく。じっとドアノブを見て、触れるか触れないかの位置で手が止まった。


「いきなり電気がビリビリ流れて感電死とかやめてくれよ」


 自分で言ってしまうと余計にそのことを考えてしまう。とはいえ、ここではやることもないため、仕方なくドアノブに触れた。


(電流は流れないか)


 『ふう』と一呼吸おいてから、ドアノブを回す。


 ガチャガチャ――何度かドアノブを回すが、扉は開かない。


「え、鍵がかかってたら、なにもできないのだが?」


 ぐっと強く握って、もう一度回そうと試みた瞬間。


「いっ」


 彼は咄嗟にドアノブから手を引く。静電気のような痛みが走り、手を見ると親指から血が出ていた。


(毒か……)


 じっと血の付いたドアノブと、手のひらを見る。心臓が強く乱れるわけでもなく、呼吸も正常。即効性の毒ではないことに、安堵の息が漏れた。


(毒じゃないとなると……)


 再度、ドアノブを見る。


「なんだ……」


 一部が赤く染まった白いドアノブは、まるで血を吸収しているかのように、元の白いドアノブへと戻っていった。


「えー……きもいな」


 じっと扉を観察するも、特に変化はない。ここから出る方法も分からないため、彼は仕方なしにもう一度ドアノブに触れる。


「何もしてこない、か。

これでもう一度扉に触れたら開くってのが、ゲームの仕様ではよくあるが」


 ガチャリ――想像通り、扉が開いた。


(マジで開いたよ……)


 思わず呆れたようなため息が漏れるも、彼は真剣な顔で、警戒するように扉を開く。


 毒の針とか飛んでこないよな。刺さって苦痛な思いをして死ぬのは、ごめんだぜ?

 ゆっくりと開けて、恐る恐る扉の先に目をやる。扉の先は銀色の窓のない壁と銀色の廊下になっており、ほんのりと薄暗い。


 それ以外の情報はない。 


(やるか)


 覚悟を決めて扉から少し離れた。直後、扉を蹴とばす。


 バン!――扉が思いのほか勢いよく開いた。


(やべ、強く蹴りすぎたか?)


 あまりの音に一瞬動きが止まるも、慌てて横の壁にペタリと背中を付ける。

 

「ふう」


 毒針や、ほかの凶器が飛んでくる等の異常事態は発生しない。安堵した息を漏らし、玄関のような場所に置かれていた白い運動靴を履いてから、廊下に出る。


 コツ、コツ、コツ――いくつもの扉が並んだ廊下はあまりにも静かだ。自分の歩く物悲しい音が響く。静かすぎて、呼吸の音も分かるくらい。


(こういう静かな場所は苦手だったと思うが……不思議だな。心臓も静かだし、あまり緊張してない。人前に出てプレゼンをする時ですら緊張して、手が震えて心臓の鼓動まで聞こえるほどだというのに)


 だが、今は心臓の鼓動も聞こえず、手の震えもない。緊張しいだという彼は、嘘のように平然と廊下を歩き続けた。


「お」


 数分歩くと、扉のような頑丈な鉄が目に飛び込んできた。


(やっぱり視力が上がってる?……老眼という線も捨てきれないが)


 遠く離れているのに扉だと分かるということは、余程規格外のサイズなのだろう。


 少しだけ足早になり、扉へと近づいていく。触れられる距離まで近づくと、無機質で大きな黒い扉に圧を感じる。


(こんな訳も分からない状況じゃなきゃ、心が躍るんだがな)


 SFにでも出てきそうな無機質で威圧感のある扉。映画のセットを見て回れる体験型施設であれば、どれほど楽しいか。けれど、今はそんな悠長な状況ではない。


「はぁ」


 何かを諦めたような息が漏れる。


(この先に、何かありますよって言ってるもんだしな)


 ただ、開けるためのドアノブのようなものはない。彼は扉に手を触れるも、特に反応はしない。軽く押したり横に開けようとするも無駄。


 体重を乗せても動かなさそうだけど。

 ひとまず試しにと、彼は全体重を乗せて扉を押す。


 ピピ――体重を乗せている扉から電子音が鳴った。


「へ?」


 すると、体重を乗せていた扉が、自動ドアのように動いた。扉の大きさからは考えられないほど小さなドアが開いたことで、全体重を乗せていた彼の体は、面白いように倒れていく。


「うぐ!!」


 前のめりに倒れた彼は、その場でうずくまる。


「はあ、最悪だ」


 そんな言葉を呟きながら起き上がろうとすると、声が聞こえてくる。


「また来たぞ」

「あれは痛い」

「うわ……」

「まあ、ああなるよな!」

「良かったな、同じ人がいて。向こうはおじさんぽかったけど」

「るせ!」


 彼を見ながら感想を告げる人、彼と同じようなことをした人、若干小ばかにしてる人。

 たくさんの人がいる気配を感じる。聞こえてきた声以外にも、雑音のような人の声が遠くから聞こえた。


(は、はずかしい!)


 誰に手を差し伸べられるわけでもなく、彼はただ自分の行動を恥じる。


(つか、おじさんって……俺、まだ一応25歳っす……)


 老け顔を気にしつつ、彼はゆっくりと立ち上がり、誰の顔も見ないように床を見つめながら壁際に向かう。


(ん……平面に造られていない)


 前へ歩くたび、少しだけ上っている感覚がある。そんな違和感を抱えながらも、誰に聞くこともできるはずもなく。


 一人静かに壁際へとたどり着く。


(声もかけられずか……まあ、俺以外に人がいるのは、少しだけ安心したな)


 人がいないほうに逃げつつ、壁際に背中を預けて、今度こそ前を向く。


(なんだ……これ)


 彼の視界に広がるのは、あまりにも広い東京ドーム状の頑丈で窓のない鉄の室内。先ほどの無機質な廊下と同じ構造。壁に窓はなく、冷たい銀色の壁が並んでいる。


 彼が驚いたのは、このドームに1000人ほどが集められていること。けれど、それ以上に彼を一瞬で固まらせたのは、別の事実だった。


(髪まで全員が白いなんて、そんな事あるか?)


 全員が全員、髪が白く、服まで白い。何の色も塗られていないキャンバスのように。そんな不気味な光景に、彼は何かを思ったのか、急いでズボンの裾をめくる。


(すね毛まで白いってことは……)


 自分の髪もまた白いのだろうと結論づける。


(全員、集められて何かされたのか? 何もかもが白いとか、意味がわからん)


 想像しようにも、想像の域を超えた現実に実感が湧かずに、ため息を吐いた。


(まあ、今はいい。それよりも、情報を集めよう)


 彼は壁に寄りかかりながら、耳を澄ませる。壁際からでも聞こえる人々の声。互いに見知らぬ人間同士なのか、聞こえてくる声はぎこちない。


 不安からか、人と一緒にいたい人が多いのか、多くのグループができている。同性・同年代で集まる人々や、男女年齢問わず組んでいる人々、自分と同じく壁際で孤立している人。


 これだけ集まれば、色々な人がいる。第一印象が頼りないせいか、それとも入ってきたのが遅れたためか、彼は孤立組だ。


(まあ、下手に干渉しないほうがいいだろ)


 何が起きるか分からないが、何かが起こることは間違いない。用心するに越したことはないと、彼はゆっくりと腰を下ろして、時が来るのを待つことにした。


 しばらく壁際でぼーっとここにいる人々を観察する。


(女性の割合が若干多いのか? いや、奥に隠れて見えないだけかもしれんが。つうか、俺がここに来る前から、かなり待っていた人もいるみたいだな)


 数分間に一度、彼よりも遅く来た人もいれば、数時間前に来た人もいるらしい。


(会話もぎこちないし、困惑してるな……)


 聞こえてくる会話も、皆が皆、状況に困惑している。怯えている様子はあれど、人に当たったり、泣き叫んでいる人はいない。思いのほか、全員が全員落ち着いている印象だ。


「デスゲームみたいじゃね!?」

「たしかにな。お前ってすぐ死ぬようなモブタイプっぽいけど」

「ひでぇ!!」


 若い世代――高校生くらいだろうか、自分が特別な状況に置かれて喜んでる声もあった。


「ねえ、これって何の撮影なわけ?」

「これだけ大規模だと映画とか?」


 まさかの撮影という声も聞こえてきたが、彼は即座にその考えを否定する。


(コンプラが厳しい世の中で、一般人を誘拐に近い形で巻き込むなんてしないだろ。俺はそういう関係者じゃない。しがないサラリーマンだってのに。それに有名人っぽい人たちも何が何やら分かってない様子だ)


 テレビや、ネット動画で見たことあるような容姿の人間もいたが、彼らも困惑している様子だ。ドッキリという線もあるが、彼はテレビ関係者ではなく普通のサラリーマンのようで、その線も除外。


(デスゲームが一番しっくりきちまうのは、俺の脳みそも学生寄りってことだよな……)


 はあ、と自分に呆れるため息を吐く。スマホも近くにないため、やることがない。暇なのだ。


(寝るに寝れんな。目を瞑れば、すぐに寝ちまうのに。めちゃくちゃ寝てたのか?)


 そんな疑問を次々と思い浮かべていると、ふいに一人の男が目に飛び込んできた。


(うわ……クソ上司。ほとんどない髪が白くなってら)


 どうやら、会社の上司のようだ。でっぷりと太った体に、人に取り入ろうとする媚びた笑顔。壁際の彼に気付くことはないが、彼は静かに場所を移動する。


(デスゲームなら、あいつから先に死んでほしいな……)


 心の底から嫌いなのだろう。思わずそんなことを願った。とはいえ、サラリーマンのほとんどが、彼と同じようなことを思っているに違いない。嫌悪感が増した顔で、彼は自分の落ち着く場所を見つける。


「ふう」


 京都の鴨川のように等間隔に人が並んでいるせいで、間に入れずにいた彼だが、ようやく腰を下ろした。


(扉から離れたのは痛いが、仕方がない。場所が変われば、得られる情報もあるだろ)


 移動したことをプラスに考えて、彼は先ほどと同じように辺りを見渡す。


 すると、近くにいた一人の女性が目に入る。白髪が肩まである眠そうな目をした美人の学生と思われる女性。


(大学一年生くらいか。綺麗な子だけど、こんな場所に呼び出されるなんてな)


 まあ、あの見た目なら、誰かが声をかけるだろうと、放っておく。自分には、関係ないから。本当に年代もバラバラだなと思いつつ目を逸らす。


(さて、この後は……ん?)


  やけに視線を感じる。先ほど見ていた美人の学生が、こちらをじっと見つめているような気配だ。


(見られてるのがバレたか。つっても、結構あの子を見てる人いたけどな)


 コツ、コツ、コツ――素知らぬふりをし続ける彼だったが、近づいてくる足音が徐々に大きくなっていく。彼の表情が曇る。面倒なことが起きそうな気配がしているのか、わざとらしく視線を外す。


「っち」


(遅かったか)


 自身の過ちに苛立ちを隠せず、思わず舌打ちが漏れた。彼は瞬時に目を瞑る。話しかけるなオーラを出しつつ、相手の動向を耳で探りながら、動きを止めた。


 カサ――服のこすれる音が隣から聞こえる。かなり近い距離で座られたような気がした。


(だいぶ近いな……因縁を付けられるよりはマシだが、これはこれで面倒だ)


 とはいえ、こちらからアプローチをする様子はない。彼は沈黙を維持し続けた。様子見と言ってもいい。


「ねえ」


 沈黙を即座に破ったのは彼女の方だった。見た目に反して低く冷たい声。まるで機械のよう。じっと見てしまったことに怒ってもいるのか、それとも苛立っているのかは不明だ。


(でも、たぶん、文句だよな……はぁ)


 話しかけられたことに驚きつつも、彼は少し大げさに息を吐いて、観念したかのように言葉を口に出す。


「……あー、見ていたのが気に障ったなら、申し訳ない」


 観念したのか、ひとまず目を開けつつ、相手の顔を見ずに謝罪をする。


「別にいいの。見られることには慣れてるから」

「ああ、そっすか」


 間違いなく年下である彼女に、彼は部活敬語のような口調で頷いた。


(まあ、その顔立ちならな。とはいえ、俺に話しかけてくる理由が何かは気になるところだが)


「わたし、このはな……」


 突然、停止する言葉。彼は、ジッと彼女を見る。


(なんか、どっかで見たような。何かが引っ掛かる)


 彼女の続く言葉を待つ間、靭はひたすらその横顔を見つめていた。


「っ」


 なぜか、鈍器で殴られたような衝撃を受けた。思わず視線を下げる。ズキズキと頭が痛むも、深呼吸をすれば、不思議と痛みは引いた。


 彼女はまだ、何かに迷っているようだ。そこまで悩むくらいなら、声を掛けてこなくてもよかったのにと、靭は思う。

 

 彼女の反応を待っていると、ようやく覚悟が決まったのか、顔を上げた。


「このはな りん。木々の木と、お花の花で木花(このはな)。りんは凛々しいの凛」


 じっと靭の目を見つめながら、自己紹介する。その名前を聞いた瞬間、まさかの出来事に遭遇したかのように、彼の瞳が大きく見開かれた。


「っ!!」

 

 そしてまた、激しい頭痛に襲われる。


「どうしたの、大丈夫?」


 本当に心配しているのか分からない声で、木花凛は尋ねる。靭は、ちょっと待てと、手で合図しながら、頭を押さえている。深呼吸を数回やれば、頭痛は自然と引いていった。


「悪い、もう大丈夫だ」

「そう。ならよかった」

 

 本当にそう思っているのだろうかと、靭は苦笑いする。凛を横目に見れば、元々整っていた容姿に加えて、絹糸のような白髪のせいか、より美しさが増している。


木花凛(このはなりん)さんね」

「……そう」


(木花凛……うん、知らんかった。こんな独自の世界を持ってるタイプの子なら、忘れないだろうし。いや、それより自己紹介ね。名前の漢字を説明するのは面倒だ。名刺さえあればな……)


 そんなことを思いつつ、彼もまた自身を名乗る。喉のチューニングをするように、咳ばらいをしてから声を出す。頭痛はすでに嘘のように引いているのか、いつも通りだ。


「あー……俺は深海靭。

字はこう書く。深海はまあ、深い海。靭はしなやか。強靭の『じん』、革へんに刃な」


 冷たい鉄の床に指でなぞるように書く。深海はまだいいが、靭の説明が面倒だったのだろう。


「わかった。よろしく、靭さん」

「ああ、よろしくな。木花さん」


 凛は木花と呼ばれると、むっと顔をしかめた。しかし、靭は気づかない。彼女の顔を見ようとしないからだ。そんな靭の様子を見てか、凛は歩いて正面に回る。凛の突飛な行動に、靭はまたしても面食らったのか、大きく瞬きをして口を半開きにしている。


「苗字呼びは好きじゃないの。凛って呼んでほしい」


(すげー、ぐいぐい来るんですけど……)


 口をひくつかせて、靭は分かりやすいほどの愛想笑いを見せた。


「悪かったよ、凛さん」

「さん付け」

「勘弁してくれな。俺は初対面の人にはいつもこんな感じなんだ」

「……わかった」

「助かるよ」


 なるべく柔らかい口調で話したのが功を奏したのか、凛は納得したように目の前でちょこんと座った。


「……なあ」

「なに?」


(いや、『なに?』はこっちの台詞ではあるが)


 脳内で激しく突っ込むも、下手に口には出さない。


「せめて隣にいてくれないか。前だと落ち着かないんだ」


(電車で痴漢扱いされないように両手でつり革を掴むタイプなんだぞ、俺は)


 女性の扱いにも慣れていない様子で、ぶっきらぼうに伝える。靭にとって、電車内の若い女性は恐怖の対象だったのかもしれない。社会人時代の経験も混ざり込んで、視線をずらして頬を掻く。


「そっか」


 凛は納得したのか、肩が触れ合う距離で座る。


(なーんも分かってなくて草なんよ……)


 触れないように距離を取っても、凛はまた距離を詰めてくる。無限ループに陥るといち早く悟った靭は、「はぁ」とため息を吐いて凛のほうを向く。


「あの、な……」


 なるべく顔を見ないように視線を落としたから気づけた。


(……そうだよな、怖いに決まってるよな)


 手が小さく震えている凛の様子を見て、靭は言葉を詰まらせたのだ。学生で、こんなところに拉致された。それだけでも恐怖に違いない。


(俺は寝巻だったのに着替えさせられてた。つまり、彼女もそういうことだ。ただでさえ知らないところで、服も着替えさせられてる。怖いに決まってるよな……とはいえ、なんで俺に話しかけてきたのかは、謎でしかないが)


「どうしたの?」


 言葉を詰まらせたことで、凛はコテンと首を傾げた。靭は先ほど言おうと思っていた言葉を飲み込んで、顔をもとの位置に戻す。


「いや、何でもない。

それより、どうして俺に話しかけてきたんだ?

他にも同世代の若い子たちもいるし、頼れそうな人もいると思うが」


 話を元に戻すことにした。凛の行動があまりにも読めないため、正直に聞くことにしたようだ。


「同世代の子。あんまり好きじゃないの。

男の子は小馬鹿にしてきたり、何かとぐいぐいくるし、女の子も仲間に入れてくれないから」

「……あ、ああー」


(……お、おもてぇ。綺麗系ってヒエラルキー高くないのか? 女同士でも、派手系と真面目系で派閥ができそうなもんだけど)


 まさかの回答に靭の心がすり減っていく。ガシガシと頭を掻いて、上を見ながら呟いた。


「……まあ、それは仕方がないか」

「でしょ」

「ああ」


 なし崩し的に出した肯定の言葉。心なしか、凛の言葉も軽やかだ。


 ただ、それだけでは納得できないこともある。自分がモテていると思うよりも、単に納得できる理由が欲しかった靭は、さらに凛に尋ねた。


「同世代が駄目なのは分かった。

ただな、こう見えて俺も25歳だ。歳は意外と近いと思うぞ。

それに、ほかに頼れそうな人がいるもんだが」


 ちらほら見ていた協調性のありそうな靭と同世代の人もいる。社会に出ているからか、リーダーシップを取っているような発言も聞こえていた。


 凛は靭の言葉に、さらに距離を詰める。靭は思わず距離を取ろうとしたが、先ほどの震えた手を見てしまったせいか。靭は動かないことを決めた。


「もう少し年上かと思ってた。

あとは……ちょっと間抜け面で、優しそうな目をしてたから」


 少し間を置いてからの、突然の毒。凛の行動に加えて言動も読めなくなった靭ではあるが、思わず『ふっ』と息が漏れた。


「……まあ、よく言われるよ」

「ふふ」


(笑えるなら、まだいい方か)


 少しだけ嬉しそうに笑った声は、靭の心の壁を壊すのには十分すぎる威力だ。不思議系タイプで面倒なことになりそうな予感がしていた靭だが、年下からの魅力には弱い。


 自分になぜか懐いているのも、理由の一つだろう。


(って、馬鹿野郎)


 靭は、気が緩んだ心を喝するように、顔を振った。


(相手はたぶんだけど、大学一年生。さすがに、10代に心を掴まれるのはまずい。俺は25歳の立派な大人で社会人。話すだけならまだしも、これだけ美人なんだ。心を奪われたら、社会的に抹殺される)


 心を落ち着かせようと、『ふー』と長めに息を漏らす。


「わたし、今年23歳だから。まだ、22歳だけど」

「……あー」


(口に出していたか)


 ギギと音を立てながら、凛とは反対方向を向く。何を言えば正解か分からず、靭の思考は完全に停止した。


(つうか、ほぼ同年代じゃねぇかよ。年上に見えるって、ちょっと傷つくんですけど……)


「顔に出てた。幼く見えるけど、立派な社会人になる予定だった」

「……悪かった」

「いいよ」

「……助かる」


 沈黙した場に、思わず靭は顔をしかめ始める。


(つっても、ハタチそこそこで働き始めたし、職場もほとんど男だったし、若い女との会話の糸口が見つからねぇ……)

 

 とにかく気まずい靭は、どうしていいか分からずに腕を組んで悩む。


「ねえ、靭さん」


 と思っていたが、凛から話しかけてきたことに、ホッとする靭。


「ああ、なんだ?」


『ぴーん、ぽーん、ぱーん、ぽーん』


 靭が凛の話を聞こうとしたとき、機械音混じりのアニメ声で、場違いなほど明るい女性らしき声が響き渡った。



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