第15話 化け物
宇宙石を終えて、2度就寝を経て、1度目の食事後。
朝食の片づけを終えて、二人は食後のティータイム中のようだ。
「昨日のカルちゃんたちとのパーティー、楽しかったね」
「そうだな。吟時もなんだかんだで来てくれたし、良い会だった」
昨日と言っても、本当に昨日かどうかは分からない。三回の食事を終えた後、就寝をすれば、それはもう昨日という認識なのだろう。
凛はまだ、昨日の余韻に浸っている。タバコを吸う靭の隣で、足をゆらゆら動かしているところを見る限り、余韻に浸っている。
凛は口角が上がっていて、かなりの上機嫌だ。淡い緑をメインに、四色がそれぞれ一房の太い束となって纏まった髪を持つ彼女は、絵画から具現化した美しい精霊のようだった。
けれど、その心まで人間離れしたわけではなく、木花凛という一人の女性のままだった。
靭は、そんな凛を見つめて、穏やかに笑う。
「楽しかったか?」
「うん、とっても。そういうこと、したことなかったから」
「そうか。いい思い出になったな」
「……もっと、思い出を増やしたい。でも、それは難しいよね」
凛の言葉に、靭は煙を吐く。ここは、普通の日常から切り離されてしまった地獄絵図の世界。人が当たり前のように死に、いつの間にかそれを受け入れつつある自分たち。普通なら、彼女の言葉にどう答えるべきか迷うところだろう。
けれど、靭は淡々と答える。
「ゲームの内容にもよるが、これからは協力すればいい。互いに手を取り合えば、生き残ることはできるさ」
「そうなるといいな」
それは、願望だ。なにせ、これからどうなるかなんて、二人には分からない。最後に殺し合えと言われてしまえば、それまでなのだから。
「俺も、そう思うよ」
「うん」
靭はタバコの火を消して、凛の肩を抱き寄せた。
「ふふ、じん」
ギュッと靭を抱いて、深く呼吸をする凛に、思わず笑みがこぼれる。
(どうなっても、お前だけは守ってやる)
そんな誓いを込めて、凛の髪を撫でていると。
ブウォン、ブンブン、ブウォン――アナウンスから聞こえるバイク音。特に意味はないのだろう。とりあえず、ふざけたいのか、それっぽくしたいのか。
管理人の気分で鳴る音が、室内に響く。
『おはよう、こんにちは、こんばんは、諸君!
今日も張り切って行ってみようぜ!じゃあ、1分以内に集合!』
それだけ伝えると、アナウンスが終わる。
「行くか」
「うん」
凛はいつも通り靭の腕に絡みつき、靭は凛のペースに合わせて隣を歩く。
「やっほー!」
「こ、こんにちは」
声をかけてきたのは、カルと守大。カルは守大の背中がお気に入りらしく、守大の背中に抱きついている。
「やほ、カルちゃん」
凛がカルに挨拶すると、カルは守大の背中から腕の力だけで体を飛ばして、凛の前に着地。
「えへへ、やほー、凛ちゃん!
昨日のパーティーは楽しかったね!またやりたいね!」
「うん、またしたい」
「へへ、だよねー!」
交流会と、ゲーム中の話し合い、それと昨日のパーティー。親交がだいぶ深まったようで、二人は手を取り合って楽しそうにお喋りをしている。凛は靭の腕に引っ付いたままだが、表情は気兼ねなく友人とお喋りしている女性そのもの。
凛の楽しそうな表情を見てから、靭は守大に視線を移すため、顔を上げる。
「昨日は、ありがとうな。凛もずっと喜びっぱなしだったし、料理も美味かった」
「い、いえ。その言葉が聞けただけで嬉しいです。それに、カルちゃんのしたいことが、ぼ、僕のしたいことですから、はい」
「そうか」
相変わらず自分ではなくカル優先の守大。自身の身の安全よりも、パートナーを最優先する彼の考え方に、靭は自分と似たところを感じていた。そういう意味では、この大男とは意外と通ずるものがあるのかもしれない。
「にしても、さっきの痛くなかったか」
守大の背中を台にして、腕の力だけで飛んだことだろう。靭は自分の背中をトントンと叩いて、守大の背中は大丈夫かとジェスチャーで。それなりにカルが力を使ったように見えたし、カルの爪は尖っていてかなり長い。猫が飼い主の背中を使って飛び移った時のように、背中を爪にやられてないかと気を回す。
けれど、守大はまったく痛みがなかったのか、ぶんぶんと顔と手を振っていた。
「い、いえ、まったく。カルちゃん、軽いですから」
どうやら、爪は当たっていないし、カルの重さならどうってことないらしい。
「そうか。頑丈な体でうらやましいよ」
「ど、どうも。でも、みなさん、頑丈になってる気もしますが」
「はは、違いない」
守大の言う通り、実際に全員が前と比べて頑丈になっている。守大の適切なツッコミに、靭は自然と笑顔を浮かべていた。
「あら、早いのね」
「おはようございます」
カルと守大が合流した後、声がかかる。響と吟時だ。こちらは互いのパーソナルスペースを守っているのか、距離が開いている。
「うす」
「おはよう」
「やっほー!」
「こ、こんにちは」
もはや、この6人でいるのが当たり前かのようだ。
「昨日、と言っていいか分からないけど、食事会、ありがとうね。黄土くん、カルちゃん」
「本当に、いい食事が楽しめました。ありがとうございます」
「えへへ、またやろうね、響ちゃん、黒曜君!!」
「じ、自分たちも、楽しかったので、楽しめていただけたなら、よかったです、はい」
昨日のパーティーの出来事を楽しんで話していると。
ブーン、ブンブンブーン――バイクの不快な吹かし音が響く。
『はいはーい!えっと、残ったメンバーは……96組!
意外と頑張ってるねぇ!じゃあ、もっと頑張ろうか!』
一瞬、床が揺れたと思えば、ゆっくりとドームが下がっていく。ドーム自体が動くことは特に問題ない。ただ、今回はすぐに目的地に着かないというだけ。
「今日は何かしらね」
「本当のデスゲームかもしれません」
響の問いに、吟時が答える。
「えー……それは困るよぅ。みんなのこと、殺したくないもん」
「そ、そうだね……できれば、そんなこと、したくないよね」
殺したくないとしょげるカルに。できればそんなことしたくないと青褪める守大。けれど、できないとは言わない、殺したくないし、できればそんなことしたくないけど、殺せる。
靭には、そう聞こえた。
(まあ、お互い様か)
靭もそうだ。できれば殺したくないが、いざとなれば殺せると分かっている響と吟時もそうだろう。カルと守大の会話を聞いても、特に変化はない。
「まぁ、何かはあるだろうな。今回は移動が長いしな。
何かしらは準備されてると踏んだほうがいい」
「だね」
しばらく待っていると、壁から装飾の一部が顔を出す。じっと、それを眺めていると、どうやら巨大な扉のようだ。
見た目は、何かを閉じ込めるための頑丈な黒い鉄のような扉。大きさは5mはありそうだ。これだけ馬鹿でかい扉を作った理由は謎だが、それなりの理由があるのだろう。
「でっかい扉だね!!」
「ぜ、絶対、何か出てくるよね」
「だろうな」
守大の言葉に、靭は肯定する。これだけ大きく厳重な扉だ。絶対に何かが出てくるに違いない。
「ここだけじゃないみたいよ」
「そうですね。囲まれてます」
響と吟時が、靭たちに伝える。
「嫌な予感しかしないな」
同じ設計の扉が、合計で6つ。正六角形の頂点に配置されるように、靭たちを取り囲んでいた。
「嫌な予感というか、実際にいるわよ」
響の耳が、不吉な音をとらえたようだ。
ガン――小さい音ではあるが、硬い物同士をぶつける音が靭にも聞こえてきた。
「殺し合いは、わりと間違ってないかも」
「中のやつらとってことか。なら、まだましか」
靭にとっての最悪は、ここにいる響たちと殺し合うことだ。それ以外は、彼にとっては大したことではないのだろう。
「人でもなさそうよ。ずっと唸ってるもの」
「それはまた、とんでも展開だな」
靭が呆れたように溜息を吐くと。
ギイイイイイイイ――目の前の扉が、立て付けの悪い音を響かせて一斉に開く。手前には、厳重な檻が顔を出した。明らかに何かを閉じ込めているような檻だ。
ガン、ガン、ガン――奥の方も檻があるのか、硬いもの同士を打ち付ける音が、さらに強くなった。
『さぁ、ここからが本番といっても過言じゃないよ!
今までのゲームは、このゲームの準備だったと言っても過言じゃないんゴ!」
管理人の女が嬉々として、言葉を告げる。マイクを持って実況をする様が、想像できるほどの白熱さ。
『殺し合いゲームのスタアアアアアアトだ!』
キイイイイイイン――ハウリングする音がドームに響く。
「来るわよ」
「みんな、いつでも動けるようにしておけ」
「うん」
「はーい!」
「は、はい」
「了解です」
響が伝え、靭が全員に警戒態勢に入るよう伝える。靭は凛より一歩前に出て、凛は靭の後ろに隠れた。守大はカルを守る様に、その後ろでカルはピョンピョンと跳ねて準備運動。響はファイティングポーズ、吟時はニヤリと笑って腕を回した。
「なんだよ、あれ!」
靭たち一同ではない誰かが叫ぶ。靭はじっと目を凝らして、扉から出てくる化け物を待った。
「おい、なんだあれ」
靭たちの前に現れたのは、2本足で立つ何かだった。頭部らしき箇所はあるが、異常に目の数が多いし、鼻の穴のような、口のような空洞がいくつも見られる。体には泥の服を思わせるような黒い液状が付着していて、まるで泥のスライムのよう。手足は、伸びたり縮んだり、増えたり減ったりと。とにかく気持ち悪くて、不気味だ。
それが、10体。
「うわ、きぃんも!」
「うん、気持ち悪い」
カルが鳥肌を立ててブルリと震える。カルの言葉に賛同するように、凛が頷く。
「ど、ドロドロしてますね……はい」
守大が引きつった顔で感想を漏らすと、吟時が恐ろしい発言を付け足す。
「なんというか、実験に失敗した人みたいですね」
「勘弁してよ……」
響は、化け物の姿を見てか、それとも吟時の不吉な推測を真に受けてか、うんざりしたように項垂れた。
「はぁ……とんでも展開だな」
靭は、何かを諦めたように肩を落とす。
『あ、そうそう、忘れてた。殺し終えたら、口いっぱいにそいつら食べてね!
まぁ、3口くらいかな。もちろん、たーくさん食べてもいいよん!
食べなかったらどうなるかなんて、言わなくてもわかるよね?』
静寂。殺すだけではなく、食べないと殺される。あの見た目からして、人間が口にしていいものでない。さすがの靭も、管理人の言葉に顔がピクピクと痙攣する。
「まじかよ」
「いやだー!食べたくないよーーー!」
食べることが大好きなカルでさえ、涙目で否定した。
『そんじゃ、頑張ってねン!』
カルの言葉も清々しいほどに無視されて、管理人の声が消える。
「構えろ! とりあえず、食うことはいったん無視だ!」
靭は、自分と周りを引き締めるように、声を張り上げた。
空気が変わり、凛たちも拳を構える。
ガチャ、ゴゴゴゴゴゴゴ――鍵が開いて、檻がどんどん下がっていく。
完全に檻が下がりきる前に。
「ギィギイイイイ!」
靭たちに向けて、五体の化け物が凄まじい速度で襲いかかってきた。泥の触手のようなものが迫りくる。それは走る車よりも速く、空気抵抗を一切無視したかのような異常な速度だった。
「来たぞ!!」
「うわ!」
靭はとっさに凛を抱えて、化け物の触手攻撃を避ける。
「散開だ!各自で倒せ!」
他ペアの返事を待たずして、靭はすぐに敵へと視線を戻す。
「後ろ!」
「っち!」
凛の声で、とっさに気配を探り避ける。避けるのが無理なら泥の触手を弾いて防ぐ。
「っつ!」
ぬめりとした感触と、重い鞭のような攻撃に、靭は思わず声を漏らす。たった一撃防いだだけで、手の甲が赤く染まる。吹き飛ばされるほどの威力ではないが、頑丈な肉体を持つであろう靭ですら歯を喰いしばる痛み。
「靭、血が」
「どうやら、ただの泥じゃないみたいだな」
泥の中に無数の棘が隠されていたようで、靭の手の甲の小さな穴から、大量の血が滲み出していた。
「凛、背中に!」
「左!」
「おらあああああああ!」
傷を受けた方の手で、思い切りぶん殴る。痛みを無視して、靭は一瞬屈むと、凛はその背中に抱き着く。
「振り落とされるなよ!」
「うん!」
靭はまっすぐ、化け物がいる方へ駆け抜ける。
「ギヤアアアアアアア」
靭と凛を襲うように、いくつもの泥鞭が靭と凛を襲う。
「右の次は左!」
「おう!!」
生存ゲーム同様、靭は凛の指示のもと動き続ける。左と言えば左に飛び、蹴ってと言えばなりふり構わず泥鞭を蹴り飛ばす。靴のお陰か、手よりも痛みがない。とはいえ、ほとんどが靭の蹴りが届かない範囲での攻撃。
避けれない攻撃は防ぐしかない。ただし、防げば無数の針に皮膚を傷つけられる。血の色で真っ赤に染まった拳は、すでに肉が抉れており、骨のような白いものが出かかっていた。
拳を振るうごとに、血しぶきが舞う。
「あ゛ど……すごし!」
「前に飛んで!」
「お゛う゛!!」
痛みを我慢して、我慢して、我慢して。複数体から繰り出される泥鞭を、ひたすら避けては弾くを繰り返す。そして、耐え続けた執念が、ようやく実を結んだ。
「じゃあ゛!!」
靭は一気にインファイトに持ち込む。すでに痛みで気が狂ってしまいそうな靭は、それを誤魔化すように、ひたすら声を上げ続けた。
「ヴお゛お゛お゛お゛お゛お゛お゛!!」
なにせ、泥のような体にもまた無数の棘がついているから。けれど、靭は気にせず拳を握りしめて、ひたすら化け物の顔面を殴り続けた。幸いにも、化け物にもダメージが通っているのか、鞭で攻撃する余力はないようだ。
「避けて!」
「!!」
接敵したことで、強力な泥鞭の一撃が、ほかの泥鞭に当たる。靭による攻撃と、泥鞭の攻撃を受けたせいか、一体が地に倒れ込む。
「踏んで!」
「グラ゛ア゛」
凛の言葉に、体が反射で動き、敵の頭を踏み潰す。
(――これしかねぇ!!)
戦法を変え、泥鞭の同士討ちを誘いつつ、もう一体も同じ方法で殺した。
残り一体。
靭は、怒り狂った視線を相手にぶつけながら、一気に接敵する。
「じね゛え゛え゛え゛え゛え゛え゛え゛え゛え゛!!!」
涙と鼻水に唾液、そして血を飛び散らしながら。凛と合わさった体重をすべて拳に乗せるように、化け物の顔面に最後の一撃を食らわせた。
パァンッ――はじけ飛んだ化け物の頭を見て、靭は思わずガッツポーズし、そして。
「ヴォ゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛!」
ひたすらに叫んだ。
「靭、手、見せて!!」
凛がすぐに、靭の腕を掴んで、靭の拳を凝視する。靭の手は、すでに骨が見えており、その骨も砕けてる部分があった。この状態で拳を握り永遠に殴り続けられた原動力を知りたいくらいの、無残な姿の拳。
「動かないで」
「あ゛い゛」
痛みに耐えるために、叫び続けたからだろう。靭の声帯もやられており、喉がガラガラに壊れてしまっている。
「我慢して」
「ア゛ア゛」
凛は死んだ化け物の泥に触れ、自ら出血させた。そして、流した血を靭の拳に垂らす。靭は痛覚が死んでしまったのか、まったく痛がる様子を見せない。靭の両手に自らの血を垂らした後、靭の指と手の甲をゆっくりと舐める。
「だに゛じで」
「いいから」
靭はただ、凛に従う。
(なんだ……?)
靭は涙で視界が滲む中、凛の足元に目がいった。ゆらゆらと影が揺れているような、そんな奇妙な動き。
(いたみで、あたまおかしくなってきたか……)
痛みのせいで、目の錯覚まで起こすようになったと靭は結論付ける。まったく痛がる様子はないが、痛いものは痛いようだ。気絶はできない。両手の感覚はすでにないはずなのに、まるでその手が心臓に移動して、直接握り潰されているような激痛に耐えていた。
例えようのない痛みに耐える中で、ふとその痛みが和らいでいくのを感じて、思わず手を凝視した。
「……ごれは、ま゛た」
消えたはずの手の感覚が徐々に戻っていく。砕けた骨が、引きちぎれた筋肉が、削れた皮膚が、みるみるうちに再生していく。
思わず凛を見る。
「ふふ……もう少し待ってね」
凛は満足そうに頬を染めて靭を見つめていた。口の周りには大量の血がついていて、どこか狂気的なものを感じる。凛はギュッと唇を噛んで、再び血を流して、靭の顔に引き寄せてキスをした。血と唾液を含んだ液体を飲み込んでと言わんばかりに、靭の口の中に流し込んでいく。鉄の血なまぐさい臭いはなく、甘い蜜のような香りと甘さが、靭の体に流れ込んでいった。
しばらくそうしていると、凛が顔を離した。
「どう?」
「あ、あー……これはまた、凄い力だな」
ボロボロだった喉もまた、凛の血により完全な復活を遂げた。
「靭だけには、特別ね」
「ありがとうな、凛」
「ふふ、うん」
殺し合いのことも忘れて、二人は寄り添いあう。狂った愛により目覚めた力で、凛はヒーラーとしての役割を全うした。
「さて、まだやりますか」
「うん。何度でも、回復させてあげる」
「ああ、頼もしいよ」
「ふふ」
まだ化け物は他の物と争っている。
(化け物が襲ってこなかったな……理由が全く分からんが)
不思議なことに、回復中の凛と靭に化け物が寄り付くことはなかった。何が化け物をそうさせたのかは分からないが、靭は考えることをやめる。
「うし、行くか」
「うん!」
凛は再び、靭の背中にギュッと抱き着く。あんな痛みがあったというのに、靭はまた戦場へと戻っていくのであった。




