第14話 カル&守大 変化
「なんか聞こえるね」
「ああ」
近くに来て分かったことだが、点滅する直後に細かい粒子のような光を発しているし、ブラックホールの模様から少しだけ吸い込む音が聞こえる。
目の前にすると分かる不気味さに、靭はため息を吐く。
「実際に何か吸われるのかもな」
「ええ……」
凛は何とも嫌そうに口を尖らせた。順番待ちの間、響や吟時を相手に口論して体力を使ったのか、靭の腕に体重をかけて身を預けている。
「先に触れるぞ」
「うん」
靭は、特に躊躇することなく宇宙石に触れる。
スッ――手から何かが抜けた気がした。少しだけ疲れた気もしている。触れた直後に深呼吸をするくらいには、息苦しい感じを覚えた。
(おい、触れただけだぞ)
靭は思わず目を見開いた。それは当然だろう。凛を背負って坂を上り、迫りくる球体を避けても、息切れ一つしなかったというのに。ただの黒い石を触っただけで、体が少し重くなったのだ。全速力で短距離を走ったような疲労感があるだけだが、驚くのも無理はない。
本当に、ただ、黒い石に触れただけなのだから。
(もう一度触れるとどうなる?)
靭は試しにもう一度軽く触れてみる。だが、効果は一度きりなのか、先ほど以上に体が重くなる感じはしなかった。
(どうやら、一度だけみたいだな)
体力があるはずの靭がこれなのだから、明らかに体力の少ない凛が触れたらどうなるのか。靭は少しばかり心配の視線で凛を見る。
「凛、気を付けろ」
「……」
「凛?」
なにやら表情の暗い凛に、靭は凛の顔をのぞき込む。
「ねえ、じん」
「なんだ」
嫌われたくないと怯えるような震えた声で、凛が靭を見上げる。
「気持ち悪くない? わたし、あなたに自分の血を入れたのに……」
「まったく」
「本当に?」
靭は慣れた手つきで、凛の髪を撫でてやる。
「助けてくれたことに感謝はしても、気味悪がったりしないさ」
「絶対の絶対?」
「ああ、絶対の絶対だ」
「そっか」
凛の表情が、いつもの平然とした顔に戻っていく。
「助けてくれて、ありがとうな、凛」
「ううん、当然だもん」
「それでも、ありがとうだ」
「へへ、うん!」
憑き物が取れたようなスッキリとした表情だ。凛は言葉と態度で示さなければ、納得しない。凛が最も恐れているのは、靭に嫌われること。その恐怖が、触れるだけで死ぬ宇宙石を前にして出てしまったようだ。
凛にとって、勇気の必要な行動をするための心を落ち着かせるような儀式だと、靭は思っている。
「ふう……じゃあ、触るね」
「ああ」
これから何が起こるか分かっているからか、靭は事前に凛の体を支えた。
「うわ」
案の定、凛の足から力が抜けて倒れそうになる。準備していたからか、靭は凛の体をしっかりと支えた。
「大丈夫か」
「うん。なんか、だるい」
「だな。少し休もう」
「うん」
靭は凛をお姫様抱っこして、自分たちの部屋に近い壁際で休ませる。少し休んでいると、響と吟時も、靭に合流した。まあ、靭と隣の部屋なので、合流するのは当然だが。
「紫苑さんは、疲れてそうだな」
「ええ、だいぶね。石に触れただけなのに不思議ね」
「石に触れただけで疲れるのは予想外でしたね。二回ほど触れましたが、かなり疲れてしまいましたよ」
吟時の言葉に、靭が『え』と小さく声を漏らす。
「俺も二度触れたが、そんなことはなかったぞ」
「そうなんですか。俺と深海さんでは、能力的な何かが違うのかもしれませんね」
「まあ、そうかもしれん」
実際に、個人で身体能力の向上度合いが違う。響は聴力、凛は直感、靭と吟時は肉体だが、細かく分けると違う能力なのかもしれない。
「にしても、全然疲れてなさそうだが」
とはいえ、吟時は何ともないのか、いつも通りの余裕の笑みだ。若さの違いか、それとも現役で運動をしていたからなのか。
「久しぶりに体力を使った感じがして、心地がいいですね」
むしろ、清々しさまで感じるほどだった。
「若いな」
「若い」
「若いわね」
「みなさん、そこまで変わらないと思いますけど」
凛はフルフルと顔を横に振る。
「20を超えると違う。あと、私は運動ができない」
「25歳も違うわよ。運動はできるけど。ねぇ、深海さん」
「そうだな。運動はしてたが、10年以上前の話だ」
「なるほど。歳は取りたくないですね」
「「「本当に」」」
人が死んでいるというのに、年齢の話で盛り上がる。なんというか、殺伐とした空気とは思えない話の内容だ。
「あーーーー!」
年齢の話がちょうど終わりを迎えたころ、元気で大きな声がドームに響く。殺伐とすべき空気が、和やかな空気が持続する存在が現れた。
「おお、カルか」
「やほやほやっほー!ニュウカルちゃんだよー!」
カルは腰に手を当てて、元気よくピースをする。ニュウカルちゃんとは、Newのことだろう。実際に前とは姿が違う。
カルの髪には綺麗な赤色が散りばめられており、赤と白のメッシュになっていた。八重歯も少し伸びている気もするし、愛嬌度がアップしたとでもいうのだろうか。ただ、ピースした指先のツメは獣のように尖って長く、こちらはピンクに染まっている。
華やかさが増して、さらに可愛くなっていた。暗い空気を一発で変えてくれそうな底なしの明るさだ。
靭たちの空気は、まったく重いものではなかったが。
「カルちゃん、可愛いね」
「ありがとう! 凛ちゃんも精霊みたいで可愛いよ!」
「ありがと」
ここに来たということは、宇宙石に触れてきたのだろう。とてもではないが、体が疲れているようには見えない。ただただ元気なのが取り柄なのか、無限の体力なのか、区別が難しいところだ。
「か、カルちゃーん」
「お、来たな守大!」
「カルちゃんは、足が速いね。あ、どうも」
「ああ、黄土君も、結構変わったな」
「そ、そうですね。髪に色がついて、少し瘦せました、はい」
守大は、短髪が薄茶色に染まり、彼の言うとおり顔周りも少しすっきりして、逞しさがでている。体もシュッとしているが、やはりお肉の方に目が行く。とはいえ、全体的にすっきりした感じで、見えないだけで、筋肉がついているのかもしれない。
二人の変化をある程度把握した靭は、カルと守大に問いかける。
「二人も、宇宙石に触れただろ? なんかこう、どっと疲れる感じしなかったか?」
「うーん、ちょっと疲れたくらい!」
「えと、はい、そうですね。僕も少し疲れたくらいでしょうか」
2人からも意見をもらうが、やはり疲労したくらいで、それ以外はおかしいところがない。
「体力が奪われたっていうのかな、こういうの!!ほら、ゲームみたいにさ!」
カルが楽しげに言う。ゲーム好きの彼女らしい例えだが、靭はその言葉に妙に納得し、考え込んだ。
「体力が奪われる石ってことか。
たしかに何か奪われた感覚はあったな」
「あった。手のひらから抜けていく感じ」
凛が靭の言葉に同意する。
「私もあったわね」
「俺もそうでしたよ」
「ぼ、ぼくも」
「アタシもー!」
全員が、宇宙石に何かを奪われた感覚があったらしい。実際、何かを奪われて人が死んだというのは、正しいと思う。
「まあ、ゲームの中だったら体力が奪われるで納得いくんだけどなー」
(体力が完全に奪われたらどうなるか。ゲームの場合は完全に死ぬ。要は、ゲームオーバーなわけだ)
ただ、ここはゲームの世界ではなく現実だ。自らの能力を数値化するステータスがないのだから、体力ゲージというものはない。体力がなくなって人が死んだということは、老衰や衰弱だろうか。
「ほかの理由があってもよさそうよね~」
響も、靭と同じくスッキリはしていないらしい。何かは吸われたが、体力というのはすっきりとこないようだ。
「じゃあ、魔力とか!」
「だとしたら、もうとんでも展開だな」
靭は、カルの想像力に思わず笑みがこぼれる。厨二病の考えではあるが、あながち否定できないのだろう。なにせ、この場所が厨二病が考えた設定そのものだから。突然謎の施設に集められ、デスゲームが行われたかと思えば、肉体改造が施される。
ゲームと言えば、ゲームだと。それにと、靭は響と凛を見る。
「いかにもな能力も出てきてるしな」
「え、そうなの!?」
「うん」
「まあ、そうね」
凛や響は、それらしい特殊能力も出始めているわけで。カルの言葉を頭から否定することができない。靭はなるべく現実的に考えたいようだが、カルの言葉のほうがしっくりときてしまうのだ。
「二人はどんな能力なの!?」
当然、ゲーム好きのカルからすれば、反応せざるを得ない内容だろう。きらきらと女性二人に近づいて、興味津々に目を輝かせて二人を見ている。
「私は、靭を回復させてあげられる」
「凄いよ、凛ちゃん! ひーら……!?」
カルが大きな声でゲームの役職名を叫びそうになったので、響が慌ててその口を塞いだ。
「しーっ。だめよ、カルちゃん。私たち以外に聞かれたら、面倒なことになるからね」
「たしかに! ごめんね、凛ちゃん!」
「いいよー」
優しく諭す響と、納得して素直に謝るカル、それを許す凛。女性陣がぎくしゃくせずに仲睦まじい姿を見れて、靭はなぜかホッとした。同年代の女の子にハブられていた凛が、仲良くできてよかったと、彼氏目線というよりは親目線のような気持ちのようだ。
「でもさ、でもさ、見た目も妖精みたいなのに、能力までそれっぽい!!」
カルは、続きが話したいのか、今度は小声で話す。
「靭をってことは、自分には無理なのかしら?」
カルは凛を褒めに褒めちぎって称賛しているが、響は彼女の能力の範囲が気になるようだ。
「分からない。それが出たあと、怪我したことないから」
「確かに、それもそうね」
「響ちゃんの能力はなに!?」
「私は、耳がいいくらいね。意識すれば、部屋や人の体まで分かるの」
「すごい!サポートキャラだ!綺麗なお姉さんのサポートキャラなんて、贅沢だよ!」
「ふふ、ありがとう」
誉め言葉なのか分からないが、カルの言葉に響は笑顔でお礼を言って頭を撫でた。
「カルちゃんと黄土くんは、どうかしら?」
「うーん、アニメの獣人ぽくなってきたけどさー、それだけかな??」
「そ、そうですね。特に、これといって能力はない、ですね」
「そうなのね。やっぱり、人によってまったく違うみたいね」
「だな」
結局は、個々によって違うという当たり前の結果に落ち着いた。
それと、同時に。
『はい、今回はここまで!
今回は、死んだ人が少なくて安心したよ!
ボクチンとしては……』
会話の切れた都合のいいタイミングで、今回のゲームも終了となった。もはや管理人の言葉などどうでもいいのか、靭の耳には届いていない。
「一応聞くが、この続きを話したいやついるか?」
「あら、珍しい提案ね」
響が靭の提案に、虚を喰らったかのような物言いだ。
「まあ、交流会だけならまだしも、自然と6人が集まったんだ。
仲良くしておいて、損は……まあ、あるかもしれんが、交流を増やすのはありかと思ってな」
響からの情報や、肉体改造、特殊能力のような力が発現しているメンバーがいることで、単なる殺し合いのデスゲームという線を切ったのだろう。完全にとは言えないが、彼らとは交流をしておくべきだと判断したのだ。
「交流を増やすのは大賛成!! みんなともっと仲良くなりたいし!! でも、今の難しい話には参加しない! 凄くお腹空いたからね!」
「か、カルちゃんが問題ないなら、僕も賛成です。で、でも、今回は遠慮します。僕、カルちゃんに料理を振舞わないといけないので」
「ていうかさ、ご飯食べに来なよ! 守大の料理、めちゃくちゃ美味しいし!」
「え、えっと、よければぜひ」
交流を増やす事には大賛成のようでカルは満面の笑みだ。守大も、カルさえよければといった感じである。
「了解した。凛と食べに行かせてもらうよ」
「うん、ぜひ」
「本当に!? じゃあ、約束ね!!」
「ふふ、うん」
カルは凛のもとに歩み寄り、凛の小指に自らの小指を絡めた。元気よくぶんぶん腕ごと振るカルに、若干振り回されているが、凛も楽しそうだ。
「二人は、どうだ?」
靭は、響と吟時にも聞く。
「交流の件はもちろん賛成。ただ、ちょっと今回はパスかしら……結構疲れてるの」
「俺も遠慮しておきます。交流については、気分が乗れば」
響は、交流に賛成だが、疲れが取れないようだ。吟時はマイペースな言い方。まあ、人が好きそうには見えないので、納得はできる。
「了解だ。じゃあ、今回はこれで解散にするか。
まあ、せっかく話す機会も増えたことだし、仲良くやろう」
靭の言葉に全員が頷いたり、返事をして、各々が部屋に戻る。
「ん」
「どうした?」
ドアノブに触れた凛が、違和感を覚えた顔をする。
「手から血が出てない」
「本当だ。俺ですら出てるのに」
ドアノブに触れると、いつもならなぜか血を奪われるのだが、凛の手は綺麗なままだ。
「痛みもなかった」
凛は手を見ながら、そう呟く。
「痛みはだいぶ前から感じていないはずだが、手に傷がないってことは、凛のそれは間違いなく『超回復』だろうな」
「ドアノブに血がついてるから、一瞬は怪我をして血が出たはず。でも、手には怪我の痕がないから、きっとそう」
「回復できるのはいいことだ。凛にとっても、俺にとってもな」
「うん、役立つ!」
「ふ、もう十分役立ってるさ」
「へへ」
凛と靭は、会話を終えて部屋に戻っていく。廊下を歩く中で、さきほど自分が提案した言葉の行く末を考えていた。
(さて、何気なく出た言葉だが……果たしてどうなるか)
この行動が吉とでるか凶とでるかは、靭にも分からない。ただ、なんとなく、そうしたかったのだ。
部屋に戻り、タバコに火を付けながら、靭は思う。
(――関わった人が死んでほしくないと思うなんてな)
まだ自分にも人間らしいところが残っているなと、靭は立ち上る煙を眺めながら自嘲気味に笑った。
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