第13話 響&吟時 変化
バタン――石に触れた男が突如倒れ込む。
その音が反響し、静寂のドームに物悲しく響いた。
「え!」
ペアであろう片方の女性は焦って男の傍についた。ペアが死ねば、自分も死ぬ可能性があるからだろう。その表情は、ひどく怯えていた。
「ちょっと」
「……」
「うそでしょ……」
反応はない。やはり、すでに息絶えているようだ。
「っち、見てたか?」
靭が一瞬目を離した隙に起きた出来事。見逃したと舌打ちしつつ、靭は凛に話を聞く。
「うん。でも、触れただけで、変化はなかったよ?」
「まじかよ」
肝心な瞬間を見逃してしまった靭は、男の死因が何かを探るべく、ある人物を探す。
(あれだな)
薄紫色の髪が目に飛び込んでくる。女性にしては背が高いおかげで、他人に興味がない靭でも一瞬で気付けた。
あっちも容姿に変化があると言いたいが、元がいいせいか、雰囲気が一人だけ別だ。全員の容姿が良く変化していく中で、彼女は今もなおトップモデルの雰囲気を醸し出している。というより、彼女は困惑した様子がない。髪を薄紫色に染めた程度の変化とも言うべきか。
少し変化した点は、耳だろうか。ピンと伸びた長く伸びた耳は、まるでエルフのよう。だというのに、違和感がまったくない。くすんだ薄紫色の髪と、長く尖った耳は、彼女の容姿と不思議とマッチしている。
(みんな違和感があるのに、紫苑さんは違和感のないコスプレイヤーみたいだ)
周りの容姿も良くなったとはいえ、ほとんどが日本人顔だ。あまり見慣れない髪色と顔のせいで、若干ミスマッチが生まれている。けれど、彼女は紫苑響そのもの。生まれつきの美しい顔と、それに見合うプロポーションと、空気。
『私は、他と生み出す空気が違う』。その立ち姿が、そう語っているようだ。関わりを持っていたことも大きいだろうが、一列に並ぶ人々の中からすぐに響だと分かるくらいには、彼女は目立っていた。
(ということは、あれは吟時か)
響の隣でにこやかに愛想笑いをしている吟時は、透明度の高い黒髪へと変貌していた。灰色ではなく、透けた黒という言葉が合う色だ。まあ、変貌と言うよりは、元に戻りつつあるという言葉が、日本人的には正しい気もするが。身長も僅かに伸びているように感じるが、他の男たちに比べると下から数えた方が早いレベルなので、そこまで大きな変化はなさそうだ。
ただ、瞳の色が灰色へと変化していた。中性顔のイケメンとは恐ろしいもので、何をしてもイケメンはイケメンなのだと分からされた靭である。
(いや、今はそれどころじゃないか)
靭は、再度響を見て、口を動かす。
「なにか分かったか?」
小さな声でそう告げる。響の耳なら聞こえるだろうと踏んでの行動。だが、疑問を投げかけられた響は腕を上げて、つまらなそうな表情で顔を横に振る。
「響さんも?」
「あぁ、分からんそうだ」
「そう」
情報収集なら響というのは、凛も理解してる。ただ、本人は少しつまらなそうで、不服そうな顔をしてるが、それくらいで収まってるというべきか悩みどころだ。
「これもだめか?」
こういうとき、靭はまっすぐな言葉を投げかける。嫌がる訳でもなく、ご機嫌取りをするわけでもなく、純粋な疑問。凛はフルフルと小さく首を横に振るが、抱きつく力が強くなる。
「駄目じゃないけど、少しジェラシー」
「そうか」
ジェラシーくらいならいいだろうと、靭はただ穏やかに笑う。
(この前と比べたら、可愛いレベルまで下がったな)
ジェラシーを感じる場面であったのかは謎だが、ジェラシーレベルが下がっているようだ。
(少し前までは、今から響ちゃんに会いに行くなら、響ちゃんを殺しちゃうとか言ってたからな)
トンデモ発言である。その発言を聞いて、のうのうとしてる靭もまたおかしいのだが、本人は気にもとめてない。ふくれっ面の凛に手を伸ばし、5色の髪をふわりと撫でてやる。
「可愛いやつめ」
「ふふ」
おかしなまでに寛容。そして、あまりに場違いな言動。
だが、周りも2人を気にしていない。それぞれが、それぞれの空気がある。今だって、死んだ人間を見ても、周りが動じることはない。ああ、やっぱ死ぬんだとか、死んだなーとか、そういう感想しか浮かんでなさそうな表情の人間がちらほら見受けられる。
とはいえ、自分がどうなるかだけは気にしてる様子。死ぬか死なないか。ただそれだけを気にして。自分が死ななければそれでいい。
それが、今の彼らの日常だから。
『ねぇ、いつまで怯えて呆けてるのさ。君も早く触ってね』
「え、ええ、ごめんなさい」
女は慌てて石に触れる。殺されると思っていたのだろう。覚悟した表情が拍子抜けしていた。なぜ許されたのかという疑問のような顔をして。
「……」
女は恐る恐る宇宙石に手を伸ばして触れる。
バタン――女は糸が切れたように前のめりに倒れ、そこからピクリとも動かなくなった。
『やっぱりだめかぁ。じゃあ、つぎ』
管理人の言葉に、靭はまた顎に手を触れて、考え出す。
(やっぱりってことは、予想はしてたってことか)
触れただけで死ぬ人間と、そうじゃない人間。果たして、どちらが普通の人間と言えるのだろう。
仮にもこれまでのゲームを生き残ってきた者たちだ。それなりの運動力も、運もあるはず。髪色が変化しているということは、肉体も変化してるはずなのに。
だというのに、死んだ。
(篩にかけてるはず……だよな?)
もはや原因不明である。ここまで大きな変化があるなら、全員を残してもいいはず。けれど、そういうわけでもないらしい。ますます意味が分からなくなる。
『早く触ってねー』
目の前で死んだせいか、次の人間が怯えて動けずにいるのを、管理人は催促した。覚悟を決めて、石に触れていく人々。難しい顔のしかめっ面で宇宙石に触れる人、冷や汗をかいてる人、特に何も感じず真顔の人、笑いながら余裕を見せて石に触れる人。
多種多様な反応を見せてくれた。その中でも、異質な存在もいるわけで。
「やっと死ねる、はは!」
ぎゅっと石に飛びつく人間が一人。靭はあまりの出来事にぎょっと目を見開いて、その人を見た。灰色の目元まで伸びた髪。髪の間から見える大きな隈、鼻上から両方に伸びたそばかす。ひょろながの体。よくここまで生き延びたなと思えるような姿と空気。なんというか、実に頼りなく弱そうである。
「頼む頼む頼む頼む、死ぬ死ぬ死ぬ死ぬ」
ただ、死への執着が凄まじく、数分経った今も、念じながら石に抱きついている。だが、そばかす君の意志とは裏腹に、死が訪れることはなかった。本人はいまだに死の願いを念じながら石に抱き付いている。異質なものたちが揃っているこの場においても、特別異質と言っていいだろう。
靭は驚きはしたが、今ではじっと彼を観察する。
(長い時間触れても、生死には関係なさそうだな)
触れる時間や面積というわけでもないと見切りをつけて、靭はそばかす君の観察を続けようと思ったが。
(ペアの子か?)
一人の女性が颯爽と、呆れた様にやってきた。そばかす君を見る目が、完全にゴミを見る視線になっている。
「はぁ、またやってる……」
女の方は、気の強そうなつり目。きつい美人の言葉が似合う空気。薄いオレンジ色の髪。先に石に触れ、パートナーを待っているようだ。
「ちょっと、早くしてよ」
「待ってくれ、もう少しだけ触らせて!」
「嫌よ!アンタが死んだら、ワタシも殺されるかもでしょうが!」
「あいた!?」
夫婦漫才のような流れを見せるペアである。本人たちはそう思っていなさそうだが。つり目の女性は、自分より身長の高いそばかすを片手で引きずりながら、宇宙石から離れていく。
「なんか、尻に敷かれてるね」
「だな」
陽と陰、全く別の空気を感じる二人を眺める靭と凛。
「そばかす男。彼、注射器9本打ってた変わり者よ」
「は?」
響たちが近寄ってきて、靭たちにそう告げてきた。靭は驚きながら、もう一度そばかす君を見る。死への渇望があるようで、今も石に手を伸ばしている。そばかす君が宇宙石に近寄れないのは、つり目の女性が物理でそばかす君を尻に敷いているためだ。
「凄いことするな」
「一本で倒れた人とは大違いね」
「だな」
揶揄うような言葉だが、靭は気にしていない。だが、それを気に食わなかったのか、凛が響をジト目で見る。
「靭のは強力な一本だった」
「そうだったわね。ごめんなさい」
「いや、気にしてないが」
響は凛に弱いらしく、とても素直だ。凛には嫌われたくないようだが、靭をいじるのもやめられないらしい。
「まあ、そんなことより、そばかす君は面白い子だと思わない?」
「まぁ、そうだな。死ぬことに対してすごい執着してるし」
「でしょ」
「おかしな人もいるもんですね」
吟時が、そう呟く。どうやら二人で一緒についてきたらしい。堂々と順番を抜かしているが、後ろの人たちは気にしていないようだ。遅かれ早かれ触れることにはなる。先に触りたいという変わった人もいないのだろう。
「まあ、俺たちは全員おかしいと思うけどな」
「では、彼だけ異質といったところでしょうか」
楽し気な声に、靭は吟時の顔を見た。
(ん、目の色が違うな。もともと普通のこげ茶色の瞳だったのが、灰色に変化している)
「異質って、あなたもそうでしょ?」
響が呆れた様に、声を漏らす。
「何かしたのか?」
「この子、注射器を両目にぶっ刺したの。笑いながらね」
「えぇ……」
ここにも異質な人物が一人。両目に注射器を入れるなんて意味不明なことをしてどうなるというのか。いや、そもそも中身が普通ではないわけだし、意味があるのかもしれないが。
「目は見えてるんだよな?」
灰色の瞳には、アニメや映画で目の見えない人がしているイメージがあるため、靭は思わず聞いてしまった。
「ええ、もちろんです。
目覚めたときは、霞んでいてあまり見えませんでしたが、今は問題なしです」
それは問題あるだろうと思いつつも、靭は呆れた表情で呟く。
「ああ、そう」
「ええ」
ニッコリと笑って答える。なんとも胡散臭い上に、嘘臭い下手くそな笑顔。
愛想笑いが下手になったというべきか。猛烈な違和感を感じて、靭が吟時に話しかけようとして、抱きしめられていた腕が強くなったのを感じた。
「……痛い」
馬鹿を見るようなジト目と、ドン引きの顔。凛は、あからさまに吟時に引いていた。こいつは変態だという視線をぶつけている。吟時は、凛の発言に何かしら思ったのか、笑顔が一瞬崩れるも、どうにか持ち直す。
「6本刺した方に言われたくないような気がしますけどね」
「え、6本?」
靭は驚いたように凛を見るが、凛は視線を合わせない。どうやら、事実のようだと靭は察した。
「……わ、わたしにも事情がある」
「あらあら、言ってなかったのね」
「……うう」
靭は、自分が倒れたあの後のことを詳細には知らない。響に聞きに行こうとした際、凛に止められたからだ。きっと、このことがバレたくなかったのかもしれない。
「よく無事だったな」
「靭を助けようとして、それで」
「6本打ったのか。なかなか肝が据わってるな」
よしよしと靭は凛の頭を撫でる。凛は意外そうに靭をパチクリと見つめた。怒らないの、変だと思わないの、嫌いにならないの。そんな感情が乗った視線をぶつけられる靭は、本当に特に何も思っていないようだ。
「そんなことで嫌いにならないさ。実際にそれで助けてくれたんだろ?」
あの後、どんなことが起きたのか、靭は知らない。ただ、あのままでは死ぬことは明白だった。実際には、生き延びていたのだから、あの後何かが起こったのは明白だ。そして、凛が靭を助けたことも、なんとなく分かっていた。
靭が凛を守る様に、凛は靭を助ける存在だ。生存ゲームのとき、二回も助けられている。だから、今度もそうだと思ったのだろう。
「ふふん、そう」
縮こまっていた背中が、ピンと伸びる。
「わたしが 靭を 助けた。
ふふ、そうだよね。ふふん」
なんとも得意げな顔である。自慢げに頭を差し出して撫でてくれと犬のような我儘を見せ始める凛。靭はただ、それに答えるように頭を撫でた。
そんな二人を見ていた響は、凛の顔を見て問いかける。
「ねえ、どうして6本も刺そうと思ったのかしら」
響の質問に、凛は靭に瞳を合わせる。言っていいと聞いているようなので、コクリと靭は頷く。
「勘」
「なるほどねー。黒曜君と同じね」
「え」
ちょっと不服そうな視線で響を見たあとで、吟時をチラ見する凛。
「同士ですね」
いつもより嫌味のある表情で、にっこりと笑う吟時。吟時よりも凛のほうが背が低いため、なかなか下衆な顔に映っていることだろう。凛は、そんな吟時の表情が気に入らなかったのか、ふんとそっぽを向く。
「両目に注射器の方が飛んでる」
「どうですかね。僕は両目と心臓の3本ですから。聞いたところ、凛さんは、両腕両足、心臓、首に刺したんですよね? 僕の倍ということは、倍狂ってることになると思うのですが」
「関係ない。手足と心臓、首のほうがまだマシ」
どちらも狂っているので、どんぐりの背比べだ。あの時、管理人は一本でも死ぬと言っていた。それを三本、六本と刺すのは十分に狂っている。あーだこーだと言いながら、どちらが狂っているか張り合う二人を見る靭と響の社会人組。
「急に口喧嘩か。やっぱりまだまだ子供だな」
「そうね」
2人の口喧嘩に平和を感じている靭と、口論を楽しげに聞く響。
なんとも、悪い大人である。
『はい、次ー』
徐々に順番が近づいている。あれから、もう何組かペアが宇宙石の近くで倒れていた。靭たち一同は、その様子を特に気にせず眺めているが。
「深海さん、注射器を刺した後のことを覚えてるのかしら?」
響の質問に、靭は首を振った。
「いや、まったく」
「あらそう。凄い音だったわよ。皮膚が裂けて骨が飛び出す音や、至る穴から血が噴き出す音が聞こえて、散々な目に遭ってるのが分かったけど」
「まじかよ」
「まじよ」
靭は、その様子をまったく覚えていない。そこまで酷いなら、体のどこかがおかしくなっているはずだが、特に問題はないのだ。
「その様子だと姿以外に変化はなさそうね」
「おっしゃる通りですよ」
「最初、誰か分からなかったけどね」
「だろうね。俺もそうだし」
「ふふ、素直ね」
響に揶揄われながら、靭は思った。
(にしても、どうやって生き延びたのか)
響の言葉を信頼している靭は、それが嘘ではないだろうと感じた。なにせ、凛が吟時との口論をやめて、靭の様子を気まずそうに見ているからだ。何とも分かりやすい子である。
「凛ちゃんが回復してあげたのかしら?」
「私も必死だったから、よく覚えてない」
「自分の血を、深海さんに注入したことも?」
「そうなのか」
靭の言葉に、凛はジト目で少しきつめに響を睨む。
「……はあ、そこまで知ってるのに聞くのね」
知っているのに、ということは覚えているのだろう。凛は隠すことを止めて、呆れた顔で響を見ているが、響は凛と反対に興味津々だ。
「その後のことは知らないの。時間制限まで粘ってたけど、管理人に早くさせって怒られたからね」
どうやら、響はあの後なにが起きたか知りたくて仕方がないらしい。それを聞けるなら、たとえ嫌われても構わないという鬼気迫る表情だ。いや、鬼気迫るというよりは、興奮しているように思う。凛はじっと響を見つめると、「はぁ」とため息を落とす。
「今は色々と面倒だから、あとにして」
凛はあたりをちらちらと見つめる。その行動は、回復能力がありますよと肯定しているようなものだった。
「そうね。あとで、ゆっくりお話ししましょう」
「……わかった」
響の相手に疲れたのか、凛は靭のお腹めがけて抱き着いた。靭は、ゆっくりと凛の頭を撫でてやる。まるで年上のお姉さんにいじめられた幼稚園児のような行動だ。靭はため息を吐いて、呆れた視線を響に向ける。
「あんまりいじめてやるな」
「あら、ごめんなさい。可愛くてついね」
「ああ、そう」
もはや、何かを言うことを諦めたらしい。靭は思わず吟時を見るが、吟時もそればかりは無理と肩を竦めた。どうやら、彼女の知識欲は、かなりのもののようだ。他人の部屋を盗み聞きしたり、体の中まで探ったりと、やりたい放題である。
嫌われたくないと言っていた人物の行動ではない。明らかに凛に嫌われるような行動だ。
(凛と同じかもな。逆らえない本能的な何かが働いてるんだろう)
凛はいじけているが、嫌っているようには見えなかった。なんとなく、凛も響の本能的な知識欲を感じ取ってしまったのかもしれないと、靭は結論付けるのであった。
『はいはーい、次行ってみよう!!』
「じゃあ、行くか」
「うん」
どうやら、靭と凛の番が来たらしい。情報共有をしていると時間はすぐに過ぎるようだ。
「死なないようにねー」
「いってらしゃい」
「いってきます」
「ます」
靭と凛は、声掛けを返した後、宇宙石の前に立った。
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